第12話 形態変化、最悪の誤解
翌朝、王立魔導院の特別実験区画は、朝から妙な緊張に包まれていた。
新堂ユウトは実験台の前に立ち、紙袋を抱えたまま、心の底から嫌そうな顔をしている。
その周囲では、ミリス・アークライト率いる研究員たちが、結晶板だの記録具だの魔法陣だのをせわしなく準備していた。
「なんでこんな大ごとになってるんだよ……」
小さくぼやくと、ミリスが記録板から目も上げずに答える。
「大ごとだからよ」
「それ説明になってないからね」
「昨日の時点で、あなたの兵装が出力低下を起こしているのは確認済み。しかも敵軍はすでに脅威認定している。だったら、内部構造の再確認と、代替充填の可能性の検証は最優先事項でしょう」
「正論で殴るのやめてもらっていい?」
「やめない」
即答だった。
壁際にはレティシアが立っている。今日も護衛として同行だ。
彼女は実験室全体へ視線を走らせながらも、どこかユウトの様子を気にしているようだった。
「体調は」
「胃が痛い以外は元気」
「それは元気とは言わない気がしますが」
「最近の基準だと元気なんだよ……」
レティシアは何か言い返しかけて、やめた。
たぶん否定しきれなかったのだろう。ひどい話である。
ミリスが指先で机を示す。
「とにかく、今日は兵装本体そのものの再確認からやるわ」
「再確認って」
「外装、重量、反応、収納状態、携行時の安定性。あと、あなたが“紙袋の中に他に何か入っていないか”も」
その一言に、ユウトは目を瞬かせた。
「他に?」
「ええ」
「いや、たぶん何も……」
言いかけて、少しだけ記憶を探る。
そういえば、元の世界で受け取ったとき、中身をまともに確認したのは最初の一瞬だけだった。とにかく気まずくて、細かい付属品だのなんだのをちゃんと見た覚えがない。異世界へ飛ばされたあとも、使うたびに本体だけを取り出して、袋の底までは気にしていなかった。
「……あるかもしれない」
ユウトがそう言うと、ミリスの目の色が変わった。
「最初からそう言いなさい」
「いや、こっちも今思い出したんだって」
「なんでもっと早く――」
「それ昨日も聞いた!」
言い争いめいたやり取りを挟みつつも、実験室の空気は明らかに引き締まった。
研究員たちまで紙袋へ視線を向ける。やめてほしい。その注目のされ方は本当に心臓に悪い。
ミリスが低く言う。
「ゆっくり中身を全部出して」
「そんな厳粛にやることかな……」
「やるの」
逃げ道はない。
ユウトは深呼吸し、紙袋を実験台の上へ置いた。
そして、そっと中へ手を入れる。
まず取り出したのは、いつもの本体。
薄桃色の、どう考えても異世界の兵装に見えない最終兵器。研究員たちはもう見慣れたのか、前ほど露骨にはざわつかない。だが、その次に指先へ触れたものは、ユウト自身にも覚えがなかった。
「……あれ?」
「何」
「なんか、ある」
つまみ上げる。
それは小さめの部品だった。柔らかい素材でできた、先端に被せるためのものらしい。丸みがあり、形状は本体と同じくらい説明しづらい。つまり、たいへんに気まずい。
沈黙。
実験室の空気が、一瞬で凍りついた。
「…………」
「…………」
ミリスが、ゆっくりと目を細める。
「それは」
「いや、待って。こっちも知らなかったから」
「追加部品?」
研究員の一人が震える声で呟く。
「まさか……」
嫌な予感がした。
非常に、非常に嫌な予感だ。
ユウトは慌てて言う。
「たぶん、ただの付属品だよ! 本当に! 元の世界でもそういうのあるし!」
「付属品」
ミリスが繰り返す。
その声音がもう危険だった。
完全に変な方向へ解釈が進み始めている。
「換装式……?」
誰かがぽつりと漏らす。
「違うからね!?」
「換装によって出力特性を変える古代兵装……」
「違うって言ってるだろ!」
「本体のみであの性能、さらに可変機構付き……?」
「落ち着いて! みんなもっと落ち着いて!」
だが誰も落ち着いてくれなかった。
ミリスがすっと手を差し出す。
「貸して」
「ええ……」
「早く」
圧が強い。
仕方なく渡すと、ミリスはその追加部品を光にかざし、魔力反応を見ているのか、何やら真剣な顔になる。研究員たちも一斉に結晶板を向けた。
「本体に近づけると、反応が変わる……」
「変わるの!?」
ユウトが一番驚いた。
「当然でしょう、同系統の部材なら」
「いや“当然”って言われても!」
ミリスは本体を机へ置き、その先端近くへ追加部品をそっと寄せる。
すると確かに、結晶板の上に走っていた波形が変わった。先ほどまで細く揺れていた線が、わずかに太く、しかも別の周期を含んだように見える。
研究員たちがざわめく。
「波形が分岐した……」
「出力の性質が変わる可能性がある」
「近接特化? いや、むしろ伝播特性変化か……」
「可換型の兵装体系……?」
「そういう難しい言葉で包んでも、こっちの恥ずかしさは消えないからね!?」
だが、悲鳴は誰にも届かなかった。
レティシアが机の向こうから慎重に尋ねる。
「それは、本体へ装着するものなのですか」
「そうだと思う……」
「思う?」
「いや、こっちも詳しくないんだって!」
本当である。
元の世界でも、ここまで真顔で説明する機会など絶対に想定されていない。
ミリスが本体と部品を見比べる。
「なら、試すしかないわね」
「試す!?」
「当然でしょ」
「当然じゃないよ! その“当然”の基準、毎回怖いんだって!」
だが結局、試されることになった。
◇
追加部品の装着は、あまりにあっさり終わった。
ユウトが半ば諦め顔で説明し、ミリスが「なるほど」と真顔で頷きながら先端へ取り付ける。
その光景は、事情を知らない第三者が見れば、高度な魔導兵装の調整風景に見えたかもしれない。
事情を知る本人だけが、死ぬほど気まずい。
「……いくわよ」
「いかなくていいのに」
「やるの」
ミリスは本体をユウトへ返した。
追加部品が付いた状態では、微妙に見た目の印象が変わっている。
変わっているが、それが余計に説明しづらさを増しているだけなのが本当にひどい。
ユウトはそれを持ち、恐る恐るスイッチを入れた。
ぶ……ぉん。
弱っているとはいえ、振動は立ち上がる。
だが同時に、実験室の結晶板へ出る波形が明らかに変わった。今までよりも振れ幅が広い。というか、周期が二重になっているように見える。
「やっぱり!」
ミリスの目が輝いた。
「近接時の圧が上がってる。しかも波の散り方が違う!」
「散り方ってなんだよ!」
「前の型が“面”で乱すなら、今度は“点”が強い。たぶん核への刺さり方が変わるわ」
「そんな用途、製品説明にも――」
途中でユウトは口をつぐんだ。
危ない。最近こういう墓穴が多い。
だが遅かった。研究員の一人がすかさず反応する。
「製品説明……?」
「いや、なんでもない!」
「元の世界では体系的に運用されているのか……」
「違う方向に納得しないで!」
ミリスはもうユウトの弁明を半分くらい聞いていない。
研究者としての興奮が勝ちすぎていた。
「標的を用意して」
すぐさま模擬障壁が設置される。
小型の障壁、次に魔力核入りの模擬球体、それから呪詛膜を模した薄い靄のようなものまで並べられた。準備が早い。嫌な意味で。
まずは小型障壁。
「接近だけでいい」
ユウトが恐る恐る先端を近づけると、前の型では面全体へ波紋が広がった障壁が、今度は一点から深く抉られるように崩れた。中心に穴が開き、そこから全体がぱきぱきと割れていく。
「うわっ」
「貫通性が高い……!」
ミリスがすぐに書き込む。
「点集中型。近接殲滅向けか、核穿ち型か……!」
「名前つけるの早くない!?」
次は模擬球体。
核のある魔物を想定したものらしい。
軽く当てる。
すると、球体全体が震えるより先に、中心の核だけがぶれる。直後、球体が内側から弾けるように崩れた。
「え、何それ怖い」
ユウトが引き気味に言うと、ミリスは本気でうれしそうだった。
「やっぱり核特化!」
「やめて、その言い方もう完全に兵器じゃん!」
「兵器でしょう!」
「元の世界基準では違うんだって!」
だが、その主張はもはや空しく響くだけだった。
壁際で見ていたレティシアが、真面目な顔で言う。
「つまり、換装によって役割を変えられるということですか」
「その可能性が高いわ」
ミリスは頷く。
「本体のみが広域干渉寄りなら、こちらは近接・貫通寄り。少なくとも、波形はそう示してる」
研究員たちが息を呑む。
「古代兵装の可変体系……」
「まさか、複数の戦況に応じて……」
「換装で性質を切り替えるなんて……」
「もうやめてえ!」
だがその悲鳴も、やはり誰も止めてくれない。
そして悪夢は続く。
「紙袋の中、他は?」
ミリスが当然のように言った。
「……まだ見るの?」
「見るに決まってるでしょう!」
ユウトは本気で頭を抱えたくなった。
だがここで止めたら止めたで、「秘匿している」「封じられた第三形態がある」などと言われかねない。これまでの経験上、その未来はかなり高確率で来る。
「……あるかも」
言った瞬間、実験室の空気がまた変わった。
「まだあるのか!?」
「複数換装……?」
「役割ごとに最適化された遺物群……?」
「だから勝手に盛るなって!」
だが指先は、また袋の底へ伸びていた。
そして、あった。
別の形状の部品。
今度は先ほどよりやや幅があり、柔らかい曲面を持ったものだった。見た目の説明しづらさは、さらに増した。
ユウトは数秒、真顔で固まる。
「……最悪だ」
「なにが」
「こっちも付属品っぽい」
ミリスがゆっくりと立ち上がった。
「本当に換装式じゃない……」
「違うのに結果だけがそうなんだよ!」
研究員たちはもはや騒然としている。
レティシアですら、いつもの冷静さを少し失っていた。
「まさか、複数の型を――」
「レティシアまで言い始めた!」
「いえ、しかし現に」
「現にあるから困ってるんだよ!」
結局、二つ目の部品も試されることになった。
◇
二つ目の部品を装着したとき、反応はさらに露骨だった。
起動と同時に、今までより振動の広がり方が滑らかになる。
強いというより、広い。空気の揺れが丸く、大きく広がる感覚だ。
模擬呪詛膜へ近づけた瞬間、その靄全体が均一に震え、ばらばらにほどけて消えた。
「面制圧型……!」
ミリスがほとんど叫ぶ。
「広域浄化、もしくは分散干渉!」
「また名前が増えた……」
フィアナがいないのに、フィアナがいれば絶対にまた変な聖名をつけただろうと思う。危なかったのか、危なくなかったのか分からない。
今度は結晶板の向こうで、研究員たちが完全に興奮状態に入っていた。
「近接貫通型と広域干渉型の切り替え……」
「本体単独の標準型まで含めれば三系統……」
「三形態可変兵装……!」
「やめろぉ!」
だがもう無理だった。
ミリスは深く息を吐き、恍惚とした研究者の顔を少しだけ抑え込みながら、結論を出すように言った。
「シンドウ・ユウト」
「はい……」
「あなたの兵装、ただの古代遺物じゃない」
「うん」
「複数形態を持つ換装式兵装よ」
「その確信の入り方が嫌なんだって!」
「でも事実でしょう!」
「元の世界の文脈だとまったく違うんだよ!」
だが、元の世界の文脈など、この実験室では誰にも共有されていない。
結果だけ見れば、ミリスの言うことは完全に正しかった。
レティシアが、重い声で言う。
「……王国上層部へ上げるべきですね」
「やっぱりそうなるよなあ……」
ユウトは机に突っ伏したくなった。
「敵がすでに警戒している現状で、兵装の性質が複数あると分かった以上、共有しない理由がありません」
「そこは反論できないんだよな……」
ミリスも頷く。
「しかも厄介なのは、向こうがまだ“そこ”まで知らない可能性が高いこと」
「え?」
「今のところ敵が見たのは、本体単独の標準型だけよ」
彼女は換装部品を見下ろす。
「つまり、こちらにはまだ手札が増えた」
「増やしたかったわけじゃないんだけど」
「でも増えた」
正論で追い詰めるな。
◇
その日の夕方、王宮と騎士団と魔導院の合同会議は、またしても重苦しい空気の中で始まった。
ユウトはもはや半分諦めた顔で席に座っている。
机の上には紙袋、そしてその横に並べられた二つの追加部品。これだけ見れば、本当に精密な兵装会議だ。事情を知っている自分だけがつらい。
ミリスが淡々と報告する。
「兵装本体に加え、換装可能な追加部材を二種確認。現時点では、標準型、近接貫通型、広域干渉型と仮称します」
「仮称って言えば何でも許されると思うなよ……」
ぼそっと言ったが、誰にも拾われなかった。
文官が重々しく問う。
「性能差は明確か」
「はい。少なくとも波形と模擬反応は別物です」
「実戦投入の可能性は」
「残量問題は依然ありますが、可能性自体は高いです」
騎士団側の上官が低く唸る。
「……つまり、戦況に応じて兵装の役割を変えられる」
「現時点ではそう判断せざるを得ません」
会議室の空気が一段階重くなる。
王宮付き文官が静かに言った。
「これはもう、単なる“強力な異邦の遺物”ではありませんな」
「うん、俺もそう思う」
「王国の戦略兵装です」
「そこまで言う!?」
だが、文官は冗談で言っていなかった。
誰も笑わない。
レティシアがユウトの横で、低く付け加える。
「魔王軍がすでに警戒している以上、こちらもそれに応じた立場を明確にする必要があります」
「立場って」
「ユウト殿を、兵装の担い手として正式に保護・管理するということです」
その言い方に、ユウトは眉をひそめる。
「管理、ねえ……」
王女セレスティアとの会話を思い出す。
駒。
庇護。
利用。
どれも全部、分かっていたことではある。だが、こうして言葉にされるとまた別の重みがあった。
文官はさらに続けた。
「加えて、魔王軍側の反応も重要です」
「向こう?」
ユウトが訊くと、今度はミリスが答える。
「すでに敵軍内部で、あなたの兵装に関する情報が広がっている可能性が高い」
「ガルドスが持ち帰ったからか」
「それだけじゃないわ」
ミリスは少し険しい顔をした。
「国境砦周辺で交戦した魔族兵の証言、王都の噂、逃した下級魔物経由の印象……向こうは向こうで、こっちの断片情報を勝手につなげる」
「つまり?」
「あなたの兵装、たぶん敵の中では、もう実物以上に盛られてる」
「うわあ……」
嫌な予感しかしなかった。
ミリスは指を折って数える。
「“触れた鎧を内側から砕く”“結界を一瞬で消す”“呪詛も散らす”“不定形を溶かす”“しかも換装式”――このへんまで噂が届けば、敵は相当慎重になる」
「換装式までまだ知られてないだろ」
「時間の問題かもしれない」
「やめてくれ……」
だが、そこへ騎士団側からさらに追い討ちが入る。
「敵の慎重さは、こちらにとっても脅威となる」
上官の一人が言う。
「正面から来ぬなら、別の手で来る。奪取、暗殺、誘導、分断……」
「それ、最近何度も聞いてるなあ」
「実際に考えるべきことですので」
正論しか飛んでこない。つらい。
◇
夜。
会議を終えたユウトは、部屋へ戻るなり椅子へ沈み込んだ。
レティシアとミリスも一緒だ。最近この部屋、だいぶ打ち合わせ場所みたいになってきている。
「……疲れた」
「でしょうね」
ミリスが即答する。
「でも今日の成果は大きい」
「俺の精神を削った成果だけどな」
「それでも大きい」
レティシアが机の上の部品を見つめる。
「換装によってここまで性能が変わるとは……」
「レティシアまでしみじみ言わないで」
「いえ、純粋に驚いています」
ユウトは紙袋へそれらを戻しながら、小さく息を吐いた。
「なんかさ」
「なに」
「もう何を出しても、みんな勝手に神話にするじゃん」
「そうね」
「否定しないんだ」
「しないわよ。実際そうなってるもの」
ミリスは椅子へもたれ、少しだけ真顔になる。
「でも、それは向こうも同じ」
「敵も?」
「ええ。知らないものは、強めに解釈される」
彼女は続けた。
「敵にとってあなたの兵装は、“詳細不明だが、見たもの全部に効くかもしれない異邦の兵器”になりつつある」
「そんなの、嫌すぎるな……」
「でも実際、こっちもまだ全容を知らないでしょう」
「それは、そうだけど」
レティシアが静かに言う。
「敵が警戒するのは悪いことばかりではありません」
「どういう意味?」
「それだけ、こちらが主導権を握れる可能性がある」
なるほど、とユウトは思う。
たしかに、向こうが知らないことは、こちらの手札にもなる。
とはいえ、それで楽になるわけでもない。
「……じゃあ、今後はこの部品込みで考えるのか」
「はい」
「ええ」
二人が揃って頷く。
ユウトは天井を見上げた。
結界を壊した。
穢れを散らした。
スライムを消した。
四天王の装甲を割った。
そして今度は、換装式であることまで判明した。
最初はただの出オチみたいな異世界転移だったはずなのに、気がつけば王国単位の戦略案件である。
「……ほんと、人生って分からないな」
「異世界ですから」
レティシアの返答に、ミリスが小さく肩をすくめる。
「そのまとめ方もどうかと思うけど、まあ事実ね」
部屋の外では、王都の夜が静かに更けていく。
だがその静けさの裏で、王国も魔王軍も、同じように一つの異邦兵装について考え始めているのだろう。
しかも、こっちには換装という新しい札があり、向こうはそれをまだ完全には知らない。
――今夜、魔王軍では対策会議が開かれているかもしれない。
そんな予感が、妙に現実味を持ってユウトの胸に落ちた。
「……嫌な予感しかしない」
小さく呟くと、レティシアが短く答える。
「たぶん、当たるでしょう」
「そこは外れてほしいんだけど」
ミリスは記録板を閉じながら言った。
「でも、こっちも準備するわ」
「うん」
「残量の問題も、換装の使い分けも、全部含めて」
ユウトは紙袋の口を閉じた。
その中で、薄桃色の本体と二つの付属品が静かに収まる。
どう考えても異世界戦争の中心に置くべきではない見た目なのに、現実はもうそうなりつつあった。
「……ほんとに、なんでこうなるんだろうな」
その独り言に対する返事は、やはりない。
ただ、部屋の中の三人だけは、それぞれ違う意味で、その重さを理解していた。




