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第11話 壊れかけたら世界の終わり

その異変に最初に気づいたのは、新堂ユウト本人だった。


 王都へ戻って二日後の午後。

 騎士団本部の一室で、ミリス立ち会いのもと「起動時の魔力波形の再確認」だの「振動継続時間の測定」だの、もはや半ば日課になりつつある実験に付き合わされていたときのことだ。


「じゃあ、いつも通りで」


「その“いつも通り”が最近怖いんだよな」


 机の上には記録板、結晶測定器、ミリス特製としか思えない見たことのない魔導具。

 壁際にはレティシアが腕を組んで立ち、室内の安全確認という名目で、実質ユウトの精神的支柱になっている。


 ユウトは深く息を吸い、紙袋からそれを取り出した。

 薄桃色の、どう見ても異世界兵装ではない代物。にもかかわらず、今では魔導院でも騎士団でも神殿でも、誰もその形に大声では突っ込まなくなっていた。慣れとは恐ろしい。


「はい、起動して」


「はいはい」


 ユウトは側面のスイッチへ親指を置く。


 カチ。


 ぶぉん――


 ……ではなかった。


「ん?」


 いつもなら即座に立ち上がる低い振動音が、今日は一瞬遅れて、ぶ、ぉ……と妙に弱々しく鳴ったのだ。


 室内の空気が、わずかに揺れた。

 だが、明らかに弱い。


 ミリスがすぐ反応する。


「もう一回」


「いや、俺も今ちょっと変だと思った」


「いいから」


「雑だなあ」


 言いつつスイッチを切り、もう一度入れる。


 カチ。

 ぶ……ぉん。

 やはり遅い。しかも、立ち上がった振動も、いつものような骨に響く力強さがない。


「……え、ちょっと待って」


 ユウトは思わずそれを見つめた。


「これ、もしかして」


「何か心当たりがあるの?」


 ミリスの声は真剣だった。

 レティシアも一歩前に出る。


「不具合ですか」


「不具合っていうか、たぶんこれ――」


 ユウトは言いにくそうに眉を寄せた。


「充電が、減ってる」


 沈黙。


「…………」


「…………」


 ミリスとレティシアの表情が、揃って固まった。


 最初に口を開いたのはレティシアだった。


「じゅう、でん?」


「うん」


「それは、何でしょうか」


「ええと……」


 ユウトは頭を掻く。

 説明しづらい。ものすごく説明しづらい。だが、隠していても話が進まない。


「元いた世界では、こういう……道具は、内部に力をためておくんだよ」


「内部に」


 ミリスが繰り返す。


「魔力貯蔵とは違うの?」


「似てる……のかな。たぶん。でも魔力じゃなくて、もっと別の、動かすためのエネルギーっていうか」


「その蓄積が減った?」


「うん。たぶん」


 ユウトはもう一度起動してみせる。

 ぶぉ……ん。

 やっぱり弱い。明らかに弱い。


「やばい」


 思わず本音が漏れた。


「そんなにですか」


 レティシアの問いに、ユウトは即答した。


「かなり」


 ここ数日で嫌というほど分かった。

 この世界でそれがどれだけ重要なものとして扱われているかを。結界を崩し、穢れを散らし、スライムを消し、四天王の装甲を割った。つまり今の自分は、戦術的な意味でも政治的な意味でも“それ”と一体化した存在になっている。


 その出力が落ちる。

 それはたぶん、この世界の人間にとってはかなり大きな問題だ。


 だが、ユウトにとってはもっと単純だ。


「充電なくなったら、たぶん動かない」


 その一言は、思っていた以上の破壊力を持っていた。


 レティシアの瞳が見開かれる。

 ミリスは一瞬だけ、呼吸を忘れたように黙った。


「動かない……?」


 ミリスが低く呟く。


「完全に?」


「たぶん。元の世界ならそう」


「っ……!」


 ミリスが机の上に置いていた記録板を掴む。

 その手つきが、珍しく本気で焦っていた。


「なぜもっと早く言わないの!」


「いや、こっちも今気づいたんだよ!?」


「気づいた時点で最大級の緊急事項でしょう!」


「そんなこと言われても!」


 レティシアがすぐ扉へ向かう。


「隊長格へ報告を」


「待って待って!」


 ユウトが慌てて立ち上がる。


「そんな大げさな話にしなくても――」


「大げさではありません」


 レティシアの声は、今まで聞いた中でもかなり強かった。


「あなたの兵装は現在、王都の防衛計画にも、魔導院の研究にも、敵軍への対抗策にも組み込まれつつあります」


「うん、それが嫌なんだけど」


「その中核が失われる可能性があるなら、最優先で共有されるべきです」


「正論が痛い!」


 ミリスも珍しくレティシアへ同意する。


「その通りよ。これがただの道具じゃないのは、もう分かってるでしょう」


「俺は元の世界基準で見ちゃうからさあ……!」


「その“元の世界基準”が一番危ないの!」


 いつもの言い争いめいた勢いではあるが、空気は笑えないほど切迫していた。


 結局、その日のうちに騎士団本部の上層部へ報告が上がった。


   ◇


 夕方。

 本部奥の会議室には、またしても人が集められていた。


 騎士団の上役。

 王宮付きの文官。

 魔導院からはミリスと、その補佐の研究員二名。

 そして、なぜか神殿からもエラルド司祭とフィアナが来ている。


「なんで神殿まで来るの……」


 ユウトが小さく呻くと、フィアナが心配そうに首をかしげた。


「だって、大変だって聞いたので」


「その善意が広がりを呼ぶんだよなあ……」


 すでに会議の空気は重い。


 王宮付き文官が、低く確認する。


「つまり、シンドウ殿の兵装は内部の力を消耗する。そして、その力が尽きれば、現状確認されている効力が失われる可能性が高い、と」


「はい……たぶん」


「たぶん?」


 ユウトは困った顔で肩をすくめる。


「元の世界でも、完全にこの状態で異世界に持ち込んだ経験はないので」


「それはそうでしょうね」


 ミリスがすかさず言った。


「でも、起動の遅延と出力低下は事実です」


 彼女は記録板を机へ置く。


「昨日までの波形と比較して、明らかに初動が鈍い。外部干渉だけでは説明がつかない。内部蓄積の減衰と考えるのが妥当」


 騎士団上層の一人が重々しく問う。


「補充は可能なのか」


「元の世界なら可能です」


 ユウトは答える。


「ただ……その方法を、こっちの世界で再現できるかは分からない」


 再び沈黙。


 その沈黙が最初に破れたのは、意外にもフィアナだった。


「祈れば、戻ったりは……」


「しないと思うな!」


 即答したが、フィアナは本気で考え込んでいる。やめてくれ。そんな純粋な目で見ないでくれ。


 ミリスが額を押さえた。


「祈りで解決するなら苦労しないわよ」


「でも、穢れを散らしたじゃないですか」


「それとこれとは別」


「でも聖性があるなら」


「だから“聖性”と“動力機構”は分けて考えなさい!」


 久しぶりにミリスの研究者らしい苛立ちが全開だった。


 だが会議としては笑えない。


 文官が淡々と言う。


「要するに、いま王国は“使用回数に限りがあるかもしれない兵装”を、切り札として扱っている可能性がある」


「……そうなりますね」


 レティシアが答える。


 その言葉の重さに、ユウトの胃がきゅっと縮む。


 自分にとっては、充電が減ってきた、というだけの話だ。

 せいぜい「そろそろ繋がないとな」くらいの感覚だった。


 だがこの世界では違う。

 これは国家級の問題になってしまう。


「……そんな大げさに」


 思わず漏らすと、文官は静かにこちらを見る。


「大げさではありません、シンドウ殿」


「でも」


「国境砦で四天王を退かせた兵装です」


 反論しづらい。

 そして、こういう時の正論はとても痛い。


 ミリスが机へ身を乗り出す。


「当面の問題は二つよ」


「二つ?」


「ひとつ。残量がどの程度か不明。つまり、あと何回、どれくらいの出力で使えるか分からない」


「……うん」


「ふたつ。その力をどう補うか、現地技術で代替手段を見つける必要がある」


「代替手段」


「ええ。あなたの言う“充電”を、魔導院流に再現できないか試す」


 ユウトは目を瞬かせた。


「そんなことできるのか」


「やるしかないでしょう」


 ミリスの目は、危機感と興味が半々だった。

 いや、六対四くらいで興味が勝っているかもしれない。だが少なくとも、今回ばかりは研究欲だけではなく、必要性が前に出ていた。


 エラルド司祭が穏やかに口を開く。


「神殿としても協力は惜しみません」


「どう協力するんですか」


 ユウトが訊くと、司祭は少し考えてから答えた。


「聖域内での波の安定化、あるいは浄化による負荷軽減の可能性を探る、などでしょうか」


「なんか、ふわっとしてるな……」


 フィアナがぱっと顔を上げる。


「でも、やれることはあると思います!」


「元気だなあ……」


「だって、大事なことなんですよね」


 その言葉だけは真っ直ぐだった。


 ユウトは少しだけ黙る。

 たしかに大事だ。この世界に来てから、自分の意思とは別のところで、それは大事なものになってしまった。


   ◇


 会議が終わったあと、騎士団本部の廊下を歩きながら、ユウトはどっと疲れを感じていた。


 横にはレティシア。

 後ろからはミリスが記録板を抱えてついてくる。完全に監視体制みたいな並びだ。


「……なんか、申し訳ないな」


 ぽつりとユウトが言うと、レティシアが足を止めた。


「何がですか」


「いや、その……元の世界では、たぶんもっと気軽な問題だったから」


「気軽な?」


「充電が減ったら、充電する。そういうだけの話で」


 それを聞いたミリスが、やや引きつった顔をした。


「その“だけの話”を、こっちでは国家ぐるみで解こうとしてるのよ」


「分かってる。分かってるけど、感覚が追いつかなくて」


 正直な気持ちだった。


 自分にとっての生活用品めいたものが、この世界では神器だの聖杖だのと呼ばれ、今では王国の切り札のひとつになっている。

 滑稽だ。

 滑稽なのに、誰も笑ってくれない。みんな本気だから。


 レティシアが静かに言う。


「申し訳なく思う必要はありません」


「でも」


「あなたが望んで、この状況を作ったわけではない」


 その声は穏やかだった。


「それに、残量が限られていると分かったからこそ、こちらも考えられます」


「考えるって」


「乱用しないことです」


 レティシアは真っ直ぐユウトを見る。


「これまでよりも、使いどころを慎重に見極める必要があるでしょう」


 ミリスも頷く。


「魔導院としても、今後は出力試験の頻度を下げるわ。無駄打ちは避ける」


「珍しく優しいな」


「優しくない。合理的なだけ」


「それでも助かる」


 ミリスは少しだけ目を逸らした。


   ◇


 その夜。

 ユウトの部屋には、珍しく三人が揃っていた。


 机の上の紙袋を囲むように、ユウト、レティシア、ミリス、そして後から顔を出したフィアナである。


「なんでまた神殿勢がいるの……」


「心配で」


 フィアナの返事はあまりにも素直だった。

 もう反論する気力も出ない。


 ミリスが紙に何やら図を書いている。内部構造の想像図らしいが、ユウトから見てもあまり似ていない。そりゃそうだ。


「とにかく、まずは確認」


 ミリスが言う。


「残量測定の代わりに、連続起動時間を最低限だけ見る」


「また使うのか」


「ほんの少し。いま弱ってるなら、逆に微量反応の方が読みやすいかもしれない」


「理屈は分からん」


「分からなくていい」


 レティシアが横から釘を刺す。


「短時間で」


「分かってるわよ」


 ユウトは紙袋からそれを取り出した。

 薄桃色の、場違いな存在。見慣れたはずなのに、今日は妙に頼りなく見える。


「……お前、止まるなよ」


 思わず小さく呟く。


 スイッチを入れる。


 ぶ……ぉん。


 やはり弱い。

 部屋の空気はかすかに揺れるが、以前のような“場が変わる”感覚は薄い。


 フィアナが両手を胸の前で握る。


「ほんとだ……少し、元気がない感じがします」


「その表現やめてもらえるかな、なんか変な方向に生々しいから」


「ご、ごめんなさい」


 謝られるとこちらが悪いみたいになる。


 ミリスは結晶板を見つめながら、真剣な顔になる。


「出力が三割以上落ちてる」


「三割」


「少なく見積もって、ね」


 それは思っていたより重い数字だった。


 レティシアの表情が引き締まる。


「つまり、実戦での信頼性も低下している可能性がある」


「そういうこと」


 ミリスは起動停止を指で示す。

 ユウトが切ると、ぶぉんという音はすぐ消えた。


「……で?」


 ユウトが訊く。


「何か手はあるのか」


 ミリスはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと言った。


「あるかもしれない」


「ほんとに?」


「まだ仮説。でも、異世界の魔力を直接流し込むんじゃなく、もっと近い形で“蓄積”に変換できれば」


「難しい言い方するなあ」


「つまり、充電の真似をする」


 フィアナがぱっと顔を上げる。


「じゃあ、元気になるかもしれないんですね!」


「だからその言い方!」


 だが、ミリスはフィアナの言葉を否定しなかった。


「ええ。可能性はある」


「ただし」


 レティシアが続ける。


「まだ確証はない。つまり今は、この兵装が失われる可能性も前提に動くべきです」


 その言葉に、部屋の空気がほんの少し重くなる。


 失われる。


 今まではぼんやりとしか考えていなかった。

 だが、現実に出力は落ちている。止まる可能性は、もう仮定ではない。


 ユウトは机の上のそれを見つめた。


「……なくなったら、困るよな」


 それは自分に向けた言葉でもあったし、この部屋にいる全員に向けた言葉でもあった。


 レティシアは静かに頷く。


「はい」


 ミリスも言う。


「困るわね」


 フィアナも、小さくこくりと頷いた。


「困ります」


 なぜだろう。

 その三者三様の“困る”に、ユウトは少しだけ救われる気がした。


 神器だの聖杖だのと祭り上げられるのは嫌だ。

 けれど今この場では、彼女たちはそれを道具として、兵器として、あるいは聖なるものとして見る前に、失われたら困るものとしてちゃんと見ている。


 それは少しだけ、人間的だった。


「……じゃあ、なんとかしないとな」


 ユウトが言うと、ミリスの目が鋭く光る。


「当然。明日から魔導院で代替充填実験を始めるわ」


「明日からなんだ」


「時間がないもの」


 レティシアは即座に立ち上がる。


「護衛体制も見直します。敵が動く前に、こちらが先に準備を」


 フィアナは胸の前で手を組んだ。


「神殿でもできること、探してみます」


「みんな仕事が早いなあ……」


 だが、それが今はありがたかった。


 部屋の窓の外には、王都の夜が広がっている。

 静かな灯り。遠くの鐘。平穏そうな街並み。


 その平穏の裏で、王国は一つの“止まりかけた兵装”をどうにかしようと動き始めていた。


 新堂ユウトは、机の上の薄桃色のそれを見つめながら、改めて思う。


 元の世界なら、コンセントにつなげば済む話だった。


 それが異世界では、王国の未来と敵軍の警戒と神殿の善意まで巻き込んだ大問題になる。


「……本当に、なんなんだよ、お前」


 小さく呟く。


 答えはない。

 だが、その沈黙を埋めるように、周囲はもう動き始めていた。

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