第52話
◇
「お嬢様、着きましたよ。」
庭園用三輪馬車から先に降りたエルケが私に手を差し伸べる。
彼女の手を取り馬車から降りると目の前には大きな白壁の建物があった。
王宮図書館。
王室の歴史資料や貴重な文献が沢山保管されているらしく、婚約者に正式に決定した際に一度遠目に案内してもらったことはあるが、実際に中に入るのは初めてだ。
外壁のところどころにある窓は、王宮の建物の中でも小さめな作りで、おそらく外を眺めるためではなく採光と換気のためだけに作られているのだろう。
「あれは?」
ドレスの裾を少し持ち上げ、王立図書館の石段をゆっくりと歩み進めた私は隣にあるなんだか頑丈そうな煉瓦造りの建物に気付いて足を止めた。
「アリシア様。そちらは魔道書の保管書庫です。」
エルケと反対側を護衛のように歩いていてくれていた三輪馬車の御者が同じように足を止めて教えてくれる。
「魔道書は取り扱いに注意が必要なので普段は鍵がかけられていて結界が張られています。時折利用されるのはアルフォンス殿下とチェラード様ぐらいですかね。」
「そう、魔道書の...。」
パキンッ......
「っ!?」
「お嬢様?どうかなされましたか?」
急に頭の中で薄いガラスが割れるような衝撃が響いた。
「アリシア様?」
小さな衝撃にびっくりして目を見開き硬直した私をエルケと御者が左右から心配そうに覗く。
(なに?今のは......?)
「だ、大丈夫よ。さっ、中に入りましょう。」
エルケは目を瞬かせて不思議そうな顔をしたが、私が再び階段を登り始めたのに合わせて手を引いて先導を続けてくれる。
(今のはなんだったんだろう?)
不思議に思いながら階段を登り終え、扉の前まで来ると御者は、アリシア様の用がすむまで馬車で待機していますと中には入らず、扉の警備兵に会釈すると三輪馬車へと戻っていった。
ギギ......。
軋みながら開く大きな両扉には蔦模様の中にカヤツリ草のような彼岸花のような草が絡み合うように描かれている。
「アリシア様どうぞ。図書館内は王宮司書官が案内させていただきます。」
そう言って静かに警備兵が扉を閉めるとそこからの太陽光が遮られ、あたりが薄暗くなった。
薄暗い室内に目をこらしていると、だんだんと小さな窓から入ってくる光量になれ目の前に沢山の棚がぼんやりと現れてきた。
「司書官とやらはどこにいるのでしょうね。」
エルケが口を開いたその時、建物の奥から扉のあく音が聞こえ、続いてパタパタと誰かの足音がした。
「あぁ、これは失礼致しました。書庫のほうで本を読み出すとつい時間を忘れて没頭してしまって。いま明かりを灯しますね。......光の結晶よ!」
司書官と思われる声の持ち主が、光魔法を唱えると頭上に光の結晶が現れ、あたりがパッと明るくなった。
目に映るのは、一面の本、本、本......!
5階まである吹き抜けの天井は高く、壁や棚にはぎっしりと本が並んでいる。
あまりの壮観な光景に私とエルケは感嘆のため息をもらしたのだった。
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