第三話 VSフォスティーヌ・フォーレ
約束の正午に襲はアウタースペースの小学校跡地についた。グラウンドに黒ローブの聖女、フォスティーヌ・フォーレが立っていた。
「まずは逃げ帰らずにこの場所に現れたことに敬意を表します、籠宮襲。直前まで来ないものですから心配しました」
「それはどうも、フォスティーヌ・フォーレ。ちょっと賭けをしてて遅れた。もう少し早く来るつもりだったんだが」
「ふん、それはわたくしに勝つという余裕ですか」
「それは、戦えば分かる」
「ええ」
「このコインが地面についたら試合開始だ」
「……はい」
襲がコインを指で弾く。くるくると回転しながら放物運動をするコインが地面に落下し、音を立てる。
瞬間、襲はシャドウを投影する。使い慣れたオートグラフだ。オートグラフに盾を装備させ、さらに自身もライオットシールドを装備する。
遠距離攻撃が豊富な聖女には近距離で戦う方がよいと踏んで、襲は聖女に向かって走り出した。一方聖女はホーリーランスを空中に召喚し射出。襲は向かって飛んできたホーリーランスを軽く躱し、さらに接近。
聖女は襲の身体能力を認めたように笑うと、次は複数のホーリーランスを射出。襲は避けられそうなものは避け、躱せないものはシールドで防いだ。オートグラフも徐々に接近している。襲は訓練を積んできたオートグラフとの近接戦闘の連携を仕掛けるつもりだ。
聖女は今度は数で押そうと大量のホーリースフィアを展開、全方位から襲に襲いかかる。襲は前方に向かって走り、右腕の一振りで前方のホーリースフィアを喰らい尽くす。空いた空間に身体を滑り込ませて前転、さらに接近。
いよいよ近接戦に差し掛かると、聖女はメイスを召喚、襲は鉄パイプを投影する。鉄パイプとメイスが衝突し、鍔迫り合いになる。
「ここまで辿り着いたこと、褒めて差し上げます。ですがわたくしも近接戦闘の心得はあります。簡単に勝てるなどと思わないで頂けますか?」
「うるせえ、お前にも地べたを這いつくばる屈辱を味わわせてやる」
「品のない殿方ですことッ!」
二人が離れる頃には盾を複数展開して防いでいたオートグラフも前線に加わった。あくまで試合なので刀ではなくショットガンの銃床で攻撃する。襲が鉄パイプを上段に叩きつけるのをメイスで防ぎ、オートグラフの胴への打撃を聖絶障壁で防ぐ。襲を蹴り飛ばしオートグラフをメイスで殴る。オートグラフは横腹に痛恨の一撃を喰らい吹っ飛んだ。機械の身体の腹部が破損し、戦闘不能になる。
独りになった襲に追撃する。重い振り下ろしを鉄パイプで防ぐが、たたらを踏んで下がってしまう。メイスの突きを腹に喰らい、衝撃で後ろに倒れてしまう。今朝のおにぎりをしこたま吐いている襲に、メイスが突きつけられる。
「これで終わりです、籠宮襲。降参することをお勧めします。さもなくば……どこまで痛い思いをすれば降参するか実験します」
「はっ、痛い思いをするのはお前だ」
「!」
聖女の影から勢いよく飛び出す影がいた。影は聖女の首にかぶり付き、鋭い牙を突き立てた。彼女は陰気な嘲笑、通称ミーチャである。襲は自分の影から聖女の影へとミーチャを移動させ、そこから這い出させたのだ。
「ミーチャは直接戦闘が得意な訳じゃないが、噛み付いた人を殺すことくらいはできるぞ。降参するのはお前だ」
「……認めません……!」
「は?」
「わたくしはいつだってあなたを殺すことができた……! これが試合じゃなかったら倒れた時点であなたの負け、わたくしの勝ちです!」
「いや倒れてたってミーチャは出る」
「そ、そもそもわたくしは事情があっていくつかの技を制限していますし、今だって噛まれた箇所に聖絶障壁を貼れば防げます」
「戦闘でも試合でも待ったはない」
「だ、だったら今から聖絶障壁を貼ってあなたを制圧します。待ったはないのでしょう?」
『お前の負けだ、フォスティーヌ・フォーレ』
姿を消していたラプラスの声がする。どこに行ったのかと思っていたが突然宙に現れた。なんなんだこいつは。
『俺はこいつの悪魔でお前は俺の防御を貫けない。さっさと諦めろ』
ラプラス、お前が俺の仲間だと思ったことは一度もないし、これからもないぞ。俺は悪魔を信じない。
「……やってみなくては分かりません!」
ミーチャを振りほどき俺に向けてメイスを振り下ろす。どうやらラプラスの貼ったらしい聖絶障壁を貫けずに何度もガンガンと音を立てる。貫けないと分かると涙目でこう言い張る。
「べ、別にあなたの防御を破らなくても、あなただってわたくしの防御を破ることはできませ」
『できるぞ』
ラプラスは鋭い爪を一振りすると聖女の聖絶障壁をいとも容易く破った。
「」
酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせる聖女。あまりにも哀れがすぎる。いやこいつただの通りすがりの悪魔だぜ。仲間でも手下でもなんでもない。
「あ、あ~~~~~~ん、うぇっ、ひっ、うえ~~~~ん」
ほら泣かせたあ。どうすんだよこの雰囲気。観客も俺が悪いみたいな目を向けてくる。なんでだよ。
「かごみやぁっ……かさねぇっ……さいしょからほんきだしなさいっ、うええ」
「いや出してたし……どっちにしろ俺の勝ちだろ……」
「わたくしが勝つはずだったのにぃ……!」
ぐずぐず泣いている聖女のローブに切れ目が入っている。よく見ると肌色だった。
「おい!? 何で下何も着てねえんだ!?」
「えう……どんなふくきればいいかわかんない……おかしかったらはずかしいからきれなかった……」
「このポンコツ! 着る服がないからって着ない馬鹿がいるか! おいラプラス! お前知っててやったな!」
『勢いが余っただけだあ。まあこいつ生意気だしちょっと邪念が入ったかもしんねえなあ』
「お前は邪念が主成分だろ! クソ、どうにかしてこいつに服を着せないと……」
ここはアウタースペース。当然店なんてないので自宅に連れて行くことにした。
「おいこのポンコツ聖女! 服貸してやるから大人しく付いてこい!」
「や、やだ……さいしょからほんきださないかごみやかさねのいえにはいかない……」
「このポンコツ! ここはアウタースペースだぞ! 戦場だと思え!」
ポカリとげんこつを落とす。防御する警戒すらしてなかったのかまともに喰らった。
「い、いたい……かごみやかさねははいしゃにむちうつきちく……ひとでなし……」
「口だけは達者なやつだな……いいから行くぞ」
ローブの前が裂けているので、隠すために聖女を背負って向かう。
「や、やだ、ゆうかいされる……かみさまたすけて……」
「神は死んだ」
襲は敵には容赦しないタイプだった。問答無用で持ち帰った。
襲のねぐらに着いた。
「おい聖女。着いたぞ。早く服を着やがれ」
「や、やだ……自分の好みの服を着せて脱がせるのを楽しむんでしょう……わたくし屈しない」
「(イライライライラ)」
「あ、お、怒った……殴らないで……」
「ちっ、これでも着てろ」
襲は畳まずに投げ捨ててあったパーカーを聖女に投げ掛けた。
「わぷ」
「それ着たら出てけよ」
「下何も履いてない……このまま外に出すのはいくらなんでも変態……」
「どうせサイズ合わねーだろ! 好きなやつ持ってけよ!」
聖女はのそのそと落ちてるズボンを吟味する。普通のジーンズが気に入ったようでそれを履いた。ぶかぶかだが、裾をまくればなんとか外を歩けそうだ。
「ああ、主よお許しください……どこの馬の骨とも知らぬ不良少年の履いたものを履くことを……ああ擦れる」
「テメー黙ってりゃ付け上がりやがって……どれだけ俺が寛大かその身に叩き込んでやろうか」
「テメーじゃありませんわたくしには名前があるのです」
「トマティーヌ・ピューレだったか?」
「そんな美味しそうな名前ではありません! わたくしはフォスティーヌ・フォーレ、神を愛し、神に愛された女」
「長えよ、フォスティーヌ。フォスティでいいな?」
「ふん、高貴なる我が名を短縮するなど軽薄極まりますが、まあいいでしょう」
「やっぱ犬でいいか」
「その補集合みたいな考え方やめて頂けます!?」
「ほらそれ着たらとっとと出てけよ。ここは俺の縄張りだ」
「い、言われなくても……」
そのときフォスティのお腹が鳴った。物欲しそうな目で襲を見てくる。襲は目頭を抑えた後、
「飯だけはおごってやる……」
ため息をついた。
料理を作っている間、フォスティを風呂に入れた。流石に風呂の入り方くらい知っているようで勝手に楽しんでいる。襲は今日買ったものを集会所に預けたままなので、豪華なものは作れないがまあいいだろう。どうせフォスティだし。
という訳でできたものがこちらです。味噌汁ごはん焼き魚。しかもウメボシもそえて栄養バランスもいい。作る過程は確かにあったはずだが、色々なものを省いて声高にあえて言おう。時代は省エネなのである。ほどよく上がってきたフォスティが駆け寄ってくる。やはり犬である。
「こ、これは古来より伝わりしICHIJU-ISSAI……! 今日はお腹いっぱい食べてもいいのですか!?」
「ああ、しっかり食え」
フォスティはよほど腹が減っていたらしく、聖女のくせにモリモリ食べている。
「おかわりもいいぞ……」
特に裏はない。さっさと食ってとっとと出てけポンコツ。襲も毎日似たような食事を食べているが、こうも美味しそうに食べている犬を見るとなんとなく普段より美味しいような気もしてくる。結局襲の倍くらいの量を平らげたフォスティは宣言した。
「決めました! わたくしここに住みます!」
「出てけっつったろポンコツ!」
「わたくし身寄りない。お金ない。行くあてない」
「俺だってそうだ」
「だったら一緒に住めばいいではないですか! この世は共生、助け合い。主も言っておられます。隣人を愛せと」
「俺はお前に殴打されて嘔吐したんだが?」
「なかなかいいリリックですね」
「韻踏んでねえよ!」
「じゃ、じゃあわたくしがその辺で飢えててもいいのですか……?」
「お前には戦う力があるだろう」
「ですが今日は負けました。命など儚いもの。いずれ戦う力も失ってしまうかもしれません」
「立って歩け前へ進め、お前には立派な足があるだろう」
「足だって取れるときは取れます。歩けなくなって娼婦にでもなったらどうするんですか」
「天職なんじゃないか」
「聖女が性女になってしまわれます! ああおいたわしやおいたわしや……」
『カサネ』
「げえっラプラス」
銅鑼の音が聞こえた気がした。神出鬼没で心臓に悪い。
『こいつには俺がいなければ勝てなかった。だからこの件に関しては俺に従うべきだ。違うか?』
「な、なんだよラプラス改まって。俺は別に頼んでなんか……」
『あ?』
「ちっ、分かったよ。どうしろってんだ」
『こいつと共に行動しろ』
「なんでだよ。絶対教会とかに絡まれてめんどくさいことになるだろ」
『だからだよ』
「なんでだ」
『俺が楽しい』
「俺は楽しくない……」
『とにかくこいつをここに住まわせろ。なーに、乳の一つや二つ触ってもバチは当たらねえよ』
「別に嬉しくねえ」
「だ、誰の乳がお触りOKですか! 聖女をエッチな目で見てご覧なさい、私が許しても主が許しませんよ!」
『お前は許すのかよ』
「まあ、分かったよ。ラプラスに免じて住まわせてやってもいい」
「わーい」
「だが、これだけは言っておく。俺を面倒事に巻き込むなよ」
「わたくし、分かった。面倒事、もちこまない」
「はあ……」
もうこいつ自体面倒事の塊なのだが、一応こう言っておかないと余計面倒なことになりそうな気がしたのでそうした……。




