第二話 街の聖女にご用心
東京に悪魔が現れた日からおよそ一年が経過した。籠宮襲は上野の廃ビルの三階をねぐらにしていた。
早朝目を覚ました襲は潰れた布団屋でパクってきた布団から出て歯を磨いた。歯ブラシは潰れたホームセンターでパクってきたものだ。襲はシャワーを浴びパクってきたシャンプーで頭を洗った。シャワーを浴びた後冷凍してあったおにぎりをレンチンして食べた。東京は崩壊していた。流通が滞り、開いている店は武力を持つ勢力の保護下にあるものだけとなった。
「……そろそろ食料を取りにいってくるか」
『なんだ、カサネ。オカイモノか?』
主食である米が少なくなってきたので、今日は食べ物を探すことにした。
外に出る。三月二十八日。まだ肌寒い。襲は顔を隠すためサングラスをして、ネイビーのマウンテンパーカーのフードをかぶっている。襲は有名である。悪党を倒し、悪党から搾取しているからだ。だからよく恨みを買っているので、今の住処もばれたらすぐに出るつもりだ。
行くあてはないが廃ビルは多くあるから困らない。『教会』や『クラン』の庇護から外れた建物はほぼ廃ビルになっている。悪魔に攻撃されるからだ。悪魔は『魔素』の吹き溜まりから自然発生する。殺しても魔素が残り、しばらくしたらまた新しく悪魔が生まれる。教会は勢力圏内の悪魔は『使徒』をよこして殺し、クランは縄張りの中の悪魔は『魔人』を送って殺す。使徒は善行によって神の加護を受けた人間であり、魔人は悪行によって神から見放された人間である。
襲は魔人である。しかしクランには属していない。自由であるためだ。人はそのような魔人を『はぐれ』と呼び恐れている。クランにすら属せない乱暴者、無法者が多いからだ。襲は好戦的だが、秩序を保って行動してきた……と思っている。罪のない者を襲ったことはない。
襲は商店街に行くことにした。今日はクラン『クイーンオブザレッド』の商店街に行く。クラン内に入るには通行手形を買わなければならない。合法で住むにはさらに金を積まなければならないが、襲はクランの縄張りに属さない『デッドスペース』に住んでいる。デッドスペースは悪魔が出没しやすく治安の維持しにくい地区や、クランとクランの領域の境界などに発生する。襲が住んでいるのは前者だ。日中街を歩いている人はいても、ねぐらにしている者はほとんどいない。だからこそここを選んだのだが……。
『おっ、ザコ様のお出ましだ』
襲が商店街まで歩いていく途中で悪魔に遭った。『コールドカラーズ』だ。寒色の肌の色をしたクラス3の悪魔である。氷系統の魔術を使う。出現すると周囲の気温が下がるのでわかりやすい。
開始の合図などなく戦闘は始まった。コールドカラーズは氷矢を連続で放つ。襲は自身の能力『投影』によってシャドウ『オートグラフ』を呼び出す。シャドウとは『捕食』したものをもとに作り出した実体をもった虚像である。オートグラフは『審判の日』に初めてできたシャドウであり、最もよく使うシャドウである。機械でできた身体を持つ、汎用的な護身用のシャドウだ。
オートグラフはライオットシールドを投影し、キンキンと音を立てて氷矢を防ぐ。ライオットシールドを帰還させ、ショットガンを投影しバスッ、バスッ、バスッと三連射。コールドカラーズは道路から氷の壁を生やし、身を隠す。オートグラフはショットガンを帰還させ刀を投影する。そしてコールドカラーズが隠れているうちに走って距離を詰める。
高く跳び上がり氷の壁を飛び越すと、氷の壁の陰に隠れていたコールドカラーズめがけて刀を叩きつけた。素早く躱すコールドカラーズに追撃する。オートグラフの振り回す刀を避けながら、氷の剣を生み出す。機械の刀と氷の剣が衝突する。二体の偶像は透き通る音を生みながら、剣の舞を踊り続ける。
オートグラフが強い一撃を氷の剣に叩きつけると、コールドカラーズは後ろにつまずく。オートグラフはショットガンを投影して連射する。一発、二発とコールドカラーズの身体に突き刺さり、水色の血液が迸る。五発目を食らったところでコールドカラーズは後ろに倒れる。再び立ち上がることはもうなかった。襲はオートグラフを帰還させ、コールドカラーズの死体を腕から生やした顎で一口で食べる。また少しだけ、強くなった。
『おい、カサネ。こいつはどんな味がするんだ? 冷凍ハンバーグみたいな味か?』
「うるさいぞラプラス。いい加減俺に付き纏うのをやめろ」
『俺がお前に付き纏っているのではない、お前が俺の前を歩いているだけだ』
「だったら追い越せよ。道を譲ってやるから」
『残念ながら追い越し禁止の道路だ』
「悪魔が道路交通法を守るなよ」
『悪魔だって道路交通法くらい守る』
「邪魔な悪魔だ」
『悪魔は邪なものだ』
「そうかよ」
これ以上話しても無駄だと思って切り上げる。ラプラス。審判の日以来襲に付き纏っている悪魔だ。人の骨格の頭部だけを山羊の頭骨にしたような悪魔だ。特に実害はないがよく喋るのでうざいと襲は思っている。どうやら未来を知っているようで、襲が気になるようなことをぼそっと呟いてくる。手のひらの上で踊らされているようで腹が立つが、たまに重要な情報も教えてくるので我慢している。
『今日はリンゴが安く売ってるようだ。俺に買えカサネ』
「俺の役に立つならな」
『じゃあいいことを教えてやる』
「?」
『今日は聖女に会えるぞ』
聖女。それはアドベント・オン・アース教会、通称『教会』が讃える聖なる少女だ。神から愛されていて、幾つもの奇跡を起こしたという。戦闘においても他の追随を許さぬほどに強いらしい。
「ふん、俺みたいな魔人と聖女が会うはずがない……そもそも魔人は教会の勢力圏に入ることは許されていない。むしろ喜んで殺しに来るだろうな」
『夢のないやつだな』
「悪魔が夢を見るなよ」
『俺が見ているのは夢じゃない、未来だ』
「そうかよ」
…………
一日分の通行手形を買い、クイーンオブザレッドの縄張りに入った。まずは買い物をしよう。ということでアメヤ横丁に来た。米と日持ちのする野菜、あと干し肉を買おう。ちなみにパンや麺は売っていない。東京からの脱出は制限されており、日本と海外間の輸送は悪魔に邪魔されほぼ止まっているからだ。小麦などの輸入に頼っていた食べ物の多くは見ることがなくなった。国民総米食時代だ。
オートグラフを呼び出して買ったものを持たせる。米袋を背負い、ネギの入った袋を持っている姿は主婦のようである。
『リンゴ! リンゴ!』
「分かったから騒ぐな、悪魔が喋ると目立つ」
街中で悪魔を連れていてもお咎めがないのは、悪魔使いという存在があるからである。魔人には色々な種類があり、悪魔と契約を結ぶ悪魔使い、その身に悪魔を宿した悪魔憑き、自身の身体能力を高めた超人などがある。襲は悪魔使いと呼ばれているが、実際は悪魔使いではない。悪魔と契約したのではなく、捕食した悪魔の投影だからである。ともかく街中で悪魔を連れていてもいいのは護身用として認められているからだが、暴れたとしたら魔人を呼ばれ追放され、以降入領できなくなるのは明らかである。
ラプラスにリンゴを買ってやった後、集会所に行くことにした。集会所はクランが運営する依頼の仲介所である。襲はここで依頼を受けて生計を立てている。
今の御時世学校に通える子供は一握りである。襲は父親が死んだため学校は行っていない。親の庇護を失った子供は多くいるが、学校に行かず働く子供、盗みなどに手を染める子供、学業が優秀でクランや教会の援助を受ける子供、ボランティアの教育機関に通う子供などがいる。別に勉強が苦手という訳ではなかったが、強いて制限の多い教育機関に行く理由もなかったので行かなかった。独学で十分だと思ったからだ。
というわけで今日もついでに何か見てみることにした。
集会所に入ると何だかワイワイしている。黒いローブを着た髪の長い金髪の少女が受付嬢にまくし立てていた。
「なにゆえわたくしが依頼を受けられないのですか……!」
「実績のない方にはクラス2以上の討伐依頼を発注することができません。クラス1の討伐依頼を規定の件数達成するか、アルバイトで働くことをおすすめします」
「わたくしにも戦う力はあります! 一般の方には負けないと自負しています……!」
「でしたらまずは戦闘訓練を一通り受けてから改めて評価を……」
「わたくしには時間がないのです……! そんなことをしている暇なんてありません!」
『へっ、おもしれー女。カサネ? 行かないのか?』
「何がだよ」
『あいつが聖女だぞ。もっと奉れよ』
「なんで聖女なんかに話しかけなきゃいけないんだ」
『陰キャ(笑)』
「張り飛ばすぞ」
『お前が行かないなら俺が行く』
「おい馬鹿!」
ラプラスはふよふよ飛んでって聖女とやらに話しかけに行ってしまった。
『あのお~、ぼくう~、あそこのカサネとかいうおともだちの悪魔なんだけどお~、どうかしたのかなあ?』
「……人間に作られた偶像風情がわたくしに話しかけないでください」
『…………』
ラプラスはふよふよ帰ってきた。
『なあカサネ。あいつ殺していい?』
「悪魔が聖女に話しかけて世間話でもできると思っていたのか?」
『いや聖書の矛盾について指摘したらどんな反応するかって』
「喧嘩売ってんじゃねえか」
『ちぇ』
ラプラスはまたふよふよ飛んで行って聖女に話しかけた。
『カサネが言ってたんだけどお~、『俺と戦って貴様の強さを証明しろ……たかが女一人で俺、【狂気の悪食】に勝てるなら、だがな』だってさ』
そんなこと言ってねえ~。何一つ言ってねえ。なんだよ狂気の悪食って。聖女はラプラスを指差すと、受付嬢にこう言った。
「ではこの悪魔の言うように決闘を受けます。勝てば依頼を受けさせてくれるのですね」
「はい。カサネさんならばいいですよ」
勝手に決闘することになってしまった。一言も、喋ってないのに決闘に。かさね。
聖女はつかつかと歩いてきて襲を指差す。
「あなたとの決闘、このフォスティーヌ・フォーレが受けて立ちます」
「いや俺は……」
事情を説明して断ろうと思ったのだが、場が盛り上がってしまった……。
「決闘だ!決闘だ!」
「うおおおおおおお!!!」
「あのカサネが戦うところが見れるぞ!」
「可憐なお嬢さんが泣くところ、見たいなあ……」
「けーっとう! けーっとう!」
決闘コールが飛び交う。こうなってしまったら受けるしかない。断ったら舐められる。ここの住民にとって威信は生命線だ。弱者の居場所はない。
「……決闘のルールはお前が決めていい」
「では今日の正午、アウタースペースの小学校跡地で」
「今日!?」
「わたくしは急いでいるのです」
「まあ面倒なことは早く済ませたほうがいいか」
「(イラッ)」
聖女の眉間がピクついた。おかしいな、聖女って優しい人じゃなかったっけ?
「……とにかく、時刻は守りなさい。今日の正午、アウタースペースの小学校跡地で。では」
聖女はどこかに行ってしまった。さて、どうしよう。本当にどうしよう……。心の準備とかないし情報がない。襲の情報は幾らか割れているだろうが、聖女はここに来たばかりのように見える。襲は情報屋に聞いてみることにした。
スマートフォンで電話をかける。
「もしもし、襲だけど」
「あ、襲くん? フォスティーヌ・フォーレちゃんのことだよね?」
「え、トマティーヌ・ピューレ?」
「イタリアンな名前だねえ。まあ襲くんは名前を覚えるのが苦手そうだから……『聖女』って言った方が通じるかな?」
「聖女」
「……とまでは言い切れないけど。アドベント教会の聖女が突然失踪した、という噂があってね。もちろん教会は否定しているんだけど、最近聖女を見た人はいないようだから多分そうなんだろうっていうのが私の感想かなあ」
「それでそのフォスティーヌなにがしが聖女だって?」
「私も直接は見たことないんだけど、金髪の外国人ってことはそうなんじゃないかなあ」
「まあいい、それでその聖女とやらの戦い方を教えてもらおうか」
「一万円かなあ」
「分かった」
「気前いいねえ」
「あんたは信用してるからな」
「だからあんたじゃなくて、ライカって呼んでっていつも言ってるでしょ」
「ライカ」
「うん」
「それで戦い方ってのは?」
「彼女は創造の聖女と呼ばれている。天使を降臨させ巨大なエネルギー光線を放ち、敵の攻撃はすべて聖絶障壁に防がれる。事実上の教会最強戦力だね」
「教会の最強戦力?」
「うん」
「それはどうすれば倒せるんだ」
「聖女が負けたことは確認されていないから……わかんない☆」
「そうか、それじゃ」
「あ~待って待って」
「なんだ?」
「聖女も教会に見つからないように目立つ戦い方はしないと思うよ。聖女を降臨させたりエネルギー光線を放ったりはしないでしょう。だから確認されている地味な攻撃だったら……例えばホーリーランス。聖なる槍を空中から射出したり、地中から突き出したり。激怒の鉄槌。天から鉄塊を落とす。ホーリースフィア。エネルギーの球体を召喚し、ファンネルのようにして攻撃する」
「それで聖絶障壁はどうやって破るんだ?」
「破れない」
「そうかよ」
「諦めないで~。聖女だって人間だから、認識の外から攻撃すれば通る……かもしれない」
「はあ」
「がんばってよ~。襲くんが勝ったらおねーさん、ご褒美あげちゃうぞ☆」
「ご褒美ってなんだ」
「え……ちゅ、ちゅーとか?」
「勝たなきゃしてくれないのか?」
「え……べ、別にしてほしかったらいつでも……」
「冗談だ」
「もー! ご褒美あげないからね!」
「それは困る」
「え……ほ、ほんとに?」
「切るぞ」
「え? ちょ、ちょっと襲く」
電話を切った。ライカの思わせぶりな言動は全く信用していない。情報屋はそういう生き物だからだ。
『ご褒美欲しいのか? カサネ』
「勝たなきゃ何の意味もない仮定だ」
聖女がどういう戦い方かは分かったが、特訓をする訳でもない。約束の時刻まであと二時間ないし。暇でも潰そう。




