おしまいはハッピーエンド
「ごめん、ごめん、機嫌なおして」
百合の後始末を任せて、レッドフリートはディーヌを抱いて帰って来た。
山の道は足場が悪くお姫様抱っことはいかず、馬を繋いであるところまでは子供のようにである。
ディーヌを馬の背に乗せるとレッドフリートは後ろに乗った。
「王太子殿下ともあろう方が、あんな、みだりに」
真っ赤になるディーヌは言葉が続かない。
ディーヌは走って山に来たのだ、レッドフリートの為に。
それを思うと嬉しくて仕方ない。
ディーヌはレッドフリートにもたれている。
そっとディーヌの足に触ると、ディーヌがピクンとする。
たくさんの擦り傷、屋敷に着いたらすぐに治療だと思う。
屋敷から山までは馬で直ぐに着くが、走るとなるとかなり時間がかかる、しかも女の足だ。
そして山の奥に入ってきたのだ。
疲れはてるのは当然だろう。
振動を少なくするために、馬には歩かせている。
「王家には伝えられていることがある」
背後にいるレッドフリートの言葉に、ディーヌは緊張する。それは王家の秘密を言おうとしていると察したからだ。
「300年に一人、竜になる男子が生まれる。王子は腕に百合の紋章があり、20歳になると竜になり人から離れてしまう」
それはレッドフリートの事だとわかる。
「王子を人に繋ぎ止める方法は、百合の痣のある聖女と心通わす事。
百合の紋章を持つ王子が生まれると、王家は聖女を捜すのです。
ディーヌが知っているように、聖女候補達は神殿で育てられ、王子と交流を持つのです」
馬から落ちないように、後ろからディーヌに回しているレッドフリートの腕に力が込められる。
「幼い頃から、神殿に通っていましたが、そこで心惹かれる女性はいませんでした。
ここにいたのだから」
「殿下」
「さっきのようにレッドと呼んでください。嬉しかった。
ディーヌが聖女であろうとなかろうと、貴女がいいんです」
ディーヌの胸元に、自分と同じ百合の紋章があるのを見て、レッドフリートは感動に胸熱くなる。
とてもロマンチックな事を言われているのに、ディーヌの頭の隅に、コートの下は裸。
この言葉が離れない。
「レッド、申し訳ないのですが、続きは服を着てからでお願いします」
まさかのダメだしである。
半年後、王都では神殿の鐘が鳴り響いた。
王太子レッドフリートとエインズ伯爵令嬢ディーヌの結婚式だ。
病気療養から戻った王太子が婚約を発表してから、半年で結婚式というのは異例なことだが、婚約者が聖女であることで異を唱える者はいなかった。
「ねえ、おかしくないかしら?」
ウェディングドレスを鏡で見ながら、ディーヌが侍女に尋ねる。
「お嬢様、おきれいです。きっと殿下も感動されますわ」
ベールの裾を広げながら、自慢げに侍女が答えるが、ディーヌは首を振る。
「緊張して、足が震えてきたわ、どうしよう?」
きっととんでもない人数の貴族が集まっているのだ、群衆の数となると想像もつかない。
この半年で夜会や茶会、訓練をしたとはいえ、ディーヌは田舎でのんびり育ったのである。
「帰りたい」
ボソッと出る言葉は本心である。
どうして誰も反対しないのか、自分に未来の王妃が務まるはずもない。
王族からは反対どころか大歓迎され、期待が重い。
「絶対に帰さない」
どこから聞いていたのか、レッドフリートが部屋に入ってきた。
「ディーヌ、私の聖女」
恭しく、ベールを手に取るとキスをする。
軍服に身を包み、王子様然としたレッドフリートは眩いばかりの美貌だ。
「美しい、私は幸せ者だ。ディーヌは奇跡だ」
自分より美しい男が、自分をほめちぎる。
ディーヌが帰りたい一因でもある。
花嫁のディーヌは美しい、だが、王太子はもっと美しい。
飛獣の幼体は、ゲンが管理責任者として地方の研究施設にいる。
百合の群生地は焼かれ、数個の球根が持ち帰られた。王宮で次に咲くまで管理されるらしい。
「ずっとディーヌを見ていたいが、時間だ」
嬉しそうに微笑むレッドフリートに手を取られ、ディーヌも微笑む。
この王太子に抵抗しても逃れられないのはわかっている。
逃げたら竜になって追いかけてくるだろう。
なら、一緒に幸せになろう、覚悟するしかない。
竜つかいの人生も面白そうである。
クスクス笑うディーヌにレッドフリートが見とれる。
「落ち着いた?」
レッドフリートはディーヌが緊張しているのがわかっていたらしい。
「宰相はジャガイモだ。大神官はニンジンだ。話が長いからな、適当に聞いていればいい」
「それ、二人の秘密ね」
祭壇に続く道を、小声で話す二人。
「君だけを探してた。君に会いたかった。
ディーヌ、君を愛してる」
「探しに来てくれて、ありがとう」
花嫁の笑顔は幸せに溢れている。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
普通の女の子のディーヌは、これからもレッドフリートを振り回していくのでしょう。
これで完結とさせていただきます。
violet