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三回表1 ソフトボール大会開幕です。

とうとう試合が始まります!


物語はここから動き出します!

 天候にも恵まれソフトボール大会は見事に開催された。


 春香と友達になったあの日以来、わたしの環境には変化があった。

 春香と話すようになったことで一人でいる時間は減り、クラスの他の子たちとの距離も格段に縮まっていた。


 ソフトボール大会を開催するにあたり、各クラス実行委員が任命されている。

 

「よっしゃー! 親睦かなんか知らないけど、B組の力見せつけてやろう!」


「「「おー!」」」


 その実行委員の掛け声でクラスの指揮が高まる。一方、わたしはというと……

 

 「お、おぉ……」

 

 モチベーションが上がるはずもなくモヤモヤしたままだ。ただ、少しだけ気持ちは楽になっている。


「それじゃあ作戦通り、打つ順番と守る場所はこれでいくよ!」


 わたしのいる進学クラスB組は、部活と勉強を両立するクラス。大半のクラスメイトが運動部に所属しており、他のクラスと比べて運動能力も負けん気も強い。そのこともあって大会が開催される前にホームルームの時間を使って作戦会議をしたくらい気合いが入っていた。


 わたしの気持ちが楽になった要因はそこにある。

 作戦会議で特に発言することもなく、ただただ流れに身を任せていたことで、控え選手となっているのだ。まぁ、たとえ発言していたとしても、みんなはわたしのことを都会育ちの帰宅部としか思っていないから結果は同じになっていたとは思うけど。



 案の定わたしのクラス、運動部集団B組は四勝一敗で決勝戦まで勝ち進んだ。


 みんな全勝できると思っていただけあって、悔しいがってはいたが相手が悪かった。敗戦した相手はC組。そのC組にはソフトボール部でピッチャーの特待生がいたのだ。その圧倒的な力の前にクラスメイトは誰一人としてバットに当てることすら出来なかった。


「あのピッチャーすごすぎ」

「ソフトボール部の特待生とか反則でしょ」

「キャッチャーの子も経験者らしいよ」

「これはC組の優勝で決まりやね」


 手も足も出なかった相手だけに、決勝戦だというのにクラスメイトたちもすでに敗戦ムード。誰一人として最初のような闘志を残していないようだ。

 

 もちろんここまで、わたしの出番はなく、ベンチでほほんと試合を観戦していた。このまま出番なく無事に終われば、わたしの平穏な日々は再びやってくる。そう思っていた。でもその思いを“あいつ”がぶち壊した。そう春香だ。


「あれ? るいちゃんだけまだ試合に出とらんっちゃない?」


 春香の声でクラスメイトの視線がわたしに集まる。


「そうやん! 広瀬さんまだ試合に出とらんやったね!」


「いや、わたしはいいよ。それにほら、帰宅部だしさ」


「そんなの関係ないよ! せっかくやけん出らんね!」

 

「「「そうさ! でらんね、でらんね!」」」


 春香の余計な一言のせいで、いくら断ってもクラスメイトたちからの執拗なまでの説得は続いた。最後はほぼ無理やり試合に出ることになってしまった。


(あぁ、春香、余計な事言わないでよね……)


 わたしが出る事になって春香は気を良くしたのか気合いが入ったようだ。


「よっしゃー! るいちゃん頑張ろうね!」


「うん、……そだねっ!」


 わたしは全力の作り笑いで答えた。



 皮肉なことに、わたしは九番セカンドでの出場となった。


(セカンドか……、まさかまたこのポジションに立つことになるなんて……)


 セカンドとは一塁と二塁の間を守備範囲とするポジションで、正確にはセカンドベースマンという。このポジションは中学までやっていたポジションだった。


(しかも、九番とか小学生時代みたいじゃん……)

 

 そして試合は始まった――。



 試合はみんなの予想通り一方的な展開になっていた。下投げでしか投げれないB組のピッチャーに対し、ウインドミルでズバズバ投げ込んでくるC組のピッチャー、しかもそれを平然と取るキャッチャー。点差こそ0対3と開きはないものの、力の差は歴然だった。


 あれだけ出るのが嫌だった試合なのに、始まってしまえば気持ちは変わるものだ。わたしは少し楽しんでいた。

 

 中学時代は軟式野球部に所属していた事もあり、ボールの弾む感覚の違い、バットの重さ、ピッチャーの投げる球のスピード感。どれもが新鮮に思えていたからだ。


 ただ、自分の中でまだ割りきれない気持ちがあるのも事実。実際に打席に立ってもここまで一回もバットは振っていない。


(とりあえずこの守備さえ終われば、次の攻撃で終わり。わたしに打順が回ってくることはないな)


 そんな事を思いながら守っていた五回表の守備。ツーアウトランナー三塁。

 わたしのクラスのピッチャーが投げたボールを相手バッターが思い切り叩きつけた。


 打球は一度バウンドするとピッチャーの頭上を越える。誰もがセンター前に抜けると思うような、そんな難しいボールだった。





(――あ)


 気が付くとわたしはそのボールを追っていた。そうなると、もう体は止まらない。弾むボールにバウンドを合わせてショートバウンドで捕球する。そして、そのまま流れるようにスナップスローで一塁にボールを送った。


 ファーストがそのボールをキャッチするのを確認すると審判は声高々と宣言する。


「――アウト!」


 無意識だった。スローボールで右バッターということで、守備位置をセカンドベース寄りにしていたというのもあるけど、バットがボールに当たる瞬間にわたしの体は勝手に反応していた。


 自分がしたことのはずなのに、自分自身が一番この状況に困惑している。その証拠に自分の荒い呼吸以外の音が、まるで時が止まってしまったかのように辺りから消えた。


(えっ……なんで? なんでわたし、こんなことやってんの?)




 すると突然、後ろから誰かに抱きつかれた。


「るいちゃん! さっきんとはなんね! ばりすごかって! ナイスプレーやん!!」


 わたしは荒い呼吸のまま顔を後ろに向ける。そこにいたのはセンターを守っていた春香だった。


「春香……」


 さっきのわたしのプレーでツーアウトだったはずなのに、いつの間にかチェンジになっていた。


「どうしたと? ほら! チェンジばい! ベンチいこ!」


 春香はそう言うと、わたしの腕を引っ張った。わたしはそれに誘われるままベンチへと戻った。


 ベンチに戻るとクラスメイトからの歓声と、質問の嵐がわたしを待っていた。


「広瀬さん! さっきのすごかったよ!」

「なになに? もしかして経験者やった?」

「ソフトやってたならもっと早く言ってよ~」


 さっきの出来事で敗戦ムードとは一変、まるでお祭りでもしているかのようにベンチが騒がしくなる。そんな中、わたしは一人で考えていた。


(なんで体が勝手に動いてしまったの……、勝ちたいから? 早く終わらせたかったから? みんなに申し訳ないから? 違う、どれも違う。ならなんで? わからない。……わたしは野球が嫌で辞めたはずなのに……、今だって……)



 だが、いくら悩んでも時間は待ってはくれない。五回裏の攻撃、B組のバッターは四番の春香からだ。普通に考えればわたしの打順まで回ってくることはまずありえない。


――カキーンッ!


 春香の打った打球はバックネットに突き刺さる。タイミングはバッチリだ。


「ねぇみんな! 今んと見た? 当たったばい!」


 春香は嬉しそうにバットを抱え、ベンチを見ながらはしゃいでいる。それはもう本当に楽しそうに。

 

(……なんであんなに楽しそうに笑えるの? わたしなんて……)


 しかし、大振りの春香。次の球を見事に空振りし三振に終わる。続くバッターも三球で仕留められ、次のバッターがアウトになれば試合終了。

 

 そうなるはずだった……。

 

 突然、相手バッテリーはタイムを取った。キャッチャーがピッチャーの元に駆け寄ると、何やら話をしている。


「ねぇ、るいちゃん。あれなんしよっと?」


 春香の問いかけにわたしは仕方なく答える。


「あれはタイムって言って、言わば作戦会議みたいなものだよ」


 わたしの言葉を聞いた春香は不思議そうに顔をかしげた。


「でもなんでやろうね? 作戦なんか立てんちゃ、普通に投げて終わりやろ」


 確かに春香の言う通りだ。今まで誰一人としてバットに当てることすら出来なかった……、いや、春香は奇跡的に当てたけど。そんな状況でのタイムなんておかしすぎる。


 相手バッテリーの次の行動でその疑問はさらに深まる。


 C組のピッチャーが投げると同時に、キャッチャーは立ち上がりボールを捕球したのだ。それは敬遠の動きだった。


 敬遠とは、良いバッターの時にわざとフォアボールにして、次の有利なバッターで勝負をしようとする作戦だ。もしくは、アウトが少ないときランナーをわざと貯めてダブルプレーを狙うなどといったケースもある。だけど、その作戦は通常はピンチの時にやるものだ。今のC組には全く無意味な行為だと言える。


「フォアボール!」


 審判のコールでバッターが一塁に向かう。わたしはその姿を目で追うと、そのままピッチャーに視線を移した。すると相手ピッチャーはわたしを見て、微かにだが笑った。


(――え? 今……、笑った?)

 

 続くバッターも同じように敬遠された。その行為でわたしは感づいた。

 

(まさか、わたしと勝負するつもり?)


 所詮は合同授業のソフトボール大会、勝っても負けても関係ないと言ったところか。どうやら、さっきの守備で意識されてしまったらしい。そしてこの流れ……、これは確実にわたしと勝負をしてくるそう思った。

 

 出塁によって盛り上がるベンチ。そんなクラスメイトたちにわたしはネクストバッターズサークルから問いかけた。


「ねぇ、みんな。……この試合、やっぱり勝ちたい?」


 試合中に野暮なことを言っているのはわかっている。だけど、今のわたしには勝負を受ける理由も、資格もない。


 わたしの問いかけにクラスメイトたちは一斉に答えた。


「「「当たり前!」」」


 その勢いのある言葉でわたしは無理やり自分に言い聞かす。


(みんなが勝ちたいって言っている……。ねぇ、わたし? 今回だけはしょうがないよね?)


 続くバッターもフォアボールで出塁し、ツーアウト満塁。


 予想通りわたしに打順が回ってきた。

 

 わたしはみんなの気持ちを背負って、仮初の理由を闘志に変えて、今バッターボックスに向かう――。

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