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第15話 沙羅さんは私の恋人

 第15話 沙羅さんは私の恋人


 女神に猛攻果敢に立ち向かった小人の噂は、翌日には社員全員に拡散された。

 最初こそ羞恥心に憤死しそうになっていた私だったが、時間が経つにつれてその内容のほとんどは温かい祝福に変わっていった。

 全社員からの袋叩きを覚悟していた私にとって、本当に本当に意外なことだった。

「そりゃー最近じゃ小鳥ちゃんも、別部署の男どもから密かに狙われてたからね」

「気づかなかった?」総務部まで記事のゲラを持ってきてくれた柊さんが、朗らかに笑って言った。

 部署前の休憩スペースに出ていた私は、恐れおののき声を潜める。

「それはやはり、沙羅さんに想いを寄せるあまたの男性が、私の首を狙っていたと……?」

「いやいや、どうしてそうなるの。まあ有り得ない話じゃないけど」

 柊さんも可能性を否定はしないらしい。

「小鳥ちゃん、素敵になったよ」

「へ?」

「初対面の時とは、見違えるくらいにはね」

 諭すような声が、改めて柊さんを年上だと教えてくれた気がした。そのせいか、否定する間もなく心臓がぎゅっと締め付けられる。

「そういえば、あれきり二人で昼食に出たことがなかったな。今から久々に語らわない?」

「え、う、あ、いえっ、今日はその!」

「今日も明日も明後日も駄目ですよ、柊チーフ」

 背後から聞こえた声に振り返ろうとする。でもその前に、後ろから回された腕が私の体を素早く包み込んだ。

 覚えのある甘い香りが届く。

「今日も明日も明後日も、昼食は俺と食べる約束ですから。ね、小鳥さん?」

「さ、沙羅さん……っ」

「ちょっと沙羅さん。公衆の面前で過剰なスキンシップは控えてもらえます?」

 呆れ調子でやってきた柚の言葉に、沙羅さんはすぐに両手を上げる。助かった。暴れ出している心臓が、喉から出るところだった。

「すみません、高梨さん。柊チーフの言動があれだったものですから、つい」

「こらこら慧人。あれって何だい、あれって」

「セクハラ一歩手前ってことですよ、柊さん」

「ちょ、戸塚ちゃんまで俺の敵!?」

「は、はは……」

 いつの間にか取材メンバーが揃い踏みになり、何とも言えないこそばゆさを感じてしまう。何を隠そう、人生初の告白に立会うこととなった皆さんなのだから。

「あ。インタビュー記事のゲラ、出来たんですよね」

 柚が、私の手元のそれに気づく。

「ああ。この記事のゲラも、直し次第各所に送って最終確認。それでようやく脱稿だ」

「ようやく、なんですよね」

 このチームに選ばれたときは、青天の霹靂どころじゃなかったけれど。

「このチームでみんなと一緒に仕事が出来て……私、本当に幸せ者です」

 思わず感慨深げに呟くと、柚が呆れたように肩を竦める。

「気が早い。まだ仕事は終わりじゃないんだからね」

「それはわかってるってば。残りの仕事も、もちろんしっかり進めるよ」

「ふふ、やっぱり小鳥ちゃんは可愛いねぇ。お姉さんが可愛がってあげようか」

「あ、それ、俺も混ざろうかな」

「ちょ……二人とも、離してくださいっ」

 悪のりした戸塚さんと柊さんに絡まれ、慌てて身をよじる。すると背後から、こほんと控えめな咳払いが聞こえた。

「小鳥さん、そろそろ行きましょうか。お昼の時間が短くなってしまいますから」

「あ、」

 はい、と続けようとする前に、絡んでいたはずの戸塚さんと柊さんの腕がするりと解かれた。驚いて二人を見上げると、何やら青い表情を浮かべている。

「二人とも、付き合い立てのカップルの邪魔は野暮ですよ。沙羅さん怒っちゃいますよー」

「もう、柚っ」

「そうですよ二人とも。じゃあ、失礼します」

「おう!」

「どうぞお気をつけて!」

 びしっと敬礼を決めた二人とニヤつく柚に見送られ、私は沙羅さんに手を引かれていく。

 使用頻度の少ない裏のエレベーター前まで来ると、沙羅さんは小さく息をついた。

「本当に、小鳥さんはどこにいても大人気ですね」

「そんなこと! 沙羅さんの人気に比べたら足元にも及びませんよ……!」

「いいえ。そんなことはありませんよ」

 慌てて首を振る私の耳元に、沙羅さんがそっと唇を寄せる。

「少しだけ、妬けてしまいます」

「……っ」

 そんなの、私だっていつも沙羅さんのことでこんなに惑わされているのに。

 大好きな甘い口調に、体中が簡単に熱を帯びてしまう。繋がれたままの手でそれに悟られてしまいそうで、慌てて話題を探した。

「あ、でもっ、本当に良かったですね。あの記事もいよいよ佳境に入って……!」

「そうですね。色々ありましたが、いい内容に仕上がりました。これならきっと、厳しい日下部先生の目にもかなうと思います」

「あ! そういえば」

 ふと落ちてきたキーワードに、私は重大なことを思い出した。

「今まで忘れていてすみません。実はインタビュー後の車の中で、日下部先生から言伝を預かっていたんです」

「言伝?」

 インタビュー後のあの日は、暴走して告白したり、それが奇跡的に成就したり、その後メンバーのみんなに冷やかされたりで、すっかり頭から抜け落ちていた。えっと、確か。

「『俺は諦めが悪い人間だ』と仰ってました」

「……」

 エレベーターが十五階に到着し、扉が開く。

「確かに、日下部先生は本当に沙羅さんのことが大好きみたいでしたから。私のことなんて意に介することもないんでしょうね」

 私も、日下部先生に認めれるような彼女になれるように頑張らなくちゃいけない。密かに意気込んで、エレベーターに乗り込んだ。

「それはきっと、俺のことじゃなく……」

「え?」

「いいえ。何でもありません」

 ふっと口元に笑みを浮かべ、沙羅さんもエレベーターに乗り込む。そして扉がしまった瞬間、沙羅さんの指がそっと前髪に触れた。

 柔らかな温もりが、額に押し当てられる。

「っ、沙羅さん……!」

「すみません。我慢、出来なくて」

 謝りながらも嬉しそうに告げる沙羅さんに、私一人がドギマギしてしまう。返事もろくに返せないまま、エレベーターが一階につくのを待つほかなかった。

「やっぱり沙羅さん、優しいけどずるいです」

「嫌いになりましたか?」

 ほら。またそんなずるい質問を。

「……大好きです」

 掠れるような声で、ぽつりと呟く。

「ずるいのは、貴女も同じですね」

「え?」

「でも、俺も大好きですよ。小鳥さん」

 エレベーターの扉が開き、顔を火照らせた私に、沙羅さんが笑顔で手を差し伸べる。

 苦しいくらいの幸せを胸に抱きながら、その手を小さく握り返した。


 終わり


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