1-7 『言葉が通じるという幸せ』
寝ちゃった。
女の子と一緒に。
しかもお互い全裸で。
「…………………………………………。」
ふかふかのベッドの上でレイは身を起こすと全力で泣きそうになった。
ここまで来る経緯や新人類にヤバイ物投げられたとかそんな物はこの際どうでもいい。
問題はこの現状だ。
いったいどんな神様の不条理すぎるサプライズがあったらこんな事になるんだ。
思わずレイは両手で顔を覆い隠したが現実は変わらない。
唯一の救いは、いまだ横にいるリンカがまだ起きてこない事だ。
ここで大人しくやり過ごせば、誤解を招かずに済むはずだ。幸い、ベッドの側にある木製のタンスには服が掛けられている。色が赤色メインで、よくヨーロッパの貴族とかが来ていそうな服装という、いかにもコスプレ大賞にでも出てきそうな服装なのは少し目を瞑っておくとして、これさえ着ればこの状況を打破できる。
そうとなれば早速行動。
レイはまず自分の体の上の上にかかっていた毛布から脱出するために、まずは足をそっと抜いていく。
が、ここでさらに問題発生。
「む、むぅ。どこにいきゅんぢゅじゃぁ?」
と、リンカは寝言を呟きながらレイの腕をしっかりとホールドしていた。
いや、ただホールドしているだけなら、工夫次第で何とかなる。
ただし今はリンカは全裸だ。
幸い、毛布を被っているので、重要区画は見えてないが、万が一、この布がはがれてしまったら、男として理性がぶっ飛びそうな予感がするのだ。自分の意思と関係なく(ここ重要!)だ。というよりさっきから胸がいい感じに当たっていて男として色々まずいのだが……!?
なんで男ってこんなに辛い生き物なのだろうのか。別に女子の裸を見たって、個人的には興味ないのに殴られるわ変態扱いされるしなあ……とレイはこの世を常識に少し悪意を感じながら、「リンカごめん」と一応小声で謝罪した後に普通に胸を触って手を解く。少しモッチリとした感覚がしたが、そんなのは無視して外した。勿論、レイは胸なんか興味ない。まあ、女の子には多少の興味があるが。
次は予定通り、毛布をどかして、無事ベッドから脱出する。
そのためにレイはまず、一人用の狭いベッドの上を最大限に活用し、自分の体をゆっくりとその場で回転させながら毛布だけを体からどけていく。
そこまでこれば後は簡単だ。
レイはゆっくりとベットから体を起こし、周囲の状況を確認する。
どうやら部屋の作りは、拷問器具や硬い鉄格子とかは無く、いたってシンプルなもので、全体が木の板で囲まれた十五平方メートルの部屋の中に、壁際に設置されたベッドとその反対側に置かれたタンスとちょっとしたテーブルといった簡素な造りだ。例えで言うならば簡易的な休憩室と言えるだろう。
「(って、何で俺たち捕まっていないんだ? 完全に不審者扱いされてもおかしくないはずなのに……)」
思えばそうだ。
レイはともかく、リンカは完全に新人類に敵対行動をとっていた。少なからず目を付けられていてもおかしくないはずだ。そして部外者を、周りを気にしないで焼夷弾まで使っておきながらこんなあっさりと放置しているはずがないのだ。
が、今はそんな事はそうでもいい。
レイは自分の頬を両手で叩いて意識を集中させる。
今後にかかわる重要な問題だが、レイはそんな事はさておき、取りあえず今の状況を打破するのに専念する。と言っても、後はもう服を着るだけなのだが。
「(よ、よし。やっと、やっとこの地獄が終わる。この精神を削りに削りまくったこの状況から解放される! これ以上の障害は無い。さあ、終わらせよう!)」
レイは心の中で神様に勝ち誇った顔をしてやった。たとえどんな不条理すぎるサプライズがあろうと、アドリブ力を極めたレイを前にしては神様も勝てなかった。
が、勝利の女神さまはレイに微笑んではくれなかった。
レイが勝ち誇って掛けてあった服を取ろうとした瞬間、
「もう起きましたかー……ッ!?!?」
と新人類の少女に流暢な英語で話しかけられたが、この状況をみて途中で固まってしまったようだ。
レイ ハ コウカジョウタイ ニ ナッテシマッタ。
年は同じぐらいで、茶色い瞳に同じく茶色い毛を肩の高さぐらいまで伸ばし、美少女という名が似合うその少女を見たレイは、直後激しい体の痛みを感じ、呼吸するのも忘れるほど呆気に囚われてながら相手に聞こえないほどの小声で呟いてしまった。
「リ、ンカ……?」
何故、この名前を呼んでしまったかはレイには分からなかった。
リンカと言う名は、レイがベットで寝ている少女に付けた名前のはずだ。
なのに何故、彼女にもこの名で呼んでしまった? 何故?
思考が上手く働かない。
思い出せ思い出せ思い出せ!
俺は今、この少女を誰と重ね合わせているのだ……ッ!!
あまりにも長く感じた一瞬の静寂を打ち破ったのは、新人類の少女のこの発言だった。
「あ、その、ご、ごめんなさい……?」
と、突如乱入してきた少女は帆を少し赤くして、なぜか知らんが息をはぁはぁとマラソンでもした時のような呼吸をしていた。
しかし、この状況下で何故か部屋から出て行こうとしない。と言うよりさっきからレイの全裸を見て興奮しているようにも窺える。
勿論レイはそんな事は一切わからず、この変化の無さすぎる現状に気まずくなってきた。
「(どうしようどうしようどうしましょう!? 普通この場合だったら少女が『きゃぁーこの変態!!』って叫んですぐに部屋から出て行って俺の第一印象、というより俺に対するイメージが最底辺まで落ちているはずなのに、どうしてこの子は叫ばないんだ? てかどうして部屋から出て行かない? いや別に叫ばずに何も言わないでほしいけど、き、気まずいわよ。この状況を打破する方法が俺には無くて気まずわ! だ、誰でもいいからヘルプミーなのです!!)」
もう頭の回路がショート寸前ですと言っているような感じで途中からオカマ化してしまったレイ。
あまりにも不条理すぎる現状をぶち壊したかったレイのカワイソウな願いを叶てくれた人物がいた。
ただし、願いを最低な形で叶えることになったが。
「ん? なんだ、もう起きていたのか……あ」
と、まるで神様がここぞとばかりのタイミングでサイアクのサプライズを起こしたと言わんばかりに、そして若干空気を読めていないタイミングでリンカが覚醒した。しかも服を着ていないので重要区画が丸見えだ。これにはレイと少女を思わず目を逸らしてしまった。
目を擦りながらリンカはまずレイを見て安心して、続いて知らない少女を見て驚いて、最後にレイの下半身を見て、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした。
ここで何時ぞやのフラグ建設を完工してしまったレイは、無意識に更なるフラグを立てていく。
「違うんだリンカ! こ、これはその……その……」
レイは何か駄弁しようとするが、何もいい案が浮かんでこない。リンカはそんなレイを見て、大きく息を吸って吐いた後、
「いやああああああああああああああああああああああッ!?!?」
と顔を溶岩並みに赤くし、叫びながら全力でレイを殴った。少し頭の骨に皹が入るか入らないかぐらいの勢いで。
レイは5センチぐらい宙を舞い、リンカの殴った衝撃のあまり意識を朦朧としながら窓の外に映る日本独自の宗教のお釈迦さま、阿弥陀如来が空の彼方から降って来たような錯覚をしたので、心の中で手を合わせて合掌しておいた。
「そ、そういうわけだったのね。はぁはぁ、何か変な勘違いをしてしまったから体が動けなくてはぁはぁ」
「……お前、色々と大丈夫か? さっきから息切らしているし」
あれから二分後。
今はどうにかレイは意識を失わないで済み、リンカや乱入少女への誤解も無事に解くことができて一段落付いたところだ。
二人とも服もあの厨二病全開の服を無事着ることができ、その服が意外にもしっかりとした生地で作られていて、その着心地にうっとりしてしまっていた。
レイはとりあえず乱入少女をベッドに座らせて、今までの経緯を説明してもらうことにした。
ちなみにリンカは英語がわからないので、今は黙っている。時々質問しようとするが相手に伝わらないのでレイが間に入って翻訳していた。
で、レイが翻訳を間違えていない限り、話をまとめるとこうだ。
「なるほど、つまりお前は俺たち『古代種』をここに収容するための特別機関の人って事か?」
「収容ではなく保護なんですけどね。『古代種』の知識はこの街にとって重要なものなので、他に渡ってしまい殺されないようにするのが私たちの役目ってことです」
「つまり俺たちは只今絶賛実験動物状態ってことか」
レイは一通り話を聞いて、安心と不安の両方を感じた。
他のところに行っていたら確実にまともに過ごすことができなかっただろうが、この街で平凡に過ごすことも分からない状況だ。いつ自分が殺されてもおかしくない状況だということを、嫌というほどわかってしまう説明でもあった。つまり不安定なシーソーと同じだ。相手の行動次第でどちらに傾くかわからない一方的な賭けだ。
今必要なのはレイたちに対する今後の対処の確認だ。それによって今後レイたちのとる行動が決定する。
ここから逃げるか、ここで過ごすかが。
つまり今取るべき行動は……
「まあ大体は分かった。もう少し詳しく話を聞きたいからお前の上司(?)に合わしてくれないか?」
先程もあったように、英語、ここで言う『古生語』はまだ完全に翻訳しきれていないようだ。そのせいで若干の文法の間違いや、単語ミスがそれなりにあるので、その分はこちらの想像力でなんとかするしかないのだが、その間違いはこちらも同じだ。できるだけ相手が理解可能な単語をチョイスし、円滑にことを進めていく必要がある。しかしそれも相手に伝わるか不明なので、少し疑問系になったりもするのだが。
しかし、相手にも上手く伝わったようで、話がスラスラと進む。
「ああ、それならもう面会の準備が終わっていますよ。私の上司、レーフストリ様も貴方にお会いしたいようですよ」
レイはその話を聞いて、なんかテンポよく事が進んでなくね? と思ってしまった。まるでレイたちがここに来ることを事前に知っていたような対処だ。そうでもないとこんなに早く会えるはずがない。レイが知っている世界の常識が通じればの話だが。
しかしレイは、ここはこの話に乗っておくべきだと考えた。その気になれば逃げることも容易だし、もしもの時の対処もいくつか作ることもできる。だが、常に自分より上の者がいる事は承知の上なので、過信はしていない。
レイは一通りの考えをまとめると、ベッドに座っている少女と向き合った。
「なら、その人と面会させてくれ。今からで構わないんだよな」
「ええ、では早速移動しましょう。移動に時間がかかるので、早いことに越した事はありません」
少女はそう言って立ち上がって部屋から出て行ったので、レイとリンカも続いて出て行く。
廊下はレッドカーペットと豪華な感じだが、今の時代の人はそんな事は思っていないようだ。
豪華な階段を降りて一階まで降りると、玄関らしき大きなドアがレイたちを待っていた。
少女はドアの前に立つと、何かを思い出したような顔をしてレイの方を向いた。
「ところで、貴方とそこ女の子の名前はなんと言うのですか?」
そういえばまだ名前を名乗っていなかったなとレイは今更思い出しながら、リンカの分まで説明する。
「俺の名はレイ・ギルティだ。こっちはリンカ・アルヒィド。俺の従兄弟だ」
途中、偽造や嘘を入れたが、レイはその方が都合が良いと考えたのだ。他人より親戚の方が多少の融通もきくだろうし。
「私の名ビルビット・クロウゼル、近くの学校に通っている普通の学生よ。よろしくね、レイ、リンカ」
そう言って少女はドアを開けて、最後にこう述べた。
「そしてようこそ。私たちの街、魔術都市へ」