1-8 『魔術都市』
中世ヨーロッパのイギリスを連想させるような石レンガ造りの建物が連なる大通りを、キャリッチ型の馬車(この時代は馬ではなくオオカミを巨大化させたような生き物に引かせている)に乗って通っていく。
外装は少し派手で、赤色と白を基調としたカラーで、申し訳程度に金色の装飾が施されている。そして尚且つ、何故か小型化された蒸気発電機が馬車の下に付いているという訳の分からない物に乗ってしまったが、内装は意外としっかりとしており、椅子は革製で座り心地がとても良い。下手すれば、昔レイがいつも座っていた安物の椅子よりも良いかもしれない。何より、この中には、電球と、少々性能は良くないがエアコンが付いていた。
「(……この世界は一体全体どうなってるんだよ。建物はレンガ造りの中世ヨーロッパ風だと思ったから科学力もそのぐらいのレベルかなと思っていたが、意外と進歩しているな。もっとも、論理だけでそれを完全に行使できるほどの技術力は無いようだけど)」
確かに性能は良くない。だが、この狭苦しい密室空間に閉じ込められているのも苦しいので、無いよりはまだマシと言ったところだ。
そのおかげか、リンカは股を開いてドアに持たれてだらしなく寝ているし、ベルビットに関しては『あー。き、き、気持ちぃぃぃ……』と危ない意味で溶けそうになっていた。
そう考えると、当たり前のようにあった物が無くなると、初めてそのありがたみや大切さを感じてくるなと、しみじみ実感してしまったレイは、そんな当たり前の物が、この時代ではどのような形で再現されているかが気になって、それとなく窓の先にある街並みを見つめていた。
ガス灯と思われる街灯が等間隔に道と平行に並んでおり、電気はあまり復旧していないようだ。『あまり』と言ったのは、先ほども述べたように蒸気発電機が既に存在しているので、ガス灯ではなく電柱でもいけるはずだが、おそらく電気を伝えるための電線か、または高圧変圧器がいまだ発明されていない可能性があるためだ。
「(やっぱり、いまいちこの世界の法則性と言うか科学力と言うか、そう言ったものが別の物にすり替えられているような感じがするな……。おそらく宗教や神話などにすり替えられているのかな? その辺りはもう少し調べた方が良いかもな)」
その辺りは今から行くところに答えがありそうだなとレイは思った。
そんなレイの心が読めたのか、ベルビットも窓の外の景色を見て、何やらバスガイドさん風の紹介を始めた。
「あそこの建物の間から見える白い神殿風のでっかい建物があるでしょ? あそこがこの街の真核を、いわるゆ政治の中心部、って言った方が分かりやすいかもね。それをになっているのがあの『アーバレルチェイ』、古代語に訳すならおそらく『大聖殿』だね。他にも法律などの決めごとの監視役がいる法殿や、農作物や水産物の生産管理などをするところの食豊殿などが入っているの。またその周囲にも重要な施設がいくつもあるのよ」
要は日本でいう霞が関みたいなところか、とレイは昔の東京を頭の中で懐かしい思い出を再生しながら質問していく。
「要はこの街の象徴的な建造物ってところか?」
厳密には違うけど、一般的にはそう言われているなと、ビルビットは付け説明をしたところでゆっくりと馬車が止まった。
窓の外を見てみると、高さ五メートルほどある金色の鉄格子で作られた門の前に付いたようだ。
長い白髭が特徴の馬車の操縦者が一旦降りて、門兵と思われる鋼の鎧を着た騎士に何やら手続きを行っている間、ベルビットの解説は続く。
「この街最大の特徴は、ゾロアスター、この場合古代語だと『魔法』と言うんだっけ? まあ、その『魔法』の開発が世界トップクラスというところなの」
そう言ってビルビットは小声で何か呟くと、左手から直径10センチぐらい水が出てきた。レイには見えていたが、空気中の水分を凝縮して作ったようだが、ほとんどは錬金術を使って水素はもちろん、酸素と窒素を変換して水に変えたようだ。
レイが知る限り、この世界の錬金術とは、ファンタジーのように無制限にできるのではなく、例えば一辺1メートルの立方体の中身を酸素から水素に変換した場合、世界のどこか、それも宇宙に存在する水素を先ほど変換した酸素と入れ替えるといったくどい方法なのだ。この辺りは原子は別の原子に変わることができない性質を無理やり行った結果と言われている。
ただし、この世界で言う『魔法』は、はるか昔に存在した『能力』と同じ仕組みなのかは、これも調べる必要があるのだが。
ビルビットは左手にあった水の玉を握って消して話をつづけた。
「今使ったような『魔法』を研究、開発する機関は世界中の国や地域にあるけど、その中でも頭一つ抜けているのがこの街なの。この街の歴史を語ると四日四晩語ってしまうから今は言わないでおくけど、この街は今から百年ほど前に『聖王』と呼ばれえるこの街最強の魔法使いにして街を統括されるお方が作られたの」
「聖王? それはつまり王様なのか? てことは、ここは国の首都ってことか?」
するとビルビットは首を縦にふるとその答えを否定した。
「この街はちょっと特殊でね。この街がある帝国、『スキカルリ帝国』の支配権から完全に独立しているの。いわばちょっとした独立国家状態なの。だから形式上は聖王様は国王ではないの。それに政権の大多数を『七族』と呼ばれている、他で言う貴族みたいな人達に渡しているからお飾り状態なのね」
「ん? それってつまり、聖王とやらは何もしていないってことか?」
「……そう言われると確かにそうだけど、聖王という存在だけでこの街は何事もなく過ごせているからね。完全なお飾りってわけじゃないの」
―――飯食って映画見て寝るッ!男の鍛錬は、そいつで十分よッ!なんだかもう聞いていると、昔の日本国憲法と似ていると言っても過言ではないな……。
レイは心の中で静かにそう思った。
レイが生まれた時代には『日本』という国は消滅していたから、平和主義の国という話と有名な憲法をレリシーに教えてもらった事があったのだ。
一度行ってみたことがあったが、もはや廃墟と化していたので綺麗とか平和というイメージより、もはや死滅した所というイメージのほうが圧倒的に大きかった。
それについての件についても後々調べないといけないなと、今後の予定にリストアップしていく。
そんな事をしているうちに、馬車の外では、手続きを終えた長い白髭が特徴のおじさんが戻って来た。
門兵の騎士たちも最後に大きな声で何か叫ぶと、金色の鉄格子で作られた門がゆっくりと開いていく。
門を潜ると、そこに待っていたのは昔のヴェルサイユ宮殿を思い浮かべるようなデカい、とにかくデカい豪邸が待ち構えていた。
家の玄関の前にある馬車止めに馬車がゆっくりと止まると、独りでに馬車の両開きドアが開いた。
この原理の説明は省略するが、これも『魔術』を使ったものだ。なのでレイはさほど驚かなかったが、リンカを起こす前にドアが開いてしまったため、ドアに持たれて寝ていたリンカは危うく地面に叩きつけられる所を、レイが腕を掴んで何とか防いだ。けどリンカはそんな事があっても全く起きなかったため、取りあえずおんぶをしてビルビットに迷惑をかけないようにした。その際レイはある事を思ったのだが、ここは女の子であるリンカのためを思ってあえて省かせてもらう。女の子を怒らしたところで何も良い事なんてない。
……少し苦笑いされたが、これは致し方の無い犠牲だ。その辺りはぐっと我慢しよう。
そんな事を思いながら、高さ二メートル半ぐらいある木製の玄関の扉を潜った。




