2-2 恋愛魔法使いの心
「どうしてこんな格好をさせられなくちゃいけないんですか」
明石会の教室に入ったなり、つくしは頬を赤らめ力なく言った。
机に座っていた桐花は指を指して笑い、常陸は嫌らしい笑みを浮かべた。
「あったりまえじゃん。ここは男子禁制。ふらふらと出入りすると変態よ。てかあんたならすんなり受け入れると思ったのにさ」
「むしろ対策を取った衣達に感謝するべき」
放課後になると同時につくしに桐花からメールが届いた。今日だけで三桁に入るんじゃないかというほどのメール量だったのでまたかと思いつつ内容を読むと、今までとは違っていた。
『今日の恋愛魔法の授業は一限だけだから、明石会には一時間後にきて。その間この通りに行動して暇をつぶしてなさい。まず一年棟の給湯室でお茶を飲み、その後二年二組前、七組前、一組前と移動してから三階の資料室のドアに恋愛魔法使いしか読めない文字で書いてるからとりあえずそこまで行って』
というメールの通りにバカ正直に行動し、資料室前についてから恋愛魔法を使うことにした。すると扉から青い文字が浮かび上がり、ブラックライトのような怪しい光でこう書かれていた。
『運動部室棟の女子トイレの一番奥に行け』
「バレタラ停学モノだったんですから!」
つくしは思い出しながら震える。
そんなリスクを負いつつも奥のトイレに入ると、そこには小学生が使うような可愛い猫のイラストをあしらった手提げ袋が扉のフックに掛かってあった。
「可愛いでしょその手提げ。あたしが小学生の家庭科で作ったものよ。さすがにこの年じゃゴミだからあげるわ」
ところどころほつれがある雑な作りの手提げ袋の中には女装セットが入っていた。
万葉高校のジャージの上着、制服のスカート、黒のタイツ、そして黒いセミロングのウェッグ。
これらを身につけたつくしは身長が高くないこともあって女生徒に見えなくもない。
「ぶっさいくねあんた。骨格も男だからスカート膝下まで伸ばしなさい。あとこれもかけなさい。度無しだから安心して。だってそのままだとただの女装したおっさんよ、おっさん」
ぶふっとこらえきれなくなった常陸から笑いが漏れる。
女装したおっさんという言葉が気に入ったのだろう。
桐花に言われたまま、スカートを伸ばしてメガネをかけるとうんうんと小さく桐花は頷いた。満足はしていないが及第点と言った反応だ。
「これからここに来るときは絶対その格好で来なさい。女装セットは入会祝いであげるから大事にしてよね」
「それはありがとうございます。でも僕は、そのやっぱり男として恋愛魔法をーー」
「わかってる。つくしの言いたいことは承知よ。でもまだ時間が必要。今のあんたが校内で恋愛魔法使うと、みんなどう言った反応を取ると思う?」
そんなことを想像したことの無いつくしはしばらく考えてから口にした。
「犬じゃないですかね。学校に犬が入るとちやほやもするけど、嫌いな人も中にはいてという反応」
「甘い!」
桐花の大声につくしはビクツく。桐花の隣の常陸は大きく頷いていた。
「衣もその認識は甘すぎると断言する。不知火が魔法を使ったときの反応はだな……。女装したおっさんが校内に侵入してきた時と同じ」
「女装したおっさんでた!」
桐花は手を叩いて笑っているが、常陸はドヤ顔を決めている。いい被せが決まったと思っているのだろう。
「ちょっとボケないで真剣に!」
「「真剣よ!」」
桐花と常陸は声を合わせて真顔で言う。
「それくらいドン引きされるし避けられるってこと。まあ入佐会をどうにかすれば変わるかもしれないけれど」
「そうだ、入佐会のことを教えて下さい! 知ってること全て」
「えええええ。面倒だしあたし買い物あるから常陸に聞いといて」
じゃあねーと軽い感じで言って桐花は颯爽と教室を後にした。
「買い物って何ですか?」
「さあね。説明するのが面倒だから逃げたんじゃない?」
「もしかして常陸さんも説明嫌ですか?」
眠そうな、気怠そうな表情を崩さない常陸の感情はかなり読み辛い。常時ポーカーをしているかのようだ。
「ぜんぜん。むしろ超好き。スキスキスキスキ」
それだけ好き好き言われると嫌がらせのように思えるが、純粋なつくしはありのまま受け取って笑顔で安堵した。
つくしが席に着くと常陸は教壇に向かった。わざわざ立ち位置をかえるとは言葉通り中々ノリノリな様子だ。
「では不知火は何を聞きたい?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「感謝は満足な回答を得られてからで良い」
テンションが高いからか多少面倒なノリをしている。
「わかりました。まず入佐会って何ですか」
「簡単に言うと万葉校最大の会員数と男子からの支持数を持つのが入佐会。会長は入佐由実と入佐梓」
「すごいですね。恋愛魔法使いと男子からも支持を得ているなんて。あと会長が二人いるんですか? 姉妹? どちらかが副ではなくて?」
「入佐は双子で二人の間に上下関係を作らないことに固執している。だから二人が会長で入佐会が集めた票は全て二人に分配することになっている」
「何だか蜂みたいですね。女王の為に働くみたいで」
つくしは不満そうに言う。
「この世は弱肉強食、それは恋愛魔法界でも同じ。数でモノを言わせる入佐会と力でモノを言わせる高倉会。どっちが優れているか優越はつけにくい。でも桐花は酷く入佐会のやり方に不満を持っている」
「僕もです。恋愛魔法は最高の相手を見つける為の能力。その能力を高める為に異性の奪い合いをするのは使命のようなもの。なのに手を組んで票を独占するなんて恋愛魔法使いの風上にも置けません」
「桐花と似たこと言う。その考え方が基本でもあるしクラシックでもある。だけど入佐ツインズはしっかりと実力を持っている。この学校じゃ、内面の入佐梓、外見の入佐由実と言われるだけあってその能力では一番長けているし、万葉校で六人しかいないAランク保持者でもある。そして入佐ツインズの他に二人のAランクを入佐会が抱えている。それを知れば入佐ツインズの凄さがわかるでしょ」
「すみません。そもそもランクが詳しくわかりません」
「ランクの説明からか。少し待ってて」
そう言って常陸はホワイトボードにEからSのアルファベットを書いた。
「ランクってのは、戦闘、内面、外見、感知の恋愛魔法の総合力で分けたもの。選定は基本的に各エリアを担当する恋愛魔法の指導長、万葉校の場合は春日先生が行うことになっている」
「あさひちゃんは感知魔法が得意だから適任ですね」
「ま、そういうこと。総合力のランクは点数で決められている。万葉高校の場合は五十点、つまりEランク以上じゃないと入学が出来ない。だからEが最低。そこから十点ごとにランクが上がることになってる」
「五十からだとSランクは何点ですか? 確か美香紗はSランクだったはず」
「Sランクは殿堂入りみたいなもの。点数をつける必要がないくらい素晴らしいランクとされている」
「百点以上ってことですか」
「その認識でいい。それくらい特別なこと。例外と言ってもいい」
つくしの背中に冷や汗が滲む。そんな途方もない相手と対峙した事実に。
相手にならなくて当然。自称天才の桐花が逃げるわけだ。
「だいたいDかCランクが平均で、Bだとよくできる、Aはかなりできる」
Aランク以上を持つものは七人いて、そのうちの四人を入佐会が占めるのだから、票の独占はしかたがないのかもしれない。
「そんなすごいのに、どうして会員の票を全て奪うような真似をするんでしょうか。正々堂々勝負すれば不満がある人も少なくなるのに」
「この高校に通う恋愛魔法使いの最終目標は何だと思う?」
「……いい大学に行くこと?」
ぶぶーと常陸はやる気のない効果音を発した。
「アフロディーテ」
「何ですか、女神ですか?」
「まあそうでもあるけど……あんた本当に歴史的なこと知らないんだ。野球で言えば甲子園くらい常識なことなんだけど。アフロディーテは卒業時に獲得票数が一番多い人に贈られる賞。最初に取ったのが春日先生ということもあって憧れになってる。
その決定方法だけど、最後の集計を最終登校日に行い、そのときにもし一年か二年が最多得票だったら、三年で一番になってもアフロディーテにはなれない。だから中々に難易度は高い。例年なら二月は票取り合戦でえらい騒ぎ。個人個人が男子の取り合いするんだからすごいことになるわ。祭りみたいなもので、万葉校に入学したのなら覚悟しなければならないことだけど、普通の生徒は楽しいことじゃないわ。だから入佐会の票の独占を喜んでいる人も多いし、独占した方が平和と思っている部分もあるし、独占するに値する恋愛魔法使いとも思われている。だからこの現状になった」
恋愛魔法使いによって毎日行われる争い。それに巻き込まれ人間関係が崩れる一般生徒がいてもおかしくはない。もしかすると入佐会は学生生活の平和の為に、恋愛魔法使いのイメージ向上のために、この状態に持っていったのかもしれない。
たくさんの国が領土を奪い合うよりも、ひとつの国が統治して少数の国と領土を奪い合う方が被害が少ない。今の万葉高校はそういった状況なのだろう。言わば冷戦状態。
「これを桐花さんは崩そうとしているんですね」
「桐花だけじゃない。衣も。そして不知火もよ」
常陸はつくしの名札を指差す。
名札から消えた入佐由実の名前がその証拠だからだ。
「不知火は巻き込まれたと言ってもいい。だからこの現状を知って明日の夕方に名札を元に戻しても文句はない。もし桐花が怒っても衣がなだめるから安心して自分が思う選択をすればいい」
「ありがとうございます。でも僕は恋愛魔法使いです。恋愛魔法使いには最高の相手を見つけるまで切磋琢磨するべきという基本理念があります。僕はそれを忘れるほど己惚れてはいません」
つくしが真剣に訴えるように言うと、常陸の表情は雲間から覗く陽のような僅かな笑みを見せた。




