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恋愛魔法はじめました。  作者: 奈屋一郎
恋愛魔法であいました。
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1-7 恋愛魔法はじめました

 桐花の初告白は結果は撃沈だったという。

「俺のプレート見てわからないの? 入佐会の派閥だからごめんね、だってさ。権力に屈する男ほど情けないものはないわ!」

 桐花は振られたものの、プンプンと怒りを振りまいて歩き、つくしとしてはメソメソとされるよりは楽だったので少し安堵した。これだけ感情を発散できていれば傷跡は残らないだろう。

「なんて告白したんですか?」

「はあ? 告白? するわけないじゃん。どう思うか聞いてみただけよ」

「それでその答えなら立派な失恋じゃないですか?」

「はあ? 失恋? あたしは認めないわよ。あんな奴を好きになったのなんて気の迷いでただの焦りよ。というか練習? 踏み台? わかるでしょ三百六十五連敗のあんたなら」

 さっきまでは先輩と呼んでいた相手を、あんな奴と蔑むように呼ぶなんて偉い態度の変わりようだ。

 つくしはうんうんとうなずく。振られた後はそんな事実をなかったことにしたいという心境はよく理解できたからだ。しかし決して踏み台という意見に賛同したわけではない。

 これから帰宅するのだろうと桐花について歩いていたつくしだが、桐花の足は校舎に向かっていた。

「あれ? どこか寄っていくんですか?」

「ええ、恋愛魔法使いは放課後が本番なんだから当然でしょ」

 恋愛魔法についての勉強はしていたつくしだが、恋愛魔法使いの日常については全く知らなかったので、わくわくして桐花の後ろをついて行く。

 万葉高校には各学年棟と、運動部棟と文化部棟、そして恋愛魔法棟がある。一番小さく二階建てで教室が十五ほどしかないのが恋愛魔法棟だ。

「あんた恋愛魔法には詳しいけど、そのカルチャーには疎いの?」

「出来れば少し教えてもらえますか?」

 いいわよ、と少し愉悦した表情を浮かべる。

「万葉高校は恋愛魔法の第一人者と言われてる春日あさひを卒業生に持っている影響で、恋愛魔法には力を入れていて一般人よりも恋愛魔法使いを優先して合格させるようにしているわ。だいたい合格点が五教科で四百だとすると、恋愛魔法使いは能力にもよるけど、最低でも三百を取れば受かると言われてる。だから県内でもかなりの数の恋愛魔法使いが通っているわ。確か百十一人だったはず」

 女性の場合百人に一人が恋愛魔法を使えるとされている。万葉高校の全校生徒数は千百二十一人、その内女子が五五六だから、普通の確立よりも二百倍の人数の恋愛魔法使いを抱えていることになる。

「数だけじゃなくって質も高くって、この学校で卒業できればそれだけで一流と認知されるほどね。特にトップクラスになると県下でも有数の実力者になるわね。ま、高倉美香紗がすご過ぎて高倉美香紗のいる学校って今じゃ認知されてるけど」

「少し情けないですね」

「ふん・そのうち高倉美香紗と明石桐花がいる学校って認知されるようになるわ」

 さっきあれだけ打ちのめされてよくそんな大口をたたけるなと、つくしは感心する。桐花と違ってつくしはかなり動揺していた。まだ脈が早く、興奮は収まらないし、なにより自分に対する失望感もあった。だからこそもっと恋愛魔法について知りたいという気持ちが強くなった。中途半端な独学ではなくしっかりとした教育を受けたいと。

「で、恋愛魔法使いは放課後が本番とはどういう意味ですか?」

「普通の授業は受けないといけないでしょ。だから放課後に恋愛魔法の授業があるの。七時間目と八時間目にあたるのかな。それが週に六時間。それが終わってから各グループに分かれて研究会と言えば聞こえはいいけれど派閥によって恋愛魔法の鍛錬を行うのよ」

「その派閥は仲がいいとかそういったことで決まるんですか?」

「まあ大体はそうかも。でも一応勉強なんだから各ジャンルの魔法が得意な会長がいるところにそのジャンルの魔法が得意な会員が集まるわ。あと当然だけれど、規模が多いほどこの学校で力を持っていることなる」

「桐花さんはどれくらいの規模なんですか」

 つくしはわくわくとして訪ねた。きっとかなりの規模に違いない。十年に一人の逸材で、春日あさひの再来と呼ばれる高倉の本気の魔法を見破るほどなのだから。

「ま、着いてくればわかるわ」


 着いた先は普通の教室よりも小さい……というよりも資料室のような部屋だった。多くても十人が限度の狭さだ。

 桐花がその教室の扉を開けると一人の女生徒がいた。

「あれはあたしの相棒」

 相棒にあれとは何たる扱い。その声で誰かが来たことに気づいたふしめがちな彼女はつくしをちらりと見て首をかしげた。

「常陸衣よ。あんた誰?」

 気怠そうで覇気のない顔の作りを常陸はしていた。やる気がないとか眠そうと見た目で判断されてしまう系統だ。

「僕は一年の不知火つくしです。よろしくお願いします」

「どういうこと。男なのにこの棟にいるってことは衣に告白?」

「いえ、違います」

「だよねー。だって高倉二つに入佐姉一つだもんね。知ってた」

 常陸はつくしの名札を確認してから力のない声で言った。これは残念がっているわけではなく、ただ彼女の声のトーンにテンションというものがなく、顔同様に力が入っていないからだ。

「さ、適当に座りなよ。常陸、会長どこ?」

 ホワイトボードが置かれ、その正面に長机が前後に二つとパイプ椅子が各三つ並べられていた。常陸は前の長机に座っていて桐花はその隣に座った。つくしは続いてその後ろに座った。

「伝言」

 そう常陸は棒読みで言ってプリントを桐花に渡してからつくしの方をゆるりと向いた。

「告白のとき以外はこの棟には一般生徒は立ち入り禁止だよ。衣は怒られるのが嫌いだから、不知火がどっかいってくれるとありがたい」

「それでしたら大丈夫です。僕も恋愛魔法使えますから」

「あっそう」

 と会話を流した後、常陸は体を前に戻した。

 それからちらりと三度つくしの方を見た。

「つくしやるわね。常陸が三度見するなんて初めてよ」

「冗談じゃない? なあ桐花、なあ桐花」

「うっさいわね。今読んでるんだから構わないでよ」

「それって何か書いてるの? 衣には無地にしか見えない」

 それは不思議だなと興味を持ったつくしは後ろから桐花の伝言を覗き見る。

『これを読めたものに会長の座を譲る』と一行目の文章がしっかりとつくしにも読めた。

「えっ? 読め――っ」

 スネに蹴りが飛んできてつくしは思わず言葉を引っ込めた。蹴りの主は常陸で間違いない、桐花は伝言にらんらんとかぶりついているのだから。見かけや雰囲気に関わらず中々素早い動きを繰り出すようだ。

「何ですか、常陸さん」

 蹴った理由を聞くと常陸はつくしに顔を寄せて耳打ちした。

「面倒事に巻き込まれたくなかったらあれを読めない体にしろ、わかった?」

「わかりました」

 感情のない声をしているものだから殺し屋に脅されているような感覚を覚え、恐怖心でついうなずいてしまった。

 桐花は十行ほど書かれた文章を一分ほど読み込んだ後、意気揚々と立ち上げりホワイトボードに「新会長たん生」と書いた。

「えっと、前会長からの意志を引き継ぎ、あたしこと明石桐花がこの感知組第三会の会長になることが決まりました。前会長も粋なことしてくれるじゃない。高度な感知魔法が使えない者にしか読めない文字で書くなんて。で、そういうわけで今日からここ感知第三会は明石会とします! 異論はないわね」

 完全に祭り上げられただけなのだが、桐花は気づかずに幸せそうな表情をしていた。

「あの、桐花さん。常陸さん以外に他に誰かいるんですか?」

「えっと誰だっけ? 名前忘れた」

「確かあと二年が二人くらいいたけど、最近違う組に移動したって聞いたわ」

「ふん、そんな幽霊会員のことなんてどうでもいいのよ」

「じゃあ二人ですか?」

「違うわ、三人よ。あんたを入れて」

 突然の展開に常陸は桐花を二度見をした。

「桐花、本気?」

「当り前よ。文句は言わせない。あたしがこの学校で一番になるにはこいつの力が必要なの。つくしも異論はないわよね、あんたみたいな異分子を受け入れるクラスなんてここ以外ないはずよ」

「そ、それはうれしいことなんですけど」

「少しいい?」

 常陸は少し表情を強張らせて言った。

「入会の前にこいつの力を見せてもらっていい? 実は恋愛魔法を使えるのは嘘で二人がいちゃつく場所を作るためって可能性も否定できない」

「いいじゃんいいじゃん。つくしは結構やるわよ。驚く常陸の顔が見てみたいわ」

 楽しそうに笑う桐花だが、つくしにそんな余裕はなく、悲壮な表情を浮かべた。

「実はその、恋愛魔法なんですが……あれはえっと」

「何よ、はっきり言いなさいよ」

「はい! えっと、元はと言うとあの力は別の恋愛魔法使いによるものでして、僕自身の力じゃないっていうか」

 常陸は鼻で笑う。桐花の邪な行動を予見したと。

 桐花は慌てふためく。あれがつくしの力だと信じていたからだ。

「そんあことないわ。聞いたことない。魔力を供給する力を持つ恋愛魔法使いがいるのは知ってるけれど、それじゃないの?」

「いえ。僕の場合はそれに触れた時に魔法を使えるようになったので間違いないです」

「それってもしかしてあのパンツ?」

 ゆっくりとつくしはうなずく。頷きたくない事実だけれど。

「じゃあさ、あたしのパンツで試してみなよ。もしかするとつくしは女性のパンツから魔力供給できるタイプかもしれないわ」

「違いますって。きっとその恋愛魔法使いの能力の一つに、その恋愛魔法使いが身に着けているものに触れると一般人が恋愛魔法使いになれるって力があったんですよ」

「その恋愛魔法使いは誰? そんな摩訶不思議な能力を持つ名を聞きたいわ」

 じっと二人はつくしの目を見つめる。

「春日あさひです」

 その名を聞いた二人はしばらく体を動かさなかった。動けなかったのかもしれない。唐突に出てきた偉大な恋愛魔法使いの名前を聞いて。

 先に声を出せたのは常陸だった。しかし少し声に震えがある。

「ありえるかもしれない。春日先生なら」

「間違いないはずです。僕が部屋で能力を発動させてしまってから一か月後に逃げるようにして遠くに引っ越しましたから」

 その言葉に引っかかったのか桐花はギラリとつくしをにらんだ。

「パンツを残して? ありえないわ。そんな能力を自覚しているのならきっちり回収するはず」

「僕が恋愛魔法使いになりたいって幼いころから言って、あさひちゃんはそれを知っていたから。だからほんの優しさだったのかもしれません」

「それもありえない。あの人は一応先生よ。出来がいい悪いにしろね。教育者が何の教育を受けていない人に力を与えるはずがない」

「教えなら受けていました。あさひちゃんは従姉だから、家に呼んでもらって色々と」

 桐花はホワイトボードにこぶしを丸めて力強く殴った。ホワイトボードの中央にこぶし型のくぼみができるくらいに。

「おかしいっての。じゃあさ、あたしが魔力を失ったのはどう理由をつけるの? 最初は高倉美香紗が何か仕掛けたと思ったけど、そうじゃない。高倉美香紗はいつだって直球勝負しかしない。あんなナックル投げないわ。そうなると考えられるのはつくしがあたしの魔力を吸い取ったってことよ」

「吸い取っても桐花さんの魔力は使えませんでしたよ」

「それはつくしが使えると思っていなかったからよ。吸収は自動だけれど発動は任意なのよ、きっと」

「そんな、そんなわけありませんよ」

 桐花は何も言わないで右手を差し出した。つくしが目を合わせると優しく微笑した。こんなお淑やかなで穏やかな笑みを浮かべれるのかと、つくしは少しドキリとさせられる。

「つくしは何から逃げてるのよ。認めなさい、その力の根源が自分にあると。これは名誉あること。人の進化の先、その可能性を与えられた証明よ」

 その言葉はつくしの心はすっと軽くした。

 つくしは心の隅で、男が恋愛魔法を使うことに対して罪悪感を抱いていた。

 異端者になる罪悪感。その責任をあさひにも与えたかったのかもしれない。責任を一人で背負うことが怖かったのかもしれない。

 しかしそれが名誉あることだと他人に認めてもらえるのなら怖いものなんてない。逃げる必要なんてない。つくしは心の中で呟く。

「恋愛魔法を使いたいと強く願いなさい。そうすれば魔力が供給されるはず」

 つくしは紫に光る桐花の瞳を見つめ、桐花の手を強く握った。

 そして願い祈る。恋がしたいと。あの人のための自分でありたいと。

 するとつないだ手の先から途方もない魔力を感じた。あさひのパンツとは比べ物にならない魔力。数十倍はあるその勢いにつくしは動揺を隠せなかった。

「すごい魔力だ。すごい桐花さん」

「あんなパンツに残ってるだけの魔力よりもやっぱ生身の方が供給量があるってもんよ」

 その言葉を聞いて思い出す。あさひとの別れの日、握手をしてくれなかったことを。あさひは恐れたのだろう。恋愛魔法が使える方法を気付かれることに。

「本当に使えるんだ。すごいすごい」

 あまり高揚しているようには見えないが、常陸はゆっくりと手を叩いて喜んだ。

 常陸が認めたことに気を良くしたのか、桐花ははつらつとした声で言った。

「じゃあさ、その入佐って鬱陶しい名前の変更してくれない」

「名札ですか? あっ、でもこれって変えていいですか」

「いいいい。四六時中自由よ。その辺は不知火の方が詳しいでしょう男だから」

「いえ、権力的に。いじって面倒事に巻き込まれないかなと」

「そんな面倒事、桐花会長が消し去ってやるよ。明石会の会員には誰一人触れさせないんだから」

 そこまで言われて変更しないのは野暮なので、つくしは名札にあった入佐由美の名を消し、高倉美香紗を一票にして、代わりに明石桐花と常陸衣の名を入れる。高倉を残したのは昔からのよしみと、初恋の相手だからだろうか。

「ようこそ、明石会へ。この学校一のヒロイン目指しましょう」


 この名前の変更がのちに大きな問題を起こすとは桐花と常陸以外、思ってもいなかった。

第三回登場人物紹介


万葉高校二年/常陸衣/ヒタチ コロモ

明石会に属する感知魔法を得意とする恋愛魔法使い。

無表情でミステリアスな雰囲気を醸し出すコミュ障。


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