4-4 魔力の溝
桐花はつくしの方を見ると高倉の発した綱が手足に撒きついていて絶体絶命といった状況だった。
「桐花さん!」
桐花が加勢できると知ったつくしは嬉しいという言った感情と痛い目にあいたくなかったら逃げてといった感情の混ざった声で名前を呼んだ。
「そんな声出さないでよ」
「で、でもこんな高魔力の戦闘魔法を桐花さんがどうにかできると思えません」
「言ったわね」
つくしに力を低く見られても桐花は心に余裕があるのかニヤリと笑う。
高倉はつくしを先に仕留めることだけを考え、桐花には目をくれる余裕はなさそうだった。
その間に桐花は感知魔法をフルで発揮し、事細かに高倉の出した綱状の魔法を見つめる。魔力のコントロールが悪かった以前までは相手が発した戦闘魔法を全体でしか捉えることが出来なかった。しかし今は顕微鏡とまではいかないまでも虫眼鏡ほどに拡大して見れるようになった。そのことで相手の戦闘魔法の弱点というよりも、隙間もしくは薄い部分といったような事をわかるようになった。
異常なくらいの高感知能力と異常なまでの高魔力、そして高い魔力制御が必要な相手の技のスキャニングするこの感知魔法は、桐花にしかできないと言えるほどの高難度な魔法だ。
だがそれは高倉の恋愛魔法も同じだった。
高魔力で作られた戦闘魔法はそれだけ穴が少ない。つくしが声を出すことが出来ないくらい首を締め上げられているから一刻も早く高倉の魔法を消さなければいけない。その焦りが余計にスキャンに時間を取らせる。
「あああ! もうわかんない!」
桐花はそう叫んでスキャンをやめた。今の自分の魔力制御ではとても見つかりそうもなかった。
それなら元を絶つまで。桐花は高倉のスキャニングを始める。
体のどこかにある恋愛魔法のスイッチを探す。体の穴を探すときは戦闘魔法の穴を探す時とは少し違い、一部だけ極端に魔力の増加している場所を探す。そこが魔力の貯蔵庫のようなものだから、そこを刺激すると瞬間的にだが恋愛魔法が使えなくなってしまう。
体の場合は簡単に見つかり、桐花はさっきのように三つの光球を手から発して、高倉のデコを狙った。今度は一つ目で命中し、二つ目は外れ三つめも命中した。
二つ当たった分それだけ魔力のスイッチを切る時間が長くなる。と言っても五秒程度だけれど、その間に桐花はつくしが締め付けられている綱をスキャニングした。
高倉から魔力供給が行われていない今なら穴が見つかるかもしれない。
桐花はさっきよりも魔力を増やして感知魔法を使う。それでも簡単には見つからない。時間が経つにつれ綱に魔力が帯びていく。
あと一秒もすれば魔力は戻ってしまう。焦る中やっと四又の又の部分、そこの魔力が薄いことに気づく。桐花はすぐに手刀を繰り出す。
魔力のスイッチが入るか入らないかの瀬戸際で綱は徐々に形を消していった。首と四肢を締め上げられていたつくしは綱が消えるとそのまま力なく倒れる。体を支える気力すらなくなっていた。
「大丈夫? つくし?」
桐花は片膝で座り、つくしの上半身を少し起こして呼び掛けるとつくしは小さく頷いた。
桐花は魔力を与えようとつくしの手を握るけれど魔力が補充されない。補充する気力すらなくなったのだろうか。それとも意識がもうろうとしているのだろうか。
「早く回復してよね。二人で戦わないと勝てそうにないんだから」
「イチャイチャしないでくださいよ明石さん」
その声で桐花は振り返り高倉と対峙する。
「面白い感知魔法ですね。こんなあっさりと美香紗のオロチさんを消したのは明石さんが初めてです
。さすがですね」
「あんた自分の戦闘魔法に名前付けてるんだ」
「いいじゃないですか。かっこいいじゃないですか」
高倉は少し頬を染めて声を荒げた。
「そんなカッコイイオロチさんをいっぱい消してあげるから覚悟しなさい」
桐花は言うと同時に高倉の方に突進していく。地面に戦闘魔法を撒き、足に戦闘魔法をまとわせて地面の戦闘魔法を踏みつけ爆発のように加速させて向かう。高倉の魔力のスイッチをもう一度切るために。
高倉は桐花が地に足を付けた瞬間を狙って短剣をめがける。避けられないわずかな瞬間。短剣の速度も速く感知魔法でスキャニングしている時間はない。それならと両手に魔力をまとわせ力強く合わせた。魔力と魔力のぶつかり合いで起こる爆風で短剣は散り散りに飛び散る。もうこの技は桐花の十八番となりつつある。
桐花は一息つく間もなく高倉に向かっていく。
加速度を増す桐花は感知魔法で高倉をスキャニングしながら向かう。高倉は攻撃を加えて桐花から距離をとりたいが、高倉が戦闘魔法を発するよりも桐花が近づく方が速くそれができない。
桐花は高倉の魔力のスイッチを見つけ、一直線に向かってくる。高倉はその桐花を闘牛のようにかわすことが精いっぱいだ。
「今まではあたしが逃げてきたけど、今度は高倉美香紗が逃げる番ね」
桐花がニヤリと笑うとつられたように高倉も笑う。しかし明らかに高倉には動揺が見える。
オロチを出すにはかなりの高魔力が必要だ。そのため魔力を溜めなければならない。けれど桐花はその時間を与えないために突進してくる。他の戦闘魔法で攻撃しても桐花の感知魔法なら避けられてしまう。それなら感知魔法の効果をあまり受けないブーメラン状のものを使えばいいのだけれど、あれも高魔力じゃないと風力に負けてしまうので、発するには時間がかかる。
高倉には魔力を溜める時間稼ぎが必要だ。そのためには桐花が狙う魔力のスイッチの場所を変えられればいいのけれど、高倉にはその場所がどこにあるのかわからないし、感知する能力もない。
ただ、桐花が執拗に鳩尾の辺りを狙っているのはわかった。高倉は試しに自分の鳩尾を中心に感知魔法を使ってみる。何かが見えるまで魔力を徐々に高めてみる。しかし並の魔力では変化がない。
高倉は仕方なくオロチのために貯めていた魔力を感知魔法に充てる。
かなりの魔力を消費してしまい、すぐに反撃に出るのは難しくなるほどだが、それでも高倉は自分の鳩尾部分にだけ噴水のように魔力が湧いているのに気付いた。
これに衝撃を与えられると一瞬魔力を失ってしまう。そんなことがあるのかと不信に思いつつも高倉は一策を講じることにした。
高倉はしばらく攻撃を避け続けた後、自然とわずかな隙を作った。それを絶好の機会だと見逃さずに桐花は鳩尾に向かって光球をぶつけた。本当に威力のない小学生レベルの戦闘魔法は高倉の鳩尾に当たる。
桐花はよっしゃあ! と声を発してガッツポーズを取るも、高倉の様子に変化がないことに気づいて徐々にガッツポーズの力が抜けていく。
「へ? どうして?」
確かに高倉の魔力の溝である鳩尾を狙ったのだけれど、高倉には全く変化がなかった。もしかしてほんのわずかに外してしまったのだろうか?
桐花は高倉の魔力が貯まる前にスイッチを押さないとと焦る気持ちで再び溝を探す。しかしやはりと言うべきか溝は鳩尾にある。いや、よく見ると溝は鳩尾どころではなく膝や首の根本、左の二の腕と複数に見えた。
弱点が増えたということなのか、それとも弱点を分散させたのか、それとも……一番最悪なのは弱点を隠すためという可能性だ。それだと弱点を移動できるということにつながる。隠し場所を知られた宝の位置をそのままにしておく者はいないだろう。
桐花は試しに魔力の深い部分に光球を狙う。五発中左二の腕の一発に命中させることはできた。が、まったく魔力の増減に変化は見られなかった。
とうことは可能性は一つだろう。
「高倉美香紗。あんた弱点を隠したわね」
「ふふ。そうかしら? ただ明石さんの攻撃がふがいないだけでは?」
「いや、魔力の溝のダミーを作ったはず。そして元の位置を変えることだって難しくないかもしれない。高倉美香紗ほどの能力があれば」
桐花は最悪だとつぶやく。
魔力の溝の存在に気づかれる前に勝負をつけておきたかったのだけれど、勝負を決めきれないどころか対策まで立てられてしまった。これではほんのわずかに覗いていた勝利の文字が見えなくなってしまう。
「怖気づいているの? 明石さん」
高倉は嬉しそうに笑う。
桐花は答えることなくもう一度魔力を溜めて高倉の体をスキャンしようとする。しかし上手く集中できず溝はおろか、高倉にまとう魔力を見ることすらできない。
高倉が発する内面魔法の影響か、全身から感じる殺気に震えてしまう。通り魔に遭遇したような恐怖心が心を支配する。
今までは背中を見せて逃げてばかりだったから高倉をしっかりと見ることは少なかった桐花だが、対峙し戦うとなれば絶望的な存在感を持っていた。スキャニングという一発逆転のジョーカーを持っていたからこその強気だった桐花は、そのカードを失った時点で自信も失い、負けが確定したようなものだった。
スキャニングできずにもたついているうちに、高倉は魔力を溜めていく。絶望感は高まる一方だ。
桐花は感知能力こそが恋愛魔法で一番大事なものだと思い、それさえあれば誰にも負けることがないと思っていた。恋愛魔法を始めてからそれを信念とし、そればかり伸ばしてきた。それが無効化された今、冷静でいられるはずはなかった。
「桐花さんって天才なんですよね」
挙動不審で戸惑う桐花の耳に風に吹かれた枯葉程度の小さい声が届く。
「感知魔法なら誰にも負けないんですよね」
諭すような、子供に言い聞かせるような優しい声。
「負けないでください。負けちゃうと恋できないじゃないですか」
弱弱しく情けない声でつくしは言うと鼻を啜った。
その言葉で桐花は思い出す。
戦う意味、恋愛魔法を始めた意味、親に抗う意味、運命に抗う意味を。
シンプルな答えを。
「そうだ。あたしは恋をしたいんだ」
その言葉を発した瞬間、桐花は頭の中が真っ白になって何も聞こえなくなる。
見えるのは高倉の体とその体から揺らめく魔力だけ。
深い深い闇に潜るように集中度を増していく。すると高倉の首元に光りを見つけた。きっとこれが魔力の溝なのだろう。集中力が増しているため見え方は違うが感覚は似ている。桐花は素早く攻撃態勢をとろうとするも、先に高倉の方が動いていた。
桐花のスキャニングを警戒しているのか、最初から三又の綱を発し、桐花の体に向かわせる。そのスピードは速く、スキャニングをする間もなく桐花の体を縛り付けるつもりだった。
しかし桐花の体に撒きついた瞬間、高倉命名、オロチは三又のうち一つの首を失った。
弱点をそれぞれの首に分散させて一気にやられないようにしたが、ほんの一瞬でやられてしまった。しかしまだあと二本が残っている。桐花の首と左足に撒きついた綱状の戦闘魔法、オロチはぎゅっと力強く締め付けていく。
オロチは痛みを与えるだけではなかった。魔力をも奪っていく。
急激に失われていく魔力。その影響で徐々にオロチに見えていた魔力の谷が消えていく。闇雲に攻撃をしたところで一瞬見た魔力の谷の場所を正確に当てられる自信は桐花になかった。けれども彼ならそれができるかもしれない。
桐花は首を絞められながらも声をあげた。
「右…耳の……辺りの首筋……つくし」
つくしはよろめきながらも起き上がり、最後の最後、ギリギリの魔力を振りぼる。地面に魔力を張って足にまとった魔力でジェット噴射のように移動する桐花の技を真似して突撃した。
高倉は桐花に向けたオロチをコントロールすることで精いっぱいで、突然のつくしの突撃に対処できないでいた。
つくしは三メートルほど離れた位置からスピード重視の光球を放った。目で追うのも難しいほどの速度でそれは高倉の首筋を貫いた。
すると高倉の瞳の色は紫ではなくなり漆黒に変わる。
そしてつくしは高倉の肩に手を伸ばす。
更なる魔力を手に入れるために。
その様子を見た敷島はヒステリックな声を上げた。
「だめ! 美香紗さんに触れちゃダメ!」
「どうしてですか?」
つくしは酷く冷淡な声で敷島に尋ねる。
「それは言えない。でも不知火。あなたが美香紗さんに触れた瞬間あなたの恋愛魔法使いとしての道は絶たれると思った方がいい」
「わけのわからないことを言わないでください」
つくしは敷島を無視して高倉の肩に再び手を伸ばした。
敷島の本気の呼びかけに、これは打算でもなんでもなく本当の危険が迫っていると桐花は感じたが、首を締め付けられていたせいでうまく声が出せない。
「残念だけど桐花さんと力を合わせても美香紗には勝てません。それなら美香紗の魔力を吸収し、僕の体内にある桐花さんの魔力と合わさればきっと勝てる」
「やめろ不知火! 本当にダメなんだ!」
二人の制止を無視してつくしは高倉の肩に触れた。これが高倉に勝つ唯一の方法だったから。
勝たなければ彼の恋愛魔法ははじめられないのだから。




