第四話
「あ~疲れ……はしてないけど、臭かったな……」
「鼻がおかしくなりそう……水浴びはしたけれど、早くお風呂に入りたい……」
「まあ、下水道だから臭くて汚いのは当然ですが、長く居すぎると体調面での心配が出てきますね……ジーク、そう言った面での報告書も作るといいかもしれません。協力はしますが、多分こういった対策についてはジークの方が得意でしょう」
「そうですね。ウーゼルさんも今回の報告書には目を通すかもしれませんし、他の依頼や普段の生活面でも活用できるかもしれませんから、そこを重点的に考えるのもいいかもしれませんね。ランスローさん、出来上がったら一度確認してください」
下水道調査の二日目、無事に調査を終えた俺は、冒険者たちと共にギルドに報告をして報酬を受け取り、マリをフランベルジュ伯爵邸に送ってからヴァレンシュタイン家に帰る途中だ。
心なしか周囲の人が俺たちから距離を取っているような気がするが……多分ガウェインの人相が悪いせいだろう。
「それにしても、よくランスローも引き受ける気になったな。臭くて汚いのは分かっていたはずだろ? おまけに報酬も高いとは言えないし? あとジーク、ランスローよりも先に、団長の俺に見せるべきじゃないか?」
俺とランスローさんの会話にいきなり入ってきたガウェインがそんなことを言っていた。
もっとも、実際に見せようとしたらしたで拒否するのだろう。だが、
「確かに、ランスローさんよりもガウェインの方が汚いのには慣れているしな。参考になるようなことが聞けそうだ」
「ぷふっ!」
俺にからかわれ、更にはディンドランさんに笑われていた。おまけに、
「ガウェインは、普段から部屋も身だしなみも清潔にしないとな。下水の臭いとまではいかないが、たまに臭い時があるぞ」
ランスローさんにまでいじられていた。
本来、下水道調査の騎士枠は、最初から確定していたディンドランさんにガウェインに加え、残りの一人はマイクかロッドに頼もうと思っていた。
それが、何故ランスローさんになったのかというと、単純に本人が希望したからだ。
何でも、いつも俺がらみの仕事ではディンドランさんかガウェインが優先されるので、一度冒険者のような仕事をしてみたいと思っていても外されていたので、わざわざカラードさんに許可を取ってまで立候補してきたのだ。
俺としては、ランスローさんなら実力はもちろんのこと、信頼度も他の二人を上回る存在なので歓迎したのだが……下水道のような汚いところに連れて行くのは正直心苦しかった。
まあ、それでもいいとランスローさん自身が言ったのでお願いしたが、調査が終わった今でも少し申し訳ない気持ちになっている。
「まあ、確かに臭いは私の想像より上だったが、こういった経験はなかなか出来ないからな。それが活きるような状況が来ないに越したことは無いが、いざという時に経験しているのとしていないのでは、天と地ほどの差が生まれる時があるからな」
ただ、ランスローさんにとっては有意義な時間だったようなのが救いだ。
「まあ、確かに俺もあんなところで長時間仕事をしたのは初めてだったな。そう言う意味では、貴重な経験だったというところか」
ガウェインも、ランスローさんに言われて頷いていたが、
「それなら、もしもまた同じような仕事が入った場合、二人に任せますので私の分も頑張ってください」
ディンドランさんは心底嫌だったようで、次に会った場合は二人に押し付けるつもりのようだ。
その言葉にガウェインは呆れた顔を見せながら、
「ディンドラン、お前なぁ……ジークの前でそんなことを言ったら、次も優先的に回されるに決まっているだろ。馬鹿なのか?」
と言って笑っていた。
その言葉にハッとした表情を見せたディンドランさんは、
「団長、余計なことを言わないでください! ただでさえジークは、私のことを使い勝手のいい女と思っているんですから!」
慌てた様子で人聞きの悪いことを大きな声で言い、横目でちらちらと俺を見ていた。
このやり取りを見ていた俺は、次に同じような仕事をしなければならない場合、ディンドランさんとガウェインは絶対に連れて行こうと決めたのだった。
「おっ! 丁度いいところに帰ってきたな。下水道はどうだ……の前に、風呂に行ってこい。話はその後だ」
屋敷に戻り、早々にカラードさんと出くわしたので近づいたところ、カラードさんも俺たちに用事があったようで話をしようとしていたが、俺たちの臭いに気が付いて少し距離を取り、そのまま風呂に行くように命令した。
「ガウェイン、お前は念入りに体を洗えよ。それと、脱いだ服はちゃんと他と別けておくんだぞ」
「カラード様! 何で俺だけに言うんですか⁉」
おまけにカラードさんは、ガウェインを名指ししたものだから、帰り道でガウェインの臭いについてからかっていた俺たちは大笑いし、ガウェインはカラードさんに近づきながら抗議していたが、
「いや、単純にガウェインの服が一番汚れているからなのだが……何かあったのか? それと、服に関しては全員に言ったつもりなのだが?」
理由を知らないカラードさんは、俺たちの反応に困惑していた。あと、近づいてくるガウェインに合わせ、その分だけちゃんと距離を取っていた。
「カラード様、その件に関しては後程私の方から説明させていただきます」
「おい、ランスロー! 余計なことは言わないでいい!」
「ふむ、そこまでガウェインが慌てるということは、それなりの理由があるということだな。お前たちが風呂から上がった後で、ちゃんと聞かせてもらうとしよう。だから、さっさと風呂に行ってこい」
カラードさんは、ランスローさんとガウェインのやり取りを見て何やら面白そうなことがあったのだと気が付いたようで、笑いながら俺たちに報告するように言い、自分の部屋に戻っていった。
「ん? ……改めて臭いを嗅いでみると、思っていた以上に臭いな。どうやら下水道に潜っていたせいで、嗅覚がマヒしていたらしい」
念入りに体を洗い、いつもより長めに湯船につかってから上がると、ランスローさんが自分の脱いだ服の臭いを嗅ぎながらそんなことを呟いていた。
それを聞いた俺も、試しに自分が脱いだ服の臭いを嗅いでみたが……こんな臭い服を着ていたのかと、驚いてしまった。
もしも俺がこんな臭い放つ奴と道ですれ違ったりしたら、間違いなく嫌な顔をしながら距離を取るだろう。つまり、帰り道で俺たちの周囲に人が寄り付かなかったのは気のせいではなく、俺たちが異常な集団だったからと言うのが真相というわけだ。
「風呂に入ったばかりでするのは嫌だけど……軽く洗っておくか」
「そうですね。流石にこれをこのままにするのは申し訳ないし、他の団員やメイドたちからも苦情が来てしまうでしょう」
そう言って俺たちは、体を拭いた後ではあるがもう一度風呂場に戻り、大雑把に服を洗濯した。まあ、水で濡らしてもみ洗いし、俺の私物である大きな桶に石鹸水を作ってつけておくだけだが、それだけでも臭いはかなり軽減できるだろう。
「もう一度湯船につかりましょうか?」
「そうですね。まだ他の団員たちはこないでしょうから、ついでに体も洗い直しておいた方がいいでしょう」
汚れた服が体に引っ付かないように気を付けてはいたし、洗濯の際に飛び散ってしまった汚れた水はお湯を被って流したが、俺とランスローさんはもう一度体を洗い直し、湯船につかることにしたのだった。
そのせいで風呂場で何かあったのかとカラードさんに心配をかけてしまったが、事情を説明するとすぐに理解してくれた。ただ、
「大変です、カラード様! 風呂場がどぶ臭いです!」
「いや、便所の臭いがします!」
ガウェインは俺たちよりも先に風呂から上がっていたし、風呂場にそのまま汚れた服を置いて言ったせいで臭いが脱衣所に充満してしまい、後からやってきた団員たちが大騒ぎする事態になってしまった。
ちなみに、女性側でもディンドランさんが同じようなことをしたらしく、サマンサさんにかなり怒られていた。まあ、ディンドランさんなりにだが、軽くではあるものの一応汚れた服は洗っていたらしく、男性側よりも臭いはマシだったそうだ。
なお、ガウェインのやらかしについて俺とランスローさんにも飛び火しかけたが、俺たちは自分の臭いに気が付いて、洗った服は隔離してちゃんと自分たちの部屋に持ち帰ったし、洗っている時の脱衣所は大して臭くなく念の為に換気はちゃんとしていたので、俺たちの後に入って来たという団員たちも、その時点ではそこまで酷い臭いではなかったと証言してくれたので、最終的には軽い注意程度で済まされたのであった。
「あ~……昨日はひどい目にあったな。ジークとランスローも、黙ってないで一言言ってくれたらよかったのによ!」
「いや、あれはガウェインの自業自得だろう。俺とランスローさんみたいに風呂場でなくとも、手洗い場ででも洗っていたらよかっただろ? それか、思い切って捨てるとか」
「そうだな。私とジークに文句を言うのはお門違いだ。そもそも、カラード様にも言われていたのに、お前がちゃんと服を洗わなかったのが悪い……と言うかディンドランもだが、あれだけ言われて汚れた服を脱衣所に忘れるか、普通?」
普段なら自分のものと分かる衣服などは、指定の場所に置いておけば屋敷で働いているメイドたちが回収し、洗濯から乾燥、おまけに畳んで個人別に仕分けまでしてくれる。
しかし、今回は流石に一緒に洗うことは出来ないだろうし、別に洗うにしてもメイドの負担がかなり大きくなってしまうだろうとのことで、男性側では汚れた服は各自で処理するか、最低でも自分の部屋に持ち帰ると決めていたのに、ガウェインはそれすらも忘れていつも通りメイドに洗濯させようとしていたのだ。
そして、ディンドランさんはガウェイン程ひどくはないものの、軽く洗えば後のことはメイドに任せても大丈夫だろうと判断して、いつも通りの場所に放り込んだらしい。
「ランスローさん、この間カレトヴルッフ公爵家の嫡男に、俺とガウェインが似ているとか言われて、ディンドランさんもそれに同意した上に笑っていたんですけど……どう考えても、俺よりディンドランさんの方がガウェインに似てますよね?」
「ええまあ、ジークとディンドランとではガウェインと知り合った年数に差がありますから、ジークより似ているのは当然でしょう。影響を受けた期間の長さが、圧倒的に違いますからね」
俺の疑問をランスローさんにぶつけると、ランスローさんは迷うことなく肯定し、その理由も話してくれた。
流石に二人を長年身近で見てきた人物の証言というだけあって、ディンドランさんはぐうの音も出ない様子だった……が、ランスローさんの言い方だと、ディンドランさん程ではないにしろ俺もガウェインに似ているということになるのが少し引っかかる。
まあ、多少の影響を受けてしまうのは仕方がないだろう。何せ、同じ場所で生活しているのだから……と、諦めるしかない。
そんなランスローさんの言葉に、ガウェインとディンドランさんは躍起になって反論していたが、息の合わない二人が力を合わせてもランスローさんにかなうはずもなく、完全に論破されて凹んでいた。
「二人共、そろそろ着きますよ。いつまでもいじけていると、カラード様とジークに恥をかかせることになります。気合を入れ直しなさい」
「へ~い」
「は~い」
ランスローさんの言葉で、気の抜けた返事ではあるものの明らかに目つきの変わった二人だったが……やはりガウェインは騎士団長をランスローさんに譲った方がいいと思う。
「ジークも、王城に入ったら補佐はしますが、基本的なやり取りは任せますよ」
「はい」
そして俺も、出来ることならランスローさんに今日の役目を変わってほしい。
「こちらになります。中でアーサー殿下とラヴィン・カレトヴルッフ殿、ジュディッチ伯爵と男爵がお待ちです。カレトヴルッフ公爵閣下は、もう少しお時間がかかるそうです」
王城に着いた俺たちは、騎士に連れられてアーサーたちが待っている部屋へと案内された。
そして扉が開けられ中に入ると、
「あれ? エリカとマリも呼ばれたのか? ああ、アーサー、少し遅れたみたいだな。待たせてすまなかった」
先程名前の挙がらなかった二人がいたので、少し驚いてしまった。
そしてすぐにアーサーがいたことを思い出して、とりあえず謝罪した。
「まあ、私たちの方が予定よりも先に来てしまっただけだから、ジークが気にする必要はない。それよりも……」
アーサーはそう言ってジュディッチ伯爵の方をちらりと見た。
「これは申し訳ありませんでした、アーサー王太子殿下」
その反応を見た俺が慇懃な態度で頭を下げると、アーサーは苦笑いを浮かべ、その隣のラヴィンは笑いを必死にこらえていた。
そして、ジュディッチ伯爵は顔を青くして黙り、例のジュディッチ男爵はというと、
「貴様! 殿下に対して無礼であろうが!」
俺に食って掛かってきた。
だがしかし、
「アーサー殿下、こちらが今回の依頼の報告書です。それと、私なりに問題点をまとめや書類も作成したのですが、それらは今お渡ししてもよろしいでしょうか?」
俺はあえて無視した。
「聞こえていないのか!」
「うむ、私としても、ヴァレンシュタイン子爵が今回の依頼についてどう感じていたのか知りたかったところだ。報告書よりも先に、その問題点をまとめたという書類の方を見せてもらおう」
ジュディッチ男爵は、俺の態度にさらに激高していたが、アーサーは男爵の発言にかぶせるような形で発言し、俺から直接書類を受け取った。まあ、アーサーも男爵のことを無視したというわけだ。
流石にアーサーの邪魔をするのはまずいと理解しているようだが、男爵は自分のしていることの重大さに気が付かずに俺を睨み、その隣では伯爵が顔を真っ赤にして男爵を睨んでいた。
もっとも、男爵自身は俺を睨むことに夢中になっているようで、隣の伯爵の視線と気配に気が付いていなかったが。
「ふむ……今回も下水道で異変がなかったというのは何よりだ」
「はい、今回はたまたまではありますが、三つ星の冒険者が参加したのと、他の冒険者も使える者たちばかりだったこともあり、思っていたよりも順調に調査を進めることが出来ました」
一つ星の冒険者がどうなるかと思っていたものの、三つ星の冒険者息子だったということもあり基礎は出来ていて、他の三人もギルドの評判通りの者たちだったので、今回は当たりを引いたというのが俺の素直な感想だ。
それに、これは報告書にも書いてあることだが、マリが入念な下調べをしていたことが、今回の下水道の調査において一番の成功の鍵だったと言ってもいいだろう。
それくらい丁寧な仕事だったと、俺だけでなくランスローさんや他の二人も褒めていた。
「報告書通りであるならば、見習い騎士にもかかわらず、マリはなかなかの働きをしたようだな。褒めて遣わす。今後も精進し、正式な騎士となった暁には、王国の為に尽力してくれることを願っている」
「きょ、恐縮でございます!」
俺の話を聞きながら報告書に目を通していたアーサーは、丁度マリについて書かれていたところを読んでいたらしく、すぐにマリに声を掛けていた。
ただ、声を掛けられたマリはというと、アーサーに褒められるとは思ってもみなかったようで、驚きながらも椅子から立ち上がり、すごい勢いで頭を下げていた。
ちなみに、立ち上がった際に椅子を倒しそうになっていたが、それは隣にいたエリカがすぐに支えたので問題にはならなかった。
「ちっ……」
そんな風にマリが褒められた瞬間、とても小さな音だったが男爵が舌打ちをしたのが聞こえた。
その音はアーサーやマリ、それとマリに気を取られていたエリカは気が付かなかったようだが、隣にいた伯爵はもちろんのこと、少し離れたとところにいたラヴィンも気が付いていたし、当然だが俺たち四人も気が付いている。
もしここにアーサーがいなければ、もしかするとジュディッチ伯爵は男爵をぶん殴っていたかもしれない。
そう思えるくらい伯爵の顔は赤く、額には血管がくっきりと浮き出ていた。
「それで本題……と行きたいところだが、私はこの報告書を陛下に持って行かなくてはならない。ジュディッチ伯爵、後のことは頼む。ラヴィン、私が戻ってくるまで私の代わりに証人となってくれ」
「畏まりました」
「了承いたしました」
そう言ってアーサーは部屋から出て行ったが……恐らくこれは、カレトヴルッフ公爵家とジュディッチ伯爵家に配慮してのことなのだろう。
何故なら、わざわざアーサーが自らウーゼルさんのところに書類を持っていく必要などないし、持っていくにしてもその本題とやらを話し終えた後でもいいはずだ。
そうしなかったのは、アーサーが同席していればジュディッチ家の問題に対して王家が直接罰を与えなければならない。そうなると、必然的にジュディッチ家の上役である公爵家も叱責し、場合によっては同様に何らかの罰を与える必要が出てくるかもしれない。
なので、やり方は少し汚いが、今回の件はジュディッチ家に関係する者が起こした問題であり、ジュディッチ伯爵家が先んじてジュディッチ男爵を罰することで、王家からの罰を最小限にする狙いがあるのだと思われる。まあ、ある種の茶番劇だな。
アーサーが部屋を出て行くと、ジュディッチ伯爵が咳払いをして椅子に座りなおした。
この場には公爵家嫡男のラヴィンがいるが、公爵家でも彼の身分はあくまで嫡男なので、伯爵が一番上の階級となるし、そもそもが今回の問題はジュディッチ家が発端となっているので、伯爵が取り仕切るのはおかしなことではない。
ただ、ジュディッチ伯爵が身内に甘い仕置きをするとなれば、即座にラヴィンは公爵家の力を使うだろうし、すぐにアーサーやウーゼルさんに報告がいくだろう。
つまりこれは、ジュディッチ男爵への罰を決めると同時に、ジュディッチ伯爵の今後を決める場でもあるのだ。
まあ普通に考えれば、男爵を切って伯爵家を守る方向で動くだろうが、その理由も判断の基準となるので難しいものではあるだろう。
「それでは、まずは自己紹介から始めようか? マーク・ジュディッチだ。陛下から伯爵の位を賜っている。よろしく頼む」
「ジーク・ヴァレンシュタイン子爵です。こちらこそよろしくお願いします」
ラヴィンとは互いに面識があるので、まずは当たり前の礼儀として互いに自己紹介をと言ったところなのだろうが……同じく初対面のはずのピール・ジュディッチはというと、先程から俺を睨んだままだ。
多分、俺が横やりを入れなければ、自分の懐にかなりの額の臨時収入が入ってくるはずだったのに……とでも思っているのだろう。
「ピール、礼儀を弁えろ!」
そんな男爵に対して伯爵が怒鳴りつけたものの、
「兄上、何故こいつに礼儀を弁えなければならないのですか⁉ 先程のこいつの殿下への態度を、兄上も見ていたでしょう! まずはそれを弾劾し、相応の罰を与えるのが先のはずです!」
ピールは全く聞き入れず、更に声を大きくして俺を指さしていた。
「弁えろ……だと? なら、まずはお前の方が先に弁えるべきだな。仮にも俺は、陛下より直接子爵の職位を賜っている。対してお前は、男爵だったはずだ。しかも、伯爵家の持つ位を譲り受けただけのな」
だが、目上の者に対する態度のことを言うのなら、アーサーがいる時から弁えていない奴が、声高々に言えることではない。
「それとこれとは別のことだ! 爵位が上とはいえ、高々一つ上なだけであり、おまけに新参の子爵など、歴史ある伯爵家の持つ男爵位とは比べ物にならんわ!」
だが、ピールはそのことを全く理解していないようだ。それどころか、堂々と爵位をないがしろにするような発言をしている。
まあ、俺もカレトヴルッフ公爵に対する態度は褒められたものでは無いと自分でも理解しているので、威張って言えることではないが……それでも場所と相手は選んでいるつもりだ。
確かに、相手より低い爵位であったとしても、場合によっては真っ向から反論し、相手を否定しなくてはならない時もあるだろう。
だがそれは、大前提として相手に対抗できる力を持っている場合での話だ。
その力は単純な武力でもいいし経済力でもいい、もしくは後ろ盾の力を利用してもいいだろう。
しかしながら目の前にいる男は、武力も経済力も、ましてや後ろ盾もない、ただ男爵と言う肩書がつくだけの男だ。
一応ジュディッチを名乗っているので、伯爵自身は嫌がってはいても、相対した相手は伯爵家の名前に気を遣うかもしれないが……こいつはそのあてにしている後ろ盾が見限っているのに気が付いていない。
それどころか後ろ盾の話をするのなら、ヴァレンシュタイン家の後ろにいるのはウーゼルさん……つまり、国王でこの国で一番の権力者ということになる。
向こうは虎の威を借りているつもりでも、こちらにはドラゴンが後ろに控えているようなものだ。
虎が弱いとは言わないし、状況次第では虎の方が勝つかもしれないが……普通に考えれば、生き物としての格が違い過ぎる。
俺が呆れて者も言えない状態になっているのを、奴はぐうの音も出ない状態だと勘違いしたのかさらに調子に乗り、
「大体、ソウルイーターを一人で倒したとかいうが、本当かどうかは分からないし、今代の雷についてもそうだ。大方、数に任せて襲い掛かって追い払ったのを、一人で戦ったと言い張っているだけだろう? その方が聞こえがいいからな。それに、そこの女も同行していたようだしな。そいつは女の癖にそれなりの腕前だし見てくれもいい。何よりも、子供が産めないから、そばに置いて遊ぶのには丁度よさそうだしな!」
超えてはならない一線を越えてきた。
そして次の瞬間、俺たちの目の前にあったテーブルがはじけ飛び、俺の拳がピールの顔面を殴り飛ばしていた。




