幕間
「はぁはぁはぁ……な、何だ、あの化け物! 俺は今代の雷だぞ。選ばれた存在のはずだ! この世界の主人公じゃないのかよ!」
あのジークとかいう男との戦闘から逃げ出して森の中を走り彷徨い、ようやく一息つけそうなところで倒れこんでしまった俺は、つい声を荒げてしまった。
「うっ!」
その時、俺の声に驚いたのか、木の枝から鳥が飛び立ち、その音でまだ敵軍がこの辺りをうろついているかもしれないという可能性に気が付き、慌てて息を殺して周囲の様子を窺ったが、幸いなことにこの辺りには敵はいないようだった。
「こういう時、周囲の状況を知ることの出来るような魔法があればいいのに……くそっ!」
俺はこの世界に来た時、魔法というものが存在することを知った瞬間にこの世界の神に感謝した。まあ、ラノベでよくあるような神様に出会ってすごい力を貰うみたいな展開は無かったけれど。
俺を保護してくれた男性の提案で色々な魔法を勉強してみたが、俺には雷の魔法以外の才能はかなり低かったせいで、ほとんどの魔法は使うことが出来なかったが、俺が何気なく言った前世の機械やラノベに出てくる魔法からヒントを得たという男性の知り合いの偉い人が、それまで道具を使わなければ知ることの出来なかった個人の能力を、道具がなくても分かるようにする魔法を生み出した。
まあ、今はまだ出来てから日が浅いせいで色々と効率が悪く、現時点では道具を使った方が速くて楽だが、それでも久々の新発見の技術とのことで、俺にもそれなりの金が入ってきたのは嬉しかった。
そう言ったこともあり、俺が今代の雷であるという情報が国の中央にも伝わって……伝わって……どうして隣国と戦争することになったんだっけか?
「確か、バルムンク王国が急に戦力を増強し始めて、それで……危険だから、こちらも独自で戦力を集めるように言われて、モンジに現れた腕の立つ男の話を聞いて……それがジークで……スタッツまで行って……」
記憶があやふやだ。
いつからか分からないけど、はっきりと思い出せないところが多い。
「俺の名前は橘・アレックス……太郎、二十歳。弟は橘・ウィリアム・譲二、妹は橘・エリザベス・麗子……父さんは……誰だ⁉」
問題なく家族の名前が思い出せているなと思っていると、急に茂みをかき分けるような音が聞こえてきたので、俺はすぐに立ち上がって身構えた。
ちなみに、父さんの名前は橘・サイト・スティーブンだ。
サイトが日本の斎藤さんから名づけられたものらしく、そのせいで小さな頃から日本に興味を持ち、大学の時に留学し、母さんに一目ぼれして婿入り、生まれた子供たちには自分の国と日本の名前を付けたかったとかで、長男の俺の名前が太郎になったそうだ。
まあ、見た目が外国人寄りなせいで、子供のころは名前で色々とからかわれたが……あまり思い出したい記憶ではないな……ではなくて! 今は茂みにいるのが何なのかが問題だ!
動物なら……肉食獣とかじゃなければ問題ないけど、もしも敵兵だったりしたら……また戦わないといけないのか……
そう思って、いつでも魔法を放てるように警戒していると、
「そこにいるのはアレックス様ですか? 俺です、俺!」
「何だ、お前だったのか……無事だったんだな」
現れたのは、俺を保護してくれた男性の関係者で、いつも俺を助けてくれている従者のロギだった。
「すいません、いきなりの出来事で逃げることしか出来なくて……その代わりといっては何ですが、周囲に敵がいないことは確認済みですし、ここからファブールまでの道順を確認して安全も確保済みです!」
「そうか、助かる」
俺を置いて逃げたことに、軽く文句でも言ってやろうかと思ったが、こいつはこいつなりに気に病んで出来ることをしていたのだと思うと、労いの言葉しか出てこなかった。
「それにしても、あいつは何だったんでしょうね? バルムンク王国でアレックス様に魔法でかなうものなど、今代の緑くらいしか思いつかなかったんですが、あいつはどう見ても男だし、歳を食っているようにも見えませんでしたね。使っている魔法も、風では無かったですし」
ロギの言葉であの時のジークを思い出し身震いしそうになったが、俺は何とかそれを悟られないように静かに深呼吸して、
「あいつがジークだ。俺がスタッツで戦った、バルムンクの貴族だ」
と答えた。
青のT機、俺は何故かいつも以上に興奮しすぎていたせいで相手との交渉の仕方を間違え、突発的に交戦する羽目になってしまった。
その時、あいつの周りにいた騎士や犬はかなりレベルの高い強者で、不意打ちで何とか先手は取れたものの、その後はギリギリの戦いを強いられることになった。
特にあのお……女性騎士は、俺の死角を狙って襲い掛かってきたが、運よく新開発した魔法が上手く機能し、寸前のところで撃退することが出来た。
まあその魔法も、ジークには通用せずに、視界が奪われたことに混乱して逃げ出そうとしたところに、たまたまジークが現れてぶつかり、その時の混乱で傷つけることに成功したおかげで上手いことスタッツから離脱出来たが……あの時ほど、自分の運の良さに感謝したことは無かった。もしかすると俺に与えられた才能は、雷属性だけでなく運もカンストさせていたのかもしれない。
ただ、運も大事なのは理解しているし感謝しているが、出来るならそれに頼らなくても軽く敵を振り払えるくらいの力が欲しかった。体力も前世より上がってはいるが、チートという程ではないし。
「あいつがそうでしたか……それにしても、アレックス様とまともに戦えるということは、あいつもレベル10なんですかね? だとすると、属性は何なのでしょうか?」
「有力なのは闇……黒の属性だが、他の魔法もかなり使えるみたいだったからな。もしかするとレベル10とかではなく、帝国の皇帝みたいにいろんな属性を高レベルで使えるのかもしれないな。それに、黒の属性が有力と言っても、俺が見た感じではあまり威力の高い黒属性の魔法は使っているようには思えなかったしな」
黒の魔法に関して詳しいわけではないが、ジークは直接黒の魔法で攻撃するのではなく、補助として使う場面が多かったように思えたから、俺のように一点突破型ではなく、オールラウンダーと言った感じでその場その場に合わせた戦い方を得意としているのかもしれない……それはそれで、ラノベの主人公みたいでむかつくな。
(あれ? 俺って、そんなに人を殺そうと思うくらい憎むような性格をしていったっけ?)
この世界に来てから、魔法が使えることに興奮することが多くてあまり考えたことがなかったけど、俺って前の世界でもこんな性格をしていたっけな? ……などと、変なことを考えていると、
「それでアレックス様、今残っている魔力と体力はどんな感じでしょうか? 一応安全は確保してはいますが、あのジークのような者がまた襲い掛かってこないとも限りませんし、その時はアレックス様に頼るしか方法がないのですが……」
確かに、あのジークとまた戦うことになってしまったら、ロギたちでは全く歯が立たないどころか、気が付いた時には殺されていたという可能性も高いだろう。ただまあ……俺としても、またジークとは戦いたくはない。
出来るなら、降伏して命乞いをしたいが、一方的に侵略して街を占領し、おまけに破壊した奴が降伏してきたら、危険性を考えたらその場で首を落とすのが最善と判断されてもおかしくは無いだろう。
「体力は大分回復しているが、魔力は心もとないな。侵略した時に戦ったような相手なら全然問題ないが、もし仮にあのジークかそれに近い敵が現れたらヤバいと思う」
「アレックス様、あれは侵略じゃなくて、正当な戦闘によって勝ち取ったものです。まあ、それは置いとくとしても、そうなると確かに心もとないですね……では、この薬を飲んでください。いつもの奴よりも少し強いので、一粒でもすぐに回復するはずです」
今の状態を素直に伝えると、ロギの目が一瞬鋭くなった気がしたが、すぐに薬を取り出して飲むように勧めてきた。しかし、
「その薬は飲みたくない。前の奴もそうだったけど、あれを飲むと気持ちが悪くなって、自分が自分じゃなくなったように感じるんだ。出来るならそれは最後の手段として、ギリギリまで取っておきたい」
そう答えると、ロギが一瞬舌打ちしたような気がしたが、すぐにその薬を引っ込めて、
「それなら仕方がありませんね。アレックス様のお体が一番大事です。ただ、せめて腹には何か入れておきましょう。少し食べるだけでも、体力や魔力の回復の速度が違いますから」
ロギは懐から小瓶を取り出して、どこからか取り出したコップに小瓶の中身と水を入れてかき混ぜた。
「ちょっと癖のあるお茶ですが、はちみつを入れて癖を和らげていますし、お菓子も用意しているので問題ないと思います。これを食べたら、すぐに移動しましょう」
そう言って俺は、渡されたコップを口に近づけたが……確かに少し臭みのある薬草茶のようなにおいに顔をしかめてしまった。ただ、善意から差し出されたものを拒むわけにもいかないし、薬を断っている以上、何かしらの回復手段は必要なので我慢して一気に口に含んで飲み込み、後口の悪さをごまかすようにお菓子を頬張った。
「お菓子が甘いのが救いだな。それじゃあ、先に進もう……か?」
空になったコップをロギに渡し、この場から離れようと一歩踏み出した瞬間、俺の視界がぼやけてきて、急に眠気を感じた。
「ああ、もしかすると、急に腹を満たしたせいで眠気が襲ってきたのかもしれませんね。大丈夫です、俺が責任をもってお運びしますから、アレックス様は少し休んでいてください」
そう言われて、申し訳ないと思いながらもロギの背中におぶさり、俺は意識を手放そうとした瞬間、
「次の起きた時は自信満々で、いつも通り便利で滑稽な道化のアレックス様に戻っていますよ……」
ロギが何か呟いた気がするが、俺はただ適当な返事をするしかできなかった。




