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告白(3)






「それにしても、ずいぶんぐっすり寝てたんだな。みんなあんなに心配してたのに。いつからそんなに寝起きが悪くなったんだろうね」


医師らが皆引き上げた病室に、盛大な呆れ声が響いた。


「それは悪かったな。面倒かけた」


親しいがゆえの軽口に、諏訪さんも慣れた様子で受け答えをしてみせる。

そして、互いに笑いあった。

社内で何度か見かけたことのある風景に、わたしは涙が出そうになるくらい、ホッとして、嬉しくなった。



夕方、病院やわたしから連絡を受けた戸倉さんと白河さん、少し遅れて浅香さんが病室にやって来たのだ。

他にも上司が数人来ていたけれど、諏訪さんの様子を確かめると、長居することはなく、しばらくして帰っていった。

戸倉さん達は、諏訪さんのご両親がおみえになるまでは諏訪さんのそばにいてくれるようだった。



「でも本当に良かったわ。もっと長引くかもしれないと思ってたから」


浅香さんは、心から安堵したようにホゥ…と息を吐いた。

婚約者なんだから、浅香さんの心配の大きさは、わたしよりもずっと深刻なものだっただろう。

わたしが電話で諏訪さんの意識が戻ったことを伝えると、浅香さんは通話の向こうで鼻をすすっていた。こらえきれない涙は、浅香さんの気持ちそのままなのだろう。

やがてここに駆け込んできた浅香さんを見て、諏訪さんも嬉しそうな顔をしていた。


もちろん、戸倉さんと白河さんが駆けつけてくれたときも、諏訪さんはとても喜んでいた。でも浅香さんの姿を認めたときは、嬉しさの中に、もうちょっと違う、別の何かが混ざっているような気がしたのだ。

照れ臭さというか、身内ならではの気恥ずかしさというか……


「お前にも心配かけたな」


飾らない、気安い口調の諏訪さんは、やっぱり少し照れくさそうだ。

けれど、もしこの病室が諏訪さんと浅香さんの二人きりなら、きっと態度も違ってくるのだろう。

そんなことが頭を過ったとたん、なんだか、わたしは自分がすごくお邪魔虫のように思えてきた。


諏訪さん、浅香さんの両方と親しい戸倉さん、そしてその戸倉さんの恋人の白河さんが同席するのは理解できる。

でもわたしは、はっきり言って無関係なのだから。


意識が戻った時の様子はすべて医師に報告したし、諏訪さんのご両親が来られるまで戸倉さんがいてくれるのだから、わたしはもうここにいる必要はないだろう。

そんなに広くはない病室だ、諏訪さんのご両親が加わると手狭になるだろうし、わたしはそろそろ失礼すべきだ。

諏訪さんの体調とか、会話が途中だったこととか、気残りなことはあるけれど、それはここに留まってもしょうがないことだから。


「あの…」


そろそろ帰ります、そう言おうとしたわたしを、タイミングがいいのか悪いのか浅香さんの携帯の着信音が見事に遮った。


「やだ、ごめんなさい。急いでてマナーにするの忘れてたわ」


慌てて携帯を握った浅香さんは、手早く画面を確認した。

どうやら、電話ではなく、メッセージだったらしい。


「仕事?」


短く訊いた戸倉さん。


「そうなの。一昨日向こうでトラブルがあったから……ああ、これは折り返しが必要ね」


向こうというのは、たぶん、ヨーロッパ方面のことだと思う。浅香さんはヨーロッパ勤務の話があったくらいだから。

休みの日まで大変だなと思った傍らで、わたしはふと疑問が浮かんできた。


……そういえば、その後、転勤話はどうなったのだろう?

諏訪さんと浅香さんはその件で揉めていたようだけど、結婚が決まったということは、浅香さんの転勤もなくなったのだろうか?


まあどちらにせよ、この状態の諏訪さんを放って今から仕事に行くはずもないだろうし、やっぱりわたしはおいとましよう。


わたしはソファに置いてあった自分のバッグに手を伸ばした。

すると、何を思ったのか浅香さんが、


「じゃあ私はちょっと仕事してくるから、後は任せたわね」


戸倉さんを軽く叩きながら言ったのだ。

戸倉さんも戸倉さんで、「まあ急ぎなら仕方ないか」なんて即座に了承している。


いや、でもだって、ずっと意識がなかった婚約者が目を覚ましたというのに、そんなときに仕事に行くの?

いくらトラブルがあったのだとしても、そんな、即決できるもの?

二人の関係を知ってる戸倉さんや白河さんも、それで納得できちゃうの?


わたしは思いもよらない展開に、バッグから腕を引っ込めて、成り行きを見守った。


「出社されるんですか?」


「うーん、どうだろ?家でできそうだけど」


大変ですね、と声をかける白河さんに、浅香さんは苦笑いで首をかしげた。

そのふとした瞬間、わたしと目が合う。


「あ…」


わたしも何か言わなくちゃと焦るも、適当な言葉が見つからなかった。

まさかここで、正直に思ってることを口にできるわけはなかったから。

そんなことしたら、間違いなく浅香さんを責めてしまうだろう。


「和泉さん、諏訪くんのこと、お願いね」


どぎまぎするわたしとは違い、浅香さんはニコリと微笑みながら、諏訪さんを容易く託してくる。

婚約者の余裕かもしれないが、いくら仕事が大変でも、そんなに親しくもないわたしなんかに、自分の婚約者を頼んだりするだろうか?


わたしは違和感を覚え、それはあっという間に、不快感に変わっていった。


意識が戻ったばかりの諏訪さんを残して仕事に行く?そんなの、婚約者としてどうなの?

わたし………わたしだったら、まだベッドから出られない諏訪さんを残して帰るなんてできない。自分が泊まり込んででも看病したいもの。

だいたい、今までも、浅香さんは諏訪さんのお見舞いに来る頻度が低すぎた。

婚約者だったら、どんなに仕事が忙しくても毎日時間を作って会いにくるはずよね?

なのに浅香さんは時々しか来なくて、来てもすぐに帰っていった。


わたしは、ふつふつと浅香さんに対するマイナスの感情が沸き上がってくるのを抑えるのに必死だった。

婚約までしている二人の間に、わたしなんかが不快感を覚えたところで、どうしようもないのだ。

でも、苛立ちが育ってくるのは止めようがなくて。


なのに浅香さんは、「じゃあね郁弥。また来るわ」と、軽い感じに手を振ってみせるのだ。

そして戸倉さんと白河さんも、それに異を唱えるでもなく、


「じゃ、僕達は下まで送ってくるよ」


と言い残し、みんなして病室を出ていこうとする。


「ああ、頼む」


諏訪さんだって、浅香さんを引き留めることもせず、ベッドから見送るだけで。


一番最初にここを出ていくつもりだったのは間違いなくわたしのはずなのに、そのわたしは、浅香さんへの感情が膨れてくるあまり、すっかり部屋を出るタイミングを失ってしまったのだった。










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