甘く、甘酸っぱく
「魔法使いって、いると思う?」
突拍子もないかりんの問いかけに、私は冷水を浴びせられたように面食らった。
田舎には珍しく大勢の人でごった返す表通りを離れて、二人で灯りの少ない小道を歩く花火大会の帰途。普段から夢見がちなことを言う子だけど、今日のはまた一段と現実離れしている。
浴衣姿のかりんは、隣からわくわくした様子で私の顔をのぞき込んできた。花火を見た余韻でまだ気分が高ぶっているのか、その瞳は半ば夢見心地できらめいている。
「うーん……どうだろうね」
曖昧な返事をしたのは、なんとかして彼女に同調するため。そんなものいないと腹の内では思っていても、はっきりと否定しては雰囲気が台無しだ。かといって、嘘をついてまで肯定したくもなかった。
きっと彼女が望んでいるのは現実的な問答じゃない。私だってそう。花火の余韻が、氷が溶けるようにゆったりと消えていく曖昧な心地よさをまだ味わっていたい。
「わたしはいると思うなあ。ホウキに乗って空を飛んで、キラキラした魔法でみんなの願いを叶える魔法使いが!」
かりんは夜空を見上げ、満天のスクリーンに空飛ぶ魔法使いの姿を描いているようだった。魔法なんて夢物語が現実のどこかにあると信じてやまない、無垢な笑顔で。一言で幼稚とも切り捨ててしまえるけど、私の瞳には眩しく映った。
私がかりんを特別に慕う理由はそこにある。
小学生の私はいまよりずっと素直で、それこそこの子のように夢見がちだった。それが中学生に上がって処世術を身につけ始めたせいか、いまでは自分の意志を曲げることも厭わなくなってしまった。
揉め事が起こらないように、批難を浴びないように、馬鹿にされないように、世間的に正しいことをする。それはいつしか私の当たり前になっていた。そのせいか、そのおかげか、高校生になった私は自分の気持ちさえも素直に吐き出せない。
だから素直で、夢見がちで、ちょっとだけ世間知らずなかりんが眩しい。無垢だった頃の自分の姿を重ねては、かりんのあり方をこの上なく羨ましいと思った。
「いただきまーす」
かりんはいったん立ち止まって、手にしていたりんご飴を一口かじる。こぼれた果汁と割れ落ちた飴で浴衣を汚すまいと、彼女は慌てて身体をよじった。店じまい間際の屋台でまけてもらったりんご飴なのに、中の果実にはまだ水気がたっぷり残っていたらしい。
無事に食べこぼしを回避してりんご飴を噛みしめると、かりんは目を輝かせた。
「ん、おいしい~!」
夢想の世界から引き戻され、現実に思考が切り替わった瞬間。
いや。これもまた、夢のひとときなのかもしれない。
「ほら、サエも一口」
かりんは屈託のない笑顔を浮かべてりんご飴を差し出してきた。
「それじゃあ遠慮なく」
と、受け取ろうとした持ち手は私の手をすり抜ける。呆気にとられているあいだにりんご飴が口元にあてがわれ、少し乱暴に前歯とぶつかって私はひるんだ。
「かじって!」
おかしそうに笑うかりんに言われるがまま、果汁や飴をこぼさないようにそっと歯を立てた。
「ん……」
ほのかな果実の酸味と飴の甘味、みずみずしい果実の食感とパリパリした飴の感触が一緒くたになる。複雑な感覚を処理するのに頭が混乱しかけたのはつかの間のことで、気付くと四つの感覚はほど良く混ざりあって私の顔をほころばせた。
「うん、おいしいね」
「でしょ!」
つられて嬉しそうにするかりんの笑顔をみると、なぜだか少し照れくさくなる。それを悟られまいと、私はぎこちなく視線を逸らして話題を戻した。
「かりんはさ、魔法使いになりたいの?」
「そう……だね」
心なしか思慮深げにかりんはうなる。即答で首を縦に振るものと思っていたから、また私の方が面食らってしまった。
言葉の選び方を間違えたかと怯えながら横目で様子をうかがうと、彼女は唇の下を指でつまんでは離して、何か考えているみたいだった。
やがて顔を上げたかりんの顔にはいつもの穏やかな笑顔が戻っていて、私はそっと胸をなで下ろす。何を考えていたのかは気に掛かったけど、深追いするのはやめておこう。
「うん! 魔法使いになって願いを叶えたいもの。本当は自分がするよりも、魔法使いに叶えてもらえたいんだけどね」
少し恥ずかしそうに頭を掻きつつ、かりんは言う。さっきの間で何を悩んでいたかは察しがついた。
「ようは魔法使いとか関係なく、願い事を叶えてもらいたいんだね」
そうやって茶化すと、かりんは頬をほんのり赤く染めて視線を泳がせる。図星をつかれたのがよっぽど恥ずかしかったのか、はたまた悔しかったのか。そんなかりんの姿にいじらしさを見出して、私は勝手に心を奪われていた。
華やかな容姿、仔猫のように可愛らしい所作。どれをとっても、女の子らしさのかけらも持ち合わせていない私の憧れ。当然、そんなことは口が裂けても言えないけど。
やがてあぜ道を過ぎ、薄明るい道のりが終わりを迎える。車の通りもまばらな公道に差し掛かって、一定の間隔で並ぶ街灯の無機質な灯りがあたりを白っぽく照らしていた。ここからは方向が逆になるから、今日はかりんとお別れになる。
「花火、綺麗だったね! すごく楽しかったよ!」
余韻が落ち着いて、いつもの調子でかりんは笑った。
「うん、私も。誘ってくれてありがとね」
満たされた気持ちで応える。私はそれすらも声や表情にうまく乗せられないけど、かりんは気にせずに頷いてくれた。
「こちらこそ一緒に来てくれてありがとう! それじゃ、バイバイ!」
かりんはやや大袈裟に手を振り、私はこぢんまりと手を振り返した。
半分まで減ったりんご飴を器用にかじりつつ、かりんは歩道の真ん中を軽快に歩いていく。その後ろ姿をしばらく見送って、私も帰途についた。
その瞬間、ふっと楽しい気持ちが抜けて寂しさと入れ替わり、一夜の夢の終わりを感じた。




