表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

第1巻 第5章:太陽

誕生とは何を意味するのだろう? それはどんな感覚なのだろう?

おそらく、それは誰の視点で見るかによって異なる。


子を待ち望む親にとって、誕生はきっと幸福だ。あるいは、長い間待ち続けたものがようやく訪れた安堵かもしれない。もちろん、別のシナリオもあるだろうが、今はそれには触れないでおこう。


では、子どもたちは? 彼らはおそらく何が起こっているのか全く理解していないだろう。すべてが夢のようだ――昼間に愛用の椅子でうたた寝して、目覚めたときには今が何年で、今日は何曜日なのか分からないような感覚。


でも…もし子どもたちがすべてを理解していて、ただそれを口にできないとしたら? そして時が経つにつれ、記憶が消えていく。古いディスクのようにフォーマットされてしまうのだ。


もしそうなら、私の誕生はどうなるのだろう?

自分が覚えている大人としての「私」のままなのか? それとも新しい世界で子どもの姿になるのか? 記憶は消されてしまうのか、それとも人生の経験として残り、新しい旅路を支えてくれるのか?


誰にも分からない。


ただ一つ確かなのは、すべてを忘れたくはないということだ。何年経とうとも。


誕生とは、未知そのものだ。


そして今、私はその未知と向き合わなければならない。


ドアが開いた瞬間、目が痛みでくらんだ――白く、眩しい光が突き刺さってきた。私は目を閉じたが、状況は悪化した。光はまぶたの下にまで侵入し、夜の闇を切り裂くサーチライトのようだった。


音が四方八方から押し寄せ、まるでステレオのように響いた。すべてが混ざり合い、混乱した。私は耳を塞ごうと手を動かしたが、無駄だった。手は動かない。体は言うことを聞かなかった。私は自らの肉体に囚われていた。


息を吸おうとした。一回――何も起こらない。二回――肺が空っぽの袋のようにはねた。胸がプレスの下で潰れるように締め付けられた。空気はどこだ?


口が、岸に打ち上げられた魚のようにはねた。唇が震えた。息ができないのに、それすら本当には感じられなかった。すべてが間違っていた。かつて呼吸できたことを思い出したが、その方法を忘れてしまったのだ。パニックが毒のように血管を流れていった。


そして――痛み。鋭く、刺すような、まるで内側で何かが破裂したような感覚。喉に熱が広がった。肺はまるで灼熱のアスファルトに投げ出されたように干涸らびていた。叫びたかったが、代わりに出たのは嗄れた音。喉が締め付けられ、体が震えた。


世界が揺れ、ぼやけた。三つの影。雨の後のガラス窓に映るように、滲んでいた。手を伸ばす? 手は空を切った。重みがなく、筋肉の代わりに綿のようだった。


意識を繋ぎ止めたのは、ただ激しくなる心臓の鼓動だけだった。まるで何世紀もの沈黙を経て、心臓が狂ったように暴れていた。


それが何を意味する? 努力しても無意味だと? 私は諦めるべきなのか?


――ザザッ

――ザザッ


何だ?


その音は何だ? まるで誰かが私の頭蓋骨の内側を爪で引っ掻いているようだった。唇は動いていたが、音は言葉にならなかった。一体何だ?


疑う余地はなかった。もし体が私の言うことを聞いていたなら、痛みで皮膚を剥ぎ、叫び、髪を引きちぎっていただろう。目が裏返りそうだった…呼吸したかった。


助けて…


お願い…


突然、風が肌を滑り、ざらついた暖かい何かが私の肌を擦った――まるでサンドペーパーのように乱暴に。私は飛んでいた。


これが…終わり?


私は大声で泣き出した。突然の衝撃が私の…まあ、お尻に当たった。視界がクリアになり、肺が一気に空気で満たされた――あまりにも急で、頭がクラクラした。


胸がまるで山を登ったかのように激しく上下した。手足がようやく動き始めた――私の意志ではなく、誰かが糸を引くように、ぎこちない人形のようだった。


視線を下げると、大きな男の手が私を支えているのが見えた。


周囲はまだぼやけていたが、その手のひらは巨大に見えた。まるで私が本当に小さくなったか、彼らが大きくなったかのようだった。


「大丈夫みたいだな」と、近くで男の声がした。


「もちろん、強い女の子だもの」と、もう一つの声が誇らしげに付け加えた。


私は混乱した。聞き取れなかった音が言葉に変わり、泣き声が急に止まった。


強い女の子? 誰のこと? 誰について話している?


集中しようとすればするほど、思考が散らばっていった。おそらく、まだ起きたことのショックから完全には回復していなかったのだろう。その瞬間、脳の原始的な部分しか機能していなかった。


少しずつ、体が急に入ってきた空気に慣れ、目の前の霧が徐々に晴れていった。視線をそらすと、自分の手が見えた――小さく、柔らかく、子どもの手だった。私は赤ん坊だった。


つまり、この「女の子」とは私のこと?


「やったな、エミ! 見てくれ、なんて美人だ」と、男が私を高く持ち上げ、顔を近づけた。


その単純な動作が私を混乱の淵から引きずり出し、目が大きく見開かれた。目の前に現れたのは、25歳ほどの男だった。赤い髪が松の枝のようにつんつんと突き出していた。声は厳しく、粗々しかったが、敵意は感じられなかった。


もし彼があの悪夢から私を救ってくれたのなら…彼はこの世界の医者なのか?


「クイント、もっと丁寧に持って! 赤ちゃんなんだから!」と、女が彼を叱った。「貸して、頭の悪い大男!」


クイント? エミ? なるほど。この男が私の父親で、女が母親なんだな、きっと。


クイントはしょんぼりと私を胸の高さまで下ろし、エミにバトンのように私を渡した。


小さな笑い声が聞こえ、視線をその音の源に向けた。壁のそばに別の男が立っていた。麦わら色の髪は左側にきちんと整えられ、青い目は遠くからでも晴れた空のようだった。


兄貴? いや、違う、年を取りすぎている。じゃあ、叔父さん?


一瞬、目が合った。彼は軽く微笑み、まるで旧知の仲のように手を振った。私も笑った。なんてバカらしいんだ、でも、なぜか自然に感じられた。


「へへ、めっちゃ元気そうじゃん」と彼が言った。


「間違いないわ。ずっとこうでいてほしい」とエミは少し硬い笑みを浮かべ、クイントとその男に視線を上げた。「あんな絶望をもう二度と見たくないわ」


ん? 私が…その、ほら、わかるよね、の前ってそんなにひどい顔してた?


エミの手が少し震え、私をぎゅっと抱きしめた。彼女の言葉の裏には何か深い意味がある気がした。でも、それが何なのか見当もつかず、結局考えないことにした。


「こんな弱々しくて無防備な姿、なんかドキドキするな」とクイントが頭を下げ、にっと笑った。


「黙れ、馬鹿」とエミが目を細めた。「ヨリはまだ赤ちゃんなのよ! そりゃ弱くて無防備に決まってるでしょ」とがっかりしたように答えた。クイントを押しやり、彼女は私を見て優しく微笑んだ。「えっと、こんにちは…私…その…あなたのお母さんよ」と、どこか自信なさげに言った。


「こんにちは」


私は頷こうとしたけど、案の定、うまくいかなかった。


頭が横に傾いた。エミの目を見つめると、彼女から重い何かが伝わってくる気がした。一人で戦っているような。戦うって何と? 母親になる準備ができてなかった? それともただ疲れてるだけ? 私が勝手にそう思ってるだけ?


もう少し考えようとしたけど、今の私の体も心も、あまりにも制限が多すぎた。


夜が終わり、代わりに光と忘れていたたくさんのものに満ちた世界が開けた。それは否定できない単純な事実だった。


そして、言葉の理解がやってきた。いつから言葉が分かるようになった? どうやって? あまりにも突然で、まるで空気と一緒に脳に翻訳機がインストールされたみたいだった。


「ユリエル、悪いけどタオル取ってくれる?」とエミが静かに頼んだ。


ユリエルって誰だ? と首を動かそうとしたけど、彼の方が早かった。首が動く前に、彼はもうそばに立ち、タオルを差し出していた。


タオルは普通に見えた――灰色がかって、ところどころ擦り切れ、まるでキッチンのふきんみたい。私は一瞬、「これ本当に清潔?」と思った。


でも、次の瞬間、驚くべきことが起きた。


彼女の手にあるタオルが、まるで濡れたように暗く変色し始めた。中心から端へ、湿った染みが広がっていった。明らかにどこにも浸してないのに…この水はどこから?


魔法?


もっと派手な魔法を見てきたけど、これは…なんて実用的!


あの女の子の元素は何だったんだろう? なんとなく、闇な気がする。


考えを終える前に、タオルが私の肌に触れた――胸、肩、腕、首。


温かかった。心地よい温かさ。


エミはまるで蝶の翅に触れるように慎重に私を拭いた。私は血まみれだったことに気づいた。ドラマチックな意味じゃなく…生理学的な意味で。そりゃ、誕生だもん。


私が今、生まれたばかりって、なんか頭おかしいよね。


突然、全身を走る電撃のような感覚が私を思考の渦から引きずり出した。エミが指先でそっと私の腹をなぞった。バカみたいな笑い声が漏れて、めっちゃ恥ずかしかった…でも止められなかった。


彼女はかがみ込み、額を私の額に近づけた。長い髪が落ち、私を外界から隠す天蓋のようだった。


「ヨリ、なんて可愛いんだ」とエミの声は愛に満ちていた。


どうやって分かった? 答えはない。たぶん「家族の絆」ってやつだ。どういう仕組みかは分からないけど。


まあ、いいか。


彼女の温かい息が顔にそっと触れ、汗と花の混ざった香りが鼻腔に流れ込んだ。目を閉じ、深く吸い込むと、忘れていた香りが体の隅々に染み渡った。さっきまで気になっていたことは、全部消えた。


「ずるい! 俺もその子抱っこしたい!」とクイントが抗議した。


エミが顔を上げた。彼女の目は軽い軽蔑に満ちている気がした。一抹の疑念が心に忍び込み、思わず考えた:クイント、本当に私の父親?


「ペットじゃないんだから!」


新しい両親の不和は後でいいや。私が女の子として転生したって気づきは、静かにやってきた。エミが憤慨して私の頭を少し上げたとき、男と女を分ける特徴が見えた。明らかに見えたもの…いや、正確には見えなかったもの。心が新しい体にときめいた。


彼女を探す必要なんてない。だって私が女の子で、自分にうっとりできるんだから。ね、完璧な賭けでしょ?


冗談はさておき、女の子になったことが気にならなかった。さっき言った理由じゃなくて。なんで? 正直、分からない。利点はいくらでも思いつく。例えば、花の野原はオークの影に隠れていなければもっと美しいよね?


あくびが口から漏れ、疲れを和らげようとしたけど、まぶたはどんどん重くなった。


刻一刻と周囲が暗くなっていった。人々も、部屋も、色を失っていった。騒がしい声はゆっくりと子守唄のようなメロディに変わった。おそらく、赤ちゃんの体ってそんな感じなんだ――スマホのバッテリーが少なくなると、動きが鈍るみたいに。


無意識に私の頭がエミの腕に寄りかかった。その瞬間、頬が温かく湿っているのを感じた。あまりにも大きくあくびをしたせいで、涙が流れ落ちたみたいだった。


この新しい世界がどれほど面白くても、私はもう決めた。まぶたを下ろし、次の瞬間…


ぐぅ。


「赤ちゃんだ、赤ちゃんだ…」――授乳の間、そんなことを考えて気を紛らわせていた。


この一文こそ、私の意識と体の違いのすべてを表していた。


生まれてまだ一日も経っていないのに、早くも新たな内面的な葛藤に直面していた。もしかしたら、外面的な葛藤も。


もし私が男の子だったら、この体はどう反応したんだろう?


その考えだけで、自分を嫌いになった。


でも、現実に戻ろう。まあ、想像がつくと思うけど、私は食べていた。


指が本能的に握ったり開いたり、まるで生まれたばかりの子猫のようだった。手を伸ばして…いや、まあ、いいや。


正直、自分を抑えるのに相当な努力が必要だった。


でも、正直に言うと、もし彼女の胸に触れたとしても、別に変じゃないよね。いや、待て、変かな? いい質問だ。


問題の核心は、エミリアを母として見れていなかったことだ。彼女も、私自身も、まだ完全に受け入れられていなかった。


それでも、事実は事実だ。


今、私は前世では考えもしなかったことをしている。あの女の子と一緒にいたときだって、こんなことは想像しなかった。


本当に。


温かいミルクが喉を優しく流れ落ち、体内を温めた。少しずつ、妙に落ち着く感覚が不安を押しやっていった。


私は思ったより早く、この状況を受け入れていた。


視線をエミリアに移した。夜を冠のようにまとい、彼女の長い髪は肩を流れる水のようだった。彼女の顔は、まるで陶器でできたように繊細で、はかなげだった。


彼女の性格を判断するのは難しかった。誰しも多面的なものだ。彼女が私やクイントに接する様子がその証拠だった。まだ時間もあまり経っていないし、理解するには早すぎる。


名前だけで人を判断できるケースなんて、そうない。


そういえば、当然かもしれないけど、エミはエミリアの愛称だ。別に重要なことじゃないけど。私には、そもそも形式張った呼び方なんて必要なかった。赤ちゃんが親を名前で呼ぶなんて、変だよね。


もちろん、今そんなことを考える意味はなかった。親にとっては、それはまだ先――あり得る未来の話だ。


でも、私にはこれが今だ。


冬だった。窓の外の雪の量がそれを物語っていた。もちろん、晩秋や早春かもしれないけど、たぶん冬だ。冬ってことにしておこう。


エミリアはベッドに横たわり、私を胸に抱き、片手で頭を支えていた。彼女は窓の外を見、私は彼女を見ていた。


彼女の視線は穏やかで、どこか遠くを見ているようだった。そのおかげか、私も軽くなった気がした。まるで本当に重さがなくなったみたいに。


エミリアの花とミルクの混ざった香りが鼻腔を満たし、ミルクが喉を包む中、まぶたが勝手に閉じていき…


ぐぅ。


春の暖かさが窓ガラスを通して差し込んでいた。冬の湿った空気とは違い、動きたくなるような気候ではなかった。まあ、動けたとしても、だ。全体的に、季節に対する私の態度は変わっていなかった。驚くことじゃないけど、これが最初に変えるべきことだったかもしれない。


生まれてから数ヶ月が経っていた。経験上、新生児の口の筋肉はまだ弱すぎて、言葉を発するのはおろか、音を出すのも難しかった。だから、試すのをやめた。


流れに身を任せるのが、昔から一番得意だった。


まだ若いし、未来は十分長いと信じていたから、急ぐ必要なんてないと思っていた。


ときどき、自分が赤ちゃんとして正しく振る舞えているか考える。


子どもを育てた経験なんてないから、比べようがない。弟が生まれたとき、私は若すぎて、落ち着きがなくて、そんなこと気にも留めなかった。


この経験不足が、ときどき新しい両親を悩ませていた。なぜ私がお腹が空いても泣かないのか、なぜ…まあ、いいや。


その感覚は確かに不快だった。でも、そんなことに注目するのは、なんだか気まずかった。


おそらく、それが私の不器用な印象を作り上げていた。


何を捨て、何を残すべきか、決めるのは難しかった。深入りしすぎると、空っぽになってしまうかもしれない。


最近、問題を無視する新しい方法を編み出している気がしてならなかった。それも、ちゃんと向き合うべき問題を。


まあ、いいか。


体を横にしようと頑張ってみたけど、どれだけ揺すってもうまくいかなかった。


疲れてため息をつき、お腹の上で手を組んだ。


こんな小さな指の感触には、まだちょっと慣れなかった。


目を閉じて、ふうっと息を吐いた。寝室の開いたドアから涼しい風が頬に触れた。気持ちよかった。認めざるを得ないけど、これはまた夢の世界に戻る絶好の口実だった。


最後に耳を澄ますと、階下から包丁がまな板を叩く音と、続いて木の床のきしむ音が聞こえてきた。


ん? きしむ音?


目を開けた瞬間、頭上に影が落ちてきた。


体は脳の電気信号にようやく従い始めていたけど、この瞬間、また動かなくなった。


ゆっくり視線をそらすと、ゴクリと唾を飲み込んだ。


明らかにエミリアじゃなかった。


そこにいたのは、他ならぬ…


「おっと、誰か目覚めたかな?」クイントが腰に手を当て、にっこり笑って立っていた。


私は目をぎゅっと閉じた。まるでこの狂った男から隠れようとするみたいに。


いや、クイントが悪いわけじゃない。むしろ、愛情深い父親って感じだった。


でも、エミリアと違って、彼のそばにいると常に落ち着かない気分だった。声が大きすぎる。動きが活発すぎる。あまりにも…正反対すぎる。


お腹がグウッと大きく鳴り、目を見開いた。クイントが大笑いし、頬が熱くなるのが分かった。


「そんなにお腹空いてるなら、なんで誰か呼ばなかったんだ? ほら、ヨリ、言ってみて。パ・パ。マ・マ…」彼はちょっと考え込んだ。「いや、それじゃ簡単すぎるな。よし、ヨ・リ!」


めっちゃ叫びたかった。黙って出てってくれって言いたかった。でも、出たのは「ぶるる」みたいな音だけ。


「ちっち、違うよ」と彼は首を振って人差し指を立てた。「ヨ・リ! できるって、知ってるよ。だって君、めっちゃ賢いもんな」彼は一瞬黙り、目を細めた。「それとも…ん? そもそもヨリが誰か分かってる? 君だよ! ヨ・リ。ほら、俺の後について言ってみて」


うわ、神様、頼むから黙って!


お腹空いてるって気づいたなら、エミリア呼んでよ! この茶番やめて!


無力感に襲われ、泣き出しそうになった。ベッドを足で蹴ったら、かかとから首まで鋭い痛みが走った。


本当に泣きそうだったけど、そこで…


「バチン!」


クイントの後頭部に、はっきりした平手打ちの音が響いた。エミリアがまるで地面から湧き出たように現れた。


クイントは身を守ろうとしたけど、振り返る前にまた叩かれた。


「おい、おい、ただ遊んでただけだよ! 悪いことなんて何もしてない、ほんと!」クイントはエミリアから逃げるように這いながら弁解した。


「ほんと、バカね、クイント」エミリアは頭を抱えて首を振った。「ヨリが起きたなら、私を呼ぶか、下に連れてくればいいでしょ。そんな難しいこと?」


「君、忙しそうだったからさ。ちょっと楽しませようと思っただけ」と彼は申し訳なさそうに、視線をエミリア以外どこにでも向けて言った。


「楽しませる? もう少しで泣かせるとこだったでしょ! 聞こえなかったの…あ…」


お腹の下で何かギュッと締まる感じがした。不快な匂いと共に、急に温かい感覚が体に触れた。頬のことじゃないよ。お腹の鳴りは空腹だけじゃなく、たぶん全部まとめてだったんだ。自分の体を理解するのはまだ難しかった。


「ぐぅ」じゃ、この状況は救えなかった。


---


いつもぐっすり、動かずに寝ていた。あるとき、両親は私の生命力が心配になるくらいだった。だから、ベビーベッドから両親のベッドに移された。


それ以来、夏が嫌いになった。


誰かと寝るか一人で寝るかは、私には大して変わらなかった。でも、めっちゃ暑い日は本当につらかった。まるでプレス機に挟まれたボールみたい。汗が全身を流れ、両親の汗と混ざり、朝にはまるでサウナで蒸されたみたいになってた。


エミリアはなんとかしようとしてくれたけど、大きな変化はなかった。


彼女には緑の石があって、かすかに光って涼しい風を出していた。たぶん、この世界の扇風機みたいなもん。


でも、どの扇風機も、エアコンには敵わないよね。


それでも、このちょっとした不快感が、一日の大半を寝て過ごすのを邪魔することはなかった。他に何するって?


最近、喋る練習を始めた。当然、あんまり上手くいってない。赤ちゃんの体は、頭の中にあるものを表現するには弱すぎた。出せるのは「た」「ね」「ま」「ぱ」…そして、なぜか「よぉい」くらい。


この「言葉」、特にタイミングよく発すると、両親をまた心配させた。


一ヶ月くらい前、エミリアが市場でピンクのドレスを買ってきた。めっちゃ…可愛かった。でも、いい意味での可愛さじゃなくて、見るだけで顔をしかめたくなるようなやつ。


「見て、ヨリ、気に入った?」


彼女の手にあるその布切れを見て、私はショックを受けた。

何これ? 誰の? 私の? これを着せられるの? これを着て歩くの?

そんな不安が次々と頭をよぎった。唇が震え、意味不明な音が漏れた。

エミリアは私を元気づけようとしたのか、まるで玩具のようにドレスを振った。

その動きはハトのうなずきみたいに素早くて、私はハッと我に返った。エミリアを見て、きっぱり首を振った。


「いや」


「いや?」彼女は驚いて首を傾げた。


「いや」と私はきっぱり繰り返した。


「わかった、わかった」とエミリアはうなずき続けた。


「ただ喋ってるだけだよ。絶対気に入ってるって」とクイントがくすくす笑いながら割り込んだ。


開いた窓から差し込む光が彼の指を照らし、影が床に伸びるように広がった。まるで時計の針のように、時間が止まったような感覚を、そのコメントがぴったり表していた。


彼は自分に満足げで、まるで小さな競争に勝ったみたいな顔だった。


「分かってないのは君だけよ」とエミリアが彼を一喝し、再びドレスを見せた。「よし、もう一回。気に入った?」


「いや」と私は素早く首を振った。


「ん? じゃあいいか」


エミリアは肩をすくめてドレスを脇に置いた。代わりに、指を顎に当てて考え込み、部屋を見回した。


正直、混乱した。え、それだけ? マジで? いや、エミリアが私の意見を聞いてくれて、クイントを無視してくれて嬉しいよ。でも、本気?


「どうしたの?」ユリエルが寝室の扉をくぐってきた。


「あ、ユリエル、もう来たの?」


「なかなか降りてこないから、様子を見に来たよ」


「エミは、ヨリが意識的にドレスを拒否してるって思ってるんだけどさ。この可愛いバカっぽい顔見てよ。絶対…」


クイントは抵抗せずに床に倒れた。どうやって倒れたかは…まあ、謎だ。


「あなたはどう思う? あり得る?」エミリアが心配そうに聞いた。


「なんでないの? 子どもだって、好き嫌いは分かるよ」


「でも、まだ一歳にもなってないわよ」


「彼女、最初からそんな感じじゃなかった?」


その言葉に、心臓がドキッと跳ねた。楽しい意味じゃなくて。赤ちゃんにとって、そんな会話は不自然だって気づくべきだった。でも、ドレスを着せられる恐怖で、頭が回らなかった。


でも、一番気になるのはユリエルの反応だった。彼は少しも驚いてない。むしろ、予想通りって顔だ。これじゃ、警戒せざるを得ない。


結局、すべてうまくいった。スカートやドレスじゃなく、Tシャツとズボンを買ってもらえるようになった。それ以来、急いで自分の意見を主張する必要はないって悟った。時には、視線だけで伝わる。言葉は…あとでいい。


夏が過ぎ、いつものように秋がやってきた。空気が明らかに涼しくなり、窓の外の緑が黄色と橙色に変わり始めた。


でも、それは外の話。家の中はいつも通りだ。


ベッドに座り、手で頭を支え、窓の外を眺めていた。昨日もそうだったし、明日もきっとそうだ。


唯一の変化は、ようやく座れるようになり、這えるようになったこと。でも、あんまりやらないけど。


まあ、いいか。


向かいの床に座るクイントを見た。なぜか目が合った。まあ、彼が遠慮なくじろじろ見てるんだから、当然か。


エミリアの平手打ちの連発で、少し静かになったけど、相変わらずイラつく。認めるよ、彼の「黙ってうざがる」技術は賞賛に値する。


次の数秒、私たちはお互いを見つめ合った。そんなとき、私たちの共通点が目立つ――同じ目だ。桜の花びらのようにピンクがかった白目。


きっと、それが彼を父親だと誇りに思える、数少ない理由の一つだ。

時間が過ぎても、クイントは頑なに視線を外さない。心のどこかで、彼の目を指で突きたくなった。でも、理性が止めた。二人とも痛い目に遭うよ。


疲れてため息をついた。クイントの無言の熱意に、余計疲れる。私はもう諦めて視線を外そうとしたけど…


「祈るときは、手を合わせるんだよ。知ってた?」扉の向こうから声がした。


私とクイントは同時に振り返った。

扉にユリエルが立っていた。頰がハムスターみたいに膨らみ、手にパンを持っていた。


私は首を傾げ、彼の言葉を考えた。


\なんでそんなこと言うの? クイントが膝をついてるから? ん…


「その手に持ってるのは何だ?」クイントが目を細めて唸った。


「これ?」「これ?」ユリエルは手に持ったパンをくるっと回し、肩をすくめた。「知らんよ。リビングのテーブルにあったんだ。紅茶も一緒だったから、そっちも飲んじゃったけど」


生き物に空気が必要なように、クイントにとってエミリアの焼いたパンは人生そのものだった。百歩歩けば何か食べたくなるタイプの人間だ。


クイントの顔色が恐ろしい速さで変わった。理由は分かる。


幸せを作り出せるって、なんかいいよね。なのに、ユリエルはわざとそれを奪った。


もちろん、悪意はなかった。彼のいたずらはいつも無害だ。だからこそ、彼は私の二番目のヒーローだった。エミリアがいないとき、ちょうどいいタイミングで現れる。


「この野郎! それ俺の!」


ユリエルは残ったパンをかじり、ひと口ずつ楽しそうに食べた。クイントは、自分のパンがユリエルの口に消えていくのを見て、今にも泣き出しそうだった。そんなとき、ちょっと彼が可哀想になる。


「今は俺の」とユリエルはくすくす笑い、両手を前に突き出して逃げ出した。


クイントの顔は本気の怒りでいっぱいだった。額に浮かんだ血管がそれを物語っていた。


涙を拭い、クイントはベッドを飛び越え、一気に彼を追いかけた。


「待て! 捕まえたら灰にしてやる!」遠くから彼の唸り声が響いた。


ユリエルの登場は珍しくなかった。驚くべきは、彼の現れ方だ。誰も、いつ、どこから入ってきたか分からない。


司教なのに、この性質のせいで、彼はまるで家の妖精みたいだった。気が向いたときに、ふっと現れる。


一見、クイントと気が合いそうに見える。でも、子どものような笑顔の裏には、落ち着かない視線があった。何かを待ってるみたい。でも、何を?


まさか宇宙人が空から降りてくるなんてないよね? ね?


いくら考えても、答えは出てこなかった。それに、クイントが急にいなくなってホッとしたから、あんまり気にしなかった。


手を頭の下に組み、ベッドに寝転んだ。転生とか魔法で、まるで物語の生き物みたいだけど、悩みが減るわけじゃない。


このバカバカしい状況は、子どもの頃のことを思い出させた。


私はずっと一人っ子だったから、赤ちゃんが現れたとき、嫉妬した…のかな? 今じゃ、その気持ちをはっきり思い出せない。


お菓子は全部私のものだった。最後のキャンディが残っても、絶対分けなかった。


今思うと、めっちゃ自己中だった。でも、弟は正反対だった。


母さんに最後のパンを分けるよう言われたとき、クイントの顔色みたいに、怒りと苛立ちが一気に湧いた。歯を食いしばりながら、渋々差し出した。なのに、彼はそれを半分に割って、私に半分を返してきた。


今でも思い出すと、めっちゃ恥ずかしい。


あの出来事で変わったけど、いい兄貴だったとは言えない。友達? まあ、かもしれない。


いつも思ってた。彼が私みたいにならなきゃいいって。でも、成長するにつれ、彼に自分を見ることが増えた。


まるで転がるボールみたいに、彼は私が去った後に残された穴を埋めた。


あるとき、若さを結ぶロープを手放した。


そして、結果――今ここにいる。


全く知らない世界で。


全く知らない体で。


全く知らない名前で。


まだ頭おかしいって感じ。


---


活動的なヨリは、寒さが来ると冬眠に入った。


いや、「活動的」なんて言葉、私には似合わない。季節に関係なく、私は本物の王様の如く、ベッドの王国を離れなかった。ってことは、冒頭の文、めっちゃ嘘だね。


冬が来て、私は一歳になった。


外の世界が変わったかどうかは、よく分からない。町は雪に覆われ、窓の外の景色は真っ白な長方形に溶け合っていた。


家も木も見えなかった。

クイントだって、家を出れば白いカーテンの向こうに消えた。


正直、冬は好きじゃなかった。なんか皮肉だよね?


でも、クリスマスやバレンタインデーを思い出すと、納得できる。人々の情熱が雪を溶かす日だ。


そんな「暖かい冬」だった。


どこかで聞いたことがある。クリスマスは、人の気持ちを拡大鏡で見るようなものだって。幸せなら、すべてがもっと輝く。


でも、独りなら…


遠くから他人の親密さを見るのがどんな気分か、説明はいらないよね。


驚くことじゃないけど、この劇で私は観客の役割だった。文句はないよ。たぶん。


雪について言えば。雪片が互いに舞う様子は、まるで雪片にもパートナーがいるみたいだった。


バカバカしく聞こえるかもしれないけど、この「拡大鏡」は私にそんな風に感じさせた。


あの女の子と一緒に、たった一度でもクリスマスを過ごせたらよかったのに。まあ、彼女にはそんなのどうでもよかっただろうけど。


だからかな、彼女と過ごしたその百年間、雪が降るのを見たことが一度もないなんて。納得できる話だ。


彼女のことを考えると、いつも精神的にぐったりしてしまった。だから、あまり長く考えないようにした。


でも、現実に戻ろう。


数日前、私の記念日を迎えた。この言葉が適切かは分からないけど…まあ、1歳になったんだ。


誰がその場にいたかは、言うまでもないよね。明らかに、4人だけだった。まあ、それでもめっちゃ楽しかったよ。


テーブルにはいろんな料理が並んでいたけど、当然、私は食べられなかった。じゃあ、なんで呼ばれたんだって?


夕方ずっとエミリアの腕の中で、クイントがニヤニヤしながらチキンの脚をかじるのを見てた。


誓うけど、ユリエルがこっそりクイントの皿から食べ物を盗んでなかったら、絶対フォーク投げてた。


この時点で、私はなんとか自力で立てるようになってた。足はまだ震えるけど、近くに支えがあれば少しずつ動けた。


残念ながら、喋るのはそんなにスムーズじゃなかった。


自分の声を録音で聞いて、恥ずかしくなる感じに似てる。明らかに発音に問題があった。硬い音、唸る音、シューって音は、相変わらず難しかった。


それもあって、頑なに喋るのを拒んでた。たぶん、だからクイントは私をからかい続けたんだ。私、何も言い返せなかったから。


でも、ジェスチャーなら結構ハッキリ意思を伝えられた。例えば、エミリアをじっと見て、クイントを指さして、首を切るみたいに手を振ると――彼は平手打ちを食らった。


エミリアは「なんで?」なんて聞かなかった。言葉なしで分かり合えた。私には、クイントもそれが当然って分かってる気がした。


パチンって音と、子どもの笑い声――それが我が家の雰囲気だった。たぶん、その笑い声がめっちゃ伝染するから、みんな一緒に笑い出したんだ。


ここ、この人たちと過ごす時間には、どこにもない感覚があった。刹那的で、説明できないけど、妙に心地いい――デジャヴュみたいな。それはここにしかなかった。


寒さが私を小さく縮こまらせることがあっても、この家には本物の「暖かい冬」があった。


つまり、たぶん、私は幸せだったんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ