ある男女の交換日記
――四月一日
きみへ。
今日から交換日記を始めることになった。正直に言うと、こういう健全な試みは、どうも私の性に合わない気がしている。だが断る理由も見つからず、こうして最初の一行を書いている。
どうか、あまり期待しないでほしい。私は面白いことも、気の利いたことも書けない人間だ。
――彼
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――四月二日
あなたへ。
さっそくですが、最初の一行から暗いです。びっくりしました。もっとこう、「よろしくね!」とか、そういうのを想像していました。
でも安心してください。私はけっこう面白いことが書けるタイプです。たぶん。
それから、期待はしてます。勝手にします。
――彼女
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――四月三日
きみへ。
期待されると、途端に筆が重くなる。こういう性分なのだ。きみの文章は、妙に明るくて少し眩しい。
ところで、昨日、道で転んだ。誰にも見られていないと思ったのだが、犬には見られていた。しばらく目が合ってしまい、いたたまれなかった。
こういう話でいいのだろうか。
――彼
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――四月四日
あなたへ。
犬に見られた話、すごくいいです。少なくとも私は好きです。ちょっと笑いました。
私は今日、パン屋さんで最後のクリームパンを買いました。後ろの人も欲しそうだったので、ちょっと罪悪感があります。でも美味しかったです。
こういう小さいことを書いていけばいいんじゃないでしょうか。
――彼女
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――四月六日
きみへ。
昨日は書けなかった。理由は特にない。ただ、書かなかったという事実だけがある。
きみの言う「小さいこと」を書こうとして、逆に何も書けなくなった。小さいことほど、なぜかうまく掴めない。
ところで、今日は転ばなかった。
――彼
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――四月七日
あなたへ。
「転ばなかった」って報告、なんだか好きです。昨日よりちょっと元気そうで。
私は今日、わざと遠回りして帰りました。理由は特にありません。ただ、なんとなくそうしたかっただけです。
そういう「なんとなく」も、けっこう大事だと思います。
――彼女
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――四月十日
きみへ。
数日書かなかったことを、少し気にしている。きみはどう思っただろうかと、考えたりもした。
実は、この日記を書くのが、少し楽しみになっている。こんなことは滅多にないので、自分でも戸惑っている。
きみの「なんとなく」は、悪くない言葉だと思う。
――彼
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――四月十一日
あなたへ。
書かなかったこと、ちょっと気にしてました。でもまた書いてくれてよかったです。
実は私も、この日記ちょっと楽しみです。だからおあいこですね。
それから、「なんとなく」を褒められて嬉しいです。なんとなく。
――彼女
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――四月十五日
きみへ。
今日は、少しだけ正直なことを書く。
きみがこれを書いていると思うと、少しだけ背筋が伸びる。いい格好をしたいわけではないのだが、妙に整った文章を書こうとしてしまう。
それが少し可笑しい。
もしこの日記が終わったら、私はまた元の、だらしない文章に戻るのだろうか。
――彼
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――四月十六日
あなたへ。
たぶん、戻らないと思います。
だって、もう知ってしまったからです。あなたがちゃんと書こうとしてることとか、ちょっと気にしてることとか。
それって、消えないと思います。
それに――
(ここで少し考えました)
もし戻ったら、そのときはまた日記を始めればいいです。
――彼女
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――四月二十日
きみへ。
この日記を、そろそろ終わりにしようかと思っている。
正直に言うと、少しだけ残念だ。
だが、終わるものは仕方がない。
最後にひとつ、書いておく。
私は最初、この日記が嫌いだった。だが今は、少しだけ好きだ。
いや、「少しだけ」というのは嘘かもしれない。
――彼
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――四月二十一日
あなたへ。
最終回ですね。
最初のあなたの文章を読み返しました。やっぱり暗いです。でも、今読むとちょっと面白いです。
最後に、私も正直に書きます。
私は最初から、この日記が好きでした。
そして今は、もっと好きです。
だから――
交換日記は終わりにして、今度は普通に会って話しませんか。
日記だと、あなたが転んだとき助けられないので。
――彼女




