王都
ヤマトとファミアは数日間の徒歩の旅の末、王都に到着していた。
「もう一回言うよ?悪魔は人目が少ない夜に行動を起こす可能性が高い。だから、王都を自由に散策するのは日が落ちるまでにしてね?」
「はいはい」
ヤマトは2つ返事で、ファミアの何度目かの念押しをさらりと受け流していた。
「まったく…わかっているのか…」
ファミアはため息をついてヤマトの後を追った。
そのやり取りだけを見れば、さながら親子のようにも見えるが、出会ってから一週間も経っていない仲である。しかし、この数日でファミアは、ヤマトに遠慮したり、策を弄したりするのは無駄であると判断した。そして、ファミアは人付き合いの経験が少なく、無駄に環境適応の力が高かったのも相まって、あらゆる行程をすっ飛ばしてグッと距離を縮めたのである。
「ここは暑いんだな!」
「そう、王都では、フィーロで作られた織物にさらに加工して防具を作る。もちろん剣とかかも作られてるから、朝から晩まで職人たちが鍛冶魔術を使ってるんだよ。熱いのはそのせい」
「ふーん」
「ふーんて…魔術の話してんのになんでそんなに興味持たないかなあ」
ファミアは落胆しているというよりは疑問を持っているという感じである。ヤマトが興味を持ちそうな話を振ったのに反応が薄かったので、不思議に思っているのだ。
「いや、知ってるから」
「あ、そうか、そうだったね」
そう、魔術書によって、ヤマトは各地に根付く魔術を網羅していたのである。
「あ、そうだ。とりあえず宿にいかない?一回荷物を置いた方がいい…ってやめてやめて火球唱え始めないでそんな嫌そうな顔しないでわかったから後でいいから先に工房見に行こうか」
ヤマトが新しい魔術の発見のチャンスを後回しにされかけてブチギレそうになったので、ファミアは慌ててヤマトを制止した。
「ホントに魔術オタクだなあ」
ファミアは、ヤマトがここまでの反発を見せたことには驚いていたが、こうやってボソッと呟くところまでは、ここ数日間のお約束になっていた。
二人は王都で作られている魔術について話していると、数時間で目的地についた。
「ここが『王都一の工房』か!たしかに周りよりも暑いな!」
「私が一緒にいると、ちょっと面倒になるから、少し遠くの…あの辺でまっとくね。」
ファミアが大きな岩がある場所を指さした。
「わかった」
炎妖族は王都では特に忌み嫌われる種族である。ヤマトは、ファミアが炎妖族であることに気がついた時点で、こうやってファミアが顔を出せない場所があるがことも想定していたので、あまり疑問は感じていなかった。
ファミアが十分離れたのも確認せず、ヤマトは工房の入り口の木製の扉をノックした。
「だれかいる?」
ほどなくしてヤマトの声に反応し、中年の、日に焼けた、筋肉質の男が出てきた。
「どちら様で…なんだ子供か。何の用だ?迷子か?」
男は依頼主か誰かが来たと勘違いしたようだ。
「これ、使って、防具か武器にして」
ヤマトは革袋からレッサーサースティウルフの死体を取り出した。数日前であるために腐敗臭がしてしまっていた。
「く、臭い。というかこれは…!…わかった。できればその袋に戻して、一旦中に入ってくれるか。」
「わかった」
ヤマトは革袋に死体を戻して歩き始めた。
ちなみに、男は死体を一目してレッサーサースティウルフであることを理解していた。レッサーサースティウルフは肉は粗悪であるが、毛皮や蹄などは貴重な素材になる。まず、レッサーサースティウルフ自体がロスト砂漠にしか生息しないので、王都では大変珍しい。ヤマトは、というよりファミアは、門前払いになるであろうことを想定して、有無を言わせずウルフを見せるように言ったのである。その意図の通り、男はそんな貴重な素材を無視できなかったのだ。
工房は王都の端の方に位置しており、かなり大きい。フィーロの工場の16分の1と言ったら小さく聞こえるかもしれないが、フィーロの工場が大きすぎるだけで、とても広いのである。その広さを利用して、工房ではかなり幅広い素材を扱っていた。
ヤマトは近くの机に案内されて、男に話しかけられた。
「さっきの狼、どこで手に入れたんだ?」
「狩った」
「買った?どこで手に入れた?というかそんなに金を持っていたのか?」
「?お金、使ってない」
「は?タダで?」
「うん?…うん」
「じゃあどこで?」
「その辺」
「は?」
ヤマトは無口過ぎるが故に、同音異義語によるすれ違いが生じてしまっていた。
「誰が売っていた?」
「誰も?」
「は?」
という様子で、男はかなり苦戦してヤマトと意志疎通して、一つ一つ言葉の齟齬を解消し、状況を整理した。
「えっと…つまり、歩いていたらレッサーサースティウルフに襲われて、返り討ちにしたと。…は?」
そう、彼は状況を整理してしまったのである。
「ちょっと待て、申し訳ない、怪しげな素材は使わないことになっているんだ。もしも犯罪関連の素材を元に何か作っては、信頼の低下に繋がるからな。」
つまり、男はヤマトのことが信用できないので、依頼を受けられないと言っているのである。
「これ」
ヤマトは手のひらサイズの手帳を取り出して見せた。
それは魔術師手帳というものであった。前提として、魔術師になる条件は、魔術学院から卒業することである。そして、魔術師になれば、魔術師ギルドに在籍することになり、そのときに魔術師の証たる魔術師手帳が配布されるのである。
魔術師ギルドは三大魔境の防衛を始めとして、国をまたいで様々な事業に手を貸す大きな信頼のある存在であった。
男は常識としてそれを知っており、手帳に書いてあったヤマトという名前を見て、すぐに正体に気がついた。
「すみませんわかりました。その依頼、引き受けましょう。」
男は即座に手のひらを返して敬語になった。ヤマトの行動は、まさに状況打開の最善手であったと言えた。
「さて、何を作りましょう。」
「うーん…手袋」
ヤマトは逡巡の末、軽くて使い勝手の良い手袋を選択した。
「手袋ですか、なるほど。では、魔術師専用に作ります。夕方までには作れそうですが…いつ取りに来られます?」
「日の入りまで」
「わかりました」
「ところで!他の作業場も見せてくれないか?」
ヤマトは食い入るようにして言った。いつものように目を輝かせている。
「は、はあ、いいですよ」
ヤマトの変貌に戸惑いつつ、魔術師ギルドの優秀な人材に借りを作った方がいいという意図もあってか、男は快諾した。
…技術を盗まれるとも知らずに。
二時間後、ヤマトは工房から少し離れた場所で体内魔力増幅魔術の詠唱の練習をしているファミアと合流した。
「…璢轟醱籤黴璢麗gっ…また噛んだ」
どうやら苦戦しているようだ。
「おまたせ」
「お、おわった、のか。じゃあ…はあ…宿を…はあ…取りにいくか」
ヤマトが声をかけると、ファミアは息も絶え絶えという様子で答えた。体内魔力増幅魔術の詠唱は至難なのである。
「ふう……どんな魔術だった?」
ファミアは息を整えて聞いた。
「あんまりパッとしなかったな…鍛冶魔術は魔術書に書いてあった通り全部火魔術の応用で再現できた。革細工なら魔術を使ってくれるかと思ったんだがすべて職人技だったとはな…」
ヤマトの声は熱は帯びていたものの期待を裏切られて残念そうである。
「学院では私は主に基礎魔術を学んだから、おぼろげにしか覚えてないんだけど、確か特殊魔術って2つに分かれてるんだっけ。」
ファミアもまた魔術師であったため、魔術の知識的な素養があった。
「そう。まず魔術は大きく基礎魔術と特殊魔術の2つに分けられる。基礎魔術は神の作った魔術で土水火風が基本の四大魔術と草氷雷等の自然魔術に分かれるっていうのはわかってるよな?」
「うん」
「特殊魔術は基礎魔術の応用であることがほとんどで応用のみかそうでないかで二分される。一つは基礎魔術の効果範囲や数を指定して組み合わせただけの一般特殊魔術。二つ目は人為的に作られた言語を組み込んだ特異特殊魔術。この二つは神が作った魔術なのか人の手が加わった魔術なのかで分けられているとも言えるわけだ」
ヤマトはここまでほとんど息継ぎなしで話している。ファミアにとっては、聞き取りにくいことこの上なしであったが、ファミアも魔術師であるため、正確に聞き取れていた。
「つまり鍛冶魔術は一般特殊魔術だったから、得る物がなかった、と?」
「そゆこと」
基礎魔術は効果を自由に設定することができるため、使用が困難であった。なので、一般庶民にも使えるよう、と基礎魔術を用途ごとに使いやすくして、一般特殊魔術としてまとめるのである。
ただ、基礎魔術ですべて再現可能であるゆえに、ヤマトは未知の要素が多い、人間が作った魔術言語を組み込んだ、織布魔術や猿解魔術(オマケ小説参照)などの特異特殊魔術を求めていたのだ。
「にしてもなんで急にこんな話を?」
ヤマトにしては珍しく、自分からファミアに話を持ちかけたのである。ファミアの疑問は当然と言える。
「…ストレス発散」
「…ためになる話だと思ってたんだけどなー。流石魔術オタク。これでストレス発散になるとはね。」
ファミアはヤマトの「ストレス発散」に付き合いつつ、宿を取って荷物を下ろしたり、王都の魔術ギルドに顔を出したりと、特にトラブルもなく、必要なことをこなしていった。
様々なことをしていると、いつの間にか夕方になり、手袋受け取りの時間になった。
ヤマトは工房をノックする。
「取りに来た」
するとほどなくして、昼間と同じ男が出てきた。
「お待ちしてました。今ここで渡しましょうか?」
「うん」
男に手袋を渡されたヤマトは、早速それをつけてみる。手袋は、ヤマトの小さな手に見事にフィットした。
「その手袋は、いただいたレッサーサースティウルフを元に作ってるんで、魔力出力が2割増しになります。」
「え?そんな効果あるの?」
「は、はい。魔術師専用に作りましたから。」
突然声が大きくなったヤマトに驚きつつ、ヤマトに説明を始めた。
「魔術を使用する魔獣は特にこういう素材に向いてます。普段はこの毛皮に空気中の魔力を貯めておいて、魔術の使用時に合わせて自動的に出力されるという仕組みになってます。」
「思ったよりも役に立つな!そうだ!レッサーサースティウルフの素材は全部やるから交換してくれないか?」
「え、いいんですか!?」
手袋一つの値段が10万クロスタ、レッサーサースティウルフの値段が200万クロスタほどの値段であったため、男にとってはこれ以上無い話であった。
ヤマトにとってはそこまでの値段は想定していなかったが、損は承知の上であった。
「お釣りいらない」
「え、本当にいいんですか?わかりました。ありがとうございます。」
「じゃあね」
ヤマトは他にめぼしい魔術が無いことを知っていたので、驚きすぎて間抜けな顔をした男を背に、足早に帰っていった。
「お、案外早かったね」
ヤマトはファミアと合流した。
「いいもの、ゲット」
「へえいいねえ。じゃあ、向かいながら話そうか」
「うん」
二人はファミアが悪魔を見た場所に向かった。
これが長い夜の始まりであるとも知らずに。




