訓練生
モーシェ島の中心都市カマラには、領主一族であるマティスロア家の本家が居を構え、それに付随しマティスロア家が持つ騎士団の本部が所在しています。
領主一族の警護はもちろん、モーシェ島内の治安維持や島を囲む海からの侵入者などを取り締まっているそうです。
そんな騎士団ですが領主一族が武家であるからか、その体質は【厳格】の一言に尽きるでしょう。
モーシェ島には5つの都市が存在しています。
領主一族と騎士団が拠点を構える中心都市【カマラ】
農耕が盛んで島の食糧庫である都市【プンダリーカ】
分家が治める第2の中心都市【ウトパラ】
薬草や医術が盛んな都市【ニーロ】
険しい崖が立ち昇る島で、唯一の港を有する商業都市【クムダ】
これらの都市をマティスロア家によって認められた貴族が治め、各都市に騎士団が配属されています。都市の周辺も管理地域にはなりますが、その辺りは管理している貴族が更に別の貴族を部下として管理しているそうです。
そして騎士団は不正や謀反の阻止が大きいですが、一番の仕事は治安維持。そもそも騎士団を所有できる貴族というのはマティスロア家の様な、領地の管理ではなく所有を許されている家……
つまり都市を任されているに過ぎない家は騎士団を持つことが国に許されておらず、それを補うためにも騎士団が存在するんだそうです。
それ故に領主の信頼が厚く、島という閉鎖的な空間であり王都を知らない住人からすると、マティスロア騎士団は領主に仕える騎士のようであり憧れの存在だとか。島中から入団希望者が集められ、その中から選ばれたものだけがその制服を身に着けることが出来る。
何が言いたいのか…それはマティスロアの騎士はとにかく自負心が強く、領主への忠誠心が半端じゃないってことです!
貴族だろうが敬愛する領主より預けられた訓練生を立派に育て上げる。彼らに課せられた使命を全うしようと、それはそれは熱心に扱いてくださるんですよ。
特に兄さまは領主一族の血縁であり、私は一族の名を頂いているとあって、彼らの気合が違います。私たちは本家での座学、兄さまにはさらに特別なカリキュラムがあるそうで、他の訓練生に比べ練習量が少ないのですが……
私はこれは領主とその他とを区別させようとしているのではと感じています。文武両道といっても、その勉強量はまるで最盛期の科挙受験者のよう。
クリシュナ叔父様による徹底した時間管理のお陰か、体調を崩すことは無いようですが、その分訓練だけに力を注いでいる人たちと比べると実力は差がつく一方。
それでも騎士たちは兄さまに武を身に着けてもらいたいと期待しますし、訓練生も兄さまをマティスロア家の人間として見るため、中途半端なことはできません。
兄さまは父様の姿に憧れていましたから、文句も言わず常に全力で取り組んでいます。というより疑問を持てないほどに余裕がないのです…。
私は兄さまと求められている役割が違うため、当主教育をするクリシュナ叔父様とは兄様ほど関りがありません。
だからこそ第三者視点で兄さまの状況に疑問を抱かずにはいられません。武家であり父様も騎士として身を立てているにも関わらす、兄さまの教育は、まるで騎士に守られる側だと突き付けるような…兄さまの剣を否定するような扱いです。
それでも兄さまは今日も訓練場で剣を振ります。父様もこの逆境を乗り越えたのだと信じて。
夕暮れの訓練場では訓練生である少年達が整列し、彼らを囲むようにして教官である騎士達が立っています。その中でも特に貫禄のある騎士が中心となり、今日の訓練の総評を伝えるのです。が、これ…
滅茶苦茶長いんです!
いや流石に慣れてきますし、訓練は七つある隊がローテーションを組んで担当しているので、日によって特徴は異なります。そして今日担当の隊隊長は何と言っても謹厳実直…簡単に言えばクソ真面目過ぎて話が長いのです!
「うぅ……ふぅ……」
「ずびっ…」
「グー」
あぁ、度重なる疲労と空腹、痛みを耐えてきた最年少組の心がついに折れてしまったようで、すすり泣く声やお腹の音が聞こえてきます。なんだか悲しくなってきちゃいました。
ですが流石年長者は違いますね。皆さん姿勢正しく直立して………白目剥いてる!?私の横に立っているお兄さん魂抜けてませんか?大丈夫ですか!?
教官に怒られない程度に辺りを見渡しますが、真面目に聞いている人やら虚無を背負っている人やら…。では兄さまは!っと後ろをチラッと見ると…
うわっ凄い真剣に聞いているじゃないですか。父様そっくりのアイスブルーの瞳がその眼力をパワーアップしているようです。ただでさえ瞳の色も相まって冷たい印象があるのに、更に威圧感がありますね!
そして見ていたのがバレたのか、鋭い目つきで睨まれます。真面目に聞けと目で怒鳴られている気分です。実際そう思っているのでしょうけども。
そりゃ一人一人の良いところと改善点を挙げていっている所は凄いと思いますよ?私たちの事よく見て、熱心な指導に頭が上がらないですもん。
でも!訓練生!いったい何人いると思っているんですか!?
そろそろ暗くなってきたんですけど…。濃紺に染まり始めた空を見つめていると、個人の総評が終わったのか話が纏めに入ります。
「ではこれにて今日の訓練を終了する。君たちもここにきて一週間。
もう言うまでもないだろうが、明日のために休息は十分とるように。眠いからといって食事を疎かにしてはいけないぞ。
それと今日学んだことを寝る前に必ず復習し「はーいはいはい隊長!そのくらいにしておきましょう?初日と比べると皆いい動きになっていますし、隊長のお言葉は身に染みてますよ!」む!そうか。
副隊長が言った通り、初日と比べるといい動きにはなっている。
しかし、それは何も知らぬ状況が故の動きの遅さだ!知識を蓄え考える前に身体が反応するようになるためには日頃の訓練が1番。皆、明日もしっかり励むように。解散」
ナイスです副隊長!でも出来ればもう少し早くそれを言って欲しかった。
「ルカリア、あとで自主練習に付き合ってくれ」
「えぇぇ?…うぉん、分かりました」
指摘された所を直ぐに確認したいんでしょうね。真面目です。疲れ知らずですか?私は疲れていますよ?
でも何でしょう?何故か兄に違和感を感じます。その正体を探ろうとすると、声をかけられました。
「二人ともお疲れ!」
「ルカリア、ローガン今日も一日お疲れ様ぁ」
「あぁ、二人もお疲れ」
「ラジェス君、カマル君もお疲れ様です」
土で汚れ疲れ切った様子の二人ですが、初日と比べると随分余裕があるように見えます。二人はこのモーシェ島に来て最初に知り合った貴族の子息であり、私と兄さまの友人として当主であるお爺様より紹介された同級生です。
如何にもやんちゃ坊主といった風貌のラジェス=サンティ君、その横でおっとりとした様子の子がカマル=ガードナー君です。
少々個人差はあれど、この国民の大半がそうなのですが、広義では二人も茶色い髪に青い目をした容姿ですね。彼らはこのモーシェ島で領地の管理を任されている貴族であり、分家ではありませんがマティスロア家の寄り子といった感じだそうです。
「あーお腹すいた!」
「ラジェスってばディエゴ隊長の総評の時、お腹から凄く大きな音が鳴ったんだよぉ」
「なっ!?おまっそれは」
「あ、私もそれ聞こえました。ラジェス君だったんですねあれ」
「うわぁああ忘れろー!!」
「うぉっラジェス急に蹲るな、蹴ってしまうだろ」
ラジェス君は羞恥で元気を取り戻したのか蹲り叫んでいます。流石貴族のお坊ちゃんでしょうか、お腹の音を聞かれたというのが恥ずかしくて堪らないようですね。
普通は聞かなかったことにして差し上げるのがマナーなのですが、親しい間柄ということで、幼馴染であるカマル君に暴露されてしまったという訳です。
2人は領地が近く昔から交流があったそうで、主家であるマティスロア家の長男の学友兼側近候補を見定める場でもあるこの訓練に揃って参加したそうです。
勿論騎士を目指して武家の貴族に師事を受けに来ている子弟たちも沢山います。現在貴族の参加者は私と兄さまを含め7歳が7人、8歳が4人、9歳が5人、10歳が8人。推薦を貰った平民の訓練生も含めるとかなりの人数が参加していることになりますね。
「ルカリアに聞かれちゃうなんてついてないねぇ~ラジェスゥ」
「うるせぇっ!俺だってバラしたのお前のくせに!」
「アイツ地獄耳だからカマルが言わなくてもバレていたと思うぞ」
「ぁぁぁぁ」
あーあ、半泣きですよ彼。兄さまもカマル君もラジェス君を揶揄うの大好きですよね~でも分かります。彼はヤンチャな弟って感じなんですよ。それもちょっかいを掛けたくなる感じの、可愛らしさがあって…あ、とうとうキレちゃいました。
「ていうか!お前たちの腹だってこれから先いつでも鳴くんだからな!その時に俺が馬鹿にしてやるから隠すなよ!」
「あー、置いてかないでよぉ」
ラジェス君はそう言い放つと、訓練生もお世話になっている騎士舎に向かって走り去ってしまいました。訓練終了後、訓練生は週末のお休み以外、騎士見習いと同じ宿舎に寝泊まりし、食事もそこの食堂で提供されているそうです。
と言うのも私は訓練生(仮)的なポジションかつ、幼いとはいえ未婚の女の子をそこに住まわせる訳にはいかないそうで、普段はマティスロア家の本邸に住んでいるんです。
兄様は将来このモーシェ島や本島で活躍する卵である他の訓練生と交流する必要があるそうで、食事を共にする日がありますが、基本はクリシュナ叔父様もいらっしゃる本家での勉強が優先されるため、一緒に本家で暮らしています。
訓練生たちが楽しそうに宿舎に去っていく中、背を向け本家に帰ることの寂しさはどれ程のものでしょう。私には分かりませんが、同性の友人とそばに居たいと兄様も思っているのでしょうか?
少し冷たい風が訓練場の土を薄く攫い、沈む日が明かりの灯る宿舎と対比するように足元を黒く染めていきます。私は兄さまのお友達にはなれませんし、兄さまほど訓練生の彼らと親しくありません。
それは私の役割とは異なるため、一緒に飲み込む事はできないものです。
だから何も言わず、誰もいなくなった訓練場で向かい合い、木剣を構えます。何かに集中している間は、何も考えなくて済むでしょうから。
「はいここっ!」
「いっ……たっ」
木剣を弾き飛ばし息つくと、集中力の限界か、兄さまは崩れ落ちるように座り込んでしまいました。
その後もあと少しだけと頼み込んでくる兄様と自主練をしたあとは、迎えに来た馬車に乗り込みます。
兄様の明日は週に一度のお休みという事で、今日の訓練が終了すると、私と一緒にすぐに本邸に帰る予定なのです。それほど遠くない道のりですが、ガタガタと揺れる振動が今は心地よく、互いの顔が見えない闇の中でも穏やかな空気が流れています。
「お友達が出来て良かったですね」
「別に、お前に心配されなくても友達くらいできる」
馬車に揺られながらゆっくりとした時間が流れます。
この後は身を清めた後、本家の食堂で食事でしょうか。魔法で【浄化】などなくとも、この国は清らかな水が豊富で、身を清めるのも、当たり前の行為です。
さらには食事を神聖な儀式だとして、食前食後に手足を洗い祈ることを徹底しており、手掴みもある料理だとしても衛生管理が出来ています。
「お肉がいっぱい食べられることくらいですかね?」
「何の話だよ」
「ここに来て良かった所です」
「ふっ…確かに」
あーあ。どうやら早く帰りたいと思うくらいには、王都の家に愛着を持っていたみたいです。
そうして馬車を降りれば、星が綺麗な夜空を後に、気が重くなるような屋敷に向かうのです。




