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尊大な彼女は卑屈な僕を撃ち落とせない  作者: まこすけ
第六話「文化祭一日目」
20/25

第六話(3/3)「不敗神話は終わらない」

 審査員なんです、すみません――そう言って、行列を押しのけて教室に入る。


『2年A組【コスプレボードゲーム喫茶 ほたるのゆき】

 あなたは今宵、敗北の味を知る――』


 不親切なことに、パンフレットにはこのようにしか書かれていなかった。飲食部門と娯楽部門の両方に記載されている唯一の出し物だ。

 ボードゲームカフェとコスプレ喫茶の良いとこどりという、何とも欲張りなコンセプトになっていた。料金を払い、軽食をつまみながら、様々なコスチュームに身を包んだ店員たちがカードゲームをする。以前、ライカにデモプレイをさせられた時と異なっていたのは、トランプだけでなく、様々なボードゲームやカードゲームが提供されていたことだ。

 流石に全員が十数種類あるゲームのルールや戦略を暗記しているわけではないようで、店員ごとに出来るゲームのリストも用意されていた。

 そして、その中で一人だけ全てできるという少女がいた。

「準備だけ手伝って当日はふらふらしていようと思っていたのに、あまりにも執拗にこれを着てくれと懇願されてしまってな。だがしかし……ゲームで相手を打ち負かしているだけでチヤホヤされるとは、濡れ手で粟というものだな?」

 大半の店員はディスカウントストアで売っているようなペラペラの生地に身を包んでいたが、彼女はワイシャツにベスト、蝶ネクタイというフォーマルないでたち。

「……マジシャン?」

「カジノのディーラーだろ」

 なぜか、三鷹がぶぜんとした顔で言う。

 三人が並んで座る机の正面に、ライカは立つ。真っ赤なテーブルクロスがかけられたその上で、トランプを慣れた手つきでシャッフルしてみせた。周囲の席からも視線を感じる。

 小鳩と三鷹を驚かせた正体は、後頭部で結わえられてまとめて垂らされた髪だった。いつもの目立つ巻き毛が、まっすぐ矯正されている。長身に加え肩幅もそれなりにあるのも相まって、遠目には髪を伸ばした男にも見えた。

「先輩……お似合いですね」

 最後に会ったときの気まずさは、いつもと違うクールな輝きの前に吹き飛んでいた。

「そうだろうそうだろう。打ち合わせもなく女子に渡されたときは、着せ替え人形にされているようで不愉快極まりなかったが、トイレで鏡を見て、『こいつ相当強そうだな』と素で思ったからな」

「ギャンブル強そうな女子高生って、本当にどうかと思うけどな」

 三鷹は不機嫌そうにツッコミを入れる。

 紙皿に乗せられたお菓子一式が配られる。ラムネ、マーブルチョコ、クッキー……。いずれも指やカードに汚れが付かないようなものばかりだ。

「……ってこれだけ?三百円でこれってぼったくりじゃない?」

「それは審査員としての意見か?カードゲームのルールを丁寧に説明してくれるんだ。知識を教えてもらうことに対してサービスを払うのは当然じゃないか。それに、友達を五人も六人も集めてカードゲームをするなんて、普段は難しいだろう?機会を提供したこと自体にも対価が発生してしかるべきだろう」

「あくまで正当化するのね」

「一位であがれば景品に指名券をもらえるんだ、悪くはないだろう?もっとも不敗神話のせいで、指名されるのはほぼほぼ私だがな」

「外の行列、全部先輩を倒して名を挙げたい奴なんですよね」

「ああ。そしてルールを教えてもらっただけの人間が、定石を熟知した私に圧倒される。神話は本物になっていっそう口コミが広がる。口コミとリピーターの相乗効果で、私のクラスには膨大な利益を生み出され、私はいよいよ神格化される。クラスメイトが熱弁したときは半信半疑だったが、まさかこうまでうまく行くとはな」

「黙って聞いちゃいられないな」

 みたび口を挟んだのは、三鷹だった。語気が大分荒くなっていた。

「部外者ながら言わせてもらうが、文化祭は近隣の住民や他校の生徒との交流、そして何より自主性や協調性をはぐくむという大義名分がある。サク、審査員の審査ポイントに採算って項目はあるか?」

「いえ……」

「赤字さえ出なけりゃいいんだ、儲けるなんて発想を出し物に持ち込んじゃいけない」

 元上司のツッコミも、彼女は意に介さない。

「おっしゃることは分かりますが会長、儲けてはいけないというルールは存在しないでしょう」

「ルールはないかもだが、モラルは逸脱している。だいいちこの店のコンセプト自体、俺のクラスが去年やってたののパクリだろ。俺たちがやったときは一人一回百円だった。改悪して恣意的に運用するなんて、見逃せるわけがない」

「パクリ?それは初耳です」

「知らなかったのか?そうかお前、去年は確か、ずっと生徒会室に詰めてたもんな」

 初めて見る不愉快そうなイトコの姿に、咲哉は恐れおののく。

「そもそも不敗神話なんて嘘じゃないのか?」

「最下位になったことはありませんね。これから確かめてみますか?」

「ああ、その代わり俺が一位になったら、お前が今言った話を学校側に通報させてもらう。お前はサクのコンプレックスを払拭する、良い奴なんだと思っていたが、やっぱり独善的な奴に過ぎなかったな」

「やましいことなどありませんが……いいでしょう」

「三鷹さん、協力します」

 小鳩の加勢に、ライカは史上最大級のふてぶてしい笑みを見せる。

「おやおや、すっかり私も悪役だな。これはこれで楽しいものだが……そもそも私が呼んだのは誰だか覚えているか?」

 すっかり楽しそうな彼女は、少年の前で机に両手をつく。

「私が勝ったら、明日サクは私と文化祭を回ってもらう」

「なんですって……!?」

 小鳩が憤慨する。

「認められない、という顔だな」

「当たり前じゃない、あんたはもうとっくに私に負けてるのよ。認められるわけない」

「いや――」

 思わず、咲哉が割って入る。

「まだ俺は、誰にも付き合いましょうとは言っていない」

「サク!」

「はは、そうだろう。ここに来たからには、少なからず私に何かを期待していると言うことだろう?何も恋人の権利を賭けているわけじゃないんだ。一日目は小鳩と回り、二日目は私と回る。フェアな条件で比べてもらったら、皆がスッキリするんじゃないか?」

「やっぱり俺のことをあきらめたわけじゃなかったんですね。まさかそれを今日ここで言うために、一切連絡をとらなかったんですか?」

「いかにも。お前が一番驚いてくれるタイミングとシチュエーションで明かすべきだと思ってな。サプライズは誰だって嬉しいだろう?」

「まるでお前が勝つのが決まってるみたいない言い方だな。イカサマはないだろうな?」

「先輩がそんなことするわけないじゃないですか!」

 自分でも驚くくらい大きな声が出て、思わず口を抑えてしまう。

「……すみません、小鳩、タカさん。だけど俺は、この人の態度がどうしてもハッタリには思えないんです。その理由が、今日ここで分かる気がする」


「それじゃあゲームを始めよう。サク、好きなものを選ぶがいい」

「ちょっと待って、私たちに選択権はないの?」

「別に構わないぞ。無論サクが同意すればの話だが」

「俺はなんでもいいですよ」

 ゲームのリストを見ながら、小鳩はたっぷり十秒ほど悩んでから助太刀を求める。

「カードゲームなんてやったことないから、その分不利なのよね。三鷹さんは?」

「知ってるものはあるが、どれも記憶力やら駆け引きやら求められるやつだな。本気で勝ちに行くなら、もっと運要素があるものがいいと思うんだが」

 そう言いかけて、ふとリストの一番下が目に入る。

「おい、トランプはダメなのか?」

「構いませんよ。ババ抜きをご所望ですか、それとも神経衰弱ですか?」

「――ポーカーなんかどうだ」

「面白いでしょう、ですがあいにくチップがないんですよね……単純なルールで良ければ」

 ライカは教室を出ていこうとするウエイトレスを呼び止めた。

「つぐみ、もう上がりか?ちょっと付き合ってもらえるか」

 そう言って、咲哉の隣に座らせる。

「なんだか良く分からないけど、よろしく」

 彼女をちらりと観察する。身長はおよそ一五〇センチ半ば、まつげがやや長くて輪郭が引き締まっていて、少し垂れ目。何より芝居がかった話し方などせず、声も甲高い。

 何となく先輩というファクターにごまかされていたが、少年はライカがいかに異質な存在であるかを再認識する。

「それでは少年の明日を懸けたこの勝負、三回勝負でどうだ?」

「三回勝負ですか」

「ああ、一対四だ。お前たち四人は、誰か一人でも私より良い役で上がればいい。それが三回続いたら、私は素直に、いや渋々だが身を引こう。だが私が一度でも勝ったら、明日の少年は私がいただく」

「……なんでこの子を入れたんだ?」

 三鷹はつぐみに疑惑のまなざしをぶつける。

「部外者がいたほうが、勝負に公平性が生まれると思ってのことです。何か合図を送ったりイカサマをしていると思ったら、遠慮なくご指摘いただきたい」

「まあ、ポーカーにしろって言ったのは俺だからな。それくらい別にいいが」

「つぐみ、くれぐれも真剣勝負で頼むぞ」

 そう言いながら、ライカは改めてシャッフルをする。

 一枚ずつカードが配られていく。そのスマートな手つきと視線が、小鳩と三鷹の注目にさらされる。

「なあ、サク。小鳩と一緒にいるのは楽しいか?」

 全てのカードが配られたとき、不意に彼女はそんなことを言った。

「……ええ、楽しいことは間違いないです。彼女には親しみを感じますから」

「確かに私は、お前とは似て非なる世界を見ているのかもしれない。だから、もっとお前に寄り添う必要があるんだろうな」

「何が言いたいわけ?」

 小鳩の横槍に、彼女はまるで切り札を突きつけるかのように、朗々と宣言する。

「いや、そういえばなぜ私がお前のことを好きになったか、その理由を話していなかったと思ってな。この勝負に私が勝ったら、明日のデートでそれを伝えよう」


 文化祭の初日が閉幕し、後片付けと翌日の準備もひと段落ついた午後六時。

 雨上がりの蒸し暑い空気の中、薄暮の体育館では中夜祭が行われていた。ヘドバンをしながら演奏するステージ上の集団の足元、クラスTシャツを着た少年少女がもうもうと湯気を立てながら飛んだり跳ねたり、あるいはやっぱりヘドバンしている。極彩色のスポットライトがステージの周りを駆け回る中、果たして壇上のパフォーマンスをどれくらいの人間がきちんと見ているのだろう。

 咲哉と小鳩は、そんな様子を最後尾から、体育座りで、遠巻きに、やはり他人事のようにぼんやり眺めていた。

 放心状態だった。

「ねえ……ライカの勝率ってどのくらいあったのかしら」

 咲哉はスマホの電卓機能を開く。

「三回連続で負ける確率が五分の四の三乗で、つまり一二五分の六四だから……勝つ確率は一二五分の六一。四八.八%か。意外と高いな」

「でもあんな風に啖呵切って、負ける確率が五割もあるってありえる?」

「イカサマでもしたっていうのか」

「そうは言わないけど。勘も鋭いとはいえポーカーなんて運要素のほうが強いじゃない。その程度の確率でどうし自信満々になれるわけ?」

「いや……」

「細かいルールを決めたのもライカだし、カードをシャッフルしたのも配ったのもライカ。それであんな風になるなんて、まるで手品よ」


 話は四時間ほど前にさかのぼる。三回勝負の一回戦。

 野水小鳩は、イカサマさえなければ流石に勝てるだろうと思っていた。そして配られたカードを見て、とりあえず「イカサマはしてないようだな」と思った。

 スペードの五、ハートの五、クローバーの五。いきなりスリーカードが完成している。

「二枚チェンジだ」

 まず、親のライカがカードを交換する。

「役はちゃんと覚えているか?フラッシュとストレートのどちらが上か分かるか?スマホで調べてもいいんだぞ」

 見え見えの挑発だった。そんないい手がそうそう入るわけがない。

「私も二枚チェンジ」

 既に完成している手を崩さず、二枚交換したものの、四枚目の五は引けずに終わる。

 他の三人も、三枚ずつ交換した。

「それじゃあ順番に手札を見せてもらおうじゃないか」

「ノーペア」とつぐみ。

「ノーペア」と咲哉。

間を溜めて「スリーカード」と小鳩。

「ワンペア」と三鷹。

 残るは親のライカだけだ。

 彼女は勿体ぶって、一枚ずつカードを見せる。

 ダイヤのエース。

 ハートのエース。

 スペードのクイーン。

 ハートのクイーン。

(ツーペアなら私の勝ちだ)

 そう思ったが、ライカはなかなか五枚目のカードを見せない。

 やがて、彼女は最後の一枚を伏せたままテーブルに置いて、こんなことを言い出した。

「もしこのカードがエースかクイーンだったら、もう終わってしまうわけだが、流石にそれは忍びない。このカードを見せないまま、一回戦をやり直すと言うのはどうだ?」

 四人の手札にはエースもクイーンもなかったから、それなりに確率は高い。それでもなぜだか、嘘だと思った。

「ハッタリも大概にしろ。そんなことしたって、お前に得がないだろ。小鳩、良いよな?」

 三鷹の言葉に同調し、はっきりうなずく。その瞬間、彼女の放つ気配が、わずかに変わった気がした。

「得がない?――だから、忍びないと言ったじゃないですか。本当にそれだけだったのに」

 最後の一枚が開示されて、三人は茫然となった。

 なるほどそれはエースでもクイーンでもなく、しかしジョーカーだった。

「ジョーカーは好きなカードとしてとして扱うことが出来る。よって、フルハウスだ」

 咲哉の身柄をかけた勝負は、ものの五分で決着した。

「少年、明日はこちらから連絡しよう」

 また外で雨脚が激しくなり、落雷が視界をチカチカさせた。


「不敗神話は伊達じゃなかったな」

「フルハウスが揃う確率って、どれくらいあるのかしら」

「でも即興でそこまで出来るか?そもそも取り決めを承諾したのはこっちだし、怪しい動きがあったわけでもないのに疑ってかかるのもおかしいだろ」

 思わずかばうと、小鳩は思いのほかしゅんとして、沈黙する。

「……俺、明日先輩と回っていいのかな」

「そこは遠慮しないで」

 小鳩は力強い横顔で、きっぱり断言した。

「ライカの言う通りなのよね。私にも負い目がある。二人が付き合うのはお互いのためにならないとか言って、横取りしたのを正当化して……。明日あんたがライカと一緒にいることになって、ほっとしている自分がいる。

 だから、私のことは気にしないで。誰が一番あんたのためになるのか、しっかり見定めて」

「……お前、偉すぎるよ。俺は本当に優柔不断で、二人は比べるなんておこがましいのに、」

「もういいから、そういうの」

 小鳩は立ち上がった。逆光で姿がシルエットに見えた。大きく見えた。

「いつだったかライカが言っていたじゃない、『物理的に近づいてこそ相手の内面も見えてくる』って。あれ、本当だったわ」

 ステージのボルテージは最高潮に達していたが、彼女の淡々とした声は、いやにはっきり聞こえた。

「はっきり言っておく。今日一日ずっとあんたの傍にいて、やっぱり楽しかった。やっぱり私はあんたのことが好き。だからこそ、明日はライカとずっと一緒にいてあげて」

更新が遅くなり申し訳ありません。

本日中にできればもう一回更新したいと思います。

頑張ります。

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