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尊大な彼女は卑屈な僕を撃ち落とせない  作者: まこすけ
第六話「文化祭一日目」
19/25

第六話(2/3)「『グッドルーザーになんて私はなれない』」

待ち合わせ場所は、お昼時を前にして、早くも売り切れかけていた焼きそば屋だった。

「ふ~ん、どんな人なのかなと思ったけど、おおむね想像した通りね」

 四人(五人)のリーダー格らしき、ワンピースの少女がじろじろと見てくる。

「そりゃどうも」

 待ち構えていたのは、小鳩の幼馴染軍団だった。

 だいぶ昔に一度聞いたきりで、すっかり存在を忘れていた。四者四様の好奇の視線に晒され、緊張してばかりはいられない。堂々としなくては、と自分に言い聞かせる。

「……カレは同い年?」

 黒セーラーの少女が訪ねてくる。カレ、という響きにドキリとする。

「いかにも、クラスメイトだ。俺、年上に見えるか?」

「そういう意味じゃないけど。だいいちあなた、高校生の顔じゃないし」

「童顔てことか?初めて言われたな」

「ううん、なんだか目がよどんでるの。連休明けのパパに似てる」

 思いがけない一言に、なんと反応したものか面食らう。というかお前も大概目が死んでるけど。

「……サク、この子はこういう子だから」

「別にいいけどよ」

「今度どこか行きましょうよ、ね、咲哉さん。僕たち歓迎しますよ」と真っ赤なシャツにループタイのさわやかな青年が言った。その場でグループラインに入れられる。

「都合がついたらな。連絡してくれ」

 そんなやり取りを、アロハシャツの男がずるずると三人前の焼きそばをすすりながら見ていた。マイペースなのか、食い意地を張っているのか。

(というかこいつら、全体的に服装が攻めすぎだろ。俺たちの方がマシなんじゃないか)

 そういえばこの四人はそれぞれカップルだと聞いていたが、果たしてどっちがどっちと付き合っているのだろうか。皆目見当もつかない。

「それじゃ私たち、今度こそ体育館行くから」

 小鳩はそう言って、腕時計を見てから財布を取り出す。審査員と言えど、自分の食い扶持は出さなくてはならない。

「もう行くの?」とワンピース。

「あんまり長居したらお店にも悪いでしょ。みんなはもう帰るの?」

「とりあえず、小鳩のクラスのお化け屋敷は行く。小鳩はいないけど」と黒セーラー。

「でも小鳩、内装はめっちゃ頑張ってたからよ」

「そうね、頑張ったことは間違いないわ。時間がギリギリだったから、最後の方は間に合わせだったけど」

 アロハは無言でテーブルの上に備え付けられた青のりを無遠慮に撒いて、ラストスパートをかけていた。

「折角だから色々回らせてもらいましょう。でもこんだけ混んでるなら、四人一緒に行動するより、二組に分かれた方がいいんじゃないですか」と赤シャツ。

「毎年来てるけど、今年は異常ですよ。去年まではこんなんじゃなかった」

「そうなのか?」

「ええ。僕、ここのすぐ裏手に住んでますから。九月は家族で来るのが毎月恒例でした。頭が悪すぎて受験しようとも思いませんでしたけど」

 彼は首元に腕をやりつつ、苦笑いしてみせる。脱色しているらしい髪や良く焼けた肌からは、失礼ながら勉強が出来そうという印象は受けない。

「言うほど大したことないけどな。普通クラスなら俺でも入れる」

「またまたご謙遜を。そんなに字の綺麗な人が、バカなわけないじゃないですか」

 彼が指をさした先には、余白に様々な情報が書き込まれた咲哉のパンフレット。

「ホントだ。すげえ達筆」

 今の声は誰だ?と思ったが、完食したアロハだった。紅しょうがを除いて綺麗に平らげている。

「どこかの部屋でOBのノートと参考書を展示してましたけど、ちょうどこんな筆跡でしたよ」

「なんだかこそばゆいな……」

「……私は!」

 小鳩が、微妙に不自然なタイミングでセリフを放り込む。

 五人の視線が彼女に集中する。

「私は?サクの字……ずっと上手いなって思ってたけど?」

 横を向いた顔は、わずかに頬を赤らめているように見えた。

「何か月も前から気づいてたけど」

 いつものぶっきらぼうな口調とは、何かが違っていた。本当はライン越しにしか話せないような慣れないことを、頑張って言ったんだなと分かった。

 その頑張りに、応えなくてはならないと思った。

「……ぶっちゃけ、かなり意識してやってるからな。良く見ててくれてるな。流石俺の彼女だ」

 四人の友人たちは、かすかにざわめいて見せる。

「小鳩とその彼氏の、ノロケあいを見る日が来るとは」とワンピース。

「いいものが見れた」と黒セーラー。

「冷やかさないでよ」

 居心地の悪さと居心地の良さが同居する、不思議な空間だった。


 ――咲哉のスマホが二回震えたのは、その瞬間だった。


 空は大分前からゴロゴロと音を立てていたが、午後一時を回った頃、タライを蹴破ったような雷鳴がとどろいた。

 示し合わせたような女子の悲鳴の刹那、しとしと降り続いていた雨が、一気にバケツをひっくり返したような土砂降りとなった。

「いやー、あと五分遅かったら終わってたな」

 昇降口に現れた三鷹は、情けない顔をしながら傘をたたむ。

「タカさん、お待ちしていました」

「初めまして。野水小鳩です」

「君か?さっきサクが話していたのは」

 咲哉の沈鬱な面持ちを前にして、青年の声のトーンが変わる。

「ったく、まだ二週間かそこらしか経ってないだろ。サクとライカが付き合いそう、って地点で寝耳に水だったのに、仲がこじれて仲を取り持ってた女とくっつきかけてるって、お前女難の相にも程があるだろ」

「……別にこじれてはないですよ。余計に救えない話ですけど」

「自分がいま、不誠実なことをしているのは分かっています。でも、どうしても自分の気持ちを殺せなかったんです。私は、グッドルーザーになんてなれなかった」

 三鷹は、はぁ~、と見せつけるためのため息をしてみせる。

「とりあえずイチからもう一回、ちゃんと聞かせてもらえるか。あいつが何をやろうとしているのか」


 三鷹が焼きそばを所望したので、先ほどとは違うクラスでまた食べることになった。こちらはソース焼きそばだけでなく、塩焼きそばもあったのが幸いした。全クラスの出し物を回ると、こういう問題も発生する。認識はしていたものの、いざ実際に食べてみるとなかなか厳しいものがあった。


「てっきりライカを説得しろとか、そういう話なのかと思ったが違うのな」

「ええ」

 改めて咲哉はラインを確認する。上から二番目、『実家着いた これから向かうわ』という三鷹のコメントの直後、ライカからほぼ一週間ぶりの連絡が来ていた。


『本日午後二時、必ず2年A組に来られたし』

『遅刻厳禁』


 文面はこれだけだった。

 普段は能弁すぎるくらいの彼女は、どうして文章はいつも簡潔なのだろう。

 これでは「なぜ?」と考える余地すらない。

「サク……どうするの」

「行くしかないだろ」

「俺も行っていいよな」

 三鷹がずい、と身を乗り出す。

「あいつが本当は何者なのか、下世話ながら俺も元上司として興味がある」

 ライカの更にその上、ほんの数分前に、グループラインの着信があった。『そろそろ帰るわ』『頑張ってね』というコメントは、小鳩の幼馴染たち四人組からだった。

 彼らには、あらかじめライカの背格好、特徴を説明し、『このような人物を見かけたら場所を連絡して欲しい、場合によっては盗撮も止むを得ない』と頼んでいたのだ。

「探しているの?」

「いや、逆だ。あまり会いたくないんだ。だからその人がシフトを外れているうちに二年A組に入ろうと思ってな」

「ははあ……なかなか複雑な事情がありそうだな」

「身長が百八十超えてて、髪の毛が腰まであるんでしょ。そんなの二人といないだろうし、絶対に気が付くと思うけど」

 何も言ってこなかったということは、見かけなかったのだろう。『気をつけて帰れよ』とだけ返しておく。

おそらく、彼女はずっと自分の教室にいる。

咲哉のことを、ずっと待っている。

 再び、彼女と最後に言葉を交わしたときの疑問が蘇る。

(先輩は、俺のことを見透かしてるって言ってた。だったら俺の心が、小鳩の方に完全に傾いてることに確信があったはず。先輩は俺が自分のところに戻ってくるって言い切れたんだろう。まさか――俺は自分の気持ちすら分からなくなっているのか?そんなはずは――)

続け様にラインに着信が来る。四人組が、自撮り写真を何枚が送ってきた。赤シャツと黒セーラー、アロハとワンピースのツーショットが目立った。少し意外な組み合わせだった。


 指定時間の午後二時、その十分前に二年A組の前に行くと、未だに二十人以上の行列が出来ていた。

 いよいよ飲食店は軒並み暖簾を下ろし、廊下も人がまばらな中、異様な光景だった。なんとなくではなく、確固たる理由があってどうしても入りたいと言うことなのだろう。

 はてどうしたものかと、三人で逡巡していていると、

「ねえ、審査員の子?」

 タイミング良く、大きなかごを抱えた、ウエイトレス風の姿の少女が駆け寄ってきた。

 見覚えがあった。

「あっ、俺に先輩のこと教えてくれた人……」

「ほんとだ!ごめん……ショーネン、だっけ?」

「咲哉です。桜尾咲哉。覚えなくていいですけど」

「ライカ目当てで来たんでしょ?ごめんね、あの子今すごい指名が来ちゃってて」

「指名?」

「あれ?口コミ知らない?不敗神話の持ち主ってすっかり噂になっちゃってるみたいなの」

「不敗神話って……」

「外に並んでいるの、みんなライカ希望の人だから。他の子で良ければすぐに相手できるんだけど」

「おい、つぐみ!代わってくれないか?」

 ドアから見慣れぬ格好をした、見慣れた少女が現れる。

 そして、三人に気が付いた。

「おお、もう来ていたか」

「ライカ、なの……?」

「どうしたんだお前、その格好」

 二人の質問には答えず、彼女は歯を見せて、久々にふてぶてしく笑ってみせる。

「先輩……」

「待ちわびていたぞ、少年。さあ、全力でもてなそうじゃないか」

第六話が次回で終わりです。

第七話が全3話か4話、エピローグが全1話か2話なので、早ければ24日、遅くとも26日には完結します。


最後まで毎日更新したいと思います。

頑張ります。



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