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理想世界の想像者  作者: 夜兎守
3章【Sweet Days 】
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言葉


 突然だが、今からする一つの問いかけに対して真剣に考え、自分だけの考えを出してみて欲しい。


 問い。


 己にとっての『言葉』とはいったいどんなものを指し示すものか。


 問いのお次は考える時間。幾ばくかの時間を設ければおそらく答えも見つかることだろう。そしてきっと、その答えは一つだけではないに違いない。


 十人居れば十色。百人居れば百色。少なくとも数十億人もの人々が居るこの世界ならば、すなわち数十億色の答えがあるはずだ。


 万人に通じて連想されるとしたら、真っ先に出てくるのは口にして話すという意味合いでの言葉が多いのだろうか。一つ目の予想に続いて、文字としての意味合いでの言葉も多いのかもしれない。


 しかし、オレがその問いに答えるとしたのならば、迷わずにこう答える。


 言葉とは人の営みそのものである、と。


 人は時を重ねるごとに徐々に増加していき、それだけの数の進化があった。文明しかり、技術しかり、思想しかり。どれも人の存在が無くては成り立ちはしないし、言葉という概念が無ければすべからく発展しなかったもののはずだ。

 故にオレにとっての言葉は、幾星霜を経て紡がれた人の営みが凝縮されている掛けがえのない財産なのだと感じている。


 とは言っても、それはあくまでオレ個人の思想である。だが結果論としては誰にとってだって、いつのことであって、日常に欠かせない不変たる概念であり、尚且つ絶対的な意志疎通の便利なツールに他ならない。


 会話、メール、ネット、書籍、文書。形は違えど、どれも言葉が数珠の様に連なった一つの集合体と言えよう。


 さて、冒頭から何故こんなにもフィロソフィー染みた思考に投じていたのかというと、その原因は現状にあるからであった。


 フィロソフィー。自分たちが最も理解しやすい言語である日本語に訳すのならば、哲学、と訳すのが一番しっくりくるのだろうか。人生だとか、世界などの物事の根源的なあり方や原理を追求していく。それもただ追求するのではなく、理性によって求めようとする学問。簡単な説明をすればこんなものだろう。


 そんなフィロソフィーに溢れた今の心境を一言で表すのならば、オレはオレ自身の人生の一生の重みと共にこんな『言葉』を吐き出す以外他なかった。


「……もうやだ死にたい」


 そう吐き出したオレはおそらく、今、思わず誰もが引いてしまうような死んだ魚の目を彷彿とさせる目をしているのだと思う。自分でもそう理解しているくらいに名状しがたい惨状となっていた。


 そして、死にたい発言に続いて、更なる言葉がこの口からこぼれ落ちていった。


「……そうだ、死にたいなら自殺すればいいんじゃないか」


 呟きと共に訪れるのは激しい衝撃。本日、何度目になるのか数えられそうもないこの衝撃には、既に身体の方が慣れ始めてしまっていた。


 順応とはいやはや非常に怖いものである。身体にはしる痛みと衝撃。頭では異常な事態だと判断していても、身体は平常だと受け入れている。


 衝撃によって方向性をもったベクトルに引かれ、身体が一切の抵抗をすることなく横転。


 しかし、それも些末なことである。今となってはもう何もかも全てがどうでもよくなっていた。


「……なんだよ、熊五郎。邪魔しないでくれよ。オレはもう死ぬしかないんだ」


 自分の口から漏れ出るのは、心底怨めしそうな声。


 それは聞いただけで呪われてしまいそうなほどに重々しく、節々にドス黒い負の感情が溢れているせいで、自然と周囲の空気まで淀ませているかのよう。


 だが、それを掻き消すが如くあげられた怒声が禍々しい呪詛を切り裂いた。


「人様ん家でふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ、このクソガキが! それと俺の名前は大五郎だ! 何べん言ったら理解しやがる!」


 再び激しい衝撃が襲いかかってきた。何度も言うが、身体は既に慣れてしまい、正常な反応をすることはなかった。


 というか、この人里に下りてきている熊はポンポンと人の頭を殴り過ぎだろう。そろそろいい加減にしてほしいものである。


 だいたいお前と同じ獣並みの知能になったらどうしてくれるつもりだ! 責任とれるのか! 訴えて慰謝料を根こそぎ請求すんぞこの熊野郎!


 驚愕することに人語を理解している目の前の熊に対し、ビシッとそう言ってやりたいところである。


 ……まぁ、言いたくても言えないんだけどな。


 もし本当に言えたのなら、どんなによかったことか。普段ならば寸分の疑いもなく正面からぶちまけていたであろうその言葉。その言葉を紡げないのには、現状が関連した幾つかの単純過ぎて笑える理由が介在していたからであった。


 まずはそうだな、根本的な問題から紐解いていこうか。


 オレは夢を見ていた。最近急速に距離感が近付いてきた異性である那月に、セクハラとともに抱き出した想いの丈をぶつける夢。


 こんな出来事も思春期の男子諸君ならばきっと分かってくれることだろう。魅力的な女の子が身近に居るんだ。ちょっとくらいエッチな内容の夢を見ても仕方ない、と。


 男であるオレとは性別の違う女の子にだって言えることである。おそらく、口にしないだけで好きな男でちょっと口に出せない類いの妄想くらいはしたことあるはずなのから。


 つまりはエッチな妄想をする程度のことは正常な証である。


 総括するのならばオレが何を言いたいかというと、思春期特有のリビドーは往々にして必然の証であり、若者には制御し難い宿命(ディスティニー)だということに他ならない。


 そう、淫夢や妄想は当然の特権なのだ。誰にも止められやしないし、止める権利もない。夢の中ならば、全てが自分の思うがままのフリーダムな世界なわけだ。


 ……最もそれが空想の産物ならば、という前提に該当している話であればであるが。


 端的に言おうか。オレは早とちりで一番痛い誤算を招いた。

 現実と妄想の区別がつかなくなる、と揶揄される言葉があるが、オレの場合は一般的にそう例えられるやつの逆パターンであった。


 現実に夢のような妄想を引き込むのではなくて、現実そのものを夢や妄想だと思い込んで切り離し、好き勝手にやらかしていたのだ。

 イタイという意味では前者が圧倒的に勝るが、手の終えない性質の悪さでは後者の方が前者の数段上である。


 もう過ぎてしまったことは取り返しもつかないという事実がひどく重く感じた。


 これが一つ目の理由。そして二つ目の理由も同じように単純なものではあるが、非常に精神的に重く感じるものである。


 それはさっきからオレを殺さんとばかりにどつき回している熊が居るが、その正体はただの熊ではなく、あり得ないことに人間だったということにある。それも那月の身内。さらに言うならば那月の父親とのことだ。


 ……もうやだ本当に死にたい。


 良好な関係を築きたい女の子に対しては尻を撫で、胸に顔を(うず)め、苦言されれば逆ギレし、あまつさえ恥ずかしい言葉の羅列のセクハラ三昧。

 しかもその瞬間を彼女の父親にバッチリと見られていたのだ。その上、その父親を幾ら似ているとはいえ熊扱いまでしてしまった。これで平然としている方がどうかしている。


 万を辞して「娘さんを僕に下さい!」とでも言おうものならば、直ぐ様「歯ァ、食いしばれやクソガキ!」というドスの効いたお言葉を頂戴すること間違いなしだ。


 もしかしなくても某ハンバーガーショップのように「ポテトもご一緒にいかがですか?」なんて商売文句が如く、押し売りかつ無制限の無料サービスとなって拳の雨がおまけとして少なくない可能性で付いてくることだろう。


 いや、だろう、だなんて推測では表現は違ってたな。


 いいか諸君。好感度がマイナスの親御さんに「娘さんを僕に下さい!」や「息子さんを私に下さい!」なんて言うもんじゃないぞ。

 特に自分にとって同性の親側に対しては。しこたま殴られるから気を付けろ。お兄さんとの約束だからな。


 これはオレの経験談だから確証は取れている情報なため、最大限に参考にしてほしい。ちなみにいつの事かと言うと、つい今しがたのことだからプラスで確信がもてるだろ?


 ……いやはやこれは詰みだね。あぁ、もうホントに死にたくなってくる。いくら冷静ではなかったとはいえ、これはいただけない展開そのものだ。


 そうだな。一応あの後、一度瞑目してから後のダイジェストを、オレの言葉と効果音オンリーでお送りしとこうか。


「やれやれ、なにが下らないネタをしたらぶっ飛ばすだ、熊のくせに流暢に喋りやがって。低い知能振り絞りきって語彙が尽きたら拳での会話かよ。流石に獣様は頭の出来栄えが違うな」


 ゴスッ、ドカッ!


「は? あんたを誰と思ってるかって? そんなの知るかよ、ニートを揶揄する隠語と同じ名前をしている下半身丸出しの熊さんか?」


 ドスッ、ボカッ、バキッ!


「はぁー、寝言は寝て言えよ。どっからどう見ても熊じゃねぇかよ。それを人間だと言い張るとかないわー。それも那月の父親とかあり得ねぇし。那月は人間だろうが。熊の父親とか夢でもドン引きだっての」


 ゴスッ、バキッ、ドカッ、バキッ!


「ん? 運転免許証? 名前は……村雨大五郎? え、マジで那月の父親? 熊なのに? はい? これ見てあんたに何か言わなきゃならないことはないかって? そんなのあるに決まってるだろうが。那月さんをオレに下さいお義父様、絶対に幸せにしてみせます!」


 とまぁ、こんな具合だ。


 半ば夢うつつであり、尚且つ混乱の中での言葉の羅列。どつき回されて痛みの嵐から一周し、逆に冷静になってから思い出せば悶絶ものの失態だ。


 その結果が冒頭の問いかけに繋がるわけである。


 言葉って重用だよな本当に。何千年にも渡って積み上げられた営みの結晶は非常に重かったよ。軽はずみに発した言葉の重みがオレに起死回生の救いが無いほどのダメージとして返ってきたわけだ。


 もうこれは即刻、腹を切る他ないだろう。


 そう思って刀剣創者(ブレイドスミス)の魔法を発現させようとした時のことだった。


 これまでで一番激しい衝撃によって吹き飛ばされ、部屋の床をゴロゴロと面白いように転がった。

身体強化も無しでの肉体には今のダメージは少々キツいものがある。下手すれば脳に障害が起こってもおかしくないレベルだぞ今のは。


 痛みに釣られてとある感情が鎌首をもたげ始めたのを自覚した。


 九分九厘オレが悪いとしてもここまでポンポン殴られたら堪ったもんじゃない。そろそろ混沌化している全ての要因に対し、一度クールダウンの場を設けるべきだ。故に自分に選べる最良の手段を取るしかない。


 次の一手が来たら直ぐ様いなし、組み敷こう。内心でそんな算段を立てていたのだが、現実は常に自分に合わせて動いてくれるものではない。それどころか、事態はさらに混沌化の兆しを加速させていった。


 オレの内心の算段なんぞなんのその。こんな目に合わせた熊似の人物は偉そうに腕組みをし、理解を数段越えて言い放ちやがったのだ。


「テメェが命を簡単に天秤の皿に掛けやがるくらいに那月に惚れてんのはよく分かった。そうだな、月並みの言葉かもしれねぇが、娘が欲しけりゃ俺を倒してみやがれッ! そしたらテメェと那月の関係を認めてやるッ!」


 まさに混沌を促進させる爆弾そのものである。それもかなり特大の。


 那月にセクハラして。


 彼女の父親を熊扱いして。


 寝惚け半分に言葉を羅列して。


 数えられないくらいぶん殴られて。


 現実に立ち返った後に死ぬほど鬱になりかけて。


 そして、なぜそこからそんな意味不明かつカオスな展開になるんだ。オレはあくまで村雨流剣術を修めるためにこの家にお邪魔していたはずなのに……。


 疑問そのものだが、なぜ、ここ三日の内に真剣を使った殺し合いモドキをしたり、那月を賭けての果たし合いなんてものをしようとしてるんだろうか。理解が及ばない。


 自分が面倒事や災難に付き纏われることは今に始まったことではないが、短期間の間に集中して勃発するなんて考えもしていなかったことだ。


「……ったく、勘弁してくれ」


 限り無く熊に似た人間の言葉を耳にしたオレは疲れの色を帯びた呟きを漏らす。


 そして、三度目の瞑目をしたのだった。



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