1
夜とは思えない光が輝きが溢れ、
それはまだ若い紳士・淑女の輝きを表しているかのよう。
ルーナ神聖国、王立学園。
その卒業を祝う舞踏会は、まるで一つの完成された芸術のように整えられていた。
高く、どこまでも続くかのような天井。
そこには聖女と天使が描かれ、見る者を惹き付ける。
そこから幾重にも連なるクリスタルのシャンデリアは、
無数の光を砕き、降り注ぐ星のように大広間を照らしていた。
床は磨き上げられた白大理石。
ピンヒールの音がコツコツと響き、
それでいて人の動きに合わせて柔らかな光を返す。
真っ白な壁とは対照的に、
太い柱には細やかな金の装飾がされていて、優美さを与えていた。
大広間には、着飾った学生が集まり、
どことなく緊張をした表情を浮かべながらも、この時間を楽しんでいる。
その中心でロザリー・トゥ・ステレットは、静かに佇んでいた。
淡い桃色の髪は、丁寧に編み込まれ、肩口で柔らかく揺れている。
光を受けてきらめくそれは、まるで花弁のように繊細だ。
金の瞳は、穏やかで澄んだ光を湛えている。
感情を抑え、常に理性で物事を見る――そう教育されてきた者の目。
纏っているドレスは、過度な装飾を避けながらも一切の隙がない。
淡い色合いの中に織り込まれた刺繍は、見る者の視線を自然と引き寄せる。
派手ではない。だが、誰よりも目を引く。
それが、ロザリーだった。
「さすがはステレット公爵令嬢ね」
「来年には王太子妃か……」
ひそやかな声が、あちらこちらから聞こえてくる。
否定する者はいない。
疑問を持つ者もいない。
ロザリーは、この国の“未来の王妃”として、
誰からも認められ、認識されていた。
(……あと一年)
ロザリーは、心の中で静かに思う。
今は十六歳。
十七歳で婚姻。
そして王太子妃へ。
それは生まれた時からほとんど決まっていた未来。
公爵家に生まれた者として、当然の役割。
(当然、ね)
ほんの一瞬だけ、心の中で苦笑する、
だが、それを表に出すことはない。
出してはいけないと、教えられてきたから。
その時だった。
「ロザリー」
呼ばれた名に、ゆるやかに振り返る。
そこに立っていたのは、第一王子――セドリック・ルーナ
銀髪に紫の瞳。整った顔立ち。次代の王となる人物。
そして――ロザリーの婚約者。
「殿下」
優雅に一礼する。
その所作一つで、周囲の視線が集まる。
当然だ。
この二人は、未来の国を担う存在なのだから。
――だが。
ロザリーの視線は、すぐにその隣へと移った。
見慣れぬ少女がそこにいたから。
噂には聞いていたが、男爵令嬢で身分差があるため、
交流を持っていなかった令嬢。
柔らかな栗色の髪。
控えめなドレス。
しかしその瞳には、強い意思が宿っている。
(……ああ)
理解するまでに、時間はかからなかった。
空気が変わる。
ざわり、と。
まだ明確な形にはなっていないが、何かが起こる予感が、場に広がっていく。
「ロザリー」
セドリックが、もう一度名を呼ぶ。
その声は、普段と変わらず落ち着いている。
だが――ほんのわずかに硬い。
「君に、話がある」
「はい」
短く応じる。
周囲の音が、徐々に遠ざかっていくようだった。
音楽は続いているはずなのに、耳に入らない。
視線だけが、鋭く集まってくる。
そして。
「君との婚約を、ここで解消する」
――はっきりと、告げられた。
その瞬間。
音楽が止まった。
指揮者が振り上げた腕を止め、楽団が息を呑む。
談笑していた学生たちが、言葉を失う。
完全な静寂。
広間にいる全ての人間の意識が、ここに集まる。
ロザリーは、動かない。
(……やはり)
心は驚くほど静かだった。
怒りも、悲しみも、動揺もない。
ただ、状況を受け入れ、整理している。
セドリックは続ける。
「そして私は、リエッタ・ティーナーを新たな婚約者とする」
隣の少女が一歩前に出る。
そして、深く頭を下げた。
「リエッタ・ティーナーと申します……」
声は震えていない。
覚悟はあるのだろう。
だが、その立ち振る舞いは明らかに場に合っていなかった。
(王太子妃としての教育は……受けていない)
一目で分かる。
足の運び。視線の置き方。礼の角度、全てが足りていない、
ロザリーは、セドリックを見る。
彼は、迷っていない。
自分の選択を、疑っていない。
(……そう)
ならば、これ以上言うことはない。
ロザリーは、ゆっくりと微笑んだ。
それは、完璧な微笑みだった。
非難も、嘲りも、悲しみも含まない。
ただただ、美しく整えられた表情。
誰もが息を呑む。
「……承知いたしました」
静かに告げるたその一言は、驚くほどよく通った、
誰もが聞き取れるほどに。
そして、誰もが理解する。
――彼女は、受け入れたのだと。
ざわめきが広がる、
そのざわめきの中には、驚きだけではない。
戸惑い。困惑。
そして――不安。
その不安は、ロザリーへではない、
セドリックへと向けられていた。
陰で、ロザリーとセドリックの能力差が明らかになってきて、
セドリックのプライドが傷つき、
距離を置きたがっていると風の噂となっていた。
そして、その事がセドリックが次期王になる事への
不安へと繋がっていると。
(……気づいていないのね)
ロザリーは内心で思う。
周囲の視線、この場の空気、自分が何をしたのか、
それらすべてに、彼は気づいていない。
「ロザリー……」
セドリックが何か言おうとする。
だがロザリーは、先に一歩下がった。
それだけで、会話は終わりだと示す。
「それでは失礼致します」
深く、完璧な礼を取る。
それは、未来の王太子妃としての最後の礼だった。
顔を上げた時、ロザリーの中で何かが静かに切り替わる。
(これで)
終わった。
王太子妃としての未来。
用意されていた道。
すべてが。
――消えた。
けれど。
ロザリーは、再び微笑む。
その笑みは、これまでと同じようで――ほんの少しだけ、違っていた。
誰にも気づかれないほど、わずかに。




