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第15話

 飯島が一番の行きつけだというラーメン屋「麺神」は、駅から線路沿いに3分ほど歩いた場所にあった。俺たちが着いた時には客が4人、店の外で並んでいた。


 待つこと約15分、大学生らしきアルバイトの男性が俺たちを店内に招き入れる。店に入ってすぐ左横に食券機があり、飯島おすすめの辛味噌ラーメンのボタンを押して食券を発券した。飯島も同じく辛味噌ラーメンを選んでいた。忘れることなく、ライス大盛りと餃子の食券もしっかりと発券している。


 テーブル席に腰を下ろすと、比較的すぐにラーメンが届いた。オレンジ色のスープに浸る太い麺。豚の挽肉、キャベツ、もやし、煮卵がトッピングされており、食欲をそそる。早速食べてみることに。


「──美味い」


 息をするかのように自然と言葉が出た。飯島が言っていたように、極太の太麺とピリッとしたスープが絶妙に調和している。ラーメンが特別好きじゃない俺だが、箸が止まらない。


「そうだろ? ここの辛味噌ラーメンは絶品なんだよ」


 満足そうな表情をする飯島。豪快に麺をすすり、スープが制服のワイシャツに飛び散っている。


「どれくらいの頻度でこの店に?」


「その時によるな。多い時は週に3回ぐらい行く時もある。まあ、平すと二週間に1回ぐらいだと思う」


 高校生で二週間に1回ラーメン屋に行くのはかなり多い気がする。よく分からないが、そこらの独身サラリーマンよりも多いのではないだろうか。


「ちなみに、最後にここに来たのは何日前なんだ?」


 何気ない質問のつもりだったが、飯島は表情を曇らせた。ライスに伸ばしていた箸が止まる。


「一週間前だ……部活終わりに、坂東と一緒にな……」


「あ……」


 この悪夢のルーレットの第一犠牲者である坂東。村上先生が坂東の訃報を知らせた時、たしか飯島は前日に坂東とラーメンを食いに行ったと言っていた。


 まさかそれがここの店だったとは。


「すまない、辛いことを思い出させて」


「──いや、気にするな、大丈夫だから」


 そうは言っているが、表情からは悲しみが滲み出ている。飯島と坂東は親友と言ってもいい間柄だった。たとえ体格が良くても、心の傷はそう簡単に癒えるものではない。






 ラーメンを食べ終えると、アルバイトの男性が俺たちの食器を片付けた。テーブルに残されたのは水の半分入ったピッチャーとガラスコップが二つだけ。


「飯島はいつからサッカーを習っているんだ?」


 もちろん飯島のサッカー歴にさほど興味はない。しかし、何か話を提供しなければ「じゃあ、そろそろ帰るか」と言われそうだったので、引き止めるためにそのような質問をした。


 俺は飯島とラーメンを食べるためにここに来たのではない、彼を救う糸口を探すためにここへ来た。まだ帰すわけにはいかない。


「小学校一年生だよ」


「すごいな、つまり11年間も続けているのか」


「別にすごくないさ。何の自慢にもならないよ」


 ガラスコップに水を注ぎながら飯島はそう言った。


「プロのサッカー選手の中には2、3歳から始めている人がごまんといるからな。まあ、中には高校生から始めたって人もいるらしいけど。要は、始めた年はプロになる上で重要じゃない。大切なのは始めてからのプロセスってことだ。量より質、みたいな?」


「プロって──ひょっとして飯島は、プロを目指してるのか?」


「ひょっとしても何も、目指してるぞ。まあ、高校を卒業してすぐは無理だろうけど。とりあえずサッカーの強い大学に進学して、そこからなろうと思っている」


 飯島はサッカーの推薦で高校に入っている。大学も推薦入学を狙っているのだろうか。


「どれだけ時間がかかるか分からないが、絶対になってみせるさ」


 飯島の目は野心と希望に満ちていた。


「財前は、将来の夢って決まってるのか?」


「俺は、特にないよ」


 昔はバドミントンでオリンピックに出ることが夢だったが、そのような願望は去年の段階で捨てた。


「プロになりたい理由は、やっぱりサッカーが好きだから?」


「もちろんそれもあるが、一番は母親のためだな」


「母親?」


「ああ、俺の家は母子家庭なんだが、サッカー選手になれば金がたくさんもらえるだろ? 女手一つで俺を育ててくれている母親に、将来親孝行したいんだよ」


 親孝行か、偉いな。親に感謝していないわけではないが、将来親孝行したいという思考が、俺にはなかった。それにしても飯島の家が母子家庭だというのは初耳だ。


「苦労、しているんだな」


「──財前の家は、両親共にいるのか?」


「まあ、一応」


「だったら、片親の俺の気持ちは理解できないだろうな」


 少し棘のある言い方に、俺は眉をひそめてしまった。


「すまん。小学生の頃、俺が母子家庭だというだけでクラスメイトにバカにされたことがあってな。それ以来、どうも家族の話になると過敏になってしまって、言葉が悪くなっちゃうんだよ」


 申し訳なさそうな表情で弁明する飯島。


「いや、俺の方こそ、すまない」


 飯島は「女手一つで育ててくれた母親に親孝行したい」と言っただけだ。苦労しているとは一言も言っていない。母子家庭=大変であるという偏見から、俺は軽はずみに飯島家が苦労していると断定してしまった。それは聞く人によっては侮辱と捉えられてもおかしくない。


 その人のことを理解できるのは、その人と同じ状況下を経験している人だけだ。


 どんなに知識が豊富な心理カウンセラーでも、片親でなければ片親の子供のことを理解できないだろうし、いじめられたことがなければ、いじめられっ子の気持ちは理解できない。


「なあ財前、俺の家族のことを少し聞いてくれないか?」


 ガラスコップに入っている水を飲み干してから、飯島はそう言った。


 理解でできないが、聞くことはできる。俺は無言で小さく頷いた。

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