Prologue
ウィーン、ベルヴェデーレ宮殿。かつての栄華を今に伝えるオーストリア・ギャラリーの静謐な回廊に、十九世紀美術史の迷宮と称される三枚の連作が並んでいる。
その一連の絵はいずれも同一の女性をモデルとしながら、しかしそれぞれ、まるで異なる三つの魂を映し出しているかのようだった。
Ⅰ. 『陽の当たる庭園にて』
一枚目のキャンバスに宿るのは、零れ落ちそうなほどの陽光だ。
日傘を揺らし、庭園の緑の中で弾けるような笑顔を見せる十七歳の少女。その瞳に溢れているのは世界への無垢な信頼か、あるいは、キャンバスの向こう側で筆を握る若き絵師への募る想いか。印象派を先取りしたかのような奔放な筆致で描かれた、瑞々しい恋の始まりのような記憶である。
Ⅱ. 『フェルディナント橋の残照』
二枚目、欄干に身を預けた彼女は満天の星空を背負って立っている。
その表情は無垢な笑顔から一歩踏み出し、夜風に髪をなびかせる姿はどこか精神的な成熟を感じさせる。特筆すべきは彼女の視線だ。彼女は鑑賞者ではなく、わずか斜め下、すなわち彼女を捉える画家へとその瞳を落とす。親愛に満ちた微笑みが、二人の間の決定的な関係性の変化を物語っている。
Ⅲ. 『アトリエの空白』
そして最後の一枚。
多くの人々が足を止め、困惑と陶酔の入り混じった溜息をつくのが、この未完の傑作である。
舞台はイーゼルが並び、画材の匂いが立ち込めるような乱雑なアトリエ。その中央で、彼女はキャンバスに向かっている。
しかし彼女の筆が触れているキャンバスは、不気味なほどに白いまま。
さらに不可解なのは、彼女自身の顔だ。輪郭はたしかにそこにありながら、目も、鼻も、口も──そのひとつひとつが光に溶け込むように曖昧にされ、ついに表情として結ばれることがないのである。
後世の評論家たちは、そこに悲劇的な別れや、失われた愛への絶望を見出そうと躍起になってきた。
「別離の痛みに耐えかねた画家が、彼女の面影を失い、ついに筆を折ったのだ」
「あまりに完成された美を前にして、ついに技量が追いつかなかったのだ」
その欠落を、あたかも永遠に解かれることのない死の接吻であるかのように、あるいは決して結ばれることのなかった想いの終焉であるかのように。彼らは憐れみを込めて眺め、キャンバスの余白に、二人の間に横たわったであろう身分という名の断絶や、若すぎた死の影を読み取ろうとしてきた。
なぜ、画家は彼女の顔を奪ったのか。
白紙のキャンバスに、彼女は何を描こうとしていたのか。
この連作を遺したのは、十九世紀のウィーンが誇ったロマン主義の巨匠、ルートヴィヒ・レンツェ。
後に時代の寵児となる彼が、まだ何者でもなかった二十代の熱情をすべて注ぎ込んだとされる作品群である。
連作:『不遜な女神へのオマージュ(Hommage an die anmaßende Göttin)』




