4月1日『始まりの鍵』
朝焼けが空に残る時間。図書館の扉が開く。
小柄で、手先の器用さを感じさせる修行者が入ってきた。左腕に包帯を巻いている。新しい修行着は、この土地に来たばかりであることを示していた。
「いらっしゃいませ。何かご用でしょうか」
「利用証を作っていただきたいのです」
カウンターで記録をとる。名前はセラ。二十二歳。技術を学ぶために来たという。遠い土地での事故だろう。左腕の傷は相当なものだ。
「修行者なのですね。親方の指示ですか」
「はい。図書館を勧めてくれました」
良い親方を持つ者だ。単に知識を与えるのではなく、知識を得る場所そのものを教える。
「重要なことをお伝えします。この証は扉を開く鍵です。ですが、本当の『鍵』をご存じですか」
セラが戸惑う。期待した反応だ。
「技術を学びたいとおっしゃいました。ここには、二つの系統の知識があります。一つは、長き年月を通じて受け継がれてきた伝統的な技法です。もう一つは、今このときに生まれ続けている新しい工業技術です。この街では、その二つが対立しています」
利用証を手渡す。
「ですが、その対立に優劣はないのです。むしろ、あなたが選んだ道が、あなたを『鍵』にしていくのです」
セラの表情が、少し柔らかくなった。
「二階へ案内しましょう」
階段を上り、一般閲覧室へ。工房街の音が聞こえている。机が五卓、本棚には技術書が並ぶ。工業技術の書、設計図、応力計算。遠い土地の採掘の知識ではなく、精密で実務的な知識だ。
セラが棚に近づき、本の背を眺め始めた。
◇
太陽が高くなった頃、セラが本を返却しに降りてきた。
「学習は進みましたか」
「はい。ありがとうございます」
わずかながら、安堵が見えた。何かを得たのだろう。
「来週も、同じ時間にいらしてください」
「来週ですか」
「そして、その翌週も。繰り返しの約束の中で、やがて一年が形作られるのです」
私は静かに続けた。
「『飛べると信じているから飛べるのだ』という言葉があります。あなたが修行できると信じるなら、その信念は、来週の一冊から始まり、季節を越えて広がっていくのです」
セラが頷いた。小さな、確かな頷きだ。
図書館の扉が閉じた。
窓から、セラが工房街を歩む姿が見える。左腕の傷は完全には治っていないが、心はすでに来週を見つめているようだ。
毎年、新年度には新しい来客がいる。その中でも、この少女の目には特別なものが映っていた。遠い暗い土地から逃れ、この光の中で、本当の『鍵』を探している目だ。
来週、彼女は戻ってくるだろう。
図書館の静寂が戻った。新しい足音が、扉の向こうから聞こえ始めていた。
制作メモ:初稿ということで手直しはほとんどなし。




