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新世界での学校経営  作者: MuiMui
第四章 学園編 第一部
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092_なっちゃんのシチュー 後日談 ③

バルチ様の今日の一言


 こんにちはー、バルチだよ。

 今日ね、傷跡のいっぱいあるお爺ちゃんがお家に来たよ。なんかね、じーじの知り合いみたいで難しいお話してたよ。

 それでねー、そのお爺ちゃんが持ってた金棒が凄いのっ! バルチが頑張っても、ちょっとしか持ち上がらないんだよ。

 それよりも、その金棒をブンブン振りまわしていたお爺ちゃんの方が凄いのかな? バルチ、凄すぎてよく分からなくなっちゃった。

 畏敬の念を抱かれる人物とは、いかなる者だろうか。


 偉業をなしとげた者、多大な功績を上げた者、高貴な身分を持つ者。


 八十雄もそう言えるかもしれない。


 転移したての頃は使徒と言う『身分』に対し、現在では成し遂げてきた『功績』に対し、ラントスを中心に名声は鳴り響いている。


 そして、もう1人。


 畏敬の念をその身に集める人物がラントスにいる。


 箸にも棒にもかからない、ろくでなし共の面倒を見ながら生きるすべと礼節を叩き込み、戦場では誰よりも先頭に立ち戦う『その男』の相貌は、敵対する相手には恐怖を、筋肉で盛り上がるその広い背中は、後に続く味方に勇気を与え続ける。


 最後のラントス攻防戦で公国と戦った時も、公国側から莫大な金を目の前に詰まれても決して首を折らず、戦の前に領主すら逃げ出し負けが始めから決まっていた戦において無償でラントス側に立ち、最初から最後まで最前線で戦い抜いた『その男』が率いる傭兵団は、敗軍の中にあり意地を見せ公国軍に多大な損害を与え続けた。


 戦が終わった後もラントスに残り、じっと支配者たちに睨みを効かせ続けた効果もあったのだろう。被占領地としては珍しく、ほとんどと言って良いほど理不尽な思いをする市民の姿はなかった。


 無数に刻まれた戦傷いくさきずが、興奮すると浅黒い体から白く浮かび上がり、その豪腕から繰り出される金棒の一撃はあらゆる敵を打ち砕く。


 その戦いっぷりから『黒鬼』と呼ばれるその男は、その『生き様』でラントス市民の尊敬を集めているのだ。




 ラントス西部の商業地区に『黒鬼』率いるゴッヅ傭兵団の本拠地、通称『ゴッヅ館』がある。


 大きな建物が多い商業地区でも一際目を引く三階建ての大きな建物がそうだ。ここには団員の宿舎や傭兵団の事務所の他、食堂、鍛冶施設、入浴施設に、家族用の居住施設まである。


 今も建物の周りには5歳くらいの子供が数人、笑い声を上げながら走り回っていた。


 通常、傭兵団と言う物は、純戦闘員だけで構成された戦闘集団のケースが多いが、ゴッヅ傭兵団は少し違っていた。所属する傭兵たちは結婚している者も多いし、そうすれば自然と子供も生まれる。仕事の中で亡くなる者もいれば、怪我で傭兵を引退せざるを得ない者もいる。


 傭兵家業などハイリスク・ハイリターンで、長くは続けられない仕事なのだ。


 戦を求め戦地を転々とすることが多い傭兵団としては珍しく、ゴッヅ傭兵団はラントスに腰を据え、この地を中心に仕事を請け負うようになった。


 怪我をした者には新たな仕事を紹介してやったり、夫を亡くした未亡人は本拠地の施設で雇ったり、所帯を持ち子供が生まれた団員にはそれとなく引退を勧めたりと、そうするごとに受け皿となるゴッヅ傭兵団の本拠地に新しい施設ができていく。


 実は、八十雄の『中立宣言』でもっとも大きな影響を受けたのは世界中の傭兵たちだった。


 ラントスを中心とした大陸中心部では戦は無くなってしまったし、世界のホットスポットであった王国と公国の国境でも、八十雄の働きかけで戦の火は完全に消えていた。


 特に公国では、以前は万単位の兵士たちが詰めていた国境線の要塞群にも、今や2000名程度の兵士しかおらず、そのほとんどは地元に戻っている。


 戦闘員だけで80名を超え、その家族までを入れると150名ほどにもなるゴッヅ傭兵団もその影響を強く受け、主要な仕事であった戦働きがまったくできなくなったが、むしろ以前より今の方が忙しい位だった。


 なぜなら、ラントス市から依頼された街頭警備や街道の警備に、めっきり増えた交易商人たちの護衛など、今までなかった種類の仕事がひっきりなしに入ってくるのだ。


 本来、街頭警備や街道の警備は騎士団などを中心とする、都市が所有する戦力が行うものだが、ここラントスでは東西南北にある都市の内外を遮る門と市の主要施設を守る警備隊くらいしか戦力を持っていない。


 また、交易商人の護衛もどちらかと言うと冒険者たちの領分なのだが、余りに増えた商人たちに冒険者だけでは手が回らず、そのためこれらの仕事が自由に動ける傭兵たちに回ってきたのだ。


 それと、忘れてはならない重要な仕事が『元傭兵団の盗賊退治』である。


 元々、戦場で生きていた傭兵たちは粗野で荒っぽく、喧嘩っ早い。何かあれば腕力や暴力で何とかすれば良いと考えている者も多かった。


 そのため、商人たちは仕事を依頼する前に各傭兵団の評判を確認するようになったため、評判の良い所には仕事が集中し、悪評が目立つ所には一件も仕事が入らなくなり、勝ち組と負け組みに如実に分かれていく。


 やがて仕事が干され、食い詰めた傭兵たちは徒党を組み、逆に商人たちを襲うようになったのである。


 戦いのプロである傭兵を相手するには冒険者たちでは荷が重いため、こうした時は本職である傭兵たちの出番となる。


 ラントス一の傭兵団であり、『黒鬼』より戦闘技術を叩き込まれているゴッヅ傭兵団は確実に盗賊たちを討伐し、ここでも実績と名声を積み上げていく。


 今やゴッヅ傭兵団は、ラントスの守護神と言っても過言ではなかったのだ。




「オラオラ、どうしたっ! 腕が下がっているぞっ」

「声が小さいぞっ、そんなんで気合が入るかっ」

「自分で限界を決めんじゃねぇっ」


 中庭から聞こえてくる教練の声を聞きながら、『黒鬼』ことドメルは、あることに悩んでいた。


(……腰が痛い)


 60歳を過ぎた頃から、時にシクシクと、時にジンジンと腰が痛むようになった。最近では椅子から立ち上がったり、座ったりするだけで痛む時があるほど。


 戦場では体中に傷を負い、時には骨に達するまでの深い傷を負ったこともあるが、そんなものは物の数ではなかった。


 武具補修用のタコ糸で自ら縫合し、度数のキツイアルコールを患部に吹きかけ戦の渦に戻ることなど日常茶飯事だったのに、この腰痛と言う奴は如何ともしがたかった。ズキッと唐突に襲ってくる痛みと、腰から下が抜け落ちたかのような脱力感が同時に襲ってくるのは、いつまで経っても慣れる事はない


 縁があり知り合いになった八十雄から、ヨガとかストレッチとか言うものを教えてもらい少しはましになったが、根本的な回復には至っていない。


 できれば自室で腰を伸ばしながらのんびりと休んでいたい所だが、そうもいかない理由がある。激動の中にあるラントスで、戦うことしか知らない愛すべき馬鹿どもの前に、きっちり道を引いてやるまでは引退したくてもできないのだ。


「親父、いるかっ」


 ドメルが返事をする間もなくガチャリと開いた扉の先には、30代のひげ面の男が立っていた。


「馬鹿野郎っ、扉を開ける前にはノックをしろと何度も言っているだろうっ! それと髭は生やしてもかまわないが、もっと小奇麗に整えろ。何度も言ってるが、てめぇの小汚ねぇつらを見て、世間の人様は俺たちゴッヅがどんな人間か判断する事だってあるんだ。お前の後ろには、100人からの団のメンバーがいるんだぞ。

 口で言っても分からないなら、中庭でやってる新人教育で骨身に染み渡らせてやろうかっ」

「勘弁してくれよ、今更あんな訓練なんかやってられねぇよ」


「俺だって、団のことはお前たちに任せて悠々自適な隠居生活を楽しみてぇのに、そのお前たちがだらしないから俺が首から上を使って仕事してんだ。せめて、首から下を使う仕事くらいしっかりやれ」

「またまた、冗談ばっかり。黒鬼のドメルが傭兵家業を引退するなんてありえないのに。

 ……あっと、思わず忘れかけたぜ。親父に会いにギルド長が来てるけどよ、どうする?」


 ゴッヅ傭兵団の連中は、誰もがドメルのことを親愛の情を込め親父と呼ぶ。


 目の前の男も10代の頃は手がつけられないほどの暴れん坊で、対処に困った両親がドメルに相談したのが初めての出会いだった。

 その後、反発心からか少年の方から一方的に絡んできたが、その度にドメルにコテンパンにのされ、いつの間にか少年は傭兵の1人として宿舎に住み込むようになっていたのだ。


 その少年も今では成長し、団の中核メンバーとして戦闘班の教育から戦闘指揮まで手広く担当している。


「おう、この部屋で話を聞くから通してくれ」


 殺風景で狭い団長室だが、ソファーセットくらいは備え付けられている。腰が痛く、あまり動きたくないドメルにとっても都合が良い。


「よう、邪魔するぜ」

「好きな席に座ってくれ。おう、客人にお茶くらい持って来い」

「へい」


 ギルド長を案内してきたひげ面の男が、入ってきた扉から再び姿を消した。


「久しぶりだな、ギルド長。わざわざこんな所まで足を運んでもらって、何かあったのか?」

「ああ実はな、あんたに直々に請けてもらいたい仕事があるんだ……」


 ギルド長も、流石に話し辛いようだ。それもそのはず、ギルド長が傭兵ギルドに所属した時、すでにドメルはA級傭兵として押しも押されぬ存在であったし、ギルド長が引退する時もA級までしか到達できなかったのに、その当時のドメルはS級傭兵として全盛期を誇っていた。


 何より、新人時代から引退までフリーの傭兵として活躍していたギルド長であったが、若い頃は目の前の偉大な傭兵に色々と面倒を見てもらったのだ。命を救ってもらったのも一度や二度ではない。


 そうした記憶や思いは、恩を与えた方はコロッと忘れてしまうものだが、受けた方の心にはしっかりと刻み付けられる。


 今や一傭兵と、そのギルド長と立場は逆転していたが、心の方は簡単に割り切れないのだ。


「いや、実はな……」


 テーブルセットの上に置かれた湯飲みに手を伸ばし、お茶を啜りながらギルド長は昨夜の会議の内容を説明していった。その間、ドメルは腕を組み、目をつぶったまま話を聞いている。これは彼が真剣に話を聞く時のスタイルだ。


「……と言うわけでな、是非、この仕事を請けてもらいたいんだ」

「この俺に、食堂の番犬をやれってことか……」


 ドメルは組んでいる腕はそのままに、ギョロリと目を見開いてギルド長を凝視する。


「もちろん、他に仕事があるならそっちを優先しても良いし、気が乗らないなら断っても良い。

 報酬額もS級傭兵に支払うにしては安すぎるし、いくら市からの要請だからって無理して受ける必要はないぞ。俺も、あんたほどの男が請けるような仕事じゃないと思ってる。

 この話だって八十雄さんから直々に頼まれなきゃ、俺もここまで足を運んだりはしないさ」

「……」


 ドメルの目力にあわてて言葉を続けるギルド長だったが、逆にドメルは目を閉じ、熟考の構えに入った。


「……八十雄さんの所に行って話を聞いてから、直接どうするか伝えることにする」

「そうか、分かった。では、八十雄さんには俺の方から話を通しておくから」

「いや、それには及ばない」


 そう言いながらドメルは椅子から立ち上がった。ジクリと腰から悲鳴が聞こえたが、やせ我慢するくらいの男気には溢れている。


「これから俺が直接行って、話しを聞きに行って来るからな」


 机の横に立てかけられていた、ど太い金棒を掴むと床がミシリと音を立てる。そのままノシノシ扉まで歩き一気に扉を開くと、ゴッヅ傭兵団に所属する若手たちがソロソロと逃げようとしている後ろ姿があった。


「おい、こんな所で油を売ってる暇があるなら、武器の1つでも振ってろっ!」

「「「へいっ!」」」


 フンッ、と鼻息1つ残し、ドメルはあっけに取られるギルド長を残し、『ゴッヅ館』を後にした。




 その頃八十雄は、縁側で日向ぼっこをしながらバルチと一緒にゴロゴロと転がっていた。時には離れ、時にはくっつきながら、板の間の上でじゃれあっている。バルチは猫人族だけあって、縁側と日向ぼっこがとても似合っていた。


 今日は完全フリーな休日のため、天気も良いのだが一日家の中でのんびりと過ごす予定だったのだ。


「んなぁ~~……」


 ヨガの猫のポーズのように、背筋を伸ばしながらバルチが大きなあくびをする。梅雨のないラントスでは、日差しもそれ程きつくない今が一番良い季節だ。


「バルチー、今日の晩御飯は何にしよっか~?」

「バルチねー、久しぶりにじーじのカレー味のちゅるちゅるが良いな~」


「それじゃ、そうすっかー」

「わ~い、やったぁ~」


 ガバッと飛び掛ってきたバルチをガシッと受け止めた八十雄は、そのまま腕力だけで高い高いの姿勢に持って行った時、玄関から扉を叩く音が聞こえてきた。誰かが来客したようだ。


「おー、悪いが縁側の方まで来てくれるかー」


 間もなく縁側に姿を現したのは、右手に重そうな金棒を持ったS級傭兵のドメルだ。


「そろそろ来る頃だと思ってたよ。まあ、腰掛けてくれ」

「ああ、遠慮なく座らせてもらうぞ」


 そう言うと、ドメルはバルチが用意した座布団の上に『よっこらしょ』と言いながら腰を下ろすが、やはり腰が痛むのか顔をしかめている。


「お爺ちゃん、どこか痛いの?」

「ああ、ちょっと腰を痛めてなぁ。俺も年をとったってことか」


 板の間に胡坐あぐらをかいて座る八十雄の背中に張り付くようにしながら、バルチは心配そうにしている。


「ちょっと待っててくれよ。お茶と大将に見せたい物があるから、ちょっと取ってくる」

「ああ。今日はもう仕事はしないから、急がなくても良いぞ」


 ドメルは垣根に生る黄金色の果実を見ながら、右手の金棒を地面に落とした。ズシンと低く重たい響きを残し、わずかに地面にめりこけようにして金棒は横たわる。


 予想を反するその音に、バルチは耳と尻尾をピンと立て、金棒に興味津々のようだ。


「……ねぇねぇ、お爺ちゃん。バルチも、その金棒を持ってみても良い?」

「ん? ああ、もちろんかまわないが、怪我をしないように気をつけるんだぞ?」


 はーい、と返事をしながら、バルチは縁側に用意されていたサンダルのような簡単な履物を履くと、右手で金棒を掴んだ。だが、バルチの予想に反して金棒は遥かに重かったようで、ピクリとも動かない。


「むむうぅっ」


 今度は両手でしっかりと握り締め、腰を下ろし足も踏ん張っている。バルチさん、どうやら本気の構えだ。


「んんん~~っ」


 だがそこまでやっても、金棒の先端がわずかに地面から浮くばかり。ちょっとバランスを崩すだけで、右にフラフラ、左にフラフラ、金棒相手に下手なダンスを踊っているようだ。


「ぷはぁ、バルチ、全力で持ったけど全然駄目かもっ!」

「……俺も長い間傭兵稼業をやっているが、俺以外の奴がそいつを持ち上げるのは初めて見たな」


 ドスッと金棒を落とし、地面にへたり込むバルチをドメルは両手をバルチの脇の下に入れ体を持ち上げ優しく縁側に座らせると、自分もその隣に座った。


 愛用の金棒は地面に転がったままだが、あまり気にしていないようだ。


 傭兵や冒険者の中には、己の武器に他人が触れることを極端に嫌がるものが多い。自分の命を預ける物だけにその気持ちも分からないではないが、ドメルの考えはそれとはまったく別だった。


 傭兵だからこそ、戦いに命を懸けるからこそ、武器に頼ってはいけないと考えていた。


 いざ戦場で武器が壊れたり、使い物にならないことなどしょっちゅうあるのだ。武器がないから戦えませんじゃ、笑い話にもならない。


 ドメルにとっての武器は、『手ごろな重さ』があって壊れにくければ何でも良いのだ。今から20年ほど前に特注で作ってもらったこの金棒は、手入れも簡単で壊れにくいのが気に入って使い続けていたが、もし壊れてしまったとしても諦めはつく。


「悪いな、待たせて」


 そう言いながら、八十雄は湯飲みと急須がのったお盆に、一脚の椅子に腹巻状の帯を持って来た。


 とりあえず荷物を縁側に置きながら、八十雄は急須から湯飲みにお茶を入れると、お客様用の一番大きな湯飲みをドメルに手渡した。


「お茶菓子がなかったからよ、適当にそこらのミカンをもぎながら食べてくれ。凄ぇ甘くて美味いから。バルチ、何個か取って来てもらえるかい?」

「はーい」


 バシュっと音がしそうな勢いで飛び出したバルチが、手馴れた様子でミカンを収穫していく。あっという間に抱えきれないほど実をもいだが、これ以上持ち続けるのは無理だと判断したのだろう。飛び出し時とは対照的に、ソロソロとした足取りで戻ってきた。


「どうぞ~。とっても甘くて、美味しいかも」

「……ああ。それじゃ遠慮なく」


 甘い物がこれほどに会わない男もいないだろうドメルが、山と積まれたミカンに手を伸ばしながら八十雄に顔を向けた。


「先ほどギルド長が来て、話をしてったぞ」

「おー、行動が早いなぁ。さては、嫌な事は始めにしちゃうタイプだな」


「それでな……」

「まぁまぁ、それよりも大将。まだ腰の調子は悪いんだろう?」


 いまだ縁側から上がらず、縁に腰掛けているのがその証拠だ。腰痛持ちは正座や胡坐より、椅子に座る方が得てして楽な場合が多いのだ。


「ここで隠してもしょうがないから正直に話すが、あんまり良い状態じゃねえな。八十雄さんに教えてもらった運動でちったぁましになったが、立ったり座ったりすると、いまだにズキリと痛みやがる。参ったもんだ」

「それじゃあさ、ちょっとこれを腰に巻いてギュッと固定してみろよ。少しは楽になるはずだから」


 そう言いながら取り出したのは、竹のような素材を使って作られているコルセットだった。日本時代、重い建材を担いだ時になってしまったぎっくり腰の時、八十雄も大いにお世話になった代物である。


 更に、腰の部分には黒い1センチメートル大の黒い石粒が等間隔で3個ほど固定されていた。


「これは?」

「八十雄式、対腰痛用腰ベルトとでも名づけようか。俺が生まれた国で使われていた道具をこっちの素材で作ってみたんだよ。まあ、多少改良してあるがな。騙されたと思って使ってみてくれよ」


 受け取った幅20センチメートルほどのベルトをしげしげと眺めていたドメルであったが、やがて自分の腰に巻きつけ始めた。ベルトはいかなる素材で作られているのか伸縮性があり、取り付けられている金具で固定できるようになっている。


「これはっ!?」

「どうだ、結構違うだろ? それに腰がぽかぽかと暖められて気持ち良くないかい?」


 ベルトを巻いたドメルは、その場で立ったり座ったりを繰り返した後、バルチが両手で持ち上げるのすら苦戦した金棒を片手で拾い、残像が残るほどの速さでブンブンと振り回し始めた。


「まったく痛くない……。どうなってんだ……」

「あとさ、満足したらこっちも試してくれよ」


 一通り体を動かしたドメルが縁側に上がり、八十雄が用意した椅子に腰掛けた。それは座面と背中があたる部分に十分なクッションが据えつけられた特注品で、ちっとも尻が痛くならない。これだったらいつまでも座ってられそうだ。


「腰痛ってのはさ、俺のいた国でも簡単には治らないって言われてた」


 ほれっと椅子に腰掛けたままのドメルにミカンを放りながら、八十雄も皮をむいたミカンを2、3房まとめて口に詰め込んだ。


「確かに報酬は低いけどさ、そのベルトを巻いてのんびり体を休めながら治療するには良い仕事だと思うぜ。

 そのポカポカする石は、魔道王が作った熱を発し続ける魔道具を溶岩で包んだ物だ。遠赤外線効果とか何とかいったと思うけどよ、腰痛には効果があるって代物だ。飯も店が提供してくれるって言うし、できれば俺が代わって欲しいくらいだ」

「…………」


 ようやく1つ食べ終わったミカンの皮を急須が載っていたお盆の上に置いて会話にまったく入ってこないバルチを見ると、凄い勢いでミカンを食べているところだった。先ほどまでは山と積まれていたはずのミカンが、今では半分ほどに目減りしている。


「バルチ、あんまり食べると晩御飯が食べれなくなっちゃうぞ」

「ん~、それじゃバルチ、これで最後にするっ」


 食べかけの一個を残し、手元に置いていたミカンを小さくなった山の方へと押し戻した。


「それにさ、仕事には大将の他にもう1人誰でも連れてって良いようにしてもらったから、傭兵団内での悩み相談に使っても良いし、疲れている奴を誘って慰労会にしても良いし。体がなまってしょうがないなら、薪割りでも手伝ってくれたら店の連中も喜んでくれるさ。

 店で使われている椅子も、すべてこの椅子と交換する予定になっている。後は大将の胸先一つで全部決まるんだけどな」

「……ふぅ」


 ドメルは受け取ったミカンの皮をむき、丸ごと一個口の中に放り込む。何度か咀嚼そしゃくし、口が空になったところで椅子から立ち上がり八十雄の前に腰を下ろすと、胡坐の姿勢になった。


「ここまでお膳立てされたら、八十雄さんの提案を受けても良い。その代わり……」

「これ、だろ?」


 更にもう一個、手渡したベルトと同じ物を八十雄は隠していた背中の後ろから取り出した。


「大将には何をしてもらいたいかきっちり説明するからさ、よろしく頼むよ。そこには俺の生徒がいるから本当に信頼できる人材にしかお願いできないんだ。

 やりたいことには全力でサポートするって約束したからには、俺も全力を尽くさなければならない義務って奴があるからさ。過剰と言われても、手は抜きたくないんだ」


 そう言いながら、八十雄はミカンを食べ終わり側に寄ってきたバルチを抱きした。


「そうだ、バルチ。今夜は、ナチャに新しく教える食べ物も作るから、感想を聞かせてくれよな」

「わーい、バルチ、楽しみかも~」


 嬉しそうに頭をぐりぐり押し付けて来るバルチはそのままに、八十雄は何か企んでいる悪い大人の顔をしている。


 八十雄の全力サポートには、まだまだ先がありそうだった。




 読んで頂き、ありがとうございました。

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