091_なっちゃんのシチュー 後日談 ②
バルチ様の今日の一言
ナチャお姉ちゃんのシチューも美味しいけど、バルチ、ノニさんちのオムライスも好きだなー。
黄色くてふわふわの卵と、その中に入っている味がついたご飯も大好き。
そして、そして、卵の上に赤いケチャップが沢山乗っている方が好きかもっ。
あ~、お話してたらオムライスを食べたくなってきちゃったかも。
ノニの店での一騒動後、八十雄はラントスの幹部連中を招集し、臨時緊急会議を開催することにした。
予算会議や定例会議はラントスの市庁舎で行われているが、臨時緊急会議の場合は各ギルドのギルド長や市の幹部連中に、議題の関係者などの中からメンバーを選抜して行われる緊急性の高い会議であり、開催される会場もその時々で違うのだ。
ただ1つ、毎回決まっていることは、必ず食事と会議は併せて行われていることだろう。
新入生の歓迎会や、プロジェクトの打ち上げなどであまり知らない人たちとでも、同じ料理をつつきながら会話を交わせば、いつの間にか仲良くなったりするものだ。
臨時緊急会議が開催されるということは、何か問題が発生したと考えて間違いない。そんな時に、会議室で額を突き合わせ議論を重ねても、良い解決案はかなか出ることはない。
それならば、美味しい料理を食べながら互い胸襟を開いて話し合えば、お互いの仲はより親しくなるし、大抵の問題は解決できると八十雄は過去の経験で知っていたのだ。
もちろん、アルコール類はすべての議題が解決するまで、卓上に運ばれて来ることはない。その辺りのけじめは、きっちり守る八十雄である。
今日の会議場所は、ノニの宿屋にある中規模宴会場だ。ここなら20名程度がいっぺんで食事を取れるし、何より畳みに似た敷物の上で足を伸ばせるのが良い。
誰が上座とか、中央とか、そういった細かいことを八十雄は余り気にしない。と言うか、あえて気にしないようにしている。
もちろん、日本にいた時代は目上の人に対する礼儀は大切にしていたが、この世界では八十雄より上の身分の人はなかなか見当たらなのだ。
ラントスの首長であり、世間的には伯爵位を持つ八十雄だが、それよりも神の代理人である使徒の肩書きが重すぎるのだ。
個人的には、民の生活のため立ち上がった公国の紅蓮帝や、優れた技術を持つ職人たちのことを八十雄は尊敬していたし、敬ってもいたのだが、そうした態度をあからさまに出すと、相手に迷惑がかかることを八十雄は学んだ。
そうした目に見える上下関係で上に扱われることを八十雄は何より苦手にしていたし、息苦しく思っていた。今でも自分はただの土方だと思っていたし、使徒として何かを成し遂げたとも思っていなかったからだ。
だから八十雄は相手を上げるのではなく、自分が下がることを選んだ。
いつでも小汚い作業着をまとい、テーブルマナーはあえて使わない。誰もが話しかけやすいように、自分からざっくばらんに話しかけ、食事は大衆食堂で取るようにした。言葉遣いが荒っぽいのも、腰が低いのも、そうした理由があったのだ。
今も長いテーブルの下座に近い席に腰を下ろし、バルチとじゃれ合いながら畳みの上で転がっていた。とてもこの街の支配者だとは思えない。
「こんばんは、八十雄さん。席はどこに座れば良いのかな」
「おう、こんばんは。空いてる席に好きに座ってくんな。時機にみんな来ると思うからさ」
「こんばんは~」
その時、襖を開いて新しい会議参加者が現れ、一度は姿勢を正した八十雄とバルチであったが、再び畳みの上で転がり始める。
現れた男性はいつも見慣れた風景なのか、特にリアクションを取る様子もなく、すでに到着していたメンバーに声をかけながら空いている席に着いた。
現在、テーブルには10名程度が席に着き、各々知り合いたちと雑談を交わしている。
本日の召集メンバーは、ギルド会館長・冒険者ギルド長代理・傭兵ギルド長・ラントス市会計課長・同資材課長・同警備課長・同第一~四警備部隊長・商業ギルド長代理、それに、ノニの亭主であり食堂の主トマ・ベテラン女性店員・セリオ牧場長、そして、我らがバルチさんだ。
基本的にバルチは八十雄と常に共にあるので、この場にいることに誰も文句どころか、疑問も表さない。当のバルチも、当然のように八十雄の隣りの席を確保していた。
緊急会議開始予定時間まで15分を残して、出席予定者の全員が部屋の中に集まった。自然と視線は八十雄に集まった。
「予定時間前だけど全員揃ったみたいだし、始めちゃうか。それじゃ、おねぇさん、食事の準備お願いしても良いかい」
「はーい、分かりました。すぐ参ります」
全員の顔を見渡していた八十雄の合図で、部屋の外に控えていた女中さんたちがお膳を手に入ってくる。今日の料理は、農業試験場で試験的に作られた醤油を使った、異世界風すき焼きのようだ。
「まずは腹ごしらえにしよう。みんなも一日ご苦労さん。急な会議で悪いけど、肩から力を抜いていこうや。酒は会議が終わった後でな」
「はーい、いただきま~すっ」
砕けた八十雄の挨拶に元気良く答えたのはバルチだ。他のメンバーもそれに笑いながら、箸を手にした。
この世界では、日本のように手軽な固形燃料のような物は存在しない。そのため、熱々に熱した大きな鉄鍋に入った料理を数人でつつくスタイルになっていた。
高貴な世界の住人にとって、1つの料理を複数で自由に取り合い食べるスタイルはかなりの抵抗があるようだが、長く八十雄に付き合っているこのメンバーは、特に不満もないようだ。
最初の頃は驚きで目を見開いていた王国貴族のセリオも、今では随分と馴染んでいる。始めて見る目新しい料理に積極的に手を伸ばし、隣の席に座っているトマと味の感想を言い合っている。
残念ながら、衛生状態が日本ほど良くない世界なので、生卵をつけて食べることが出来ずそれが唯一の不満であるが、それでも満足いく出来具合だった。
何より、10年以上ぶりになる醤油っぽい味付けに、自然と頬がほころぶ。
「じーじ、このお料理美味しいけれど、熱いねぇ」
「んー? それじゃ、じーじがフーフーしてあげような」
まだ子供のバルチにはちょっと熱かったようだ。八十雄は肉や野菜をバランスよく小皿に取ると、フーっと息を吹きかけ少し冷ましたところでバルチの口まで運ぶ。
「わー、ちょっと甘くて美味しいね~」
「そうか、そうか。これはな、じーじの生まれた国の料理なんだぞー」
よほど美味しかったのか、バルチは頭を八十雄の体に擦り付けるようにして喜んでいる。
その後も八十雄は自分の事をそっちのけに、バルチにすき焼きを食べさせ続けるのであった。
「さて、腹も膨れてきたし、眠くならないうちに仕事をやっつけちまうか」
ほとんどの料理が売り切れ鍋も空になった頃を見はかり箸を置いた八十雄は、言葉とは裏腹の真剣な表情で一同の顔を見渡した。その隣りでバルチは食べ足りなかったのか、追加で頼んだオムライスをモグモグと食べている。
「まぁ、集まっている面子を見れば薄々気がついているのもいそうだが、俺が問題として考えているのは、ノニの店の件だ。
先日、バルチと一緒に食事に行ったんだが、店の前は長い列ができていてな。その列が全然進まないからおかしいと思ったら、その先頭で口論が起きていた。手を上げるまでは行ってなかったけどよ、このままだとまずいと思ってみんなを招集したんだ」
先ほどまでは和気藹々と食事を取っていたメンバーは、真剣に八十雄の話しを聞いている。
「俺じゃ気がつかないようなこともあると思うし、この件について何か言いたいことがあれば、どんどん意見を出してくれ」
「それじゃ、まずは俺から」
そう言いながら手を上げたのは、一時は相談役として第一線から退いていたが、現在のラントスをまとめあげるには力不足だったギルド会館長に代わり、再びラントスのギルド会館長に就任したドリスだった。
「親切丁寧がモットーのギルド会館だが、最近はどうもピリピリしていてしょうがない。
始まりは、トマネって言ったか? あの商人がギルド会館内でノニの店をべた褒めしてからだ。最初の頃は窓口担当の女性職員の機嫌も良くて、結構なことだと思っていたが、最近じゃ昼の鐘が近くなると皆無言で黙ってしまう。そして鐘が生った瞬間外に飛び出し、そして戻って来た時にはとても機嫌が悪くなっている。
最近じゃみんなピリピリしてて、ギルド会館内の雰囲気も悪くなっている」
これは八十雄にも心当たりがあった。妙によそよそしいと言うか、ギルド会館の職員に話し辛い感じがするのだ。
「うちの所は、すでに明確な影響が出始めている」
後を受けた冒険者ギルド長代理の額には深い皺が刻まれ、深刻そうな表情だ。
「ギルドの窓口職員と、会員たちとの間で円滑なコミュニケーションが取れなくなっている。彼女たちにしてみれば、すべてとは言わないが一部の冒険者は自分たちが食べたい料理を独占する邪魔者と見えているのかもしれない。当然、窓口対応にも棘が含まれる。
実は、彼女たちは受付業務をこなし何気ない会話の中から危険な兆候を見つけたり、新人や不慣れな仕事を行う冒険者に対しては、注意事項や参考情報をお知らせしていたんだが、最近ではそうしたサービス的な業務はほとんどしなくなってしまってね、明らかに仕事の成功率が低下している。
この状態が続けば、仕事の成功率は更に低下するだろう」
「俺のところは冒険者ギルドよりはまだましだが、若干そうした傾向があるな」
冒険者ギルド長代理の横で、腕組みをしながら傭兵ギルド長も意見に同意している。
「最近ではノニさんのお店の評判を聞いて、各地から商人や旅人、それに貴族が巡礼と合わせてラントスに来ているようです。
最近の好景気もあり、商業ギルド自体は好調ですが、これからはもっと多くの貴族や豪商たちがラントスに来ることが予想されます。
小耳に挟んだ話ですが、世界一の美食家と名高いモルドロー10世様が、お忍びでノニさんの店に行ったそうですよ。その時の対応にいたく感激したモルドロー10世様が、仲間内の美食家たちとの会合で色々とお話になられたようです」
「モルちゃん、ノニの店に来てたのか。全っ然、知らなかった……」
「そうなると警備についても、今以上に問題が発生します」
愕然としている八十雄を置き去りにしてラントスの警備課長が発言し、その後を実働部隊である警備部隊長が引き継いだ。
「現在、ラントス市内およびその周辺では、貴族や一部の特権階級に所属する者に対する優遇措置は、法律で禁止されています。
私たちも他所から来てラントス市内に入る者については、詳しく説明し問題が発生した場合は断固とした態度で挑めますが、ノニさんの店については市外にあるため、その辺りの説明が不十分で何かと問題を起こす人たちが後を絶ちません。私たちもそうした人たちに対しては、初手で厳しい態度を取り辛いですし、彼らも気分が良くないでしょう。当然、ラントス市内に入ってからも細かいことでイライラとして、後で問題を起こすケースが増えています」
「……改めてみんなの意見を聞くと、結構やばい事態になってるなぁ」
たかがシチュー、されどシチュー。
みんなが美味しい料理をただ食べたいだけで、これまでの騒動になってしまうのだから、不思議なものだ。
「それじゃ解決方法の模索だけどさ、一番簡単なのはナチャがもっと沢山シチューが作れれば良いんだけど、その辺りはどうなの?」
「そうですね……」
オブザーバーとして会議に参加していたノニの亭主であるトマと女性店員に視線が集まった。
「今のナチャさんなら大分腕も上がりましたし性格も慎重ですから、シチューを作る鍋のサイズを大型の物に変えても大丈夫でしょう。人数で言うなら、現在の30名分から80名分くらいなら対応可能でしょう。ですが……」
そこで言葉を切ったトマは、セリオ牧場長に目を向けた。
「ナチャさんが料理に使用している牛乳とチーズは、わたしが管理している牧場で入手している物です」
セリオは慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「彼女は空が白けた頃から牧場に出て、眠りから覚めたばかりの動物たち一頭一頭に声をかけ、その後は動物たちの食事の準備を担当してもらっています。その時、体調が悪かったり子供が出来ていたり、何か変化が見られた場合は牧場の職員に引き継いでもらっています。
その後、彼女が『花』と読んでいる牝牛から乳を搾り、その生乳を使用して彼女自らチーズを作ります。その後、作ったばかりのチーズを冷蔵庫で冷やし、休むまもなく出崎さんの学園に通う生活を送っています。
ここまで話せば分かると思いますが、彼女にこれ以上の生乳を絞ったり、ましてやそれを使用してチーズを余分に作ったりする余裕はありません。彼女は誰よりも勤勉で責任感が強いですから文句の1つも言いませんから、我々大人が働き過ぎないように注意しているくらいです。もし、彼女をこれ以上働かせたいのでしたら、学園を辞めるしかないですし、わたしもこれ以上彼女が働くのには反対します」
「それはなぁ……。ナチャは学園を辞めるくらいなら、今の仕事の方を辞めると思うぜ? 俺としては、ナチャが牧場とノニの店で働いているのは知っていたけど、そんなに働いているなんて思ってもいなかったから、ちょっと心配になってきたけど」
背が低いナチャは、いつも教室の一番前で真面目にノートを取っている。以前にちょっと見せてもらったが、入学時文字が読めなかったとは思えないほど、几帳面にノートはまとめられていた。
「う~ん、それならさ。店の方でナチャのレシピを真似て、同じシチューを提供することは出来ないかい?」
「もちろん、それは可能ですが……」
しかし、言葉とは裏腹に、トマの言葉は歯切れが悪い。
「あの、私からも良いですか?」
おずおずと手を上げたのは、トマの横に控えていた女性店員だ。
「ああ。何か思うところがあれば、遠慮なく言ってくれ」
「はい、ありがとうございます。今、私たちの店にはなっちゃんのシチューを目当てに、100人からの人たちが毎日足を運びます。ですがそのお客さんたちは、全員がシチューを目当てにしているわけではないんです」
「ちょっと分かりにくかったんだが、ナチャのシチューを食べに来ている客の中には、シチュー以外に目的がある奴も含まれているって事であってるかい?」
「はい、その通りです。お客さんの中には、なっちゃん個人のファンも多くいます。なっちゃんが自らお膳を運んでくる姿を見たくて、足を運ぶお客さんも少なくありません。それに……」
彼女は一度言葉を切り、まだ何か考え込んでいるトマに視線を向けると、彼も大きく頷く。
「私たちのお店で提供している『なっちゃんのシチュー』は、なっちゃんが自ら用意した生乳とチーズを使用し、自ら手作りしたシチューです。仮に、同じような牛乳とチーズを用意して、同じようなシチューを私たちが作りお客さんに提供したとしても、それは『ノニの店のシチュー』であって、決して『なっちゃんのシチュー』ではありません」
「そうですね。お客様が求めているのが『なっちゃんのシチュー』である以上、まがい物を店で出すわけにはいきません」
トマも冷静に、だが断固としてそう言い切った。
「つまり、今までの話を要約するとだな……。
これからもナチャのシチューを食べに多くの人がラントスにやってくるのに、シチューはこれ以上多く作ることは出来ない、て事で良いのかな?」
「八十雄さんの仰るとおりです」
はぁ、と大きく息を吐いた八十雄は、オムライスを食べ終わり食後のジュースを飲んでいるバルチの頭を撫でて、パワーを分けてもらう。
「とりあえずさ、俺なりに解決策を考えてきたんだけど、ちょっと聞いてもらえるか? 分からないことや、改善点があれば、途中でも遠慮なく言っていいからさ」
そう言うと八十雄は事前に考えていた対応策を、身振り手振りを交えて説明し始めた。
日本時代のアイデアを盛り込んだその内容を、何度か質問タイムを盛り込んで丁寧に話していく。会議の出席者のある者は感心したように、又ある者は驚いたような顔をしている。
「市長のプランでよろしいかと思います。必要経費も妥協範囲でしょう」
代表してそう答えたのは、出席者の中で最年長になるラントス市会計課長だった。
「それじゃ、基本プランは俺の案で行くとして、肝になる『番人』のことだけどよ、誰か良い人いないかな?」
「うってつけの男がいるが、問題は『番人』を受けてくれるかどうかだな。何て言っても、仕事の内容は子守りと思われても仕方がないし。とりあえず、俺の方から話を振ってみるけどよ、期待しないで待っててくれよな」
そうは言ったが、傭兵ギルド長も男がすんなりと仕事を請けてくれるかは懐疑的だった。何故ならその男は、ラントスだけでなく大陸中央部に名声を轟かす、ラントスの顔の1人だからだ。
そんな人物が、『子守り』なんかを受けてくれるだろうか……。
「ああ。『黒鬼』に頼んでみるんだろ? 俺からも頼むって、よろしく伝えといてくれ」
だが、心配そうな傭兵ギルド長とは対照的に、なぜか八十雄は自信がありそうだったのが印象的だった。
読んで頂き、ありがとうございました。
今回、ちょっと時間が取れなくて推敲せずの、いきなり投稿となっています。誤字、脱字がいつも以上に多いかもしれませんが、ご容赦ください。




