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新世界での学校経営  作者: MuiMui
第四章 学園編 第一部
95/123

090_なっちゃんのシチュー 後日談 ①

バルチ様の今日の一言


 こんにちはー、バルチだよ。

 なんかね、ナチャお姉ちゃんが凄い人気なんだって。それでね、続きが気になる人が多いみたいで、それに答えるために、急遽、このお話を追加で書いたみたいだよー。

 バルチも、ナチャお姉ちゃんみたいに、人気が出るといいなぁ~。

『過ぎたるは猶及ばざるが如し』と言う言葉がある。


 度が過ぎることは、足りないことと同じくらい良くないということ、と言う意味だ。


 ラントスでも、このことわざのような状況が起こっていた。


 そう、ラントス郊外通称『八十雄ガーデン』にある一軒の食堂にて、困った事態が発生していたのだ。





「な~、バルチ~」」

「な~に~?」


 毎朝の日課であるブラッシングを受けながら、バルチは自宅のリビングでくつろいでいた。


 ペタリとうつ伏せで寝転がり、手足は大の字に伸ばしている。体は脱力しきり、完全にリラックスしていた。


 その首筋や長い手足を、八十雄は丁寧にブラッシングをかけていた。バルチの体毛は冬毛から完全に夏毛に生え変わっており、そのフォルムはずいぶんとシャープになっている。


 バルチも心地良いのか、ご機嫌に尻尾が揺れていた。


「ナチャがさ、食べ物屋で働いているんだけど、今日、そのお店でナチャが作っているシチューを食べに行かないかい?」

「行くっ。バルチ、ナチャお姉ちゃんのシチュー、好きかもっ」


 うつ伏せの状態からガバッと起き上がったバルチは、嬉しそうに飛び跳ねた。


 八十雄は、ブラッシングをしていた右手を止め、バルチが落ち着くのを待っている。


「それじゃあ、じーじ、今日は市庁舎でお仕事があって学校には行かないから、ギルド会館で待ち合わせで良いかい? 冒険者ギルドの隣りの喫茶席で、好きな物でも飲んで待っててもらえると嬉しいな」

「はーい、バルチ、ギルドのお仕事終わったら、お席に座って待ってるね~」


「よーし。それじゃあ、今日も頑張るかー」

「おーっ!」


 その後はいつもの様に、八十雄が朝食を作って仲良く食べた後、2人は一緒に手をつなぎながら家を出た。


 すると八十雄は、家の垣根である『神界のミカン』の木にっている果実を数個もいで、バルチのカバンと自分のカバンに半分こにして詰め込んだ。


 これは自動販売機などがなく、いつでも飲み物が取れないこの世界で、必須の携行アイテムである水筒だけでは寂しく思い、2人はおやつ代わりに毎日持ち歩くようになっているのだ。


 しかし、このミカンの木は実に不思議で、いつでも花が咲いているし、その横では実がたわわに実っている。一年中、花見もできれば、ミカン狩りも出来るという、何度見ても目を疑ってしまうような光景が目の前に広がっている。


 食べれば病が治るとも、寿命が延びるとも言われており、今でも盗みに訪れる不届き者が後を引かない。


 女神信仰は世界で信者が最も多い宗派だが、それ以外の神を信仰している者や、無神論者がまったくいない訳ではない。そして、他人の財物を不正な手段で奪い取ってやろうとたくらむ連中には、無神論者が多いのだ。


 毎日のように『神界のミカン』をめぐり、冒険者ギルドから派遣されてきた凄腕冒険者と、不法領得の意思を胸にラントス訪れる不法者たちとの間で熾烈な争奪戦が繰り広げられているのだが、今のところは冒険者たちの全戦全勝であった。


 その争いをバルチは気づいているようだが、八十雄はまったく気づいておらず、そんなところが彼らしい。


 今もバルチは、物陰や建物の上などに潜んでいる冒険者たちに向かって手を振っているが、八十雄は『バルチは何をやってるのかなー』としか思っていなかった。




「じゃーねー、じーじー」

「おう。バルチもお仕事、しっかりなー」

「は~い」


 仲良く手を振り鼻歌を歌いながらギルド会館と市庁舎がある中央公園まで来ると、そこで別れてそれぞれの目的地に向かう。


 バルチは冒険者ギルドの窓口機関が入っているギルド会館に、八十雄は予算会議を始め、重要会議が目白押しのラントス市庁舎に向かって歩く。


「よう、おはよう」

「あ、おはようございます。市長」


 八十雄の数ある敬称の1つ『ラントス市長』は随分と呼びやすいようで、街中を歩いていても気軽に声をかけてもらえるようになっていた。


 いつまで経っても、『使徒様』や『八十雄様』、『ご領主様』では、解ける緊張も解けやしない。それに比べれば、『市長』と呼ばれる方が幾分かましだ。


 八十雄に声をかけたのは、市庁舎で働く20代の女性だ。


 これ位の女性であれば、結婚し家で子供を育てるのが普通であるが、八十雄が市長になって市庁舎の中に作った『保育園』のおかげで、彼女たちも働くことが出来るようになった。


 独身で子育てする者も少なくないこの世界で、小さい子供を安全に預かってくれる場所は諸手もろてを挙げて歓迎された。今では市内の数箇所にも同じような施設が造られ、市管理の元、健全に運営されている。


 どこの保育園も入園者が殺到しており、とっくにすべての保育園も定員はオーバーしている。そのため、追加の保育園を数軒建設予定だ。


 目の前の女性も、保育園の恩恵を感受した1人だった。


 彼女の夫はラントスが公国に占領される際、警備部隊の1人として参戦し命を落としていた。その後、彼女は実家に戻り、親元で幼子と一緒に暮らしていたが、父親が市庁舎に勤めていた縁もあり、彼女も市庁舎で働くことになったのだ。


 好景気に沸くラントスでは、どこもかしこも人手不足なのだ。


「はーちゃんは元気かい?」

「ありがとうございます。最近はハルにもお友達が出来たみたいで、毎日嬉しそうに話してくれます」


「それは良かったなぁ。でも、はーちゃんはまだまだちっちゃいんだから、たまにはどっかに出かけたり、遊んであげてな」

「はい。休みにはお弁当持って、中央公園までお散歩に行ったり。楽しく過ごさせて頂いています」


「そうか、そうか。何はともあれ、無理だけはしないようにな」

「ありがとうございます。市長」


 手をヒラヒラ振りながら、彼女と別れた八十雄は市長室へと向かう。


 と言ってもそこは、様々な課員が働く大部屋の隅を衝立ついたてで区切っただけの、狭いスペースだ。


 週に2度か、多くて3度程度しか来庁しない八十雄に処理してもらおうと、手薬煉てぐすね引いて待っている職員は多い。


 そんな彼らにとって、元々の市長室にいつの間にか来庁して、そして知らぬ間に帰られるよりかは、誰の目にも付く今のスペースに八十雄がいる方が何かと都合が良いのも事実。


 今では、元市長室は豪華な休憩部屋として、全職員に解放されている。


「さーて、今日も真面目に仕事をしますかー」


 椅子についた八十雄の前に、早速書類を持った各課の職員たちが列を作る。彼らからの決済書類を処理したり、色々は陳情を聞いたりして、八十雄は時を過ごすのだ。




 昼近くになり、粗方の仕事が終わった所で、八十雄は職員たちに声をかけながら、1人庁舎を出た。次に来庁するのは、休みを挟んだ3日後の予定だ。


 その日には、今日と同じく大勢の職員たちが決済書類を持って、八十雄がやって来るのを待ち構えているのは、ラントス市庁舎の新たな風景になっていた。


 そのまま八十雄は、中央公園を挟んですぐ側にあるギルド会館に向かった。その距離わずか、徒歩1分。街のシンボルである大時計が目印の、大きな建物の中に入って行く。


「こんにちは、八十雄さん。バルチちゃんは、先に待ってますよ」

「おう、サンキュー」


 顔馴染みになった受付嬢に片手を上げて答えると、八十雄はまっすぐ冒険者ギルドを目指して進む。


 だが、普段であればもっと活気があって良さそうなものなのに、ギルド会館全体の雰囲気が妙におかしいことに気がついた。


 全体的に静かなのだ。


 いつもは各ギルドの窓口職員たちと、そこに所属するギルド員たちが仕事の話だけではなく、笑いながら雑談をしている風景が至る所にあるものだが、それがさっぱり見当たらない。


 何故なら受付の職員たちは、壁にかかっている魔道具の時計に注視していたからだ。


「ゴォ~ン、ゴォ~ン……」


 職員たちの視線を浴びながら、壁がけの大時計が正午の時を知らせる。その途端、大勢の窓口職員が一斉に席を立った。


「お先に休憩、頂きますっ」

「お昼休み、貰いますっ」

「お先にーっ」


 呆気にとられる面々の前で、女性職員たちは先を争って会館の外に飛び出して行く。


 一気に男性比率の上がった会館内で、八十雄は冒険者ギルドに隣接する喫茶コーナーの椅子に座りながら、出口に殺到する女性たちを見て目をパチパチしているバルチを発見した。


「よー、バルチー」

「あっ、じーじはお仕事終わったのぉ?」


 バルチは座っていた椅子から飛び降りようとしたようだが、まだコップの中に飲み物が残っているのに気がついて、慌てて座り直している。


 そのままコップの中身を一気に飲み干した。


「ご馳走様でしたー」

「はいはい。うちの店員も出ちゃったから、コップはその辺に置いといてね」


「悪いな。幾らになるかい?」

「あー、良いよ、良いよ、ジュースの一杯くらい。サービスするよ。

 特別扱いするつもりはないけどさ、バルチちゃんはラントスの冒険者ギルドで毎日のように仕事をしてくれるし、真面目でギルドも助かっているから、これ位は気にしないでよ」


 そう言いながら、中年の男は両手を広げ肩をすくめた。


「それに、レジ係りのうちの店員も昼飯休みで出かけちまったし、まっ、こんな日もあるさ」

「おじさん、ありがとー」


 バルチは、八十雄と店員の男の顔を何度か見ていたが、八十雄が「なんか、わりぃな」と話すのを聞いて、御礼を言うとそのまま席を立ち、八十雄と手をつないだ。


「それじゃ、ノニさんちの食堂に向け出発するかー」

「おー、しゅっぱ~つ」


 バルチはよほど楽しみだったのか、つないだ手をブンブン振りながら、鼻歌まで歌っている。


 そのまま2人は、職員が急に少なくなり寂しくなったギルド会館を出ると、そのまま郊外にあるノニの店を目指すのであった。




「うわ、すげぇ人がいるぞ」

「わー、多いねぇー」


 久々に来たノニの店は、表に長蛇の列が出来ている。


 八十雄の学園も郊外にあるが、ノニの宿屋があるのはラントス内部へと続く門の反対側にあるため、ここまで人気が出ていることを知らなかったのだ。


 とりあえず最後尾に並んだ八十雄たちであったが、列は一向に進まない。流石におかしいと感じた八十雄が先頭方向に目を凝らすと、何やら言い争いが起きてるようだ。


「バルチ、先頭で揉め事が起きているみたいだから、ちょっと様子を見に行ってみようか」

「は~い」


 列から外れ、その横をテクテク歩いていく。並んでいる人の中には、先ほどギルド会館から走って行った女性職員が多く含まれていた。それ以外にも観光客らしき人たちも含めて、約100人程度が並んでいるようだ。


 それらを見ながら先頭に着くと、言い争いをしているのは2組の男女だった。


 1組は冒険者風の男たち3人連れで、もう片方は、ギルド会館にある冒険者ギルドの窓口担当の女性職員2人組だった。


「ちょっと、ちょっと、あんたたちっ。毎日毎日、なっちゃんのシチューばかり注文して、どういうつもりなのっ!?」

「そうよっ。私たちが昼休みにどれだけ急いで来たって、あんたたちが仕事もしないで順番取りしてたら、どうにもならないでしょっ」


「おいおい、俺たちだって毎日遊んでいるわけじゃないぜ? 夜行性のムグを捕まえるんだ。飯を食ったら罠を仕掛けに山に入って、帰ってくるのは朝方なんだからな」

「そうだぞ。そんなのは毎日成果を報告に行ってんだ。お前たちだって、承知のことだろうが」

「そうだ、そうだ」


「男の癖にうるさいわねぇっ、私たちはそういうことを言ってんじゃないわよっ! どうして毎日、なっちゃんのシチューを注文するのかって言ってんのっ!」

「そんなの俺たちの勝手じゃねぇか。なぁ、みんなっ」


 女性店員が何とかなだめようとしていたが、まったく効果はないようだ。


 腕を上げるような事態にはなっていないが、このままでは更に話はこじれる一方だろう。


「おいおい、折角の美味い飯なんだ。こんなにカリカリしても、しょうがねぇだろ」

「バルチ、喧嘩するのはよくないと思うなぁー」


 まぁまぁと言いながら間に入って行く八十雄の横で、バルチも両手を広げながら、2組の間に割って入った。


 流石にバルチの静止を振り払って口論を続けはせず、周囲の状況を確認するとばつが悪そうに口を閉じた。


「俺もさ、バルチと2人でなっちゃんのシチューを食べに来たんだけど、どうやら売り切れちゃったみたいだなぁ。でもさ、ここの料理はどれも美味しいから、そんなに怒らなくても良いんじゃないか?

 なー、バルチ。ナチャのシチュー売り切れちゃったみたいだからさ、じーじ、オムライスを頼んじゃおっかな~」

「あー、バルチもオムライスが良いかもっ」


 目の前で喧嘩が起きそうなのも忘れて、バルチは八十雄に飛びついた。


「あ、それじゃ、じーじは大盛り頼んじゃお~」

「それじゃ、それじゃ、バルチは、特盛りにするうぅ~」


 ピョンと飛びついてきたバルチを、八十雄は片手で抱き止める。


 無邪気なバルチの物言いに、周囲の2組はすっかり毒気が抜かれ大人しくなっていたが、八十雄の心の中も平穏無事とは言い切れない。


(このままじゃまずいな。放置していいことじゃないぞ。いずれ大きな問題になる……)


 笑顔でバルチを抱きながらも、八十雄の頭は解決策を模索し、高速で回転を始めるのであった。




 読んで頂き、ありがとうございました。


※ムグ……夜行性の小動物。夜間になると木のうろから出てきて、餌を探して回る。数は多いが素早く、なかなか捕まえることは出来ない。

 毛皮はとても手触りが良く、そのため高値で取引されている。

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