079_魔法使いになりたい ①
今回の主人公は、名門貴族出身のチカヤお嬢様です。
5歳の誕生日に、お爺様がわたくしに買って下さったのは一冊の絵本でした。
登場人物は、魔導王ドット様。
あらゆる魔法のスペシャリストにして、原初にして至高と呼ばれた魔導師のお話でした。
物語の中の魔導王はあらゆる困難を魔法の力で克服し、巨大な敵を打ち倒していったのです。5歳のわたくしは夢中になって絵本が擦り切れるほど何度も何度も読み直し、そして決心したのです。
わたくしもいつか、魔導王様と同じ魔法使いになると。
わたくしの生家シラバイス家は、ランゴバルド王国の中でも1、2を争う名家です。
初代国王様の補佐を勤めたご先祖様の功績で、王国でも四家しかいない侯爵家に任ぜられたのです。侯爵家より位の高い公爵、大公位を持つお家は王家縁の方々だけですから、実質、王国内の人民でシラバイス家は最高位にあるという訳です。
わたくしが生まれ育ったのはシラバイスの領地にある立派な尖塔を備えた大きなお城でしたが、8歳になるとお父様とお母様にお願いし、王都にあるお屋敷に移り住みました。そこは財務卿を務めているお爺様が居住していた建物で、そこで初めて魔法使いとしての勉学を開始したのです。
お爺様は大変厳しい人でしたが、孫の中で唯一の女子であるわたくしにはとてもとてもお優しく、好きなことをさせて頂きました。
本来であれば高位貴族に生まれた女性として家名を高めるという義務を果たさねばならないところを、『チカヤの人生をあてにして、これ以上高める家名などない』と仰ってくださったのです。
お父様もお母様も、そして、10歳以上年の離れた2人のお兄様も、いつも優しくわたくしを見守って下さいました。
特にお爺様は、高名な魔導師や魔導師ギルドの幹部職員にお声をかけてわたくしの教師にしてくださったり、高価な魔導書を購入してくださったりと、影に日向にお力を貸してくださいました。
ですが、わたくしはどこまで行っても『シラバイス家の姫様』だったのです。何をやっても、何を聞いても、『流石はチカヤ様』としか言って下さりませんでした。
もちろん、わたくしが好きなことを出来るのは、家の力があってこそだと理解はしているのです。
胸の中にモヤモヤした『モノ』を抱え、どうしたら良いのか悩んでいる時、使徒様が作られた学校のことを小耳に挟んだのです。
当時のわたくしは、小さな火の玉や水球を作り出すことは出来るようになったのですがそこから先が上手くできず、どうしたら良いのか分からなくなっていました。
当時11歳のわたくしにとって、これからの2年間は人生を左右する大事な時期となります。他の名家に嫁ぐ花嫁始業を行うのか、王国の高等学校に進み専門知識をつけるのか。
使徒様の作られた学校は、生徒が学びたいことを自分で選択しなければならないそうです。その校訓は『自主自学』。とても自由でわたくしには魅力的に感じました。
思い切って、お爺様とお父様、そしてお母様に使徒様の学園に行きたいと訴えたところ、お爺様はこう仰ったのです。
「チカヤ、使徒様の学園に行くという事は、シラバイスの加護から抜けるという事だ。今までのように座っているだけで食事が出てくるような生活もできないだろう。それでも構わないのか」
「はい。チカヤは自分の力でどこまで出来るのか試してみたいのです。
お爺様を始め、お父様やお母様にお兄様方のご助力にも心から感謝しておりますが、チカヤは『チカヤ=シラバイス』ではなく、ただの『チカヤ』としてわたくしの力を試してみたいのです」
わたくしの言葉を聞いたお爺様は巌のような顔をしながら腕組みをして黙り込んでしまい、お母様は手を合わせて心配そうな顔をしていました。ただ1人、お父様だけはいつもの柔和な顔を更にニッコリと崩していたのです。
「……分かった。シラバイス家当主ガイト=シラバイスとして、我が孫チカヤの願いを聞き入れよう。
使徒様の学園は20名足らずの少数精鋭体制とのことだ。また王国には、2名の特別推薦枠があるとも聞いておる。儂がごり押しすればチカヤを押し込むことも出来るかもしれんが、お前がそこまで言うのだ。儂は力を貸さんぞ?」
「はい。わたくしの力で合格を勝ち取って見せます」
「うむ。シラバイスの名を持つ者として、必ず合格の栄光を掴むことを期待する」
お爺様は鋭い眼差しで私の顔を見ながら席を立つと、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「チカヤさん、貴方と2年間も離れて暮らすなんて、母は……」
「お母様……」
悲しそうなお母様の隣に座りその手をギュッと握ると、かすかに震えているのが伝わってきた。
「私たちの娘が大きく羽ばたこうとしているのだ。ここは笑って送り出す場面だぞ?」
「あなた……」
お父様は両手でわたくしとお母様を抱きしめると、背中をポンと1つ叩いた。
「どこにいたって、何をしていたって、お前は私たち2人の娘だ。2年後、ひと回りもふた回りも大きくなって帰ってくるのを、私たちだけじゃなく、お爺様も楽しみに待っているよ。
だからチカヤは、今しかできないことを精一杯頑張りなさい」
その後の入学試験にめでたく合格し、出崎学園の第一期生となった私の生活は激変しました。
ここでは誰もわたくしの衣服を洗っては下さいません。お掃除もお買い物も自分でやらなくてはなりません。それどころか、お母様が持たせて下さいました母国のお金も、この学園に籍を置く限り使うことが出来なくなってしまいました。
親元を離れ1人で暮らすようになり、自分がいかに無力な存在であるか、どれほどシラバイスの名に守られていたかを知ったのです。
それからは学者を同じとする同級生に様々なことを教わりながら、一つ一つ出来ることを必死に増やしていったのです。
そして、忘れもしない林間学校。行きはとても辛く、途中で足が痛くなり何度も諦めかけましたが、みんなで声を掛け合って何とか目的地まで到着することが出来ました。
現地についてからも準備不足で大変苦労しましたけど、ナチャさんを始めとする皆様に助けられ、2泊3日の旅程を何とかこなすことが出来たのです。
帰りの途中で盗賊団と遭遇するアクシデントもありましたが、先生が秘密で雇っていた冒険者さんたちと、バルチ様のご活躍で難を逃れることも出来ました。シラバイスのお城の中では決して体験できなかったことの連続で、わたくしはあの日の出来事を一生忘れないでしょう。
そして今、私たちの講師として特別に授業をなさって下さるのは、A級冒険者のスカー様です。そう、私たちを盗賊団から救ってくださった3名の冒険者の内の1人で、もっともS級冒険者に近いと言われている実力派の魔導師様なのです。
「俺の名はスカー。A級の冒険者だ。この学園でお世話になっているノサモの知り合いだ。しばらくはこの街を本拠地に仕事をする予定だけど、空いてる時間に八十雄さんからお前たちを見てやってくれと頼まれていてな。今後もちょくちょくこの学校にも顔を出すことになるから、よろしく頼むな」
スカー先生は教室に入るなり教壇を退かして部屋の隅に置いてあった椅子を持ってくると、ドカッと腰を降ろしながら自己紹介を始めました。ちなみにこの教室にいるのは、わたくしチカヤと公国から来たダルフォ君に、何故か出崎学園長とバルチ様の4名です。
学園長とバルチ様もわたくしたちと同じように机に座り、真剣な顔つきでスカー先生の話を聞いていました。すると、わたくしの視線に気がついたのか、八十雄学園長は頭を掻きながら、
「ああ、俺の事は気にしないでくれ。邪魔はしないからさ。ちょっと他の先生がどんな授業をしているのか見てみたくなってな」
そう言われてしまえば何も言えなくなってしまいますが、だからって机を用意して一緒に授業を受けるのってどうなのかしら……。
バルチ様は今日みたいに朝から雨の日は午前中から学園長と行動を共にすることが多いので一緒に授業を受けているのも納得できるのですが、飛び込みで授業を受けるその割りには、机にノートを広げスカー先生の話を真剣に聞いていました。
「バルチはね~、魔法って凄いと思うよ。だから、魔法の勉強をしてみたいの」
「うんうん。バルチは本当に好奇心が旺盛だなぁ」
じゃれ合い始めた親子を放っておいてスカー先生は授業を始めました。
「ダルフォもチカヤも、魔法の初歩については学んできているのだろう? 教本のどこまで進んでいるんだ」
スカー先生の仰る『教本』とは、魔導王が残した魔法技術を簡単な物から並べ、どこまで自らの技術にしたかで術者の技量を測っている教則です。
これは世界的に取り入れられている方法で、魔導師養成のための私塾や魔導師ギルドで教育に使用されたり、教本がどこまで進んでいるかは宮廷魔導師や魔導師ギルドの職員採用の基準にされたりもします。
また教本には、初級・中級・上級の3種類があり、それぞれ10段階に分かれいました。
「わたくしは、初級の第5段階までです」
「俺は、初級の第8段階まで進んでいます」
ダルフォ君はわたくしよりも先に進んでいるようで、わたくしを横目で見た彼はフッと小さく笑いました。でもそれが事実なのですから、わたくしにはそれを受け止めることしかできません。
「なるほど、大体2人の学習の進み具合は分かった。それではこれから本格的な授業の開始だ。まず魔法を扱う上でもっとも大事とされているのは、魔力量・放出量・速度の3要素と言われている。これは教本の最初に書かれているから君たちも知っていると思う。
このうちの2つ、魔力量と放出量は生まれながらにしてある程度決まっていのは知っているな? どのような魔導師を目指すにしても、まずは自分の能力を把握することが大事になる。よって、これより君たち2人の魔力量と放出量を測定するから、両手を前に出して体から力を抜き、リラックスするように」
わたくしとダルフォ君はスカー先生が仰ったように両手を伸ばし、何度か深呼吸をしながら体の力を抜いていく。
「それじゃダルフォからだ。手を握られたら、まっすぐ俺の目を見ること」
「はい」
スカー先生はダルフォ君の両手を握ってから5秒程度で手を離しました。
「よし、次はチカヤ君だ」
スカー先生はわたくしの両手に軽く手を沿え、じっと私の瞳を覗き込むように視線を合わせると、体の中に静電気が通ったような、ピリッとした感覚が走ったのです。
「よし、2人のことは大体分かった。次は実地試験といこう」
そう言いながら、今まで座っていた椅子を片付け始めるスカー先生。
「……えっと、授業の邪魔して悪いけどよ、うちのバルチも計ってやってくれないかな」
「ん~~っ」
申し訳なさそうに言う学園長を見れば、その横で目をつぶり両手をまっすぐ伸ばしているバルチ様がいたのです。どうやら、わたくしたち2人がスカー先生に魔力の測定を受けているのを見て、次は自分の番だと思ったのでしょう
その真剣な様子があまりに可愛らしく、思わずクスッと笑ってしまいました。
「それじゃあお嬢の魔力もこれから測りますが、目は開けて俺の眼を見てもらえますか」
「んっ、バルチ、ずっと目をつぶっていたよ~」
目をパチパチしながらクリクリの青い目を見開くバルチ様。スカー先生はわたくしたちにしたのと同じように、バルチ様の両手を軽く握りました。
「んっ!? バルチ、ビリッとしたっ」
体に走った刺激に驚いて、尻尾を逆立てキョロキョロ視線を走らせながら学園長に抱きつくバルチ様は、本当に愛らしい。
スカー先生と一緒に向かったのは、出崎学園自慢の室内訓練場です。
40メートル四方もある大きな建物で、地面は砂地や土がむき出しの場所など、様々なシチュエーションを想定して設定されているようです。
建物の一角には丈夫な石垣が設置され、その足元には砂利が敷き詰められていました。通称『射的場』と呼ばれるこの場所は、わたくしたち魔導師を志す者が魔法の鍛錬に使用している場所です。
今日のように天気が悪い日には、この室内訓練場をドリミッド君やリチャード君たちが実戦練習で使っていたりします。今日も奥の方でノサモ先生や、スカー先生と同じA級冒険者のロドス先生の指導の下、武器を振ったり模擬戦闘を繰り広げていました。
「それじゃ試験の説明をするぞ」
そう言いながら、スカー先生は直径10センチメートル程の水球を作り出しました。
「こいつはお前たちも知っている初歩の魔法『水球』だ。こいつには防御魔法も何も掛かっていないから、触れば簡単に壊れる。
俺からお前たちに出す試験は、何をしても良いから3分以内にこの水球を破壊することだ。当然、俺はこの水球を操作して攻撃を避けようとするが、俺から攻撃することはないから安心して良いぞ。もちろん、2人同時に掛かってきてかまわない」
魔力測定のはずがいつの間にか実技試験に変わっていましたが、求められたことに対して全力で挑むのみです。
わたくしは、覚悟を決めたのでした。
読んで頂き、ありがとうございました。




