074_林間学校 ⑤
林間学校シリーズは、残り2話くらいで終わる予定です。
もう少しお付き合い下さい。
2015 4/6 誤字を修正しました。
林間学校2日目の朝が来た。
朝日がちょうど湖から昇り、湖面がキラキラと反射してとても美しい。空に雲1つなく、今日も一日天候には恵まれそうだ。
我らがバルチさんは八十雄の胸に抱きつくように捕まって、未だ夢の中にいる。焚き火の反対側では毛布に包まれたマルゴが目を覚ましたのか、もぞもぞと動き出したところだ。
「ほら」
「ああ、ありがとう」
八十雄の差し出したお茶を受け取ったマルゴは、コアラのように八十雄に抱きついて離れないバルチの頬を軽く突いている。
「いつまでたっても仲が良いな。お前たちは」
「そうか? こんなの普通だろ。それよりさ……」
声を潜め、真剣な顔つきになる八十雄。
「ああ。お前の感じているとおりだ。付近に狼たちのコロニーがある。春先の今頃は小さい子供を抱えているからな、かなり強暴だぞ」
「そういうことだよなぁ……」
「なに、心配は要らないさ」
マルゴがバルチの頭を少し乱暴にグリグリ撫で回すと、バルチはそれを嫌がって八十雄により強く抱きついた。
「私とバルチがいれば、狼ごとき何匹いても敵じゃない。安心していろ」
「……時々思うけど、マルって凄い男前だよな」
思わず苦笑が漏れる八十雄であった。
起き出した生徒たちがテントから顔を出し、顔を洗いに近くの沢まで歩いていく。筋肉痛が痛いのか、足を引きずりながら歩く生徒が続出した。
8割方の生徒が顔を洗い焚き火の周りに集まったところで、八十雄は先ほどマルゴと相談していた懸案事項について生徒たちに報告することにした。
「突然だけど重要連絡な。事前に危険な生物は駆除していたんだけど、どうやら野生の狼の集団がこの辺りにいるみたいだ」
途端にザワザワと騒ぎ出す生徒たち。不安げに山の中を見たり、護身用の武器を確認したりしている。
「そんな訳で1人で森の中に入ったりしないようにな。どこかに行きたい時は、俺かマルに報告してから行くこと。それだけは守るように。
ま、例え狼が山のように襲って来たとしても、マルとバルチにかかれば瞬殺だから心配しなくても良いぞ」
それから朝食の準備を開始したが、山間部から僅かに物音がするたびに過敏な反応をする生徒たち。逆に神護の森で長年暮らしていた八十雄とバルチに、一級線の冒険者であるマルゴは落ち着いたものだ。
朝食は昨夜の内にナチャがパン生地を用意してくれていたが、それは昼食に回すことにした。何故なら、今このタイミングでしか出来ない料理があるのだから。
昨日のカレーが入っていた鍋に水とカレー粉、そして味付け用の魚醤を追加し味を調整とながら火にかけおく。そして、もう1つの鍋を用意し茹で始めたのは……、
「じーじっ! 朝から、ちゅるちゅるを作るのっ!?」
「そうだぞ~。バルチが寝ている間に火の番をしながら準備していたんだから」
ザザとナチャは始めて見るうどんに興味津々で、八十雄の側で手元を眺めている。
茹で上がったうどんを冷水でざっと洗い、改めてカレー汁の中に入れて煮込んでいく。茹で上げた後に一度冷水でしめるのは八十雄のこだわりで、こうすると腰が強くなるんだと彼は信じていた。
同時に薄切りにした鹿肉もバラバラと投入し、灰汁をすくっては捨てていく。
「カレーは2日目が美味いって言われてるけど、それで作ったカレーうどんは本当に美味いんだなっ」
「もう~、バルチ、待ちきれないよ~」
ぐっくり煮込んでいる八十雄に焦れたバルチがまとわりついてくる。それでも八十雄は自分が納得するまで鍋をかき混ぜ続け、バルチもそれと同じ時間、八十雄にまとわり続けていた。
「やっぱり、じーじのちゅるちゅるは美味しかったね~」
朝からカレーうどんを何杯もお代わりしていたバルチは、膨らんだお腹を抱え幸せそうだ。どう少なく見積もっても、ナチャの3倍以上は食べているはずだ。
「ナチャも美味しかったです……。昨日のカレーも、今朝のうどんも……」
「俺もこんなに美味い飯は食ったことないよ。先生は飯屋をやっても食っていけるんじゃないか?」
2人とも朝食のカレーうどんに満足しているようだ。
「まあ、料理はこいつの少ない特技だからな」
「おいおい、マル。それは言いっこなしだぞ」
ちゃっかりご相伴に預かっていたマルゴがからかうように声をかける。
「さて、昼飯からはザザとナチャが中心になってすすめてもらいたいんだが大丈夫か?
先生やバルチも指示して自由に動かして良いし、昨日の鹿肉や俺が持ってきた野菜もまだ残っているからそれも使っていいぞ」
「えっとね、せんせ……、お昼のご飯はナチャが1人で作っても良いかな……」
今までどちらかと言うと1歩下がって他の人の様子を見守っていた子が、ずいぶん成長したもんだ。
「俺はそれで良いけど、他の人も良いか?」
「は~いっ」
元気に手を上げるバルチの横で、ザザも大きく頷いている。
「先生、俺は昼間まで湖で釣りをしたいと思うんだけど、良いかな?」
「ああ良いぞ。朝も言ったけど、1人で遠くに行かなければな。釣りの道具は持ってきてるから、後で渡しとくよ」
「ナチャは、昨日着た服をお洗濯してるね……。近くの沢ならここから見えるし……、ナチャ、狼さんはちょっと怖いから……」
「ああ。心配だったら俺たちが見える範囲から出ない方が良い。何も心配しなくて良いからな」
一応、生徒たち全員とも護身用のナイフくらいは身につけていたが、とてもじゃないがナチャが戦う姿は想像できない。そういうのは、戦うしか能がないマル辺りに任せておけば良いだろう。
「……おい。何か今、失礼なことを考えていなかったか?」
「そんなことないよ。マルのことは昔から信用できる女だって思ってたさ。子供たちのことをよろしく頼むぜ」
あぶねぇ、あぶねぇ。そういえば、こいつは昔から異様に勘が鋭かった。
ポーカーフェイスを装いながら、必死に話題を変える八十雄であった。
朝食後、湖に向かって釣り針をたれるザザと八十雄。魚影はそれほど濃くないが、釣果はまずまずといったところか。とりあえず釣り上げた川魚は、生かしたまま水溜りに放り込んである。
バルチはキャンプの守りをマルゴに任せ周囲をパトロールしていたが、初めて訪れるこの地に好奇心がくすぐられたのか、次第にそわそわしだした。森の中から何か物音がするたびに飛んで行きそうになる自分を必死に止めている感じだ。
「いいよ、バルチ。森の中で遊んでおいで。途中で危ないのがいたら倒してもいいし、追っ払ってもいいし、そこはバルチに任せるから」
「いいの?」
「もちろんいいさ。できれば途中で食べれる物を取ってきてくれると嬉しいな」
「わかったっ! それじゃ行って来るね~」
普段着の上に皮の上着を着込み、帽子は丁寧にたたんで荷物にしまってから飛び出して行くバルチ。やっぱりバルチはこうでなくてはいけない。
あっという間に見えなくなるバルチに手を振って送り出した。
キャンプに残った生徒たちはマルゴに件の扱いを学んだり、早くも昼食の準備を開始したり、また何もせず景色を眺めていたり、それぞれの時間を過ごしている。
彼らの頭の中で一番悩ませているのは、狼のことと、食事のことだろう。今朝の食事の様子を眺めていたが、普段寄宿舎で食べている食事とは似ても似つかない内容だった。食材の準備から調理までとても手が回っていない様子だった。
まだ今のところは持ってきた食材で何とか形になるかもしれないが、明日の昼食までそれがもつとは思えない。何かしら現地調達する必要があるだろう。
向こうでマルゴに剣を習っている生徒たちも、今すぐ強くなるわけがないのを知ってはいるが、それでも何かしない訳にはいかないのだろう。
学園で剣を振っていた時とは顔つきが変わっていた。
マルゴの剣は苛烈だ。ここぞと言う時まで体の力を貯め、攻めに転ずる時は一気呵成に殲滅する。とにかく攻めが強く、相手に受ける間を与えず攻め落とす戦闘スタイルだ。
そんなマルゴに近いのは、王国騎士を父親に持つリチャードだろう。彼は13歳にしては体格が良く膂力に優れており、愛用の獲物も肉厚の片手剣を使用しており、力の入った攻撃を繰り出している。
逆に、徹底的に受けに回り相手の攻撃をしのぎ切り、焦った相手の隙をつくのが公国のドリミッドだ。彼は中肉中背で取り立てて特徴がない生徒だが、生真面目で我慢強く、基本的な反復練習を暇を何度も繰り返していた。
よく2人で模擬戦を行っているが、対戦成績は8対2ほどでリチャードが優勢だ。体力的にリチャードに水をあけられているドリミッドは、リチャードの攻撃をまともに盾で受け止めて体が泳いだところを連続攻撃で仕留められてしまうのだ。
第三者として冷静な目で見ることができる八十雄やマルゴであれば、攻撃はまともに受けず上手く受け流すことができれば、そこから反撃に転ずることもできるのだが、ドリミッドにはそこまでの経験も冷静さもまだ持ち合わせてなかった。
(まあ、こんな事は人に言われて身につけるもんじゃなくて、自分で考えることだからなぁ)
今も攻撃を受け止めきれず、地面を転がるドリミッドを眺めている八十雄。マルゴもそれが分かっているのか、怪我が無いように注意を払うだけで、最低限のアドバイスしか行わない。
何度も転ばされながら、次第に盾の構えや受け方を工夫しだすドリミッド。思ったよりも早く気がつきそうだ。
十分な数の魚を釣り上げ、八十雄はザザに一声かけてから釣り道具をしまった。ザザは何か考えがあるのか、まだ釣りを続けるようだ。
水場の近くでは、ナチャを含む複数の生徒が固まって昼食の準備にとりかかっていた。男子生徒、女子生徒の垣根なく、仲良く肩を並べて作業をしている。
ナチャと宮子は昨夜の実績で周りの生徒からアドバイスを請われ、集団の中心人物となっていた。そこにはグループ分けでのけ者扱いされていた『弱者』の姿はない。
この経験を自信に変えて、彼女たちにとって実り多い学生生活になれば言うことはないのだが……。
「……グスッ」
ちょっと涙が出た。
生徒たちに気づかれない様に乱暴に袖口で目元を拭ったところで、マルゴと目が合い気まずい八十雄。とりあえず、下手な口笛で誤魔化しておく。
昼食はナチャ以外のグループはパン食のようだ。どのグループも鍋に小麦粉を入れ、水と塩を入れながら練っている。
その横でナチャは小さい手で丁寧に1人で米を洗っている。その合間に飛んでくる質問にも丁寧に答えていた。
その後、かまどであるグループはパンを焼き、ナチャは米を炊き始めた。パンに比べ付きっ切りになる必要が少ないナチャは、その横で鹿肉を取り出し料理を始める。
別の鍋で一口大に切った肉を焼き、その後に水を加え煮込んでいく。そこに八十雄の持っていた野菜の残りも入れて丁寧に灰汁を取っていく。
八十雄は何か香辛料でも入れて具沢山のスープでも作るのかと思っていたが、ナチャの考えは違ったようだ。
ナチャは自分の荷物の中から彼女らしい小さなフライパンを取り出すと、小麦粉に少量の水を加えながらかき混ぜていく。段々粘り気が出てきたところで塩と香辛料で味付けし、そこにチーズを少しずつ加えながら焦げ付かないように混ぜていく。
この時代、チーズは貴重な食材でおいそれと購入できる食べ物ではない。お金を出せば買えるという物ではなく、売っている場所がほとんどないのだ。
そんな貴重な食材をナチャがどうやって入手したのかも気になるが、それを惜しまなく使ってくれる心が嬉しい。
真剣な顔でフライパンをかき混ぜていたナチャは納得した様子で、チーズを入れて完成したホワイトソースを野菜と鹿肉が入った鍋に入れて行く。
後はじっくりかき混ぜながら煮ていけば完成だ。
その頃になって、魚を串に刺したザザか現れた。八十雄が離れた後も釣りを続け、両手に10本以上の川魚を持っている。
彼はその串を他のグループが使っているかまどに刺して回っていくと、みな驚いた顔をしながらお礼を言っていた。
最後にナチャの隣りに腰を下ろし、3本の串を焼き始めた。他のグループには人数分魚を配っていったのに、どうしても後一匹が釣れなかったのだろう。ザザはしきりにナチャに頭を下げている。
「しょうがねえ、ここは八十雄さんの出番かな」
腰掛けていた岩から飛び降りると、しまっていた釣竿を取るために、八十雄は自分の荷物が置いてあるテントに向かって歩いて行くのであった。
読んで頂き、ありがとうございました。




