067_入試 ②
隔日更新の予定でしたが、今日も更新できました。
余裕があれば次話更新、そんな感じで今後も行きます。
午前中の面接試験時間が終わり、面接試験を手伝ってくれている市庁舎職員たちに控え室で待っていた候補生たちを食堂に案内するよう指示すると、八十雄はバルチとノサモ、それにシーリーに声をかけ一足先に食堂に入っていく。
そこでは10名ほどの混じり者の女性たちが厨房で料理を作っていた。
そもそも学食や社員食堂といった概念はこの世界には無かった。一部の例外として軍部では食料関係を担当する部隊があったが、一般の会社では昼休みに外部の食堂や露天で食事を求めるのが常識だったのだ。
だが、義務教育の発展した日本育ちの八十雄にとって、学校に食堂があるのは当たり前のことだ。だから学校に学食を作るのは何ら不思議なことではない。少なくとも、八十雄はそう思っていた。
厨房で働く者たちが八十雄たちに気がついて頭を下げるのに手を上げ答えながら、八十雄は積み上げられていたトレーを自ら掴むと案内板の表示に従い、料理の受け取り口についた。
「みんなもトレーを1枚持ったら俺のあとについてくれよ。今日は人が多いからメニューは一個しかないからさ」
「これを持って並べば良いのですね」
見慣れぬ配膳システムに戸惑いが隠せぬシーリーは、おっかなびっくり八十雄の後ろに続いている。
「おねえさん、今日のメニューは何だっけ?」
「嫌ですよ、八十雄さん。こんなおばさんをつかまえて」
ころころ笑いながら答えたのは、まだ30歳前後にしか見えない女性だ。八十雄の認識ではまだまだ『お姉さん』の範囲なのだが、10代で母親になることがざらにあるこの世界では、すでに『おばさん』と言われてもおかしくない年齢のようだ。
「今日は野菜と豚肉の天丼です。スープと小鉢もありますから、お口に合う物をお取り下さいな」
「わっ、バルチ、天丼好きかもっ」
興奮して尻尾を立てるバルチを見て、厨房のおばさんたちも嬉しそうに笑っていた。対応してくれたお姉さんはどんぶりにご飯を入れ天ぷらとその上に甘辛い天汁をかけて天丼を作ると、八十雄たちのトレーに載せていく。
「……もしかしたら、この後に気分を悪くするようなことがあるかもしれないけど、勘弁な」
「はい。大丈夫です」
一瞬、真顔になって囁くような声で話し始めた八十雄に対し、お姉さんは笑いながら大きく頷いた。
八十雄たちはそのまま受け取り窓口を移動し、用意されていた複数のスープや小鉢から自分が気に入った物を選びトレーに載せると、食堂の一番奥の席に着いた。相変わらず大食漢のバルチは全てのスープと小鉢を選んだため、トレーの上は大変なことになっている。
「多分、候補生が食堂に来たら色々な問題が起こると思うけど、しばらくは様子を見るようにな。これは手伝いに来た市庁舎の職員にも言ってある。ま、心理テストの1つと思ってくれればいい。
ただし、バルチやノサモ、それにシーリーが『人として』どうしても許せない場合は遠慮は要らないから自分が正しいと思った行動を取ってくれ。もちろん、俺もそうする。
それじゃ難しい話はここまでにして飯にすっか。はいっ、頂きます」
「頂きますっ」
「頂きます」
「っ!? 頂きますっ」
バチっと手を合わせて食事の前の挨拶をする八十雄たちに若干遅れ、シーリーも慌てて手を合わした。
バルチは丼に顔を突っ込むようにしながら、ハグハグと天丼を掻き込んでいく。八十雄やノサモはもちろん、軍隊経験者であるシーリーも初めて見る料理にもかかわらず、パクパクと口に運んでいた。
天丼は初体験であったシーリーは、その美味しさに驚いた顔をしている。
「私、お米の食事は過去に何度か食べたことがありましたが、ここまで美味しい料理は初めてです」
「もし米の料理を食べたくなったら、学園の近くにある僕の妹がやっている宿屋があるから、そこに来てくれたらいつでも食べられるよ」
上手に箸を使いながら答えたのはノサモだった。彼は今でも夕飯は妹の宿屋で摂っていて、妹の店を何気なく宣伝していた。
「米は元々、宜子皇国で作られていた農作物だけどよ、去年からラントスでも本格的に作り始めてんだ。収穫量も安定しているし、何より美味い。これからも大々的に稲作を続けていくつもりだ」
「バルチも、お米のご飯好きかもっ」
そうしている間に、市庁舎の職員たちに誘導され候補生たちが食堂に入ってきた。服装はバラバラで、遠くから見ていると身分や出身国が良く分かる。
彼らは初めてみる学生食堂が珍しいのか、キョロキョロ辺りを見渡していた。
「はい、注目。候補生たちはトレーを持って配膳口に並んで昼食を受け取るように。その後は空いている席で食事を取ったら、空になった食器は返却口に返すこと。良いですね」
一切反論を許さない強い口調で食堂のシステムを説明すると、職員たちも自らトレーを受け取り率先して昼食を受け取っていく。それを見て候補生たちも見よう見真似で配膳口に並んでいった。
食事を受け取った候補生たちはそれぞれグループを作ると空いている席に着いていく。
市庁舎職員たちは八十雄たちが食事をしている一番奥のテーブルについていくが、テーブルの上には『教員用』の札が出ているため候補生たちは寄ってこれない。
「しかしさ、こうして見ると各国で特徴が出てて面白いな」
「そうだね、八十雄さん」
食事が終わりテーブルの上で顔を寄せて話し合う一同。
「さっきさ、案内役がきつい言葉を使ったのも俺の指示だけど、人間って奴はストレスを受ければ受けるほど、そいつが持ってる本質が見えてくるのよ。米なんて食ったことが無い奴も多いだろうし、貴族だろうがなんだろうが、まったく同じ扱いしているしな。そろそろ爆発する奴が出てくるかもしれねぇ」
「……使徒様、何か面白がっていませんか」
ニヤリとニヒルに唇をゆがめ、食後のお茶をすする八十雄。はっきり言って似合っていなかった。
その視線の先で、各国の貴族たちは自分はさっさとテーブルについて従者たちが食事を持って来るのを待っていた。それも親の持つ爵位が近い者同士で固まり、それ以外のグループとは一切交流を図ろうとはしていない。
そんな彼らも、皇国を除く貴族の子弟たちは従者が差し出した初めて見る天丼と箸にどうやって食べたら良いのか困惑している様子だった。しきりに従者に話しかけ食べ方を聞いている様子だったが、まともな回答は得られないだろう。
そのために、今日はこのメニューにしたのだから。
逆に商人や職人たちは、白米自体を知っている者も多いようだ。箸についても何とか使いこなしている者も多い。
「獣人が作った食事など口に出来るかっ! おい、お前もチャンドリス家に仕える従者なら、どこかで食事を用意して来いっ!!」
「しかし若様、食事はこちらで頂くようにと指示がございましたから……」
食堂に入り次第、大騒ぎを始めた少年がいた。濃い茶髪の体格の良い少年は、従者と思しき少年に因縁とも言える文句をぶつけている。
「うるさいっ! 俺の命令が聞けないのかっ!」
「はっ、ただちにご用意致します」
「……シーリーちゃん、ずいぶん威勢のいいのがいるけどよ、あいつ誰?」
「はっ、彼は王国の軍閥貴族の名門、チャンドリス伯爵家の次男リックス殿です」
八十雄たちがこそこそ会話を続ける視線の先で、リックスは未だに文句を言っていた。彼の従者は外に食事を買いに行こうとしたが、それはドアの近くに立っている市庁舎職員に止められてしまう。段々と収まりがつかなくなってきたリックスは、周囲の候補生にも文句を言い始めていた。
「使徒様、そろそろ私が行って止めてきましょうか?」
「いや、そろそろ面白くなりそうな予感がする。もちっと待ってみよう」
八十雄たちが注目する先で、相変わらずリックはテーブルに足を乗せ文句を言い続けている。
その時、リックスの向かいの席に1人の少女が座ると、トレーの料理を何事も無いように食べ始めた。
「面白くなってきたな」
八十雄は美しい金髪がよく似合うその少女を、頬杖をつきながら楽しそうに眺めている。
リックスはわざわざ自分の前に席で食事を始めた少女を睨み付けていたが、彼女はまったく気にしていないようだった。綺麗で長い指で箸を使い、優雅に料理を口に運んでいる。
「あら美味しい。これは何と言う料理かしら」
上品ではあるが美味しそうに箸をすすめている。
「……おい、どういうつもりだ?」
「何のことですか?」
少女はリックスの言葉を聞き流し、料理を食べきるまで顔を向ける事はなかった。
「おい、チカヤっ。貴様、どういうつもりだっ!?」
「貴方、もう少し考えて行動しなさい。ここがどういう場所か分かっていないの?」
チカヤと呼ばれた少女は正面からリックスを見つめながら穏やかに笑う。
「リックスさん、貴方は本当に使徒様の学園に入学する気があるのかしら? こんな所で騒ぎを起こしてバカなの?」
「この俺をバカにするつもりかっ! 使徒様は試験は集団面接だけと言ったであろう。俺はもう終わっているっ」
はーっ、とチカヤは大きく息を吐いて、食堂の奥にいてこちらを興味深く見ている八十雄に視線を向けた。
「貴方は何も分かっていないのね。
女神アルヴェ様が司るのは『自由』と『光』と『平等』。こんな所まで従者を連れてきて世話させている時点で落とされても文句言えないのに、わたくしたちの食事を用意して下さる方たちまでバカにするなんて、どうしようもないわね」
「はっ、シラバイス家の魔法狂いが何を言うっ! そもそもお前、ここに何しにきたんだ」
「うるさいわね、わたくしが何をしに来ても貴方に関係ないでしょう。そのことについては、わたくしの面接の時に使徒様に直接申し上げます」
それだけ言うとチカヤは席を立ち、食事の終わったトレーを持って返却口まで持って行く。
「わたくしは席を立ちますが、これ以上恥をかきたくなければ静かにしていることですね」
それ以降リックスも毒気を抜かれたのか、静かになって考え事をしているようだった。また、周囲で様子を窺っていた貴族たちも、食事の準備や後片付けも自分で行うようになっていた。
「……なあなあ、シーリーちゃん。さっきの格好いい金髪っ子は誰だい?」
「彼女は王国で代々財政関係の要職についているシラバイス侯爵家の長女でチカヤと言います」
「魔法狂いって呼ばれていたけど、心当たりはある?」
「はい。彼女は幼い頃から魔導王に憧れて魔導師を目指しているそうです。高名な魔導師に弟子入りしたり私塾に通ったりと、その道では有名な方です」
「なるほどねぇ」
颯爽と去っていくチカヤの後姿を眺めながら、八十雄は口を開いた。
「ちょっと考えれば分かることだよな。僅か20名の定員に従者を連れて入れるわけがないって事に。
根本的に学校って奴が分かってないんだよ。だからちょっと揺さぶられれば動揺するし怒り出す。まあそう言う事だ」
午後から試験が再開されたが、ぱっとした生徒はそれほどいなかった。流石に初日に乗り込んでくるだけあって意気込みと自己主張が激しく勢いだけは満ち溢れているが、中身がある候補生は少なかった。
自分を売り込む際も、自分がいかに有能であるか、もしくは実家がどれだけ力を持っているかを主張するばかりで、まったく面白味がない。
学食での様子を見ていても分かるように、階級社会はこの世界に根強くはびこっており、親が力や財力を『持っている』子供たちはその武器を振りかざし、自分が思うように振る舞いがちになっていく。
まあ少数ではあるが、目の前の少女のように気高く独り立ちしている者がいるのは喜ばしいことだ。
「わたくしは、魔導王様のような魔導師になりたいのです」
「お前、俺が見た限りたいして才能もなさそうだし、家は有名な貴族だろう? そっちは良いのか?」
興味がなさそうに、手元の書類に目を落としたままの八十雄の質問にチカヤは真剣な目で見つめ返す。
「はい。わたくしはわたくしです。家の事も才能も関係ありません。だって、自分がなりたいって思ってしまったんですもの。後になって後悔したくはありませんから」
「そうか。まあ頑張れよ」
口では気のないふうに言いながらも、八十雄は名簿の上のチカヤの名前に大きな丸印をつけた。
読んで頂き、ありがとうございました。




