066_入試 ①
前話でダメ社員をズバッと切り捨てたところが予想以上に好評でしたっ!
現実だと切りたくても中々切ることはできないので、ここの話の中だけでも爽快感を味わって貰えたらと思います。
独立宣言から半年。
税収は当初よりいくらか減っていたが、兵士を雇わなかったり、必要経費の見直しなどで支出はかなり抑えられ、予算に余裕が生まれている。それを使って農業試験場を建築したり、流民対策として市営の大規模農場を作成したりと、今でも市庁舎職員は大忙しだ。
それと同時進行で、八十雄は農家専用の銀行を開設した。
農家にとって唯一ともいえる財産は農地しかないのだが、働き手が怪我をしたり病気になると土地を担保にお金を借り受け、結局は利子を支払うことが出来ずに土地を手放すケースが散見された。
この世界の主産業は農業である。
そのために、少しでもいい農作物を作り出そうと農業試験場まで作ったのに、このままではいけないと考えたのだ。
八十雄の作った銀行の資本金は八十雄の持っている元寄付金を活用し、突発事案でお金が必要な農家に対しては土地を担保にお金を貸し出すのは同じだが、その利子は普通の商家に比べて2割程度に抑えられていた。
また借りたお金自体も長期で返済することが前提となっていたので、負担も最小限に抑えられている。仮にどうしても土地を手放さなくてはならない場合も、土地は市営の大規模農場が引き受け、本人もそこで働くことができる。そして支給される給料を貯めて、改めて自分の土地を買い戻せるようなシステムを作り上げた。
八十雄が常に考えていたのは、弱者が搾取されるだけの社会にしないこと、ただそれだけだった。
平行して義務教育化計画についても準備は進められていた。
ラントス市内のある場所では元々ある建物を利用し、またある場所では新たな建物を建築し学校が用意されていく。
教師は市内で寺子屋を経営していた者に声をかけた。彼らも八十雄が無料で教育を施すことになり、この先お金を払ってまで寺子屋に来る生徒が激減するのは目に見えていたので、この誘いに喜んで乗ってきた。
後は全体の教育レベルを統一するために教科書を用意するために、活版印刷を導入しようと考えたのだ。そのためには、綺麗な活字を作るための良質な金属とそれを加工する高度な技術が必要になるが、その両方が八十雄には心当たりがあったからだ。
もちろん、ホール山のドワーフたちのことである。
再びバルチと八十雄はモモの背に酒ビンを積みホール山を訪れると、歓迎の宴会の席で義務教育の意義と大切さを説明し、教科書作成用の活字の作製を依頼した。
もちろん、代金として細工に使える宝石や貴金属を用意して行ったし、それ以外に求める物があれば何でも用意する準備があることも説明した。
それを聞いてドワーフたちは口では文句を言いながら、八十雄の求める以上のクオリティで活字を作り上げてくれたのだ。
嬉しくなった八十雄はドワーフたちも学校に来てくれたら喜んで迎え入れると説明したが、『ハンッ』と鼻で笑われてしまった。結局、ドワーフたちは八十雄以外の人間族のことなど、これっぽっちも信用していないのだ。
何だかんだで3日ほどドワーフ族の集落で過ごした八十雄は完成した活字と共にラントスに戻ってくると、早速手配していた紙に用意していた原稿どおりの文字列を印刷していく。
その仕上がりは八十雄の予想以上で満足できる結果であった。
校舎や宿舎、制服や食事に教科書の準備など、考えられる限りの準備が終わった八十雄は、郊外の校庭でノサモに稽古をつけてもらっているマルゴとバルチの様子をベンチに座りながら眺めていた。相変わらずノサモに翻弄されている2人だが、最初の頃に比べてノサモにも余裕がなくなっているように感じられた。
それでもあとちょっとという所まで追い詰めると、スルッとかわされ振り出しに戻ってしまう。まだまだ、力の差は大きいようだ。
「さて、特別クラスの準備でも始めるか」
まだまだ終わらぬ稽古を確認すると、八十雄はギルド会館に足を向けた。
ラントスのギルド会館から発表された使徒である八十雄が作った学校で生徒を募集している知らせは、僅かな期間で世界中に広まった。
募集条件は2つ。年齢が12歳~15歳の間であることと、真剣に学ぶ覚悟があることだけだ。
各国の領主の中には、1人でも多くの生徒を八十雄の作った学校に送り込もうと領内に住む子供たちを調べ、適齢期の男の子供である程度の教育を受けていた者たちを本人の意思に関係なくラントスに送り込む者まで現れる始末。
またある者は八十雄が実施する選抜試験の内容を探ろうと密偵を放ち、一時期八十雄は金魚の糞のように尾行を連れて歩き回ったが、八十雄は試験用紙のようなものを用意するつもりが最初からなかったので、尾行者たちも使命を果たすことは出来なかったのである。
試験日は2月1日からの10日間が指定されていたが、推薦枠を除いた定員の16名に達成次第入試の受付が終了してしまうとあって、1月20日を過ぎた頃にはラントスの宿泊施設には十代前半の若者たちが溢れる様になっていた。
その頃の八十雄は自分が直接担当するような仕事も少なくなっており、出崎学園と名づけられた郊外の学校で時間を過ごすことが多くなっていた。時には、ラントスに造られた各国の大使館に学園に関する最終調整に行くこともあるが、基本的にはのんびりと過ごさせてもらっている。
入学希望の生徒たちの宿泊先は大きく3つに分かれていた。それはノニの宿屋、ラントス市内の高級ホテル『グランシャリオ』、そしてそれ以外のいずれか、である。
王国や公国の貴族階級出身者の多くはグランシャリオに宿泊している傾向が高い。大きく分けて理由は3つ、高級嗜好、人間族至上主義、そしてたまたま選んだだけ、だ。まあグランシャリオは世間的に名前も知れているし、サービスもセキュリティーも最上級。貴族として世間の見た目を気にしなければならない身分としては、妥当な判断とも言える。
大抵の貴族の子弟はお付と共に宿泊しており、その男女比は男側に大きく針が振られている。貴族社会では子女は男のあとを歩くものと考えられており、男尊女卑の思想が極めて強い。
八十雄がラントスに導入した老若男女関係なく力ある者は取り立てる『実力主義』は、貴族たちには受け入れ難い政策だろう。
もちろん八十雄も、『経験』の持つ大きな力は十分理解している。若者が無謀とも言える勢いで突き進もうとする際、必ず経験豊富なベテランをその補佐に任命し、そっと手綱を握らせるくらいはしているのだ。
逆にノニの宿屋に宿泊しているのは、商人や職人を中心とした町人階級者が多い。彼らは貴族階級者より柔軟性も持っているし、異種族についても知っているだろう。自立心にも溢れている彼らはあらゆる経験を吸収しようとする貪欲性もある。
だが、そこから更に一歩踏み込む勇気があるかどうか。
こうした者たちは博打はしない。いや、出来ないといった方が良いだろう。何故なら彼らは『賢い』から。
本当に賢い者は、先を見通し最もリスクが少なく利益が大きい手段を繰り返す。そうして安全地帯から成功体験を積み重ねていく。おそらくこの入試試験に合格し、八十雄の教え子となった経験すら何かしらのメリットがあると計算しているのだろう。
(でもなぁ、お利口ちゃんは必要ないんだよね)
八十雄の視線の先には、バルチとマルゴが飽きもせずノサモに揉まれていた。バルチはまだしも、最近のマルゴはほとんど仕事らしい仕事をしていないのだが大丈夫だろうか。人事ながら心配してしまう八十雄。
「むうぅっ、バルチの攻撃、先生に当たらないっ」
「そのハンマーの攻撃かなり痛そうだからね。僕も必死で避けるさ」
それでも、地面に転がり泥だらけになりながらもバルチは果敢に挑んでいく。逆にマルゴはノサモの隙を窺いながら、ここぞという場面で爆発するようなラッシュを仕掛けていた。
戦いについては素人の八十雄から見ても、2人とノサモの間には大きな隔たりが見えた。それでも2人が何度も地面に転がりながらノサモに挑戦していくのは『賢くない』からだと八十雄は考えていた。
『できる』とか『できない』とか、今の2人にとっては大して関係のないことだ。ただ目の前に越えるべき大きな壁があり、それをいかにして越えていくか、それしか頭の中には無かったから。
それ以外の宿泊手段を取っている者たちはバラエティに富んでいた。テントを張り野宿する者や、ギルドで仕事を探して泊り込みで働いている者もいる。ある程度の動向を調査していたが、流石に全ての入学希望者を把握することはできなかった。
もちろん、試験が始まってからやって来る者たちも多いだろう。鬼が出るか蛇が出るか、期待が膨らむ八十雄であった。
そんなこんなで、ついに出崎学園入学試験当日がやってきた。
この日のために八十雄は予想された仕事を事前に全てすべて処理し時間を確保しておいたのだ。一時的にある程度の権限も委譲し、よほどのことが無い限り声がかからないようにしてある。
一見いい加減な性格に見える八十雄であったが、その本質は出来る限りの事前準備と根回しは完璧に行う主義であり、またその能力も備えていた。
八十雄が政務に励んでいる間、バルチもこの1年できっちり成果を上げていた。ブラフマから渡されたハンマーも大分使いこなせるようになり、体も大きくなっている。
そして冒険者ギルドで実績を上げ続けたバルチは冒険者ランクがC級に昇格し、名実共に1人前の冒険者として成長していた。
八十雄はいつもと変わらない作業着で、バルチは冒険者として相応しいかっちりとした服装とハンマーを身につけ試験会場となっていた出崎学園に向かっていた。
おそらく試験初日だけで試験受験者は200名を越えるだろう。のんびりしていたら1日で終わらないかもしれない。
それに今日は学食を使用し昼食も出してもらう予定であり、混じり者たちに食材の準備と調理を事前に依頼してあった。もちろん、代金や賃金も支払うことになっている。
試験開始時間まで余裕のある時間に会場に行くこともできたが、八十雄はわざと試験会場には時間ギリギリに姿を現した。待機場所に指定されていた校庭には多くの生徒候補生が集まっていたが、複数の候補生でグループを作り固まっている。
八十雄のバルチの姿に気づいて視線が集中する間を通り朝礼台に上がる八十雄は音声拡大の魔導具の前に立った。
「いよう、俺が出崎八十雄だ。試験内容は集団面接、ただそれだけだ。全員の試験が終わったら最後に試験の合否を発表するからそのまま帰らないように。それと試験内容に対する質問は受け付けない。以上だ」
ザワザワとざわめく生徒を前に一方的な説明だけで八十雄は台から降りていく。
「それでは受付順番ごとに5人ずつ試験を行いますので40名ずつ指定する教室で待機するように。指定された場所以外の部屋に無断で入る者は試験資格を剥奪することもありますので指示には従ってください。
では番号1番から15番まで私について来て来るように。試験会場になる会議室まで案内しますので」
八十雄の後を引き継いだのは市庁舎の女性秘書だった。彼女は八十雄の無茶振りに最も近い場所で耐えて来た1人だ。相手が貴族だろうが王族だろうが、緊張するような鍛えられ方はしていない。
その毅然とした態度に候補生たちも大人しく従っていた。
試験場になっていた会議室の中には八十雄とバルチの他に、オブザーバーとして戦闘担当教官に就任予定のノサモと、王国の外交官としてラントスに派遣されていた、ランゴバルト王国東部方面軍参謀部に所属していた女性兵士『シーリー=ルルー』の姿があった。
本来であれば、特定の国に関係深い人物は避けるべきであったが、人となりを知っていて見聞が深く、何よりバルチが信頼している人物であったのが決め手となった。また選ばれた方も二心が無いことを証明するためにも、自国の候補生に対してはより厳しい態度で対応しなくてはならない。
この2人はあくまで八十雄に不足している知識を補うためにこの場に参加しており、八十雄が質問しない限り口は開かないことになっている。現に彼らは壁際に近い席に着いており、一歩引いた位置で椅子に座っていた。
八十雄は候補生の簡単なプロフィールの書かれたリストを眺めながめている。
「失礼します。準備が整いましたので、候補生をお通しします」
「ああ、悪いな。頼むよ」
女性秘書と入れ違いに候補生が5名入室してきた。これから世界中が注目する、出崎学園初期生の入学試験が開始される。
「ああ、最初に自分の名前とセールスポイント、そして何を学びたくてここまで来たのか申告するように。全員終わったらグループディスカッションだ。議題は『夢と未来』。制限時間は10分程度。まあ、ディスカッションの内容次第では延長するかもな。それじゃ始めてくれ」
八十雄の合図と共に候補生たちは自己アピールを開始し、八十雄はただ静かに彼らの話を聞いていた。その横にいるバルチも、耳をぴくぴく動かしながら注意深く様子を窺っている。
何組かの面接が終り、ここに来ている候補生は大きく4つのタイプに分けられることが見えてきた。それは、
① 貴族などのプライドが高く、高い教養を持っている者。
② その従者や護衛として、常に主人を立てる者。
③ 上手くいったら受かればもうけもの位の『とりあえず』受験に来た者。
④ より上位者に受けるように指示されここまで来た者。
以上の4タイプだ。
「よーし、それじゃ次のグループと交代してくれ」
ベラベラと自分がいかに有能で高貴な血筋を引いているか説明を続ける貴族の子弟を黙らせ、八十雄は退出を指示した。、
「いや使徒様、私の能力はまだ説明仕切れていません。もう少し時間を頂くわけにはいきませんか?」
「ああ、お前のことは良くわかった。十分だ。ほら、さっさと交代してくれ。後が詰まっている」
八十雄がシッシッと手を振ると、一瞬ムッとした顔をした少年は無言で礼もせず部屋を出て行った。
「……申し訳ございません、使徒様」
全員が部屋を出て扉が閉まると、シーリー=ルルーは立ち上がり八十雄に向かって頭を深く下げた。
「何でシーリーちゃんが頭を下げんのさ。ガキは大人に食って掛かるくらい元気があってちょうど良いんだよ」
「本当に済みませんでした」
「だから良いってよ。気にすんな」
「だよねー、シーリーちゃんは何も悪くないのに何で誤っているのかな。バルチ、よく分からないよ」
「しかしこれと言った奴がいないなぁ。自己主張が激しい奴とか、目的がぱっとしない奴とか。もっと面白い奴はいないのかなぁ」
鼻の下に鉛筆を挟みながら頬杖をつく八十雄。バルチも椅子の上で足をプラプラとふって退屈にしている。
「まあ良いさ。慌てる乞食は貰いが少ないって言うしな。最後まで試験を続けてみようか」
読んで頂き、ありがとうございました。




