065_行政改革
次回から新章突入です。
無事に独立宣言も受け入れられ、名実共にラントスのトップに収まった八十雄は、都市の運営改革に着手する。
何より、住人の収入を増やすことを第一に考え、それと同時に安定的な都市の収入も確保し、恒久的な統治状態にしなければならない。
今まではここラントスで一気に有力ギルドにまで成長したお飾りの大工ギルドの長という立場であったが、財政的なことに関しては丸投げ状態であった八十雄である。しかし、今度はそういう訳にはいかない。
そんな八十雄が最初に取り掛かったのは、ラントスの各役所で働いている職員たちの実務内容と支払い給金であった。
「あー、こんな状態で誰も文句を言わないの?」
今回、行政庁舎の中に新しく作られた市長室の執務室に座る八十雄の前に数枚の資料がある。いつもは八十雄の側を離れないバルチも、今日はマルゴと共にノサモの稽古を受けているはずだ。
「ええ、何か問題でしょうか」
八十雄付の女性秘書は、どこが問題なのかまったく分からないようだった。
「……俺とは感覚自体が違うって事なのか」
八十雄は【直感】のギフトのおかげで一目見た書類に不正や問題があった場合、直ぐに把握することができる。
その八十雄が市長に就任するに当たり、簡単に財政状態の関係書類に目を通したところ、余りの不正の多さに呆れ果てた。全体の1割とか2割とかそんなレベルではない。ほぼ100%の部署で不正が行われていたのだ。
その原因を調べる一環で調査したのがこの資料だ。
「しょうがねぇな。ちと荒っぽい手段が必要かぁ……」
八十雄は女性秘書に全職員を庁舎の中庭に集めるように指示すると、資料を片手に計算を始めるのだった。
「何だろうな、急に呼び出して」
「この忙しい時に、使徒様もどうしたものだか……」
集められた職員は知り合い同士で固まり、雑談に勤しんでいる。そこにプラプラとポケットハンズの八十雄が現れた。
「よっ、忙しいところ集まってもらって悪いな。15分で済ますからよ」
そう言いながら、ズボンのポケットから先ほどの資料を取り出した。
「もう、はっきり言うけどよ。下級の職員の給料って安すぎるよな。これじゃあ、国の金をちょろまかさないと生きていけないほどによ」
「使徒様、それは……」
何か反論しようとして口を開こうとした役人を、八十雄は手の動きだけで黙らせた。
「だからよ、下級職員に支払う給金を上げる。そんな不正をしなくても家族で生きていける位にな。それと同時に、高級職員の給金は引き下げる。お前ら、大して仕事をしてないのに貰いすぎだ」
「使徒様、それはいきなり横暴でございますっ!」
「うるせぇっ、どうして一番仕事をしている下級職員の給料が家族で飯も食えないような薄給で、たいして仕事もしてない幹部連中がその100倍も貰ってんだよ。どう考えてもおかしいだろ?」
詰め寄る幹部連中を前に、八十雄は一歩も引かない。
「そうだな、下級職員連中の給金は今月の支払いから3倍、高級職員は10分の1にする。文句があるなら俺を納得させろ。場合によっては考え直してやる」
この場にいる役人のほとんどは下級職員たちだ。当然、自分の給料が上がるとなれば文句を言う者はいない。
困ったのは今まで優遇されていた幹部職人たちだ。皆で顔を突き合わし色々話し合っているが、八十雄を上手く説得するだけの意見は搾り出せないようだ。
「特に意見は無いようだな。詳細は決まり次第発表するから、仕事に戻ってくれ」
その様子を腕組みしながら見ていた八十雄はそう言うと、自分も庁舎内に戻ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい。使徒様」
「ああ?」
そう言いながら進み出てきたのは、市庁舎に勤める全高級職員の13名だった。彼らは貴族の血筋の者であったり、父親がラントスの有力者でありその影響力で特権階級にいる者たちばかりであった。
「いきなり給料が今までの1割にまで減らされたら、我々も生きていく事が出来ません」
「いいや、十分生きていける金額だ。現にそれより少ない給料で暮らしている奴なんてラントスには巨万といるぞ」
その後も言葉を重ねる役人たちであったが、八十雄は一歩も引き下がるつもりは無いようだ。
「そこまで言うのでしたら止むを得ません。我ら13名、その条件は承服しかねますので職を辞させて頂きます」
「……」
実際、高級職員たちは誰一人として仕事を辞めるつもりなど無いのだが、辞めると脅して八十雄より譲歩を引き出そうとしていたのだ。何故なら彼らは自分たちが全員いなくなれば、市庁舎の仕事が回らなくなると信じていたからだ。
「……決意は固いのか?」
「はい。私たちも生活がかかっていますので」
「よし分かった。それじゃ、お前たち13名はここで全員解雇だ。今までご苦労だったな。ああ、今月分の給料については日割りで払ってやるから帰りに経理部で受け取ってくれ」
「えっ、ちょっと待ってくださいっ」
慌てる元職員たちに目も向けず、八十雄は残った職員たちに目を向けた。
「残った職員については全員給金を上げる代わりに、今まで当たり前のように行われていた不正や横領は2度と行わないと約束してもらうぞ。俺はギフトのおかげであらゆる不正を見抜く力がある。だから、どれだけ書類を操作したり言葉を費やしても俺は騙せない。今までのことについては不問にするけど、これ以降、何か問題行動を行った者は厳罰に処罰する。いいな」
「分かりました。これから心を入れ替え勤めさせていただきます」
「それからな、経費を削減するアイデアがある奴はどんな細かいことでもドンドン言ってくれ。その内容によっては報奨金も出すからよ。階級とかそんなの関係なしに俺に言ってくれたら良いから」
「あの、それでしたら、私前から思っていたことがあるんですけど……」
おずおず手を上げたのは、15歳かそこらの少女だった。
「えっと、あんたは?」
「私はケミンと言います。お父ちゃんが下級職員だったんですが今は病気で休んでいるので、それで私が仕事をお手伝いしてお金を頂いているんです。一応、字が読めて計算ができるので」
「ケミンちゃんか。おう、俺は八十雄だ。それでどんなアイデアがあるんだい?」
「はい。私は備品を購入管理する部署にいるんですが、農家の方から税として受け取った小麦は一度商業ギルドに全て売り払われているんです」
「まあ、そうだろうな」
「それで、市庁舎や警備隊で緊急時用の備蓄食料や普段から食べている食料を同じギルドから改めて買いなおしているんですけど、やっぱり売る値段より買う値段の方が高いんです。倉庫もちゃんとあるので、必要な分は売らずにそのまま倉庫に入れておけば良いと思っているんですけど……」
ケミンは集まる視線が怖いのか、次第に声が小さくなり尻すぼみになっていった。
「それで年間いくら位経費が節約できそうだい?」
「えっと、ざっとですが……」
そう言いながらケミンが八十雄に言った金額は、10人以上の下級職員に給金を十分支払うことができるほどだった。もちろん、値上がりした給金を、である。
「よく分かったケミン。お前の部署って何人いるんだ?」
「はい。14人いたんですけど、えっと、今は1人辞めてしまったので13人になります」
そう言いながら、高級職員の一団をチラチラ見ている。
「それじゃ、今日からお前がそこの責任者になれ。もちろん給金も上がるし、若くて仕事がやりにくいってんならベテランの補佐もつけてやる」
「でも、私は女だし、若くて何も知らないんですから……」
「そんなこと関係ねぇよ」
八十雄はそばかすのまだ残る幼いケミンの頭をバルチに良くやるようにグリグリと撫で回した。
「男とか、女とか、若いとか、ベテランとか、そんなことは良いんだ。重要なのは、『おかしい』って気づける感覚だよ。この子はそれを持っていて、誰よりも早く俺に言うことができる勇気も持っている。経験が足りないってんならベテランが周りでフォローしてやれば良い。彼女なら十分、役目を果たせるさ」
「でもこれはお父ちゃんが私に言っていたことなんです。『こうすればもっと良くなる、そう常に考えていろ』って。だから私も気がついて、それで……」
「なるほどな。よく分かったっ!」
ポンポンとケミンの頭を優しく触れると、八十雄はケミンに笑いかけた。
「それじゃ、お前の親父の病気が治るまででいいから、それまでお前が責任者を務めろ。その後は親父が責任者でケミンはその補佐に回れ。それなら良いだろ?」
「はい、分かりました。お父ちゃんが戻ってくるまで頑張ります」
「ああ。失敗しても良いから頑張ってみろ。あと報奨金のことだけどな、削減できる経費の10%を払ってやるからそれを親父の治療費に当てろよ」
「でも、そんな大金を貰うなんて……」
「良いんだって。だってよ、その『大金』の9倍も節約できるんだからさ。他の奴らも節約できるアイデアがあったらドシドシ言って来いよな。今ならまだ12個もポストが空いてるんだから」
今までは生きていく為に不正を繰り返すしかなかった職員たちも、これ以降は真面目に職務に励み出した。そもそも僅かなお金を捻り出す為に何枚もの書類や帳簿を操作しないといけなかったのが、そんな手間も必要無くなり、結果として職務時間も短縮された。
また、ケミンが取り立てられたのを見ていた他の職員たちも、自分たちの部署で何ができるか色々と考え、修正していく習慣が自然と生まれていったのだ。
その結果、今まで当たり前のように行われていた職員による不正は消滅し、必要経費は大幅に削減される。更に、幹部職員たちもやる気が満ちている若い職員に一新され、新たな試みにチャレンジする報告も毎日のように上がってくるようになった。
本来であれば失敗する可能性が高い試みは最上位者である八十雄が止めるべきであるが、そんなことには構わずどんどんチャレンジさせていった。
何故なら八十雄も若い時は何度も失敗したし、悔しい思いもしている。そして、失敗の中からしか学べない事が沢山あることを八十雄は知っていたからだ。
その後も八十雄は、この世界では画期的な政策を次々に導入していく。
例えば、週に一度の朝市をラントスが全面的に協力し開催することを決定した。
そのために中央広場や大通りの一部を無料で開放して誰でも無税で商品を売り買いすることが出来るようにした。希望者は定額の場所代を払い、自分の畑で取れた農作物や食料品を自由に販売することが出来るようになったのだ。
これにより農家は貴重な現金収入を定期的に入手することが出来るようになり、次第にラントスの新たな名物として観光客が訪れるようになっていく。
販売場所についても貧しい農家だろうが大きな商家だろうが一切の差別をしなかった。同じ場所代を支払い、どの場所が割り当てられるかはすべてくじ引きによって決定されるのだ。
中には役人に賄賂を渡しより良い場所を確保しようとした商人もいたが、そんな商人は朝市からの無期限追放処分という断固とした処分で対応した。これは、不正や賄賂は許さないと言う八十雄からのメッセージだった。
また、農家から受け取る農作物に対する税についても、生産物に対して受け取る割合を削減し、不作や災害で収穫量が減ってしまった時は税を免除する法律を新たに作成した。これにより、口減らしのための丁稚奉公や人売りなども激減することになった。
そんな八十雄の指示に、職員たちも懸命に答えていった。初めて行う政策に、時には失敗したりもしたけれど、今まで何度も失敗を経験してきた職員たちは決してめげずに歯を食いしばって対応していく。それは最初は失敗しても、最終的に成功すればいいことを今までの経験から学んでいたからだ。
ある日経験豊富な職員から、成功する見込みが薄い提案をどうしてそんな簡単に許可するのか質問された八十雄は、
「簡単じゃないさ。ここに来るまでみんな必死に頭を捻って考えてくるんだから。
それにさ、計画が思っていたように進まなかった時、奴らも必死で何とかしようと考えるだろう? だから良いんだよ。結果として失敗したとしても。それに、若い奴が失敗した時のために後ろに俺がいるんだから、今のうちに失敗するっていう経験を若い奴らに積ませてやりたいのさ」
そう言いながら、緊張しながら市長室に入ってきたケミンを見て、八十雄はニコリと笑いかけた。
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