052_ゴブリンハンター -3-
カドロシリーズ完結です。
ふーっ、と大きく息を吐きながら、ノサモは剣についた血糊を振り払い額から流れる血を手ぬぐいで拭いた。思っていたより上手く立ち回れたおかげか、かすり傷しか負っていない。ふと町の方を振り返れば
歓声を上げている冒険者たちの姿があった。
手を上げてそれに答えようとしたノサモであったが、その手は途中で止まる。その訳は山の中から新たな異音が聞こえてきたからだ。
段々大きくなる異音に向けて剣を構えたノサモの前に、再びランドドラゴンが現れた。それも、2頭同時にだ。
先ほどのドラゴンより一回り以上体が大きい。もしかしたら先ほどの1頭はこの2頭の子供かもしれない。
「グオォォォッ!!!」
明らかに怒りの声を上げながら、2頭のランドドラゴンはノサモに向き直った。
絶体絶命のピンチだったが、ノサモの視界は澄み渡っていた。自分にはカイノのような弓の腕も、ロドスのような怪力も、スカーのような魔法の才もない。それどころか、この町にいるA級冒険者より勝っている能力が何もない事は分かっていた。
それでも、ノサモに恐れはなかった。
この25年間、自分なりにこの町を影ながら守ってきたつもりだ。町の警備隊員だった尊敬する父親と同じように。
視界を狭めるヘルメットを捨て、機動力の落ちるグリーグを脱いだ。手首の稼働域を制限するグローブも投げ捨てる。
地響きを立てながら迫る2頭のランドドラゴンを見ながら、ノサモは両手剣を固く握り締める。
ふとその時、町を守るため魔物と戦い命を落とした父親を思い出した。父親も今の自分と同じ気持ちだったのだろうか。ドラゴンに向かって走りながら、ノサモはこみ上げる笑いを我慢できなかった。
今なら何が相手でも、ちっとも負ける気がしなかったからだ。
「すげぇ……」
ランドドラゴンとノサモは、すでに1時間以上戦い続けていた。1頭のランドドラゴンは倒れ動かなくなっていたが、ノサモも血まみれで怪我のないところを探す方が難しい有様だ。
ノサモは何度吹き飛ばされても、火だるまのような灼熱の意志で立ち上がりランドドラゴンに挑んでいく。
「どうして、そこまで戦えるんだ」
そう言うガノッサは涙を流していた。いや、この場にいるほとんどが泣いていた。
「……25年前に死んだ奴の親父と俺は同じ警備隊員だった」
古参のギルド職員が、ノサモの戦いを見ながら話し出した。
「えらい真面目な男でな、それでいつも損していたよ。ずいぶん前に女房をなくして男手1つで2人の子供を養っていた。昼食時になると、その子供たちが弁当を持って来るんだよ。それが可愛くてなぁ。そんなある日だ。大量の魔物が町を襲ったのは」
「……」
「場所も今と同じこの南門だ。その場にいたのは俺とあいつの2人きり。とてもじゃないが、持ちこたえられないと思ったよ。俺は直ぐに逃げるべきだと言ったんだが、その時にあいつはこう言った。【俺が時間を稼ぐから、誰か呼んできてくれ】ってな」
「……それでどうなったんだよ」
「正直、俺は助かったと思った。そのまま逃げるようにギルド会館まで走っていき、人を集めて南門に戻ったら、無数の魔物の死体に囲まれて血まみれで立っているあいつがいた。残りの魔物はあいつを恐れて山に逃げて行ったんだ」
もう、ギルド職員の男以外、誰も話さなかった。
「一目見てもうダメだと思った。助かる傷じゃなかった。駆け寄ってきた俺を見てあいつは【仲間を呼んでくれたんだな、ありがとう。後は任せたぞ】って、そう一言残して死んだ。
ノサモは父親の葬儀を済ましたその日のうちに冒険者になった。他に道がなかったんだろうなぁ。そして今まで冒険者を続けながら、町を守っていたんだよ。警備隊員だった父親の意志をついでな。
俺はそんなノサモを見ている内に、あの場から逃げた自分が許せなくなってな、それで警備隊員を辞めた。そして、少しでも力になれたらとギルド職員になったんだ」
そうしている間に南門の戦いはノサモの勝利で終り、いつもはおとなしいノサモの雄叫びが辺りに響き渡る。
これは【ゴブリンハンター】と呼ばれていた男が英雄に生まれ変わった瞬間の産声だったのかもしれない。
今回の戦いでA級パーティーが1頭、ノサモが3頭のランドドラゴン討伐に成功した。世界中を見渡しても、ここ何年もなかった大きな戦果だった。
A級パーティーや城壁に被害はなかったが、畑の一部には大きな損害が出ていた。ノサモはその被害をランドドラゴンの討伐報酬や素材から補填すると申し出た。ギルド会館も最初は断ったがノサモの意志は固く、最終的にはその申し出をありがたく受け取った。
そしてノサモは一命は取り留めたものの左手と左足を失う大怪我を負ってしまう。冒険者ギルドとしてはギルドランクはそのままでギルド職員として雇おうとしたが、ノサモは首を縦には振らなかった。
慣れない杖と義足でぎこちなく歩きながら、久しぶりにギルド会館に姿を現したノサモは、冒険者ギルドにカードを返納し、あっさりと冒険者から足を洗った。
この後の生活について質問した職員に、『畑でも耕しながらのんびりすごすよ。貯金もそれなりにあるし』そう言うと晴れやかに笑った。
「おい、今まで色々といっちまったけどよ……」
そんなノサモに近寄りながらガノッサは話しかけたが、彼は一度も視線を合わさずそのまますれ違う。
「おいっ」
「……後は、任せたぞっ」
更に言葉を続けようと振り返ろうとしたガノッサの肩を、ノサモは残された右手で強く叩きながらそう一言残し、ギルド会館から立ち去った。
「『重い荷物』を任せられたな」
ガノッサが振り向いた先には、あの時のギルド職員がいた。
「捨てるも、背負うも好きにしろ。後はお前の胸先1つだ」
ガノッサはいつまでもギルド会館の出入り口を見ていた。その時、彼が何を考えていたのかは誰にも分からなかった。
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