050_ゴブリンハンター -1-
久しぶりの長編です。
全3か4話の予定です。
王国最南端の町カドロには腕に自信がある冒険者たちが集まってくる。
かの地は白竜山脈に接しているため、山から下りてくる外敵と戦い続ける運命にあったからだ。そこで冒険者たちは獲物を狩り、獲物を町に持ち帰ってくる。そして町には、獲物の素材を求めて商人が溢れていた。
ある冒険者は巨万の富を手に入れ、別の冒険者は地に伏せる。生き残るには腕だけでなく、いくばかりかの運も必要だった。
そこで冒険者たちは互いにしのぎを削っていた。
ノサモの母親は3歳年下の妹が生まれて間もない頃に亡くなり、町の警備隊に勤めていた父も、魔物から町を守る戦いで命を落とす。残されたのは小さな畑と3歳年下の妹ノニだけであった。
生き残るために冒険者になるしか道がなかった。冒険者養成学校など上等な場所も、お金に余裕も、更に時間もなかったノサモは、冒険者登録が済んだその日に山に入り獲物を探したが、そうは上手くいかなかった。
何も知らない少年が生きていけるほど容易い世界ではないのだ。
そんなノサモがたどり着いた答えが、狙いをゴブリン一本に絞ることだった。
成人男性の腰ほどしかないこの種族は農夫でさえ倒せるほどの力しかないが、とにかく繁殖力が凄まじかった。つがいのゴブリンは半年もすれば10匹になり、更に半年で100匹を超える。
そのため冒険者ギルドはゴブリン討伐の依頼を常に発行している。しかしゴブリン一体の報酬額などスズメの涙で、好き好んで依頼を受けるいは居なかった。精々、別の依頼のついであったり、駆け出しの冒険者が受ける程度である。
だがノサモは、ゴブリン討伐依頼を専従して受けていく。山の奥に分け入ればゴブリンは山ほど見つかったし、数さえこなせば妹と2人で生きていくのには十分だった。
何より妹を1人町に残して泊りがけの依頼など受けられない。日帰りで達成できるゴブリン討伐はノサモにとっても都合が良かった。
いつしかノサモはゴブリンハンターと呼ばれるようになり、カドロでは誰もが知る存在となっていく。
アルヴェが造った世界の1年は365日で、1日は24時間となっている。おそらくだが、主神が治める地球を真似たのだろう。他にも良く似た動物や植物が各地に見られた。
この世界に定休日という概念はなく、農家などは常に働きっぱなしで、冒険者たちは依頼の合間に好きなタイミングで休養や武器・防具のメンテナンスを行っていた。
力もなく経験もなかったノサモは、その分他人より頭を使い、規則正しい生活を送るように心がけた。
冒険者ギルドで受ける依頼は日帰りのゴブリン討伐だけとし、6日依頼を受けては1日の休息日を必ず入れ、仕事も決して無理をせず、欲を出さないことを心がけた。
その生活は25年続いていた。その間にノサモはAランクの冒険者に成長し、所帯を持った妹のノニは冒険者を対象とした宿屋を経営していた。
しかし、あいも変わらずゴブリンのみを対象として他の依頼には目もくれないノサモに、陰口を叩く者も多かった。
そして今日、8年ぶりにギルド会館からSランク到達者が発表される。
「バカなっ! どうしてあいつがSランクなんだっ!」
冒険者ご用達の酒場で荒れているガノッサはBランク冒険者である。6名の固定メンバーで主に飛竜種を狩り、もっともAランクに近い冒険者と呼ばれていた。
「あんなゴブリンハンターごときが、Sランク様になるなんて、ギルド会館も何を考えているんだっ!」
ガノッサのパーティーメンバーは真昼間から酒盃を重ね、大声で喚きながら杯をテーブルに叩きつけた。大分、酔いが回っているようだ。
「どうしてカイノさんやロドスさんは文句の1つも言わないんですかっ!? 誰も納得していませんよっ」
「そうか」
「……」
カイノはA級の冒険者で、光すら射抜くといわれている凄腕の弓術士だ。同じくA級冒険者のロドスも黙って2人のやり取りを聞いていた。
S級の冒険者はこの世界に5人しかいない。その5人のうち、王国に所属する者は1人もいなかった。つまり、今回S級に昇格したノモサは、事実上、王国に住んでいる全冒険者の頂点に立ったということになる。
ゴブリンしか狩らないあの男が名誉ある立場につくことに、どうしてもガノッサは許せなかった。
他にも許せないことがある。8年ぶりにS級昇格者が現れると事前に発表があったにもかかわらず、ノサモはいつもと同じようにゴブリン討伐依頼を受領すると山に入っていき、今もまだ帰ってこなかった。他のA級冒険者は1人残さず待機していたと言うのに。
「そうだ、A級の皆さんが苦情を言えばギルド会館も考え直するかもしれない。これから俺が声をかけて……」
だが、ガノッサは最後まで話すことができなかった。カイノやロドス、他にも店内にいた3名のA級冒険者が一斉に席を立ったからだ。
「お前の好きにすれば良い。だが私は、ノサモ殿のS級昇格は妥当と思っている。貴様もカドロの冒険者ならば見苦しいまねはするな。私の手は口より早いが、それより私の射る矢は早いぞ?」
その後はガノッサに一度も目をくれず、長い黒髪をたなびかせてカイノは酒場を出て行く。その後を追うように4人のA級冒険者も立ち去った。
「何なんだ、ちくしょう」
彼らを黙って見送るしかなかったガノッサは、真っ赤な顔でテーブル上の料理を床に叩き落した。
S級冒険者になってもノサモの生活スタイルは変わらない。6日ゴブリンを狩っては1日休む。そのペースを守り続けていた。
今日も朝一で依頼を受けてると1人で山に向かい、いつものように夕方のギルド会館に戻ってくると依頼達成の報告に向かう。討伐証明部位であるゴブリンの左耳が入った袋を係員に渡し、規定の報酬額を受け取った。
「はっ、S級冒険者になってもあいかわらずのゴブリン退治かよ。いいなあ、ドンだけしょぼい依頼でもランクボーナスが貰えるんだからな」
最近、何かにつけて絡んでくるガノッサがノサモの前に立ちふさがった。
ギルドの報酬は、基本の依頼報酬に討伐ボーナス、それに冒険者のランクに応じて報酬が上積みされる。そのため、ノサモはどのような依頼を受けても、Sランクボーナスを受け取ることができるのだ。
もちろん、報酬におけるランクボーナスの割合などSランクであったとしても2割にも満たない金額だ。だが、その僅かな額でさえ気に入らない者がいる。
「たまには酒の一杯でもおごって下さいよ。先輩としてさぁ」
「……悪いな、ガノッサ。明日も早いから僕は帰るよ。元々、酒も飲めないし。それに稼ぎはお前の方がよっぽど多いさ」
ガノッサの脇を頭を下げながら通り過ぎるノサモ。それをガノッサは冷めた目で見つめている。
ノサモの唯一の楽しみは、妹夫婦が経営する宿屋で夕飯を食べることだった。やんちゃ盛りの姪っ子と甥っ子の相手をしながら取る賑やかな食事は、何物にも変えがたかった。
独身だったノサモにとって妹家族が唯一の肉親であり、ここだけが心からくつろげる空間だったのだ。
「にいちゃん、最近、調子はどう?」
料理の載った皿を手に、妹のノニがテーブルに近寄ってくると、いつものようにじゃれついていた2人の子供を両手で捕獲し、そのまま向かいの椅子に座った。
「旦那をほっといていいのかい?」
「いいの、いいの。この時間はお客も少ないし、大丈夫よ」
会話が聞こえたのか、義弟も厨房から顔を出し軽く会釈をして直ぐに奥に引っ込んだ。
「仕事は順調だよ。ここ何年も怪我1つしてないし」
「私たちも順調だよ。この子たちも手伝いしてくれるしね」
そう言いながら両手に抱えている子供たちをギュッと抱きしめる。
「にいちゃんと女神様に感謝しないとね。今の生活があるのは2人のおかげなんだからっ」
ラントスの方向を向き手を合わせる妹とその子供たちを見ながら、ノサモは空き席の目立つ店内を見回した。
本来ならばこの時間は席を探すのも大変なくらい混雑していることを、毎日食事を取りに来ていたノサモが気がつかない訳がない。ノニは心配をかけないように口には出さないが、ガノッサたちから嫌がらせを受けているのだろう。
そして、ノサモも妹には真実を告げていなかった。
彼の狩りは機械のように正確なルーチンワークでおこなわれている。20通り以上の狩りのコースを1日1コース回り、巡回中にめぐり合わす外敵は何でも討ち取った。ゴブリンや灰色狼はもちろん、時には飛竜種ですら討伐した。町に害を及ぼす存在をノサモは見逃さない。
このコースは25年以上山に入り続けた末、ノサモが確定した巡回路であり、すでに生活の一部と化していた。
だが最近の山は、明らかに異変が起きていることを感じていた。一度の狩りで討伐する獲物の数や種類にありえないほどのバラつきが出ていたのだ。
何か大変なことが起ころうとしている。漠然とした不安がノサモに絡みついて離れなかった。
読んで頂き、ありがとうございました。




