037_ランゴバルト
これからも、八十雄とバルチをよろしくお願いします。
ランゴバルト王国の首都ザナックスは、見上げるほどの城壁に囲まれていた。
それに見合う巨大な門の前で、八十雄はなんとも言えない悪寒に身を震わせる。八十雄の前でモモの背に座っているバルチも何か感じているのか、尻尾の毛が逆立っていた。
「じーじ、すげえ嫌な予感がする……」
「バルチもドキドキしちゃうかも」
ゆっくりと門が開いていくその隙間から津波のような歓声が漏れてくる。
今まで通過してきた町で受けた歓声が霞むほどの大音量。ビリビリ震えるその空気に、思わず体がのけぞった。
「使徒様がお見えになったぞおぉっ!!!」
「きゃ~~、バルチ様もかわいいっ!!」
「ようこそ、ランゴバルトへ。よく御越し下さいましたぁっ!!」
「「「おぉぉっ、うおぉぉっ!!!」」」
門から続く大通りには人が溢れ、ランゴバルトの国旗を両手に振っている。道路脇にある建物の窓からも多くの人が歓声を送っていた。
(うわー、ここを進みたくねぇ……)
チラリと後ろに視線を向ければ、シーリーが『早くいけ、ほれいけ』と目に力を込めて凝視している。
(こうなったら、行くしかねぇっ!)
「バルチ、行くぞー」
「おー」
威勢の良い掛け声とは裏腹に、ポクポクとモモを進ませる。とたんに跳ね上がる歓声にお客様モードになりながらも、手を振って答える八十雄とバルチであった。
針のむしろを進む思いでランゴバルト王国の中枢部、ザナックス城に到着した。ここまで民衆に答え続けた八十雄とバルチにも、若干疲れが見える。
城門はすでに開かれ、中には多くの兵士が並んでいるのが見えた。八十雄とバルチはここで馬を降りモモを護衛の兵士に預けると、2人は手をつなぎゆっくりと歩き出した。シーリーを始めとする護衛たちは管轄の違いで許可なく王城には入れないためここでお別れとなる。
「みんな、ここまでありがとな」
軽く手を上げお礼を述べたが、バルチは珍しく不満げなご様子。
「ももは? ももはここでお別れなの、じーじ?」
「ん?」
バルチは足を踏ん張ってモモと離れるのに抵抗していた。視線もモモに一直線。八十雄は久しぶりにバルチを抱き上げた。
「バルチはモモとお分かれしたくないの?」
「うん。ももはバルチが世話するって約束したの……」
「……そっか、約束は守らないといけないな。よし、じーじがお願いしてみるか」
「じーじ、ありがとっ!」
バルチは八十雄の首筋に両手を回すと、ギュッと抱きつく。悲しい時、そして、嬉しい時のバルチの癖だ。
「シーリー、護衛部隊はすぐ国境まで戻るのか? 俺たちを見送ってくれるんだろ?」
「我らの部隊はすぐに帰還する予定でしたが、使徒様がそう仰るのでしたら、ご希望に副わせて頂きます」
「おー、頼むぜ。モモも、ちゃんと連れてきてくれよな。そうでないと、バルチが泣くぞ~」
「連れてきてね。バルチと約束だよー」
バルチを抱えたまま進む八十雄の前に、1人の偉丈夫が進み出た。
「ようこそ、ようこそおいで下さいました。使徒様がこの地を踏まれるのは384年ぶりのこと。ランゴバルトを代表して、心よりお礼を申し上げます」
「ああ、これは丁寧に。俺は出崎八十雄、このかわいい子は娘のバルチだ。ところで、あんたは誰?」
「これは申し遅れました。私はアレクシオ=ランゴバルト。王国を率いる者です」
八十雄が最初に通されたのは食堂だった。映画でしか見たことがないような長いテーブルに、白いテーブルクロスがかかっている。八十雄やバルチも椅子に座っているが、その後ろには2人ずつメイドが控えていた。
(何だこれ、何でこんなにたくさんあるんだ……)
目の前に10本以上並べられているナイフやフォークに戸惑うばかり。普段、箸ばかり使っているバルチも困っている。何とかフォローしてやりたいが、席が離れていて手も届かない。
向かいの席にはアレクシオや他の王族、それ以外にも、国の要職を固める者たちが並んでいる。
次々と出されていく料理を、みな無言で食べていた。食器同士が当たる音もほとんど立たない。
「……うぅ」
だが、どうしても八十雄やバルチは食器が当たる余分な音を立ててしまう。その度に視線が集まり気まずい雰囲気に。
「じーじぃ……」
小奇麗に飾られた料理を前に躊躇するバルチ。普段ならたらふく食べて、笑いながら食事をしているのに、なにか辛そうでお代わりもしていない。王国としては極上の食材を用意し、最大限もてなそうとしているのだが、それが八十雄たちを困惑させていた。
「だぁっしゃ! こんなん、飯じゃねぇ」
ナイフとフォークをテーブルに叩きつけ、八十雄は立ち上がった。バルチのSOSに答えられなければ親が廃る。
「飯ってのはな、栄養を取るために食ってんじゃないんだ。分かってねえだろ、まったく。おい、ちょいと厨房を借りるぜ。本当の飯を食わせてやる。バルチ、行くぞ」
「おーっ」
あっけに取られる面々を放置し厨房に驀進する八十雄。手をつなぐバルチもご機嫌だった。
突然現れた八十雄に、厨房の中は騒然とした空気になっていた。そんな中、八十雄とバルチはマイペースで厨房をあさっている。
「おいっ、そこのあんた。小麦粉と鍋みたいな大きな器ないか?」
「え、私ですか?」
「おう。それに塩と水、適当に野菜もくれ」
「はい、こちらをどうぞっ」
さすが超大国の王城。厨房のかまどにまで魔道具が使われていた。
「よーし、やるかっ!」
八十雄は水を張った鍋を火にかけ、煮干や付近の乾物を放り込んでいく。あえて適当に放り込む所がコツだ。
「今から美味しいちゅるちゅるをじーじが作ってやるからなー」
「わーい、じーじ大好きっ」
「おう、待たせたな。俺の国の料理、かき揚げうどんだ。お代わりも山ほどあるぞ」
うどんが入ったでかい鍋と、かき揚げが山ほど積まれた大皿を乗せたワゴンを押しながら、八十雄とバルチは食堂に戻ってきた。後ろにはどんぶりを抱えたシェフたちが続いている。
「よーし、バルチも席について待ってな」
「はーい」
バルチは自分の箸を用意し、先ほどの席についた。八十雄はシェフから受け取ったどんぶりにうどんをよそい、その上にかき揚げを乗せ、自ら配っていく。
「おい、配られた奴からさっさと食ってけよ。熱々が美味いんだから、みんなが揃うのを待ってんじゃないぞ」
「はいっ」
どうやらランゴバルドの関係者は箸を使ったことが無いようだ。かき揚げうどんと箸を両手に、どうやって食べて良いのか困っている。
「何だ、何だ? 箸の使い方も分からんのか? 無理だったらフォークを使っても良いぞ。それだとうどんの本当の味は分からんけどな」
ほいっと、かき揚げ3倍増しの特製どんぶりをバルチの前に置きながら、八十雄も自分のどんぶりと一緒に席に着いた。
「お代わりも一杯あるからな、遠慮しないで食えよ。それじゃ改めまして、いただきます」
「いただきまーす」
手を合わせ、八十雄とバルチはうどんに手をつける。2人はズルズルと音を立てながらうどんを食べ始めた。その様子に『まぁ』とか『これは』と眉をしかめる者も多い。
「なんだ、食わないのか? 折角、アルヴェちゃんが好きなかき揚げうどん作ったのに」
「あるちゃんが一番好きなちゅるちゅるだよねー」
「……あるちゃん?」
「お前たちが女神様って崇めているアルヴェちゃんだよ。もしかして、忘れてた?」
「こ、これは、女神様の愛した食事なのですかっ!?」
「そうだぜ。ズルズル音を立ててすするのが作法だ」
「じーじ、お代わりっ」
ワナワナと震えているアレクシオの前で、バルチは空のどんぶりを八十雄に差し出す。尻尾も揺れて嬉しそうに笑っている。
「やっぱ飯はこうでなくっちゃな」
「使徒様。素晴らしい食事をありがとうございました」
食後、ラウンジでくつろぐ八十雄たちにアレクシオはお礼を述べた。ここは王族のプライベートラウンジで、限られた人物しか入れない。極上のソファーでクッションまみれになりながら、お代わりにお代わりを重ね、膨らんだ腹を抱えたバルチは満足そうだった。
「なに、そんなこと気にすんな。それより、おれがここまで来た理由だけど、ちょっくらお願いがあってな」
「何でしょう。わたくしにできることなら全力でお答えさせて頂きますが」
ランゴバルト国王の言葉に、唯一、臣下では臨席を許されていた宰相の顔色が一気に青ざめる。
「1つはさ、公国との戦争は止めて欲しいんだよね。平和を望んでいる女神様も心を痛めてるし」
「その下知、承りました。公国との国境線から兵を引きましょう。なんでしたら、休戦条約を結んでもかまいません」
「陛下、それはっ!?」
「よい。女神様の思し召しだ。異論は一切許さぬ。良いな?」
「……承知いたしました」
「え~と、先に進めて良いかな? 後もう1つはあるんだけどよ」
大人の話が難しかったのか、バルチはソファーで寝息を立てている。
「2年後の女神の休日に、俺がラントスでイベントを開くからさ、それに出て欲しいのよ。招待状は送るぜ、もちろん。
そいでな、そこで何もいわずに、ただ一言【はい】って言って欲しいんだけど」
「いくらなんでも無茶苦茶なっ!? 使徒様と言えど内容も聞かずに返事をしろとは、無茶でございますっ!」
アレクシオも口に手をあて考え込んでいる。今までであればノータイムで返事をしていただけに、今回は慎重だ。
「いいや、あんたらは俺の提案を受けるね。絶対に。
どうせスキル持ちが覗き見てるんだろう? だったらそいつに確認してみろよ。俺の提案を受けても王国に絶対損はねぇから」
「……そこまで言うのでしたら、使徒様のお言葉を信じましょう」
「陛下っ!?」
「いいんだ」
八十雄はソファーで寝ていたバルチを抱っこする。
「こっちからお願いばっかするのも悪いし、ちったあいい目も見せてやるよ」
「いい目、ですか?」
半分寝ぼけ眼のバルチを抱え、そのまま八十雄は立ち上がった。
「ああ。この国の大神殿にも真実の間くらいあるんだろ? これからそこで女神様に会わせてやるよ」
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