034_八十雄の決意 -4-
ラグナスシリーズ完結です。
バルチは大人たちの会話より目の前のケーキに興味があるようだ。さっきはあんなに怒っていたバルチが今はケーキに夢中になっていて、なんか面白い。
(じーじ、これはなんて食べ物なの?)
何故か先ほどと同じように、耳元でコソコソ聞いてきた。
(これはね、ケーキって言うんだよ。とっても甘いお菓子だぞ)
(へー、じーじは何でも知ってて凄いねえ)
おずおずと、小ぶりなケーキをフォークで刺し、ぱくっと一口。するとバルチの目はまん丸に開かれて、今にも零れ落ちそうになっていた。フォークをそっと皿に置いたバルチは、興奮して八十雄の耳元に顔を寄せる。
(じーじ、これも凄く美味しいかもっ)
(それじゃケーキを用意してくれた眉毛のおじいちゃんに、ちゃんとお礼言わないとな)
テーブルの向かいには、ラグナス公国の国王と宰相だと紹介された老人が難しい顔で八十雄の要求にどうするべきか考え込んでいる。
「おじいちゃん、このお菓子とっても美味しいよ。ありがとう」
「ん? そうかそうか、それは良かった。どれ、爺の分もお食べ。陛下の分も食べてよいぞ」
そう言いながらモロドフは、自分とラギオスの前に置かれていたケーキの小皿をバルチの前に押し出した。
「いいの?」
「かまわん、かまわん。子供が遠慮なんかするもんじゃない」
バルチはラギオスに聞いたはずなのに、それに答えたのはモロドフだった。その横で、ラギオスも小さく頷いている。
「おじいちゃん、ありがとう」
バルチは受け取ったケーキを嬉しそうに並べている。八十雄も、自分の皿をそっとその隣りに並べた。
「じーじも、ありがとう」
どこまでも素直で純粋なバルチだった。
八十雄がカップに口をつけると、それは控え室で出されたお茶と同じ味がした。ズズッと薄赤いお茶をすすりながら正面の2人に眼を向けると、未だ厳しい顔をしていた。おそらく2人は、八十雄の提案に従ってラントスを失う痛手と、八十雄の提案を拒否したことで発生する損失を秤にかけているようだ。
もしかしたら、八十雄が王国と手を結ぶ可能性すら考慮しているかもしれない。
バルチを怒らせた腹いせにちょっと意地の悪い言い方をしてしまったが、そろそろ助け舟を出してやるか。
「まあ、ただでくれとは言わないさ。代わりに、あんたらが一番欲しいものと交換でどうだ?」
「我々が一番欲しいものだと?」
「……陛下、この提案をお受けなさいませ」
公国宰相は何か思うところがあるようで、おれの答えを聞く前に国王に提案を受けるよう勧めだした。
「急ぐのは年寄りの悪い癖だぜ。俺の話を最後まで聞いてから決めてくれればいい。
これは俺の勘だが、公国がラントスを占領したのは都市が持つ経済力が目的じゃなくて王国に取られるのを恐れていたんじゃないのか?
そうでなきゃ占領地に対する支配があれほどぬるいのに理由がつかねぇ」
「……」
「その通りです。我らの公国と王国の力の差は大きい。
ここで、ラントスに圧制を強いて一時的な富を手に入れたとしても、潜在的な敵を増やしては元もこうもない。
それに公国は、王国の圧政から独立を勝ち取り誕生した国。それと同じ事はできませぬ」
黙して語らないラギオスを尻目に、モロドフは腹を割って話をする覚悟を決めたようだ。
「公国が恐れたのは、王国がラントス経由で公国に攻め入ることです。
古くから交易都市として栄えてきたラントス周辺は街道も整備され、大軍を容易に動かすことが可能。
公国もラントス方面に対する備えは薄く、やむなくラントスに兵を進めたのです」
「それじゃ、話は早い。俺がラントスに帰ってあの辺りをまとめ上げれば、あの王国がラントスに攻め込む訳がない。だろ?」
「……だが、それだけではないのです。
現在、王国と接する西部国境には王国軍の兵士が日増しに増強されています。おそらく、ラントス方面軍がそちらに回されているのでしょう。
これで我々が完全にラントスから手を引けば、ラントスから攻められることが無くなった王国軍が西部国境線より大挙して攻め込んでくるのは間違いないでしょう」
「今のランゴバルド国王って、20代後半だったよな?」
「確か、27歳だったかと」
「う~ん、相手の出方を見てみないと確実なことは言えないけど、まあ、10年ってところだな」
「10年、ですか?」
「俺が上手いことやって、10年間は王国が公国に攻め込むことがないように話をもってってやるよ。
その代わり、公国側から王国へ絶対に攻め込むなよ。それをやられたら、すべてが終わっちまうから」
「……出崎殿のご提案、ラギオス・アリシールドが承諾した。して、ラントスの開放はどのタイミングでおこなえばよろしいかな?」
「この後、俺たちは王国と皇国を回ってからラントスに帰るつもりだから、そうだなぁ、2年後の女神の休日にラントスまで来てもらえるか? 招待状は出すからさ」
「相、分かった。爺、この10年で我らは王国に負けぬ国づくりを成し遂げねばならぬな」
「このモロドフ、微力ながら死力を尽くしましょう」
「あ~、盛り上がっているところ悪いんだけど、もう1つやって欲しいことがあるんだけどさ。
……その前に、バルチにお代わり貰っても良いか?」
八十雄の隣りでは、フォークを持ったままで空になった皿を悲しそうに見ているバルチの姿があった。
会談を終えた八十雄たちが控え室に荷物を取りに戻ると、先ほどのメイドさんが出迎えてくれた。
「ほら、バルチ」
「うん……」
照れてもじもじしているしているバルチを後ろから突っつくと、ようやく動き出した。メイドさんの前まで歩いていき、ギュッと両手を握り締め気合を入れている。メイドさんもバルチにあわせて膝をつき、視線を合わせてくれた。
「えっとね、バルチ、さっきのクッキーたくさん食べちゃったけど美味しかったよ。お姉ちゃん、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
そのままバルチはメイドさんに手伝ってもらい、ザックを背負う。
「世話になったな。ありがとう」
「どういたしまして。どうぞ、こちらもお持ち下さい」
メイドさんは布製の袋を取り出し、それをバルチに手渡した。
「お姉ちゃん、これは?」
「先ほどのクッキーとお茶の葉を入れてあります。旅の合間にお食べ下さい」
「ありがとうっ! バルチ、うれしいっ!」
感極まったバルチがメイドさんに抱きついた。メイドさんも嬉しそうにバルチの頭を撫でている。
「なんか悪いな。お礼できるものがあれば良いんだけど……」
「クッキーは私が焼いた物ですし、お茶もお城の厨房から分けて頂いた物ですからお気になさらずに」
「そうは言ってもなぁ。うーん、こんな物しかないけれど受け取ってくれるかい?」
そう言って八十雄が取り出したのは一枚の古いコイン。それは、この世界に来る際、鈴木から貰った物だった。
「このような物、頂くわけには参りません。わたくしは自分の仕事をしているだけですので」
「まぁまぁ、そう言わずに。ほれ」
八十雄はメイドさんの手を掴むと、コインを握りこませた。
「バルチ、そろそろお姉さんを解放してあげなきゃな」
「はーい、お姉ちゃんまたね」
八十雄とバルチは公国が用意した豪華な馬車に乗っていた。周囲は100騎からの護衛が前後を固めている。バルチは初めて乗る馬車に大はしゃぎで、窓に張り付いて離れない。ちなみに、八十雄はすでに乗り物酔いにやられ始めていた。
「じーじ、凄い早いねー。バルチ、びっくりかも」
「……おう、じーじはちょっとヤバイけどな」
「んー?」
馬車は西進する。王国との国境を目指して。
その頃、王城では八十雄が渡したコインの正体が判明し、それをどう取り扱うかで揉めに揉めている真っ最中であった。
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