033_八十雄の決意 -3-
激オコバルチさんの回です。
怒ると、超ヤバイらしいです。
「バルチ、じーじたちここから先に進めないみたいだから、帰ろっか」
八十雄の言葉に、謁見の間で待っていた人たちが色めき立った。不動の姿勢で八十雄たちを注視していた衛兵にも動揺が見える。
「……バルチ1人で待てるよ?」
「じーじも猫人族の村で首飾り貰ったでしょ? だから入れないんだよ」
八十雄は服の中からギギの首飾りを見えるように取り出すと、バルチの手を握ったまま歩いてきた通路を戻っていく。
「お、お待ち下され、出崎殿っ!」
謁見の間から、1人の老人が血相を変えて飛び出してきた。
「どうされたのですか? 陛下がお待ちしております」
「あぁん? 俺たちはもう帰るんだけど。バルチ、帰りに何か食べたい物でもあるかい?」
話しかけられたバルチは困った顔で、八十雄と老人の顔を交互に見ていた。
「そんなっ!? 何か失礼があれば謝罪します。どうか、お怒りをお納め下さい」
「怒るも何も。あの部屋って、獣人族が入れないんだろ? 見た目はこんなだけど、俺は猫人族から同族に迎えられているから入れねぇ。
わりいけど、王様にもそう言っといて」
「分かりました。どうぞ、謁見の間にお入り下さい。内務大臣たる私の命で許可をお出ししますっ」
「……それじゃ、お邪魔していくか」
くるりと踵を返した八十雄は、バルチと手をつないだまま謁見の間の赤い絨毯の上を進んでいく。後ろで衛兵と先ほどの老人が、「私は大臣の命令で……」「ええい、今はそのような……」とか、何か話をしていたが気にしないことにした。バルチは後ろの様子が気になるようで、何度も後ろを振り返っている。
八十雄の視線の先には玉座に腰掛けた壮年の男性が待っている。その周囲には、文官や近衛兵と思しき姿もあった。八十雄はバルチの手を引きながら玉座の手前5メートルの地点まで進むと足を止め、しげしげと壮年の男を眺めた。
ラギオス・アリシールドと思われるこの男は、贅肉のない、鍛え抜かれた体つきをしていた。自然体で玉座に座っているが、まったく隙が見当たらない。
「俺は女神アルヴェの使徒、出崎八十雄だ。こっちの可愛いのが娘のバルチ。あんたが、ラギオス・アリシールドか?」
ひざまづきもせず立ったままで、許可なく発言した八十雄に、近衛兵や文官たちが色めきたつ。中には、剣の鍔を握り締める兵士もいた。
その瞬間、八十雄の隣りで手を握っていたはずのバルチが八十雄の前に、突如現れた。
バルチは半身の姿勢で足を軽く開き腰を落として、すでに臨戦態勢を整えていた。八十雄の前に立っているため顔を見ることはできないが、バルチと正対している近衛兵や文官たちは顔を青ざめ、中には腰を抜かした者もいる。
更にバルチがその小さな体に力を込めると、謁見の間の空気が震え出した。これは強力なギフトか、強大な魔法が発動する予兆だ。
「ちょ、ちょっとバルチさんっ!? 何をそんなに怒っているの?」
流石に慌てた八十雄はバルチの脇にしゃがみ込み、正面から顔を覗き込むと、その青い瞳がほのかに光を発していることに気が付いた。
「バルチは猫人族の戦士だから、大切な人を守るために戦うよ。だから、じーじに武器を向ける人はバルチ、許さないっ」
尻尾の毛を逆立て、フーッと気合を込めるバルチ。八十雄の視界が歪み、耳鳴りも鳴り始めた。
「近衛隊長、衛兵をまとめ直ぐにこの部屋から退去しろ」
ここにいたり、ラギオスは玉座から立ち上がると、腰の武器に手を伸ばした。とたんに、バルチから放たれるプレッシャーが増えていく。
小さく笑ったラギオスは、腰から鞘ごと剣を外し、そのまま傍に控える近衛兵に放り投げた。
「陛下、それでは御身の安全が……」
「お前たちが何人いても同じことだ。いいから部屋から出ていろ。話ができん」
渋々ながら、近衛隊長と呼ばれた男は室内に控えていた兵士をまとめ、謁見の間から退去した。この頃になって、ようやくバルチは、いつもの可愛いらしいバルチに戻っていく。
八十雄はバルチの顔を両手で包み、今は光の収まったその瞳を正面から確認したが、どこにも異常は認められなかった。
「……なんかバルチの目、光ってたけど、大丈夫?」
「バルチ、大丈夫だよ。痛い所はないよ」
この子はすぐに『大丈夫だよ』とか『平気だよ』と言うのでちょっと心配だが、顔を両手で包まれたまま、「ん~?」と、不思議そうにしているのを見ているだけで、細かいことはどうでも良くなってきた。
それよりも、
「バルチ、すげぇ強いなあ。じーじ、ビックリしたよ」
「バルチだって猫人族の戦士なんだから。でも、バルチより強い戦士はたくさんいるよ。バルチ、もっともっと強くなりたいな」
ラギオス・アリシールドは、小さき獣人と人間族の使徒のやり取りを静かに見ていた。
言うまでもないが、私は三大国と呼ばれたラグナス公国の国王だ。個人の力で世界を動かすことができる数少ない1人である。
対する2人は、女神アルヴェ様の使徒と言えど、何の権力も後ろ盾もない1人の中年男性と、ただの獣人の少女だ。普通であれば私の持つ権力に恐れをなし、膝を着き頭を垂れても不思議ではない。
だが男は、あくまで私と対等であろうとし、少女は、己の力だけでラグナス公国の精兵を圧倒した。
これだから人生は面白い。
大臣どもが何か画策していたのは知っていたが、放っておいた私に非があるだろう。おそらく、使徒である出崎殿を私に跪かせ、ランゴバルト王家に対して意趣返しをするつもりだったのだろうが、愚かなことだ。
「部下が失礼した。すまなかった」
バルチと呼ばれた獣人の前まで歩を進めると、私は膝を折り頭を下げた。後ろから、「陛下っ!」と悲鳴にも近い声が上がった。頭を下げられた少女は困ってしまったようで、手を握っている出崎殿の顔を何度も見たりと落ち着きをなくしていた。
「バルチ、悪いことをしちゃったけど、反省して謝ってる人にはどうするんだっけ?」
出崎殿の言葉に、はっとなった少女は、おずおずと私の前まで進んでくると、
「バルチ、許してあげるよ。バルチだって、たまには失敗したり間違えたりするもん。間違えたら反省して、次は失敗しなければ良いんだよ」
ポンポンと私の頭に軽く触れた少女は恥ずかしくなったのか、ササッと出崎殿の後ろに隠れてしまう。
許しを得た私は立ち上がり、固唾を呑んで見守っていた大臣たちに顔を向けた。
「出崎殿は女神アルヴェ様の使徒であり、地上における女神様の代理人である。その出崎殿に膝を着かせ、臣下の礼をとらせるなど、不遜の極み。
同じく、バルチ殿が出崎殿の娘であるならば、女神様の愛娘も同様。一同、態度を改めよ」
「は、ははー」
大臣を筆頭に、すべての文官たちが頭を下げた。
「出崎殿、話をするにはこの部屋は、いささか広すぎると思いませんか」
「確かに、バルチをいつまでも立たせとくのもなぁ」
「ならばいい場所があります。どうぞこちらへ」
私は謁見の間に隣接する、私の私室に2人を案内した。先ほどの堂々とした態度とは打って変わり、少女は出崎殿に手を引かれ、おとなしくしている。
部屋の中には私たち3人の他に、もう1人、厄介な人物が待っていた。
「陛下、先ほどは失敗しましたな。相手の立場や力量も見極められぬとは、このモロドフ教育を誤りましたかっ!」
「……爺、出崎殿と話ができぬ。少し黙っていろ」
「いいや、このモロドフ、決して黙りませぬぞ。間違えはその場で正さねば意味が無いもの。陛下にはしっかりと、説教を聴いてもらわねばなりませぬ」
手を振りながら私にいきなり説教を始めた長い眉毛が特徴的なこの老人は、元はアリシールド家の侍従長で私の教育係でもある。武術の手ほどきから、人としてのありようまで、すべての教えを受けた私が唯一頭の上がらぬ人物だ。
新興国で人材不足が著しい公国においては、政治に明るい貴重な人材であり、今は宰相の肩書きを持つ。しかし、何事につけ説教を開始するのが悪い癖だ。
「いいですか、陛下。23年前に私が説明したように……」
「なあ、爺。説教のために幼い子供を待たせるのは、正しいことなのか?」
「ぐっ……。分かりました。では、後ほどしっかりと時間を取っていただきますぞっ」
爺は扉の外に向かうと何かを話しているようだ。おそらく傍に控えているメイドに、飲み物と少女のために何か食べるものでも頼んでいるのだろう。そうした気配りは私にはできない。
すぐに戻ってきた爺は何事もなかったように私の隣りの席に着いた。出崎殿たちも向かいの椅子についている。
「見苦しいところを見せてしまったな。さて、出崎殿。私に話とはどういった用件であろうか」
出崎殿に水を向けたが言葉を選んでいるようで、なかなか話し始めない。そうしている間に扉がノックされ、メイドが飲み物と小さなケーキが乗ったワゴンを押しながら入ってきた。
部屋にいる全員にお茶とケーキを配りメイドが室外に下がる。そのタイミングで、出崎殿は口を開いた。
「……をさ、貰いにきたんだ」
「……申し訳ない、よく聞き取れなかったのだが」
「あーだから、今、ラントスを領有しているのはラグナス公国だろ? それから手を引いて欲しいって言ってんだよ」
読んで頂き、ありがとうございました。
2015 1/31 下記の通り修正を実施
使途 → 使徒




