028_新たな旅立
今日から新たな旅に出発します。
戦士の儀式から3ヶ月。八十雄とバルチが猫族の集落から旅立つ日がやってきた。
バルチの首には、新しい首飾りが光っている。
これはバルチが戦士の儀式で倒したギギの牙を使って作られた物だ。牙には立会人であったゴトスの名前と、達成当時の年齢である8の数字が刻まれている。
猫人族であればこの首飾りを一目見ただけで戦士の儀式の達成者だと分かる代物だ。
神護の森から出た後は、この首飾りは常に身につけていなければならない。これは猫人族の掟であり、いつでも戦士としての誇りを忘れぬための戒めでもあるのだ。
更にバルチの首には、リンクの首巻きが巻かれていた。これは修行を開始してから初めて捕らえた獲物を使い、初心を忘れぬようにと祈りを込めて、近しい人が身につける物に加工する。当然、この首巻を作ったのは八十雄であり、村の年配者にアドバイスを貰いながら、細心の注意を払い苦心の末に作り上げた作品だった。
ほとんどの場合、猫人族の最初の獲物はねずみ系や野豚系で、リンクを捕らえた者はいなかった。最初の獲物で作る装飾具は小さい髪飾りや槍の柄飾りが精々。一体丸ごとを使用した首巻きを作ることはない。
だが、八十雄は我慢できなかった。折角、バルチが獲って来た獲物を切り刻んでしまうのが惜しかったのだ。それでバルチが修行に出ている間に、熟練の技を持つ年配者に頭を下げ教えを請い、この首巻きが誕生したのである。
バルチが初めて獲物を取って帰ってきた日の笑顔。食事時や風呂場で語った楽しそうな修行の風景。1人だけ獲物が取れず、塞ぎ込んでいたのが嘘のように楽しそうに笑っていた。
本人はもう忘れているかもしれないが、八十雄はリンクの首巻きを見るたびに、当時のバルチを思い出した。なるほど猫人族の初心を忘れないようにという風習は当人だけではなく、装身具を作った者の記憶にも残るようだ。
そう言う八十雄の首にもバルチと同じギギの首飾りが巻かれていた。これは族長であるゴトスがバルチが倒したギギの牙で作ってくれた代物である。ゴトスの名前も何も刻まれていないフラットな首飾りだが、八十雄が猫人族に迎え入れられた証として用意してくれたのだった。
集落を去る八十雄の心残りと言えば、ジャイアン湖関係だけだ。
畑仕事は野良仕事仲間に頼んで引き継いでもらったので問題はないし、万が一に備えて種も保存してある。露天温泉は今や猫人族にとっても憩いの場所になっており、使い終わった後の掃除も率先しておこなってくれる。
ただ、魚取りに関してだけは引き継げる者がいなかった。一応、道具の置き場所と使い方はメモに残しておいたが、誰も手を出さない気がする。まあ、強制したところで意味が無いので、あとは猫人族の自主性に任せることにした。
見送りには八十雄たちが住んでいた集落以外の猫人族も大勢来てくれた。彼らは八十雄が作った野菜や、魚やザリの加工品を分けてもらったり、蒸し器やブラッシング用のブラシを作ってもらった者たちだ。八十雄は大したことをしたつもりもなく、顔や名前も覚えてなかったので、何でこんなにたくさんの人が見送りに来たのかさっぱり分からない。日本人的な事なかれ主義で、とりあえず頭を下げてお礼を言っておいたが。
猫人族から贈られた心のこもった品々がパンパンに詰め込んだザックを背負う。隣りではバルチも自分のザックを背負っている。当初、八十雄はバルチに荷物を持たせるつもりはなかったのだが、
「じーじ、バルチ、自分の荷物くらい自分で持つよ?」
「天使がいる……」
「ん?」
というやり取り? の後、バルチは八十雄お手製のザックを手に入れることに成功する。
猫人族の集落でお世話になっていた7年間、自分やバルチの服や靴を作り続けていた八十雄の裁縫技術は格段に進化していた。
使い手を第一に考えた製品は、すでに商売になる域であった。バルチが背負っているザックも、使いやすさと軽さ、それに耐久性が高いレベルでバランスが取れている。
その中身には嵩張るわりには大して重くない衣類や非常食が中心に収められている。またザックの至る所にお金が縫いこまれていて、万が一の場合にもバルチが困らないようになっていた。
……どこまでも甘い八十雄である。
『それじゃ、そろそろ行くな。みんなも見送りありがとう』
見送りの中には、結婚し子供を腕に抱いたトリスとメリスの姉妹の姿もあった。八十雄が集落に来た時とまったく姿が変わらぬ長老や、族長のゴトスも立っている。
『八十雄、バルチ。何か困ったことがあれば、我らを呼べ。何処だろうとも我ら猫人族は駆けつける』
『……ああ、ゴトスや長老も元気でな』
その時、見送りの中でも戦士と呼ばれる面々が左手を握り締め、一斉に己の右胸に叩き付けた。これは、右胸に戦士の魂が存在すると信じている猫人族にとって、心からの感謝を述べる時や、戦に向かう戦士を見送る際に行われる儀式であった。
バルチも真剣な顔つきで小さな左手をギュっと握り締めると、右胸の上に叩きつける。
(ヤバイ、バルチさんが超格好良いんですけどっ!)
それをときめいた瞳でみている八十雄がいた。
7年前に初めて通った森の中の道を、感慨深い思いで八十雄は歩いていた。当時、八十雄の腕に抱かれていたバルチが、今では八十雄の前に立ち、歩きやすいように鉈で道を切り開いている。毒虫などの危険な生物も、決して見逃すことなく駆除していた。
もしかしたら、神護の森にバルチの家族がいるんじゃないかと一縷の希望を込めてやって来たが、残念ながら発見することは叶わなかった。だがそこでバルチのルーツであるナシュ種のことや、過去の飢饉について話を聞くことができた。
そして、八十雄やバルチを【同族】と呼んでくれる、新たな家族ができた。
7年間は回り道としてはかかり過ぎかも知れないが、決して無駄じゃなかったと思う。
「じーじ、また目にゴミが入ったの?」
「ああ。じーじも年とったな~」
無駄口を叩きながらも、2人の足はテンポ良く動き続いている。今年で50歳になった八十雄も、年を感じさせない足取りだった。森の中にある獣道ともいえないような細い道をそれることなく進んでいく。
八十雄が冒険者養成学校で学んだ技術がサバイバルの初心者入門用だとすれば、猫人族の集落で学んだ生きた技術は、グリーンベレーも真っ青な代物だった。しらないうちに2人は、山のスペシャリストになっていた。
無理をせず日が傾く前に野営地を決めると、手分けして野宿の準備を開始した。
バルチの役割は、野営地の安全を確保することに焚き火用のまきを集めることだ。毒虫や毒蛇がいないか確認し、周囲に危険な生物がすんでいる兆候はないか注意を払う。無事が確認されたら落ち葉や枯れ木を拾い集め、かまどを作っていた八十雄の傍まで戻ってきた。
八十雄の仕事は、食事に関すること全般である。食材の在庫管理から賞味期限、料理から後片付けまですべてだ。
今は石を積み上げ作ったかまどの上に水を張った鍋を置き、その周囲にはサケマスの一夜干しを串に刺して火に炙っていた。
沸騰した鍋に小麦と、乾燥させて細かく砕いておいた野菜をばら撒いた。味付けは塩と魚醤。今回の旅のために、魚醤はたっぷりと携行している。
滴り落ちるサケマスの油にバルチの視線は釘付けになっていた。これ以上待たせるのも悪いので、バルチが持っている茶碗を受け取り、むぎ粥を注いで渡した。焼いていたサケマスは、明らかに大きい方をそっと差し出す。
とたんに、パァッと嬉しそうに笑うバルチを見れただけで、八十雄的にはお腹一杯になるのであった。
食事と後片づけが終わると、八十雄とバルチは大きな毛皮を取り出して包まった。これはバルチが戦士の儀式で倒したギギを加工して作られている。深い森の中で見張りも立てず危険と思うかもしれないが、ギギの毛皮は野生の動物を追い払う効果があり、万が一、眠っている間に危険な生物が近づいても、鋭敏な感覚を持つバルチが片付けてくれる。
「なあ、バルチ。今でもアルちゃんと夢の中で会ってるの?」
「うん。7日に1度くらい会いに来るよ」
「あいつ、そんなに会いにきてたのか。よっぽど暇なんだなぁ」
「ん~?」
お休みのあいさつを交わし、2人は肩を寄せ合い眠りについた。
翌朝、特に何事もなく目を覚ました2人は、簡単な食事を終えバルチに日課のブラッシングをかけると再び歩き出した。特に危険な生物が現れることもなく、その日の夕方には辺境の村へと到着した。
村は相変わらずで見張りの1人も立っていなかったが、絶えず森の境界線では猫人族の戦士がパトロールをしているはずなので、心配はないだろう。
八十雄とバルチは勝手知ったる他人の家とばかりに、薄暗い村の中をズカズカと進んでいく。目的の家の前に着くと、扉を叩きながら八十雄は叫んだ。
「エンヤ婆ちゃん、八十雄とバルチがまた来たよ。泊めてくんねぇかなあ」
「おばあちゃーん。バルチだよー」
その後、余りの居心地の良さに、一泊だけの予定が一週間に延びてしまったのは、しょうがなかったのかもしれない。
読んで頂き、ありがとうございました。
2015 1/27 下記の通り修正を実施。
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