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新世界での学校経営  作者: MuiMui
第二章 放浪編
28/123

023_戦士の儀式 -1-

久々の長編となっています。

(ついに、この日がやって来てしまった……)


 一睡もできず、充血する目で八十雄はテントの天井を眺めていた。今日はバルチが【戦士の儀式】を受ける日。心配しすぎて眠れなかった。


 バルチ本人は八十雄の隣に潜り込み、昔と変わらず丸くなって眠っていた。しゅぴしゅぴと、可愛らしい寝息も聞こえてくる。


 白い体毛には染み1つなく、耳や尻尾の末端には母親譲りの美しい青灰色が残っていて、とても綺麗だ。その体はまだまだ小さく、危険なことはさせたくないのが本心だ。バルチはまだ8歳。もう少し子供として自由に遊んでいたっていいじゃないか。


 八十雄の思いに反し、バルチは戦士の儀式を受けることを大いに喜んだ。猫人族の歴史でも8歳で戦士の儀式を受けた者はいない。今までの最年少記録は9歳で、達成者は物置のように動かない、あの長老様とのことだ。


 初めて聞いた時にはたいそう驚いたが、長老の逸話や伝説はこれだけじゃなく、いくらでもあるらしい。ランゴバルト王国が攻め込んできた時は一族の先頭に立ち、500を越える首級を挙げたとも言われている。


 言われてみれば、長老が一度口に出したことに猫人族が反対や反論したことは一度もなかった。それだけ尊敬と敬愛の対象として認められていたのだ。


 その伝説とも言える記録にバルチが挑もうとしている。猫人に性別による区別はない。強い者は戦士になって狩りを行い、それ以外の者は別の仕事をすれば良いと考えられていた。男性でも戦士でない猫人族はいるし、戦士の中には女性もいる。そこに差別や偏見はない。


 八十雄もアリスに教えてもらったのだが、この村は神護の森でも人間族が住む外周部にもっとも近い場所にあり、森に住む全種族の防人さきもりとしての役割を請け負っていた。族長と長老が最前線であるこの集落に住んでいるのは、そのためだ。


 それだけに、この集落において戦士は憧れの存在だった。ここで生まれた子供は、誰でも一度は戦士をこころざす。残念なことに、本人の資質で戦士になれなかった猫人は、自分の思いを戦士となった仲間に託すのだ。そして、戦士となった者は、思いのすべてを背負っているのだとアリスは言った。


 そして、苦しくなったり辛くなった時に、この思いが背中を押す強い力になるのだと。


 八十雄は戦士ではないが、アリスのこの言葉には感じ入るものがあった。周囲からの期待は、時として大きな力になることを八十雄も知っていた。


(でもさぁ、こんな小さい体で背負うには重すぎる荷物だよな)


 優しい手つきでバルチの背中を撫でると、寝たままで気持ち良さそうにバルチは笑った。




 目が覚めたバルチといつもの様にあいさつを交わし、着替えを終えてから食事の準備を開始する。


 八十雄は今日のために特別なメニューを用意していた。日本人として安直かもしれないが、イノシシ製の特製かつが乗ったスペシャルうどんである。更に力うどんではないが、茹でたナトも乗せておいた。


 八十雄は、戦士の儀式に挑むバルチに何もしてやれない。せめて、日本式の験担げんかつぎではあるが、縁起が良さそうな物を揃えてみた。


 朝から重たい食事でどうかと思ったが、目を丸くし、涎をたらさんばかりのバルチに、ちょっと安心する。


「では、いただきます」

「いただきますっ!」


 自作の魚醤で作ったうどんは、八十雄とバルチの大好物だ。この調味料は、沢山獲れたサケマスと岩塩を材料に、試行錯誤の末に八十雄が生み出した。独特の匂いと風味に好き嫌いが分かれるところだが、幸いなことに猫人族には好意的に受け入れられている。


 朝からヘビーな一杯をぺろりと平らげたバルチに、たっぷりお代わりを盛ってやる。今日は特別とばかりに、別に用意しておいたザリとサケマスの天ぷらを山盛りに乗せて、最後に魚醤をチラリとたらし、バルチに手渡した。


「じーじ、今日は朝からご馳走だねっ!」

「おう。今日は大事な試験の日だから一杯食べておくんだぞ」

「うんっ」


 幼い時と同じく、お茶碗に顔を突っ込むようにしてかき込んでいく。その様子を黙って見ていた八十雄は、そっと箸を置いた。


「バルチ、ご飯を食べながらで良いから聞いてね。

 今日は大切な儀式の日だけど、一年に一度しかない日だけど、失敗しても良いんだよ。今年ダメなら、来年、もう一度挑戦したって良いんだ。

 だから、危ないと思ったら帰っておいで。付き人は族長だろう? やばかったら助けを求めるんだよ?

 じーじは、バルチに怪我さえなければ嬉しいんだから。

 明日になったら忘れても良いけど、今日だけは覚えておいてね」


「……うん」

「よし。それじゃ冷えないうちに食べよ。今日のためにじーじ、頑張ったんだから」




 今年は8人の若者が戦士の儀式に挑戦する。上は17歳から、下はもちろんバルチの8歳だ。女性は2名で、やはり男の割合が高い。


 バルチ以外の7名は短槍を相棒としており、みなこの集落で育った素質を認められた者たちばかり。


 戦士の儀式は、挑戦者が1人でギギを討伐するのを、立会人と呼ばれる猫人族の先輩戦士が見届けることにより成立する。


 立会人はたとえ挑戦者が死にかけようと、助力を求めない限り決して手を出さない。それは戦士を目指して試練に挑まんとする思いに、何より同族思いの猫族が答えるためである。


 春先のギギは冬眠明けで腹を減らしており、とても気性が荒い。ベテラン戦士でも通常は複数で相手取るほどだ。そのために、戦士の儀式で命を落とす者もいる。


 ギギは繁殖の時期以外、縄張りを作り単独で行動する。巨木に刻まれるギギの爪あとが縄張りを表す目印になっていた。


 森に入って約2時間。バルチはギギの刻印を発見した。


 これより、戦士の儀式が始まる。




 バルチは枯れ木を集めて火を起こし、荷物の中から取り出したサケマスに串を刺して焼き始めた。ギギの縄張りの中で匂いの強い食べ物を焼いていれば、ギギは釣られて現れる。


 焚き火を見ながら、バルチは戦いの準備をおこなっていく。皮製のグローブを確認しバトル・ハンマーを強く握る。皮製の上着もしっかりと着込み、ブーツの靴ひもを硬く締め直した。


 今履いている靴はじーじが作ってくれた。靴だけじゃなく服もグローブも、身につけるすべての物がじーじのお手製だ。体が大きくなるたびに、修行で破れたり傷ついたりするたびに、いつも綺麗に直してくれた。


 今着ている上着で、急所にあたるお腹や胸には丈夫な皮を縫込み補強してあった。今、手に握っているハンマーも、滑り止めの皮が巻かれ、今日のためにピカピカに磨かれていた。


 心がこもった装備品を身に着けるたび、嬉しい気持ちが溢れてくる。


 じーじはいつもバルチのことを大事にしてくれる。自分のことより大事にしてくれる。


 ラントスにいた時は、常に悪意にさらされていた。怒鳴られ、石を投げつけられた事もあった。そういう人からは、何とも言えない嫌な臭いがするのだ。


 そんな時、じーじはバルチを抱きしめ背中を擦ってくれた。バルチの代わりに怒ってくれた。寂しい夜は一緒に寝てくれた。じーじの体はからは、バルチが安心できる匂いがした。


 バルチが危なくないように、バルチが怪我をしないように、バルチが幸せであるように。


 じーじはいつもバルチを一番に考えてくれる。


 だから、これからはバルチがじーじを守るのだ。戦士と認められて、誰よりも強くなって、じーじがバルチを守ってくれたように。


 小さな獣人の心の炎は、静かに燃えていた。




読んで頂き、ありがとうございました。

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