022_6年目の春
前話より、少し時が過ぎています。
ちょっと長くなったので2話に分けようかとも思いましたが、切ってしまうと話しの流れが悪くなりそうなのでそのままにしておきました。
説明回となっております。
八十雄たちが猫人族の集落でお世話になり始め、6年の月日が過ぎていた。
その月日は、八十雄たちの立場を猫人族のお客から、共に暮らす仲間へと変えていた。常に傍らにいた世話役2人の姿も今はない。
テニスコートほどの広さだった八十雄の畑も、今はサッカー場ほどに広がっていた。八十雄1人では手が足りないので、今は子供や女性、それに老いて狩りから手を引いた猫人たちが手を貸してくれていた。
八十雄が持ち込んだ小麦を始めとする人間族の食べ物も、猫人族はすんなりと受け入れた。
彼らの食生活は、狩りで捕らえた獲物をおかずに茹でたナトの実や森で取った果物を食べるだけだったが、一手間かけた具入り蒸しナトや、畑で取れた野菜を使った餃子やシュウマイ、それに八十雄が作り出す日本の料理は猫人たちを魅了した。
最初、八十雄は猫人族の食文化を破壊してしまうんじゃないか、激しく拒絶されるんじゃないかと恐れていたが、そうはならなかった。思い切って、族長のゴトスにそこのところを聞いてみたら、
『旨いものは旨い。それで良いじゃないか』
そう言ってゴトスは笑った。身内以外には非常にシャイで表情も変えない猫人族だが、本当の姿は受容性と寛容性に富んだ心優しい種族なのだ。
露天風呂にも大きな変化があった。
元々、露天風呂は1つしかなかったのに、今では3個に増えていた。八十雄とバルチが入っていた湯船は混浴になり、追加で男女用の露天風呂と、脱衣所や垣根も作られていた。
新しく作られた露天風呂は猫人用に湯船が浅く作られていて、今では老若男女が入りに来る。最初は怪我や古傷が痛む猫人の湯治ために勧めてみたのが以外に好評で、怪我だけじゃなく疲労回復にも効果があり、更に入浴中は何とも言えない心地よい時間が過ごせるとあっては、こぞって温泉に入るようになっていた。
八十雄が仲間と受け入れられてからは、猫人族は自分がやって欲しいことをはっきりと口に出すようになった。今までのように、変に遠慮されるよりかはよっぽどやりやすい。
最初に作った湯船は混浴になっていたが、八十雄とバルチ以外は誰も入りに来なかった。湯船の深さがネックになっていたのと、最初に風呂文化をもたらした八十雄に敬意を払って遠慮していたのである。
猫人族の生活は大きく変わっていたが、八十雄の日常は6年前とさほど変わっていなかった。
朝起きたら服を着替え、朝食をとった後はバルチにブラッシングをかける。昔は何人もの獣人さん(女性限定)にもかけていたが、今ではそれもなくなっていた。八十雄が獣毛ブラシを作って望む者に配ってまわったからである。材料の獣や材木も豊富に手に入ったし、接着剤となる松やにやニカワも猫人たちが用意してくれた。
試行錯誤の末、完成したブラシは獣人さん(女性限定)の間で大人気となる。
ブラシ1号をアリスに渡してから間もなく、八十雄たちのテントの前にイノシシの毛皮や松やにが山と積まれることになった。しばらくは、ブラシ作りが余りに忙しくて目が回る思いだった。
今では我が子や孫に親がブラッシングをかけてあげるのが、猫人族の朝の風景となっていた。
最近のバルチは早起きにも慣れ、どれだけ朝早くても八十雄と一緒に起きている。昔、八十雄と交わした約束を忘れていなかったのだ。
ブラッシングが終わり、最初に向かうのは畑だ。その頃には真面目で勤勉な猫人族が、先に作業をしているのはいつものこと。見知った顔にあいさつを交わし、八十雄も作業に入る。
雑草取りや肥料やり、水撒きに収穫と、すべて手作業なため、やることは多い。また、慣れぬ畑仕事のアドバイスを八十雄に聞こうとやって来る猫人族も多かった。
彼らは森に生えている神護の森独特の山菜や果物を森から根ごと掘り出して畑に植えたりと、予想も付かない発想を見せて、八十雄は大いに刺激を受けた。
畑の後はナトの森で実を拾い、ジャイアン湖でのサケマス釣りに励む。昔はトリスたちが燻製作りに協力してくれたが、今はバルチが担当していた。自分で火も起こし、内臓の処理から串の作成まで請け負ってくれる。焼き上げについても熟練の域で、絶妙なタイミングを見極めていた。
その間、八十雄はサケマス釣りに専念していれば良かった。お腹がすいたら焼いた魚を2人で食べたり、いつまでたっても仲の良い2人だった。
6年前と違うのは、昼食後からだった。
八十雄はバルチと分かれ、再び1人で畑作業を行い、バルチは戦士を目指す猫人の若者たちと修行を開始していた。
猫人族が戦士となるための修行は、各々が森に出て危険の少ない小動物を狩るのだが、飛び道具の使用は認められていなかった。
猫人族は伝統的に短槍を武器としていた。手に持って突いても、振り回しても良し。また、投げても良しの万能兵器だ。1メートル強の長さも、森の中を狩場とする猫人族に適していた。
だがバルチが選んだのは、小型のバトル・ハンマーだった。それを両手に2つ。リーチも短く、森の中で使う武器としては適していないかもしれないが、バルチは頑として譲らなかった。この白い猫人は、一度言い出したことは決して譲らない、頑固者でもあったのだ。
修行が始まってしばらくの間、バルチは何も捕まえることができなかった。最初の頃は一緒に修行をしていた猫人の誰もが獲物を捕らえなかったので焦りもなかったが、次第に捕らえだす猫人が現れ状況が変わる。
獲物となる小動物は森の中では弱者であり、捕食者を常に警戒していた。それらを捕らえるためには飛び道具が使えない以上、獲物に気が付かれないように接近するか、投槍の腕を極めるか、もしくは、気が付かれても逃げる間がないほど一気に近づき仕留めるしかない。罠を使えば簡単に捕らえることもできるのだが、それでは戦士として認められないのだ。
一度コツを掴めばあとは技術を研ぎ澄ますのみ。バルチの仲間たちはドンドン腕に磨きをかけていく。そんな中、いつまでたってもバルチだけは獲物を獲ることができなかった。武器のリーチも短く投げるのにも不向き。修行の後は、いつもしょんぼりと八十雄のテントに戻ってきた。
またバルチは他の猫人に比べて、大きなハンデも負っていた。その白い体毛が神護の森の中では浮き上がってしまうのだ。
八十雄も何度かハンマー以外の武器を勧めてみたのだが、その度にバルチは『ぷいっ』とへそを曲げる。いつも素直で『じーじ、じーじ』と懐いているのに、この時ばかりは絶対に『うん』とは言わない。
八十雄は、『これが伝説の反抗期かっ!?』と恐怖に打ち震えたが、そうではなかった。
今まで八十雄と別行動をとった事がないバルチにとって、このバトル・ハンマーは八十雄の代わりなのだ。たとえ八十雄の言葉でも、決して譲るわけにはいかなかった。修行を開始するにあたり、八十雄にせがんで作ってもらった2つのハンマーは、バルチの宝物なのだ。
白い体毛が獲物に直ぐに気が付かれ、投げるには適さない武器を扱うバルチにとって、残された手段はそれほどない。
だが、ここでの苦しい経験がバルチの後の人生において大きな影響を与えるのだった。
修行が始まり5ヶ月が過ぎようとしていた。
未だに一度も獲物を捕らえていないのは、バルチただ1人となっていた。確かに、修行を行っている猫人の誰と比べても、4つも5つも年下ではあるが、バルチのプライドは酷く傷ついていた。
このまま同じことを続けても結果が変わらないことは、何となくではあるがバルチも理解していた。今までの失敗から、獲物に近づける限界地点は分かっている。問題はそこからどうやって更に踏み込んでいくかということだった。
「うーん、うーん」
最初は体に泥でも塗って真っ黒くしようかとも考えたが、『バルチの白い毛は綺麗だね』と、じーじがいつも褒めてくれるのに、真っ黒に汚れて帰ったらどう思うだろうか。そう考えると体を汚すことはできなかった。また、ハンマーを投げようにも、回転しながら飛んでいくハンマーは周囲の枝木に当たり、獲物に気づかれ避けられてしまう。
「むー」
流石のバルチもまったく足音を立てずに森の中を移動することはできない。コソコソと忍び寄るうちに気づかれた獲物にさっと逃げられ、鳥は羽ばたき飛んでいく。
しばらくの間、バルチは獲物を観察するだけの日々を過ごした。テントに帰ってからもいつになく無口で、焦った八十雄は『俺の体が臭いとか嫌われてたらどうしよう』と、的外れな心配までし始める始末。だがその影で、バルチは爪を研ぎ続けていたのである。
この日、バルチは特別な決意を持って修行に挑んでいた。普段は軽口を叩いている仲間たちも、バルチの気迫を感じてか、みな無口でぴりぴりした空気が漂っていた。
狩場で仲間たちと別れ1人になったバルチは、早速、獲物を発見した。
バルチが見つけたリンクと呼ばれる動物は、テンに似た獣で濃い茶色の毛皮が美しかった。
だがその性格は、警戒心がとにかく強く、すばやい動きで大人の猫人族でも捕らえるのは難しい。バルチも今まで何度も逃げられ続け、苦渋を舐めさせられた相手だ。
リンクもすぐにバルチに気が付き、いつでも逃げられるように警戒態勢を強めている。バルチもリンクを見つめながら、静かに足を止めた。目と鼻と耳を全力で働かせながら、木立ちや落ち葉、倒木などの周囲の状況を頭に入れていく。
奇妙なにらみ合いは唐突に終わった。バルチが全力でリンクに躍りかかったからだ。隙を突くとか、武器を投げるとか、そうしたセオリーを一切無視し、ひたすら一直線に走り出した。当然、警戒していたリンクも体を翻し逃走を開始する。木を登り、倒木の陰を駆け、ひたすら逃げ回る。
昨日までのバルチであればここで諦めていたはずだ。だが、今日のバルチは一味違った。木の上に逃げられても両手に持ったハンマーを木に打ちつけ、無理矢理登って追いかけた。小動物特有の急な方向展開にも、手足や両手のハンマーを駆使して食らい付いていく。
今のバルチには獲物に気づかれずに近づく技術も、正確な投擲術も、圧倒的な敏捷力も持ち合わせていない。ただ、誰にも負けない根性と自分を信じる心の強さを武器に、何処までもリンクを追いかける。
必死に逃げ回っていたリンクであったが、バルチが諦めずに追いかけ続けると次第に疲れが見え始めた。動きに切れがなくなり、物陰に隠れてやり過ごそうとする動きが出始めた。
バルチも息が上がり苦しくなっていたが、そこからギアを1つあげ、更なる力を振り絞る。慌てたリンクも木の上に逃げようとしたが、バランスを崩して木から転げ落ちた。それを見逃すバルチではなく、空中で身動きの取れないリンクの首をギュッと鷲掴みに捕獲した。
「やったーっ!」
初めての狩りに成功し喜ぶバルチ。その体は擦り傷だらけの泥だらけだった。
あれから1年2ヶ月。
今のバルチは戦士を目指す猫人族の中で一番の狩り上手になっていた。獲物がどのように動くのか、どうすれば素早く確実に獲物を捕らえる事ができるのか。予測を立てて獲物を上手に誘導しながら仕留める技術を完全に習得していた。
腕力や脚力も子供にしては規格外れの力を示した。下手をすれば、そこらの大人よりも力持ちかもしれない。振り下ろされるバトル・ハンマーの一撃は、狼やイノシシの頭を一撃で砕いてしまうほど。
経験と努力を重ね、ついに、八十雄たちが神護の森にやって来てから7年目の春がやってきた。
そう、バルチが戦士の儀式を受ける、春がやってきたのだ。
読んで頂き、ありがとうございました。




