014_辺境の村
今回からバルチの時代が訪れます。乞うご期待。
エンヤ婆の言葉に甘えた八十雄達は、2週間たった今も村に残っていた。
200名ほどの村民は、バルチのことを『獣人様』と呼び可愛がってくれた。バルチもこの村ではフードを被ることはなく、元気一杯、走り回っている。
本来、女神様の使徒であり敬われる立場の八十雄は、今やバルチの付き人と化していた。何処に行っても大人気のバルチの姿に涙腺が緩みそうになる。
(やべぇ、年をとったかなぁ。目から汗が流れやがる)
いっそこの地で生きていくのも悪くないと思う八十雄であった。
滞在していた2週間の間、八十雄も遊んでいただけではない。畑仕事を手伝ったり、まきを割ったり、森の中で狩りもおこなった。最初のころは勝手に森の中に入って獲物を取ったりしたら獣人族が怒らないかと心配していたが、村人が言うにはそんなことはないらしい。
八十雄は村の手伝い以外にも、村の外れを耕して小さな畑を作り残り少なくなったミカンの種を植えていた。これは、アルヴェから貰った4個のミカンに含まれていた物で大事に取っておいたのだ。八十雄が日本で食べていたミカンにはほとんど種が含まれていなかったから、もしかしたらミカンと種類が違うのかもしれないが、アルヴェも『ミカン』と呼んでいたし、その辺りは気にしないことにしている。
村の仕事の手伝い以外は、主に付近の散策に費やした。バルチは村の子供たちに遊んで貰っていたので、何年ぶりかの単独行動だった。
村から30分程度の場所できれいな沢を発見した。鮎ともマスとも似ている魚が泳いでいたので、付近にいた川虫を餌に釣りを試みると、これが面白いように釣れる。人に慣れていないのか、豊富に魚がいるのか、もしかしたらその両方かもしれない。
この村の暮らしの中で、村人は神護の森と上手に付き合っていることが分かってきた。
ほぼ自給自足の生活で、年に数回訪れる商隊と物々交換を行うのが精々。非常に狭い範囲での生活。
八十雄にとって不思議だったのは、村人が獣人をまったく恐れていないことだった。ちょっと離れた村では、大人から子供までみなが毛嫌いしていた。思い切って仲良くなった村人に聞いてみたら、思いっきり笑われてしまった。
「この村で獣人様を悪く言う奴なんかいないさ。
あれは25年も前のことだ。森の中で獣人の子が倒れているのを村のガキが見つけたんだ。どうやら毒蛇に噛まれたみたいでな、酷い熱だった。
直ぐに村まで運んで村のみんなで看病したかいもあり、獣人の子供は直ぐに元気になったよ。
ガキ同士、言葉は通じなかったが、仲良く遊んでいたな。
獣人が森に帰る時には、村人総出で見送ったさ。気に入っていた食い物をお土産に持たせてやり、真新しい服を作ってやったんだ。獣人の子は何度も何度も振り返りながら帰って行ったよ。
ここみたいな何も無い所だと村人全員で助け合って生きてんだ。だから、困っている人がいれば誰でも助けるさ」
そう言いながら上着の左そでをめくると、そこには大きな刃創が走っていた。
「この傷を負ったのは7年前だ。いつものように畑仕事をしていたら、いつの間にか村を盗賊の集団に囲まれていたんだ。
奴らは村中の人間を広場に集めると、武器を抜いて襲いかかってきた。これはその時にできた傷さ。もうダメかと思った時、獣人様が現れたんだ。100人はいた野盗たちを、20人足らずの獣人様は凄い勢いで蹴散らしてな。特に獣人様のリーダーは強かったなぁ。
すべてが終わった後、傷ついた者の手当てもしてくれて、そればかりか死んだ盗賊の埋葬まで手伝ってくれてな。
俺達は感謝の気持ちを伝えたくて、色々な贈り物を用意したんだが彼らは一切受け取らなかった。そうしている内に獣人様のリーダーがボロボロになった布を取り出したんだ。それは、毒蛇に噛まれた獣人の子にお土産で渡した服だった。あの時、村で看病した獣人の子が助けに来てくれたんだって、それで俺達は気がついたんだ。
俺はガキの頃の出来事をすっかり忘れていたんだけど、あの子は覚えていてくれたんだ。それどころか、森で最初に見つけてくれた俺のことも覚えてて、腕の怪我も見てくれた。俺だけじゃない。村中の人間が泣いたよ」
「そんなことが……」
「それだけじゃないさ。その年から年に一度、夜が一番長い特別な日に村に贈り物が届くようになった。
この辺りでは貴重な岩塩や珍しい薬草に、毛皮や果物なんかが一杯だ。誰が持ってきてくれたかなんて子供でも分かる話さ。
翌年からは俺達も贈り物を用意した。村で育てた綿花で作った糸や布に縫い針。村で取れた野菜なんかを置いといたら、翌朝には無くなってた。
その付き合いが今でも続いているから、この村の住人は獣人様に対して恐れを抱いたりしないのさ」
その日の夜、八十雄は自分達が神護の森に来た理由を初めてエンヤ婆に話した。
ラントス近郊の森でバルチを保護したこと。
もしかしたら神護の森にバルチの親戚がいるかもと思い探しに来たこと。
神護の森にできれば入りたいこと。
エンヤ婆は八十雄の話を黙って聞いていた。一日中遊んで疲れていたバルチは、八十雄の腕の中で眠りこけている。
「何も心配するこたあねぇよ。お前さんが優しい心の持ち主なのはみんなしっとるで。
でなけりゃ獣人様がこんなに安心して寝りゃあせん」
丸くなって寝ているバルチ。
「獣人様はみんな見とるよ。おみゃあの事も、その小さい獣人様のことも。心配せんで森に行ったらええ」
「ありがとう、婆さん。早速だけど明日、森に入ってみるよ」
長い間、世話になった礼をエンヤ婆に言い、八十雄はバルチを抱いて床に入った。
生まれた時から変わらずに、毛玉のように丸まって寝るバルチ。体からは太陽の匂いがした。
「ありがとう、ありがとう。俺の所に来てくれてありがとう。バルチがいたから俺は強くなれた。本当にありがとう」
部屋の中に光が差し込む。その頃になって、ようやく寝具の中でバルチがモゾモゾと動き出した。この小さな獣人様は、案外寝ぼすけなのだ。
「おはよう、バルチ」
「おはよー、じーじ」
朝のあいさつが終われば、次に取りかかるのは着替えだ。バルチも自分1人で着替えようと、寝具の上で転がりながら頑張っていた。
その間、八十雄は見ているだけで手を貸さない。バルチが手助けを求めるまでは好きにやらせてあげるのだ。服を後ろを前に着たり、ボタンの掛け違いなんてしょっちゅう。それでもかまわないと思っていた。
子供なんて間違えるのが仕事で、間違いの中から学んでいけば良いのだ。親の仕事は子供が間違えた道に入りそうな時に正してやり、怪我を負いそうな時に守ってやれば良い。
「よし、今日はお世話になった村の人に御礼をしたら、また旅に出るぞ」
「おれー?」
「おう。村のみんなに、ちゅるちゅるをご馳走しようと思うんだ」
歓声を上げるバルチを抱き上げ、八十雄は部屋を出た。
小麦粉は村人から代金を支払い分けてもらったものを使用した。それに水と塩を入れ良くこねる。旅に出て食べる機会がめっきり減っていたうどんが嬉しいのか、ピョンピョン飛び跳ねながらバルチは辺りを走り回っている。
村から借りた大なべに、水と沢で釣り頭と内臓を取り除き燻製にしていた川魚を入れ火をつける。味付けは塩と分けてもらった干しキノコ、それに塩漬けした鹿の燻製肉で調整した。
打ち立ての麺をいれじっくり煮込んでいく。村の共同調理場から漂う匂いにバルチの口からは、よだれがこぼれんばかり。折角なので、天ぷらうどんにでもしたかったが、この世界では植物性の油は貴重品だ。代わりに、山菜うどんにした。
バルチに村の人たちを呼んでくるようにお願いすると、飛ぶような速さで走って行く。旅に出て2ヶ月余りだが、あっという間に成長していく。
出汁に使ったキノコや鹿の燻製肉も具材とし、久しぶりのうどんが完成した。
パンが主食の村人に受け入れられるか心配だったが、それは杞憂に終わった。みんなおいしそうにうどんをすすっている。バルチは相変わらず茶碗に顔を突っ込みモリモリ食べていた。エンヤ婆も柔らかく煮込んだうどんを気に入ったようだ。
用意していたうどんのレシピを渡し、後片付けは好意に甘えお願いした。
久々のうどんに満足げなバルチを抱え、見送りに手を振り返しながら、神護の森に入っていく八十雄であった。
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2015 1/23 下記の通り修正を実施
100人はいた野党たちを → 100人はいた野盗たちを