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其の伍:冬(一)・自白

冬季の一人称です。

 二十七年前、高校生になった私は初めて一目惚れというものをした。その相手こそ、クラスメイトだった七峰夏姫さん。整った顔立ちに、若干茶色がかったセミロングの髪。髪と同色の穏やかな瞳。彼女の一つ一つのパーツが印象的だった。だが、私はその見た目以上に、彼女が纏う柔らかな雰囲気に強く引かれたのだ。だが、恋愛に関して奥手で臆病な私には遠くから眺めることが限界だった。

 そんなもやもやとした日が続いていたある日、私は聞き流していた隣の女子の雑談から、夏姫さんが美術部に入ったと知った。……チャンスだと思ったよ。臆病でも惚れていた気持ちは抑えられなかったから。私は二秒で入部届けに「美術部」と書きこんで、急いで先生に提出した。

 同じ美術部員となったことで、最初は事務的なものだけだったけど、少しずつ夏姫さんと言葉を交わせるようになっていた。器用だったし絵自体ももともとそこそこ上手かったので、コツを掴んでからは短期間で急成長できた。美術部の活動自体も私には有意義なものだった。

 また、夏姫さんと親しくなったことで、新たな友人ができた。それが、加賀美冬吾。私と同じく美術部に所属している、体育会系の熱血漢な性格の男だ。夏姫さんとは小学生の頃からの付き合いらしい。引き締まった体と精悍な顔つきを持つ彼がなぜ美術部なのかと、私は最初は思っていた。が、彼の描く絵は案外繊細で、何か人の心を動かす魅力を持っていた。正直予想外で驚いたのを覚えている。冬吾は良い奴で意外と気も合った。人間関係に積極的とは言い難かった私には、一番の親友と言えた。

 だけど、その一方で冬吾に嫉妬と恐怖を抱いていた。彼は夏姫さんとの付き合いが僕より長かったから、精神的な距離感が僕と夏姫さんのそれ以上に近かったんだ。臆病な私だから夏姫さんに気持ちを伝えることもできず、冬吾がいつ彼女とくっつくのかと心の中で怯えながら高校生活を過ごした。けれど、僕が見た限りでは二人に何も進展はなかった。

 だから、卒業式の後に目撃したあの出来事は私には耐えられなかった。

「二人ともどこ行ったんだろう……なっ……」

 私は固まった。その視線の先には頬を染めながら唇を重ねあう夏姫さんと冬吾が。

 二人はとうの昔に付き合っていたのだ。私がそれを知らなかっただけ。まさに道化。いや、臆病ゆえに何もできていなかったから道化にすらなれていなかった。

 自分が憐れで情けなかった。これ以上二人に関わればさらに惨めな思いをするだけだと分かったから、静かに二人の前から姿を消した。





 それからちょうど二十年経ったある日、私は仕事で取引先に勤めていた冬吾と偶然再開した。これも何かの縁だと連絡先を交換して、一度一緒に飲みに行くことにした。

「本当に久しぶりだな。こんな風に話すのもさ」

「確かに。……ってか二十年振りか!? 時間経つの早いな~」

 ここは会社の最寄駅近くの居酒屋。冬吾の方の仕事は早くに終わっていたので、こちらに合わせてくれたのだ。

「お前を美術室で最初に見たとき、私は吹きそうになったのを今でも覚えてるよ」

「どういう意味だよ、それは?」

「いや、どう見てもスポーツと筋トレしかしてなかった感じだったから。……てっきり自分の肉体美でも描くのかと思ってたよ」

「自分の肉体美になんか興味あるかっ!」

 そんなふうにくだらない言葉を交わすのも二十年振りだった。高校でのことをネタにして話せば、一瞬であの頃に戻れた。

 でも、前述の通り、その楽しかった高校生活の裏で、私は冬吾と夏姫さんが恋愛関係になるのを怖がっていたのも事実。

「……で、最近はどんな感じなんだ?」

「ん? どんなって言われてもなぁ……」

「いや、結婚して家族はいるのか……とか、さ」

 だからか、心の中では聞きたくないと思いつつも、自然とその話題を口に出していた。

「結婚はした。相手はお前も知ってる奴だ」

「私の知ってる奴? え、誰だろ。勿体ぶるなって」

 止めろ、聞きたくない。でも、そんな心とは裏腹に口は心にもない言葉を吐きだす。

「夏姫だよ。七峰夏姫。……あ、結婚したから加賀美夏姫か」

「そ、そうか。夏姫さんと結婚したのか。へぇ~」

 そのとき私はどんな顔をしていたのだろうか。少なくとも心から祝福したような顔ではなかっただろう。幸い、冬吾は夏姫さんの惚気話や子供の可愛いらしいエピソードを話すのに夢中で、私の表情の変化に気づいていなかったようだが。

 その前年に二度目の離婚をしたこともあって、彼の幸せな話ですら私の心をえぐる凶器でしかなかった。別に妻だった二人の女との間に愛がなかったわけではない。だが、夏姫さんを思っていた頃ほどには熱く愛せなかった。

 親友として喜ぶべきだと分かっていても、私は彼に対しての怒りの炎を消すことができなかった。そして、そのうち思うようになった。――こいつさえいなければ、夏姫さんと一緒になって愛を育めるのではないか、と。

 それから数日は仕事も手に着かなかった。ずっと冬吾の惚けた顔ばかりが頭にちらついていたからだ。それとともに自分のなかにどろどろとした感情が渦巻いていくのも何となく理解していた。――そして、ついにそれが決壊した。

 まず、冬吾と何度か会って彼の平日の行動パターンと通勤方法について、少しずつ詳しく聞いていった。そして、それをもとに冬吾の行動パターンに合わせた計画とルートを練り上げた。……後はこれを実行するだけだ。




 午前八時五分。駅近くの駐車場に止めた車のなかでそう確認し、一つ溜息を着く。この日は平日だったが、会社は有給休暇を取って休んだ。予想ではそろそろ冬吾が乗っている電車が着く頃だ。双眼鏡を取り出して駅の様子を確認する。

 あまり時間をかけると不審がられる可能性があるな、と考えていたからか、案外あっさりとあいつを確認できた。のんきに欠伸なんかして……苛々する。

 なんにせよ駅に着いたのが分かったのでこちらも動くか。アクセルを踏んで駐車場から出て予定通りのルートに沿って車を走らせる。これからしようとしていることがどういうことかは分かっているつもりだが、それでも今更引きかえせるほど冷静ではなかった。

 交差点を二三度曲がって目標の地点を目指す。そのうちにあいつの姿を再確認し、アクセルをさらに踏み込む。目標点までの最後のストレートに入った。あいつも横断歩道を渡り始めた。今だ、アクセルに体重をさらに乗せて一気に加速する。

「ふわぁぁ……なっ――」

 軽くない衝撃を前方に感じながらもさらに直進する。いびつに曲がった冬吾の体が空中をきりきりと舞う。フロントガラスには冬吾の鮮血が飛びちって、印象的なまだら模様のようになっていた。指は震え、動悸が激しくなる。それでも、ここにいるわけには行かなかったので逃げるように飛びだして、相当離れたところで車を乗り捨てた。

 ナンバープレートは偽物に変えた上に車体番号は消した。知り合いから聞きかじった違法改造も施したから、先の二つの作業はそれをごまかすためだと見られるだろう。変装とシークレットシューズで目撃者の印象もごまかせはずだから問題はない。どっちにしろ冷静ではいられなかったので気にしている余裕などなかった。





 その数日後、加賀美冬吾の死亡をニュースを通じて知った。当たり前だが轢き逃げした犯人は未だに捕まっていない。

 さて、これからの行動も結構重要だ。いかにして夏姫さんの隣に行くかということだ。数日間は家に籠って出てこないだろうから、とりあえずメールで接触することにした。アドレスは冬吾から聞いていたから。

「……冬季君?」

 久しぶりに聞いた声は泣き疲れてか若干かすれていた。

「うん、久しぶり。大丈夫……ではないよね。ごめん」

「なんで謝るのよ」

「うん……ごめん」

 それは冬吾を轢き殺したのが自分だから。そんなことは言えずにまた謝ってしまう。

「だからもう……ふふっ」

「はははっ……」

 声だけで夏姫さんの微笑が頭に浮かぶ。それだけで私も自然と笑えてしまう。それも二十年前とまったく同じように。――ああ、だから私はこの女性ひとがずっと好きなんだ。

 それから毎日のように雑談を交わして、少しずつ彼女の気持ちを解きほぐしていった。冬吾はいなくとも、私はいるんだとゆっくりと心に刷りこむように。そのうち彼女も再就職を考えるようになった。だから、私は人事課に頼み込んで彼女を雇うように計らった。仕事はできたので職場では一目置かれていたから案外容易く受け入れてくれた。私が推薦する人間なら大丈夫とでも考えたのだろうか。

 それからの展開は、秋人君――君の知っているとおりだ。四年の交際を経て結婚。君たちと東京で二年暮らした後に、夏姫さんに失望してこの手にかけた。


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