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其の参:夏(二)・異変

三人称です。

 九月も半ばに差し掛かるところで、秋人はやっとまともに学校に通いはじめた。始業式には出たものの、その数日後からは立て続けに法事などがあったため、長期的にちゃんと通えるのはこれからなのだ。

「――てなわけで、迷惑かけました。もう大丈夫なんで改めて二学期もよろしく」

「う、うん……よろしく」

 とは言っても、二―A組全員がニュース等で事件のことを知っていたし、彼の母親が殺された四之宮夏姫であることも周知の事実だった。もう大丈夫と言われても、接し方がぎこちなくなるのも必然だろう。

「加賀美君、その……いっしょにお昼食べない?」

「お、珠美は珍しく積極的だねぇ」

「むにゃ……zzz」

 だからこそ、彼の彼女である矢口珠美をはじめ、いつもどおり接してくれる人は本当にありがたいものなのだ。……一名ほど違う気がしないでもないが。

「うん……そうだな。珠美ぃ今日もちょっと分けてくれよ~」

「いやいやあんた全部食うつもりでしょ。珠美、絶対駄目よ!」

「失敬な! 気がついたら無くなってるだけだ!」

「なおさら駄目!」

「……そんなことだろうと思って秋人君の分も作ってきたけど……」

「「珠美やるぅ!」」

 知らず知らずのうちに乗せられて本来の明るさで会話ができている。以前までの鬱屈した怒りも結構まぎれた。

 それは他の二―Aの面々にも感じ取れたようで、秋人が再びクラスに溶け込むのは案外早かった。

 それから数日経ったある日。その日の最後のSHRが終わり、部活等で教室にいる生徒がまばらになった頃にちょっとした事件が起こった。

「珠美、帰ろうぜ」

「うん」

 秋人と珠美も帰り支度を済ませ、通学カバンを持って立ち上がる。ぎくしゃくしている様子はなく、なんとなく和やかな雰囲気が彼らにはあった。

「あれ? 秋人君それ……」

 珠美が指差したのは秋人のカバンにつけられていたピンクの円盤。差別的な見方をするわけではないが、単純に珍しいと思ったのだろう。

 興味本位でそれに手を伸ばす。硬質な感触がその手に触れたそのときだった。

「触んなぁっ!!」

「ひっ……」

 大声で叫びながら、秋人が珠美のその手を強く弾き飛ばしたのだ。その表情は珠美が今まで見たことのないほど怒りに満ち、彼女である珠美ですら恐怖を覚える方だった。

「あっ! いや……ごめん……」

「……こっちもごめん。それほど大切なものだったんだね」

 すぐに自分が何をしたのか気づき素直に謝れるのは彼の良いところではあるが、今回はそう簡単に流せはしない。珠美も謝るが、その後は二人とも気まずくなってしまった。

「はぁ……」

 そんな二人の様子を遠目で見ながら溜息をつく者がいた。

「また、面倒臭いことになりそうね」

 同じクラスの綾瀬優梨だ。秋人が再び学校に戻ってきたとき珠美とともに一番最初に話し掛けた彼女だが、なんとなくそのときとは違う雰囲気を纏っていた。

「仕方ないっていうなら、仕事だからやるけどさ……幽人、どうよ?」

「……むにゃ……んぅ……」

 隣のもっさり毛玉ヘッドの男子――鬼塚幽人に問うてみるが返答など帰ってくるはずがない。彼は常に夢の世界へ旅だっているのだ。小さな寝息と歯ぎしり以外の所作はない。顔は見えないがさぞ幸せな顔をしているのだろう。

「こいつ……頭に火でも点けてやろうかな」

 優梨のなかなか物騒な言葉に応える者はいなかった。





「うぅん、何なんだろ……」

 矢口珠美は自分の部屋で一人頭を抱えていた。

「やっぱり今日の秋人君はなんか変だった気がする……」

 珠美の脳裏にこびりついているのは今日の放課後のあの出来事。

 あまり秋人が怒ったことを見たことは無かったが、あの姿は日常の彼とは結び付きにくかった。だが、それ以上に彼女は何かがおかしいと直感的に感じていたのだ。

「何か引っかかるのよ。何かが……うぅぅん」

 引っかかっている何かを記憶を引っ張りだそうとしても、なぜかどうしてもその所在地が分からない。記憶の袋小路に迷ってしまい唸ってしまう。

「ああもう……一体何なのよぉ!」

 自分でも分からないこの感覚は非常に不快で、普段はおとなしいが珍しく叫んでも無理はなかった。

「――なんなら私が教えてあげてもいいわよ?」

 そんな珠美を見兼ねたような声が不意に聞こえた。

「っ! 今度は何っ!?」

 だが、この部屋には居るのは珠美一人だ。話し掛けて来た人間など見つかるはずもない。

 それに気に掛かることは他にもあった。

「聞こえたけど……『耳では』聞いてないような……」

 この声が鼓膜の振動が耳小骨と蝸牛を伝って神経によって脳に知らせたものだとは思えなかった。

 一言で言えば、意識に直接語りかけてくる感覚なのだ。

「疲れてるのかな……いや、でも……」

 疲労による幻聴か何かかと思ったが、そう割り切ることは出来なかった。直感的なものだが、彼女が一番気にかかっていたことがあったからだ。

「どこかで聞いたことがある気がする……」

 明確な記憶には残っていないが、この耳障りだけは良いどこかこそばゆい声は確かに聞いたことがあったのだ。

「うぅ……駄目だぁ」

 だが、やはり核心にはほど遠い。さらに頭を抱えて丸くなる珠美に呆れてか、再びあの声が彼女に語りかける。

「いや……だから、それも含めて教えてあげるつもりなんだけど」

「ふぇ? 何を……」

 なおさら分からないと戸惑う珠美を無視して、声は告げる。

「単刀直入に言うわ。――あなたはある記憶を失っている」

「えっ? 記憶って……」

 驚きはしたが、心当たりがないわけではなかった。

 珠美のクラスには「二大ミステリー」なるものがある。 一つは「不動の鬼塚」。――要するに、いつでも寝ている鬼塚幽人のことだ。

 前述の通り彼は常に机に突っ伏しているのだが、登校時から放課後まで彼がその定位置から少しでも動いたところを見た者が一人もいないのだ。何度か彼を起こそう、動かそうとした者もいたが、いずれも叶わなかった。まるで彼自身が机の一部であるかのようだと言った者もいたほどだ。

 だが、今回それは関係ない。珠美が今回思い当たったのはもう一つのミステリーの方なのだ。

「……2-A集団記憶喪失」

 去年、つまり一年A組の頃から何度か起こった現象である。いつのまにかクラスメイト全員が気を失っていて、起きたときにはその直前の記憶が丸々失われているという、その名の通りの現象だ。

 内容が内容だけに学校側も調査はしたが、結局何も分からずうやむやのままに取りやめになったらしい。

「合ってるといえば合ってる。――そのうちの一つの遠因はあなただからね」

「それってどういう……っ!」

  曖昧な返答に珠美がさらに突き詰めようとした瞬間、彼女はその頭に違和感を感じて慌てて押さえる。

「なん……なの、これは?」

 まるで頭の中を何かが駆け巡っていくようなこんな感覚は初めてだ。幻聴まがいに次いでこの感覚とは、一体自分はどうしたのだろう。珠美は呻きながらそんなことを考えた。

「うぁっ、何を……?」

「言ったでしょう。あなたは記憶を失っていると。――だから、思い出させてあげるだけよ」

 珠美が呻く間に、頭を巡る何かは自力で干渉できない領域まで踏み込んで、目的のものを引っ張り上げる。そして、それらはさながらパズルのピースのように隙間なく組み合わせられていく。

「ん……そろそろね」

「どういう……んっ!」

 ちょうどそのとき、珠美の頭にパチリと音がなった。まるで最後のピースがはまったかのように。

「う……うああああああっ!!」

 その瞬間、珠美の脳を凄まじい量の情報が襲った。完成されたパズルからピースにばらばらに刻まれていた記憶が流れ込んだのだ。

 秋人の姉、千春に嫉妬して逃げ出したこと。そのあと路地裏で謎の声に言いくるめられ、その声の主に取り憑かれたこと。秋人を取られることを恐れて、彼に近づいた女達を人間離れした異端の力で捕らえていったこと。操られるまま声の主に秋人を襲わせかけたこと。そして、一番の友人とその隣の席の男子のこれまた異端な力によってその声の主から解放されたこと。

 大量の情報は明確な映像となって忘れていた過去を珠美にすべてを見せつけた。この非現実が自分が忘れていた現実であると。認めたくなくとも認めざるを得ない。紛れも無い自分の記憶なのだから。

「全部……思い出した。じゃあ、あなたはもしかして……」

「ええ、その通りよ。……まあ、今は一部の残骸程度でしかないけど」

 今まで語りかけていた声の主こそ、彼女を非現実へと巻き込んだ張本人だったのだ。

「……今度は何の用?」

「別に、あなたをまたどうしようってつもりはないわよ」

 当然訝る珠美にその声の主――「蜘蛛の鬼」はいたって冷静に答える。

「ただ、あなたの愛してる人があなたと同じ……いや、それ以上に大変な目に会いそうだから、それを伝えようと思っただけ」

「それってどういう……というか何が目的なの!? 一体あなたは何なの!?」

 珠美の声は疑いと不安で次第に尻すぼみになる。相手が相手だけにまったく信用できないが、愛する人――秋人の身に何かが起こると言われて平静でいられはしない。

「急かさなくても教えてあげるわよ。……気まぐれなんか起こすんじゃなかったかな」

 「蜘蛛の鬼」とよばれていた存在は小さく苦笑を漏らすのだった。


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