第24話:コールドリブート完了と、致命的な認識のバグ(黒歴史の再燃)
第7話と第10話に☆が付きました!!
頂いた挿絵ありのマークとなります。
『──カーネル温度、正常値に復帰。思考プロセスのコールドリブート(再起動)を完了しました』
脳内のコンソールに流れる無機質なシステムログとともに、俺──ジェイ・ロンこと黒木勉の意識は、暗闇の底から浮き上がった。
(……うぐっ、頭が痛ぇ……)
まぶたを開けようとして、猛烈なデジャヴと精神的ダメージに顔を歪める。
『凡者の小道具』を仕様定義(クラス設計)なしで力任せに連発したツケ。脳みそを直接高圧洗浄機で洗われたようなあの絶絶たる激痛の記憶が、トラウマとなって脳裏に焼き付いていた。
(二度とやらん……! 設計図(クラス図)を書かずに本番環境で直打ちコードを連打するような真似は、絶対に二度とやらん……!!)
心の中で固く誓いながら、俺はゆっくりと上半身を起こした。
見慣れた観測拠点の天井。15層の過剰な魔素に晒された体内の不整合は、休眠によって完全に解消されている。
(……ん? 体の軽さからして、結構な時間落ちてたか? 1日……いや、数日くらいか……?)
「──あっ! ジ、ジェイ様……っ!?」
不意に、すぐ傍らから甲高い悲鳴のような声が上がった。
視線を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
洗練された美しいデザインの動きやすそうな冒険服を着た、可憐なエルフの女性。
15層で全身の骨を折り、魔素係数の不整合で死にかけていたあの女性魔術師──エリシアだ。
彼女は手に持っていた絞りタオルを床のバケツにポチャンと落とし、澄んだ碧眼をこれでもかと見開いて俺を見つめていた。その目には、見る見るうちに大粒の涙が溜まっていく。
「お目覚めに……本当にお目覚めになられたのですね……! 神様…………ッ!!」
「え……あ、はい。おはようございま──」
「ジェイ様ぁぁぁっ!!」
俺が挨拶を言い終わるより早く、彼女は床に膝をつき、祈るように両手を胸の前で組んで深々と頭を下げた。床に額が届きそうなほどの凄まじい平伏(土下座)だ。
「このエリシア・ライラック、一生をかけてあなた様に御恩をお返しいたします……! 私のような愚かな者を救うために、ご自身の生命を削り、一ヶ月もの間、死の淵を彷徨われることになろうとは……ッ! この命、この身のすべて、どうぞあなた様の自由になさってください……!!」
重い。
誇張抜きで、愛と忠誠と罪悪感の質量が重すぎる。
(……は? い、一ヶ月……!? 俺、一ヶ月も落ちてたの!??)
いや、それ以上に俺の脳内を緊急アラート(警報)で満たしたのは、彼女の放った言葉のニュアンスだった。
『私のような愚かな者を救うために、ご自身の生命を削り──』
『この命、この身のすべて、どうぞあなた様の自由になさってください──』
(待って……待ってくれ……っ!!)
俺の脳内で、大学生時代にノートに書き殴った「黒歴史(中二病設定)」の1ページが鮮烈にフラッシュバックした。
『傷ついた孤高のエルフの美女を、死の危機から己の身を挺して救い出し、彼女から絶対の忠誠と重すぎる愛を捧げられる最強主人公ジェイ・ロン』
(うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!? 恥ずかし過ぎて死ぬ死ぬ死ぬッ!!! 完全にあの時のノートの展開そのままじゃねぇかッ!!!)
顔面が爆熱で上がり、体中の毛細血管から血が噴き出しそうなほどの恥ずかしさが押し寄せる。
15層の緊急事態だったとはいえ! 命を救うためだったとはいえ! 客観的に見たら「無茶してヒロインを助けてカッコつける俺」という、見るに耐えないラノベのテンプレートムーヴを全力でぶちかました形になっているのではないか!?
「あ、あの! エリシアさん!? 落ち着いてください! 誤解です! 俺は別に命を削ったわけじゃなくて、ただのCPUのオーバーヒート……じゃなくて! 単なる過負荷で一時的にシャットダウン(気絶)していただけで──」
「ご自分の犠牲をそこまで軽んじられるなんて……っ! なんという高潔なお方……! ああ、ジェイ様……!」
「話を聞いて!? 全然伝わってない!!」
必死に弁明しようとするが、エリシアの瞳はすでに「命を賭して自分を救ってくれた崇高な大賢者様」フィルターで完全に固定されていた。俺の言葉はすべて「自分の功績を誇らない謙虚な聖者」のセリフとして脳内変換されているらしい。なんだこの強力な認知バグは!
「あははー☆ ジェイくんおはよー☆ 1ヶ月ぶりの起動おめでとー☆」
パチパチと呑気な拍手を送りながら、部屋の奥からルリが歩いてきた。
片手にはスナック菓子の袋、もう片手には炭酸飲料が入ったお気に入りのタンブラー。
「ルリ……! お前、なんで止めなかったんだよ!? 一ヶ月も放置してたらこんな重度な誤解が定着しちゃうだろ!!」
「えー? だってジェイくんのバックエンド、世界構築のリソースの5倍だし☆ カーネルパニックで冷やしてただけって言ってもお姉さん全然理解してくれなかったんだもーん☆ だから『放置でオッケー☆』って言っておいたよー☆」
「放置でオッケーって言い方があるか!!」
ルリのあまりにもフランクすぎるセキュリティAIぶりに頭を抱える。
見れば、観測拠点の隅には、エリシアが丁寧に折りたたんだ布や、彼女が持ち込んだらしい素朴なハーブの束が綺麗に整頓して置かれていた。この1ヶ月、彼女が甲斐甲斐しく俺の看病(というか放置されている身体の清拭など)をしてくれていたことが一目で分かる。
「……あー、エリシアさん。とにかく、立ってください。俺は本当に無事ですから。ほら、傷一つないでしょう?」
「はい……! 本当に、本当によかったです……っ」
目元を拭いながら立ち上がるエリシア。その佇まいは凛として美しく、まさに物語から飛び出してきたような最高峰のエルフの魔術師だ。
彼女の身の回りを確認すると、15層での凄惨な戦闘で、彼女の杖や所持品はすべて破壊されるか、あるいは15層の露と消えてしまったのだろう。見た感じ、身に着けている冒険服だけだ。
(持ち物が……何もないな)
ふと、デバッガーとしての思考が羞恥心を上回る。
彼女は金ランク冒険者パーティ『銀光の翼』の唯一の生き残りだ。
仲間を失い、身一つでこの見知らぬ拠点に引き取られ、1ヶ月間俺の再起動を待ち続けていた。
(彼女が使っていた魔法……そして、この世界の人類がどうやって『魔力場』を形成し、コード(詠唱や認識)を行使しているのか……)
俺の頭の中で、プログラマーとしての知的好奇心が静かに持ち上がる。
これまで俺は、自分自身の『三種の神器』や、大気中の魔素係数( alpha_{mana} )の数式モデルばかりを研究してきた。だが、この世界のネイティブな住民──特に高位の魔術師であるエリシアが「どのようにして魔法という関数を呼び出しているのか」という生データ(実行ログ)は、まだ十分に採取できていない。
(彼女の失われた装備の再構築(アセット復元)を手伝う名目で、魔法の構造や構成要素について詳しくヒアリングさせてもらおうか……)
自分の黒歴史に対する激しい恥ずかしさをなんとか脇に押しやり、俺は咳払いを一つした。
「エリシアさん。……あなたの失われた魔法道具や、これからのことについて、少しお話を聞かせてもらえますか?」
「はい……! ジェイ様のお仰せのままに!」
エリシアは溢れんばかりの敬意を込めて、深く頷いた。
こうして、黒歴史による死ぬほどの気まずさを抱えつつも、俺とエルフの魔術師エリシアによる「異世界魔法の仕様解析」が始まろうとしていた。




