第12話:最高権限のログイン検知と、フレームレートのガタつき
「あー、ポテチの塩気ってマジで脳の演算リソースを回復させるよねー。これ、実質、精神回復のポーションの上位互換って呼んでいいレベル☆」
ルリが柔らかい球体の上で仰向けになりながら、今度は『のり塩味』のポテトチップスを器用に口に放り投げていた。瑠璃色の髪が重力に従って床に広がり、どこまでも緊張感のない光景を作り出している。
「ルリ、ソファに油分を付着させるな。……ん、待て。ログに突発的なスパイク(負荷の急上昇)を検知した」
俺──ジェイ・ロンこと黒木勉は、目の前に浮かぶ【リモート・ダッシュボード】の警告灯(赤色に明滅する光の粒子)に目を留めた。
『賢者の石』の並列スレッドが、冒険者ギルド周辺のトラフィックから異様な高負荷データを弾き出している。
「何これ、バグ? ギルドの正面ゲート付近、魔素のパケットが過密状態(輻輳)を起こして、周囲の空間のフレームレート(物理演算の処理速度)がガタついてるぞ」
画面にズームインする。
ギルド前の石畳の広場。そこへ、傷だらけの鎧を軋ませ、見るからにただならぬオーラを纏った4人の男女が歩いてくるのが映し出された。
彼らが一歩足を踏み出すたびに、周囲の大気がびりびりと震え、まるで陽炎のように空間が歪む。データバス・リングが彼らの周囲の数値をリアルタイムで逆算し、コンソールに緑色のコードを吐き出した。
F(alpha)_{mana} = 1.543
「魔素係数が常時1.5オーバー……! おいおい、なんだあの高負荷なデーモン(常駐プロセス)みたいな連中は」
「胸元で金色がピカピカしてるでしょ☆あれが、この街に一組しかいない、最上位パーミッション持ちの『金ランク』冒険者パーティだね。」
ルリがポテチの袋を持ったまま、画面を指差す。
確かに、彼らの胸元には鈍い黄金色のタグが握られていた。世界への書き込み権限の格付けにおける、この街の最高峰ユーザー。
「なるほど、金ランクともなると、存在しているだけで周囲の物理エンジンと激しいコンフリクト(競合)を起こすわけか」
俺は新たな現象に興奮を覚えながら、彼らのプロファイリング(動的解析)データを追った。
街を構成する分散型データベースは、大勢の人間ノードの常識によって、魔素係数を「1.000」のクリーンな状態に保とうとする自動修復が常時走っている。
しかし、あの金ランクたちの持つ「俺たちは強い」「この武具は空間を歪める」という圧倒的な主観の出力(書き込み権限の優先度)が、街のセルフヒーリングを力づくでねじ伏せ、周囲数メートルの物理法則を強引に上書きし続けているのだ。結果として、システムが処理落ちを起こし、彼らの周囲だけ空気のフレームレートが低下したようにガタついて見える。
「重い、重すぎる。街全体の最適化された環境の中で、あいつらの周りだけ局所的にバグコードの塊が歩いてるようなもんだ。……あ、ギルドの受付で何か成果物をデプロイ(提出)したぞ」
その瞬間、彼らの周辺の魔素係数が急激に低下する。
「ふむ、冒険の続きという緊張感が周囲に影響を与えていたのか……」
画面の向こうで、金ランクのリーダーと思しき大剣の戦士が、満身創痍の体を震わせながら、ギルドの受付カウンターに一つの結晶をドヤ顔で叩きつけた。
周囲の冒険者たちが「おおっ……!」と息を呑み、受付の女性が驚愕で口を抑える。
『信じられん……! 人類の限界点、あの【滅びの奈落】第15層の階層主を討伐して持ち帰ったというのか……!』
街のネットワーク(集音ログ)が、歓喜と驚愕のパケットを拾い集めてくる。
俺はどれほどのチートアイテムかと思い、『賢者の石』の鑑定アルゴリズムをその結晶へ走らせた。
【名称:魔素結晶】
【ステータス:魔素密度100の15階層にて、一定確率で自動生成される標準的なドロップ品。レア度:レア】
「……は?」
俺は思わず、コンソール画面を二度見した。
バグではない。何度リフレッシュ(再読み込み)しても、画面に表示されるのは「レアだがデフォルト素材」だ。
「……え? あの最高権限ユーザーたちが、あんなに誇らしげに提示しているのがレア標準素材なのか……あ、そうか! 納得した」
「え、何に納得したの?」
ルリが怪訝そうな顔で俺を見る。俺はデバッガーとしての完璧なロジックを口にした。
「いくら彼らの権限ランクが高くても、所詮はローカルユーザーということか。」
「(……いやいやいやいや)」
ルリはポテチを口に運ぶ手を完全に止め、(ジェイ君はたまに、視野が狭くなるなぁ)と思いながら、引きつった笑みを浮かべた。
(私から見てもジェイくんの言う通り、世界のコアデータに比べればただのゴミデータだけどさ……。あれ、周りの反応からすると人間界基準だと数年に一度見つかるかどうかくらいの、レアアイテムだと思うよ。 世界の命運を左右するほどじゃないにしても、あの人たち文字通り命を何個もチップにしてベットして、奇跡的に掴み取ってきた成果なんだろうに……!)
いつの間にか、数字を中心にみているジェイより、ルリの方が人間世界の機微に詳しくなっている。
目の前の引きこもり大学生の基準値(我が家の隣のダンジョン=深度35,000)が宇宙規模でバグり散らかしているのも勘違い要因の一つかもしれない。
まあ、今更説明したところで「仕様が悪い」とか「数値がすべてだ」とかの一言でパージされるのが目に見えていたからだ。ルリは諦めて、虚無の目でポテチをサクサクと咀嚼した。
「やっぱり、ダンジョンを直接観察しないと、よく分からないな」
俺はダンジョン産のオブジェクトを入手する苦労を把握する必要があると感じた。
先ほどの場面に、どうしても理解不能、目線があってないという違和感を感じる。
「ルリ、ダンジョンの観察にとりかかる必要がありそうだ……」
ルリはポテチを食べながら、(論理的な違和感については、ちゃんと感じとって行動を選択するのね☆)と思いつつ。
「ようやくだね!」
ルリも観察を通じて、かつては気にも留めてなかった人間たちの行動にジェイと共に興味を持ち、その情報収集が楽しみになっているのであった。




