第11話:権限パーミッションの階層構造と、非正規ポートの密輸トラフィック
観察を続けて、1週間。
「ねー、ジェイくん。さっきから『愚者の眼』の監視スレッド、ずっと冒険者ギルドに張り付けてるけど、何見てるの? あのむさ苦しい人間たちのログ集めて楽しい?」
我が家のサーバーハブ(リビング)で、ルリはバランスボールの代わりに実体化させた『凡者の小道具(ただの柔らかい球体)』の上に寝そべりながら、退屈そうに足をパタパタとさせていた。
「むさ苦しい人間だけではないだろう」
確かに、筋肉隆々の大男の割合が多いのは間違いない。そのような見た目は「屈強だという主観」を通しやすくしてするのだろう。一方、細身の男性や女性も目に付く。冒険者ギルドにいるそういう人間はなんらかの特技を持っているに違いないという無意識の印象が、「主観」を通りやすくしている感じがする。
「これはただのログ収集じゃない。ユーザープロファイリングと、権限エスカレーション(権限昇格)の仕様解析だ。見ろ、ギルドの仕組みがわかってきたぞ」
俺は【リモート・ダッシュボード】に映し出された万単位の人口を抱える巨大ハブ都市の中枢──冒険者ギルドのトラフィックログを指差した。
「ギルドが発行している身分証の素材。あれはただの階級じゃない。システム的には、世界への『書き込み権限』のディレクトリ構造そのものだ」
俺の並列解析エンジン『賢者の石』が、冒険者たちの身分証と、彼らが発する魔素係数の変動幅を照合し、緑色の文字列で階層をリストアップしていく。
「下から順に『木、石、鉄、銅、銀、金、白銀、黒魔鉄』の8階層クラス分け。一番下の『木』や『石』の連中は、せいぜい基礎体力が上がる程度の末端ユーザーだ。だが──」
俺は画面を操作し、ギルドから出てきた一人の剣士にフォーカスを当てた。胸元には鋼色のタグが揺れている。
「あの『鉄』ランク。あそこから、周囲の魔力場への干渉値が明確に跳ね上がる。ダンジョンというバグ領域において、一般人とは隔絶した物理法則の書き換え(動的パッチの適用)が可能になる『ミドル権限ユーザー』の入り口だ。いわゆる、いっぱしの冒険者ってやつだな」
「あー、なるほど。じゃあその上の『銀』とか『金』は?」
「さらに強力な特権ユーザーだろうな。街のネットワーク(噂話の集音ログ)を解析したところ、この巨大都市ですら、『金』ランクのパーティはたった1組しかアクチベート(活動)していないらしい。さらにその上の『白銀』は世界的にも伝説的なスーパーユーザー。『黒魔鉄』に至っては現在は存在しない、人間のルート権限(システム管理者)ともいえる幻のクラスのようだ」
ランクが上がるごとに、世界システム(物理エンジン)への「主観の押し付け」が強く許可される仕組み。実に美しく、合理的なセキュリティレベルの設計だ。
「ふーん。まあ私から見たら、どいつもこいつも世界の片隅でチマチマ動いてる低負荷な軽量プロセスだけどねー☆」
ルリが欠伸をしながら言う。世界保守の公式インスタンスからすれば、人間の主観などその程度の認識なのだろう。
「お前の基準(世界のルート権限)で語るな。……おっと、なんだこれは」
俺はギルドの正規トラフィックを監視していた『愚者の眼』の1ノードから、奇妙なパケットの揺らぎを検知した。
ギルドの裏手。大都市特有の複雑に絡み合った裏路地(非正規ポート)の奥深くで、魔素係数が不自然に隠蔽(暗号化)されているログを見つけたのだ。
ダッシュボードの視点を切り替え、裏路地の奥にズームインする。
そこには、ローブを深く被った怪しげな男たちが、薄暗い空間で小さな木箱を取引していた。
『おい……約束の品は持ってきたんだろうな』
『ああ。だが高かったぜ。なんせ、隣の【滅びの奈落】から、命がけで間引いてきた特級品だからな……!』
男が木箱を開けると、中から禍々しい紫色の光が漏れ出した。高濃度の魔素がシリアライズされた、純度の高い魔鉱石だ。
『ヒィッ……! まるで呪いそのものだな。これを王都の貴族に横流しすれば、一生遊んで暮らせる額になるぜ……!』
そんな男たちの密談(非暗号化通信)が、集音モジュールを通して俺の耳にハッキリと届く。
数十万人の人口過密サーバーだからこそ発生する、監視漏れを突いた不正パケット──密輸トラフィックだ。
「……なるほど。『滅びの奈落』ねえ」
俺は呆れ半分にため息をついた。
彼らが「命がけ」と呼ぶ隣のダンジョンは、先日俺がスキャンした『魔素密度100(係数1.014)』の低レベルチュートリアルダンジョンのことだ。
「チュートリアル環境(魔素密度100)のドロップ品を、わざわざ非正規ルートで密輸するなんてご苦労なことだ。低レベル帯のアイテムでも、初心者向けの装備を作るために需要があるんだろうな」
「えっ」
俺の的外れな呟きを聞いて、ルリがピタッと動きを止めた。
……ん? 何だ?
「ジェイくん、ちょっと待って。それだと矛盾があるよね。」
「……そうか、確かに。冒険者のランクの仕組みは分かった。そのレア度も把握した。そしてあの会話からすると……」
「そう。あの男たちが『命がけ』って言ってるの、冗談じゃないと思うんだけど」
「あのダンジョンは、人間からすると低レベルチュートリアルダンジョンではなく…、高難易度のダンジョンという位置づけに再定義しなおす必要があるな。」
「うん」
「そうなると、この拠点の近くにあるダンジョンは一体、どいうことになるんだ?」
「……いや、ていうか、そんなことより、あれ犯罪パケットじゃん! 完全に街の利用規約(法律)違反のマルウェアだよ!? 放置するの!?」
「当たり前だ」
俺は平然と頷き、裏路地を監視していた『愚者の眼』のスレッドをサクッとキル(終了)した。
「俺はあくまで外部からシステムを解析しているだけのチェッカー(引きこもり)だ。街の治安維持なんていう本番環境のシステム運用は、現地の運営(騎士団やギルド)に任せるに限る。わざわざトラブルという名の例外ハザードに突っ込んでいく馬鹿がどこにいる」
「いやいやいや! そこは『愚者の眼』で証拠ログ押さえて、衛兵に通報するとかでしょ!? セキュリティ意識がガバガバのチキンなの!?」
「リスクヘッジの徹底と言え。他人のサーバーの不具合にタダ働きで介入するほど、俺は暇じゃないんだ」
我が家の隣にある『魔素密度35,000』のクソバグダンジョンに比べれば、裏路地の密輸など可愛いエラーコードの一つに過ぎない。
俺はルリのツッコミを綺麗にパージ(無視)し、再び安全で知的な「街のログ解析」へと意識をダイブさせるのだった。




